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42、おじさん、会議で発言する


 メオンの街に副領主と共に派遣されてきた税務官のバンジャマ。彼はとても有能な官僚だった。


 彼は幼少期は地元で神童と呼ばれていた。辺境の地に生まれ育った彼は地元の学校では常に主席を取り続け、もはやその地では彼に師事できる大人すらいなかった。

 彼は地元の住民たちからの勧めで王都の高級官僚養成学校へと進んだ。彼の家はごく普通の農業を営んでおりどう転んでも王都の最高峰ともいえる学校の学費を払うような金はなかった。だが、村人たちは郷土の誇りとして皆で金を出し、バンジャマの安くない学費を払ってくれたのだ。


 必ず……必ず学問を治め故郷の村に錦を飾る。バンジャマは努力を重ね優秀な成績で卒業して王都の高級官僚の一人としてその名を連ねた。それからも順調にキャリアを重ね、平民の農家の出身としては前例を見ない栄達を誇っていたのだが、彼は疲れていた。

 民の為、国のためにとあらゆる努力を惜しまず仕事をこなしていきたかったのだが、その愚直な姿勢と彼の地位、そして彼の平民という出自は愚かな貴族出身の同僚たちの妬みを買い、仕事の妨害のみならず誹謗中傷、足を引っ張られてその対応に追われてまともな仕事をする余地すらなかった。

 

 そんな折、新たに即位した王の側近から直接の呼び出しを受けた。この機会に暗愚な同僚どもの素行を直接訴えようと心に決めた。だが――。国の中枢もまた腐っていた。

 王の側近はこう言った。「貴様は平民出身の屑なのだから身の程をわきまえろ。仕事など無駄なことをする暇があったら国庫から金をちょろまかして上級貴族である私に付け届けろ」と。

 

 真面目にやっても報われない、やるせない怒り。たまたま貴族の家に生まれただけで何の苦労もなく何の努力もしないでただ民たちの労働の成果をむさぼり奪い、さらにはその命や生活、誇りまでも、純真な心さえも奪う輩たち。許せない。

 そんな怒りで感情が爆発しそうになったその時、怪しげな術を受けてさっきまで感じていた怒りの波は消失した。その心には怒りも悲しみも、喜びも、希望も――。何もかもがなくなっておりその心には感情的なさざ波も立たなかった。

 以降、彼は上席者から指示された事柄になんの疑問も持たず従い遂行する、高性能で心を持たない機械のごとく生きてきたのだった。


 そんな彼はある日、準男爵の爵位を持つ貴族が辺境の街に査察官として派遣される任務に同行するよう事例を受けた。洗脳されている彼にとって命令は絶対であり任務の裏に隠された新王の思惑などに疑問を抱くことすらなくその命令に従った。

 任地であるメオンの街に到着してからの彼の仕事ぶりはすさまじかった。

「可能な限り合法的に民衆から金をむしり取れ。」

 ただただその命令に従い、彼はその持てる知識と能力を最大限に発揮して民たちの生活を蝕んだ。民たちが飢え死にしないよう、また、逃げ出したり自死したりしないよう少々の娯楽を楽しめるよう自由な額は残し、肉体的にも精神的にも生かさず殺さずのラインでその労働力や税金や公共料金をむしり取る。税が払えない者、今後税を支払い続けることが難しいと思える者は容赦なく奴隷に落とし、奴隷商人に売り払って少しでも金銭に替える。その結果、領民からは「吝嗇家の税務官」「弁舌で金をむしり取る」「銅貨回収野郎」などといったあだ名で呼ばれていた。

 また、それだけではなく小さい子供のいる家庭、特に見目好い子供がいる家庭には積極的に関与し、親ごとその子供を奴隷化していった。これは王家の威を借る好色な上位者からの別命による指示に従った結果である。


 有能であるバンジャマからすれば、洗脳されてさえいなければ、いくら高く売れるからと言って将来有望な子供たちを奴隷として一時の現金に替える行為は非生産的と言わざるを得ないという考えに至るだろう。子供たちにはしっかりと投資としての教育や訓練を行い、成長後に国や領に多くの富をもたらしてくれる存在として育てたほうが長期的に見てよっぽど金になるのだ。だが、通常であればそんな思考に至るはずの有能な男も、洗脳されている状態では命令や指示には逆らえないこともあり、なにも思考することなくひたすら上からの命令を効率よく行うのみだった。


 

 そんな素のスペックがやたら高いバンジャマが洗脳を解かれ『メオンの街解放戦線』に加わった。彼は洗脳を解かれた後にハヤトとクウちゃんに対して深々と礼をしてこれまでの行為を詫びるとともに、洗脳から解かれ自分自身の自由意思で思考、行動できるようにしてくれたことについての感謝の言葉を丁寧に述べてきた。また、領主のセレスティーヌには「これからの己の働きでこれまでの罪を贖わせてほしい」と土下座まで行っていた。彼の本質は自分自身の生まれ育ってきた境遇に則り、民たちの平和で自由で豊かな生活の事を最大限の効率で考え遂行できる善人だったのだ。


 そんな有能なバンジャマは街の解放後も王都に副領主の失脚を気取られぬよう、これまでどおり王都への月一回の欺瞞の報告を行う事、洗脳を解かれ領主のもとで働く事となった者たちの家族が人質とされないよう王都からメオンの街に連れてくるための方策を提案した。そしてさらに、提案の内容は来たる王都との直接武力対決に向けての内容へと踏みこんでいく。


「武力対決に向けて兵を募りたいところですがそれは現状では愚策です。兵を集める動きは目立ちすぎますので、副領主が失脚したことをすぐに王家に気取られてしまい、こちらの準備が整わないうちに大兵力で攻め落とされてしまうでしょう。」


 なるほど、そのとおりだと俺も思う。



「だったら、兵士の代わりに冒険者たちを多く集めておくというのはどうなんすか?」


「冒険者ギルドは国や貴族様の権勢争いには基本的に干渉できない。ギルドとしてその案に加担する事は不可能だ。」


 『青銅の家族』(ブロンズ・ファミリア)の次男、ソブラルドの素朴な疑問にギルドマスターのドニが答える。


「だが、考え方としては悪くありません。冒険者ギルドに直接協力を仰ぐことはできませんが、この街が冒険者たちに魅力的な拠点と認識されれば自然とここに集う冒険者たちも増えてきます。街に拠点を構え、この街の事を気に行ってくれる冒険者たちが多ければ多いほど、いざ有事の際に領主様が『傭兵』として募集をかけた際に参集してくれる冒険者も増え、結果的に戦力は増える事になると思われます。」


 おお、バンジャマによってソブラルドの発言が的外れなものとして無視されず有効的な手段の一つになってしまった。やはりこういう積極的に意見を言い合える会議というのはシナジーをもたらして有用な意見が出やすい。日本で会社員をしていたおじさんにとって、お偉いさんの出席する会議ほど時間の無駄なことはないと思っていたが、こういう会議なら大賛成だ。よーし、日本のおじさん代表として俺も発言してみるか!


「ならば、『富国強兵』を行っていきましょう。街のインフラを整え、住む人にも、訪れる人にも魅力的な街にすることで人の往来も増え、訪れる冒険者も増えていくでしょう。商人達も同様にこの街を訪れる者が増えていけば経済も発展していきます。経済が発展して仕事が増えれば、働き口を求めてさらに人が訪れる好循環のスパイラルを生み出せます。

 さらに、教育に力を入れましょう。子供たちにはもちろん、大人たちには職業教育と言われるものも行います。住民たちに知識と技能が増えればひとりひとりがやれることの可能性が広がっていきます。 

 可能性が広がればやりたくない事よりもやりたいことを優先的に仕事として選べるようになります。嫌々働くのと積極的に働くのではその効率は段違いで、その積み重ねで街全体での生産性が大きく上がります。その結果、住民たち個々の能力も向上し経済的にも豊かになり領としての『国力』が上がります。

 また、人は何か人から恩を受けたとき、その感謝を相手にお返ししたいという心理、『返報性の法則』というのが働きます。領主様の良き統治のもと、教育も受けられ家族を養え個人としても十分な報酬を得られる仕事も得られる環境を与えてもらったと恩に感じてくれれば、いざ戦いとなったときに兵士として志願してくれる民も少なからずいるでしょう。『人は城、人は石垣、人は堀』、そして『情けは味方』です。領民たちを大切に敬い遇する事、それこそを『解放戦線』の基本戦略とすべきです。」


 ……………………。


 あれ、みんな無言になってしまったぞ? 俺、なんか変なこと言っちゃった?




「……素晴らしい!!!! 素晴らしいですそハヤト殿!! さすがは解放戦線の元帥に就くだけの事はある! 正直、フコクキョウヘイとかすぱいらるとかいうものは勉強不足のわれにはよくわからぬが、とてもすばらしいことであるということはわれにもわかる!! 皆の者! ハヤト殿の意見を採択する事でよろしいか?!」


 領主であり、解放戦線の盟主でもある美貌の女男爵、セレスティーヌ・メオンの発言に異を唱える者は誰もいない。会議室には全員の大きな拍手が割れんばかりに飛び交った。


 

 ……やっべ、恥ずかしい……。ちょっと調子に乗りすぎてしまったようだ。


 クウちゃんがノートパソコンを動かして会議室の中の様子を端から端まで映してくれる。会議室の中の面々は皆一様に感動したような表情で一心不乱に俺の顔が映っているであろうノートパソコンに向かって熱い拍手を送ってくれている。


 恥ずかしい、むず痒い。まるで中学生の時に覚えたばっかりの言葉を格好つけて使ってしまった時のような感覚だ。偉いのは武田信玄であって俺ではないのだ。


 そんななんともいえない感覚で呆けていると、画面にはクウちゃんの顔が大写しにされる。そのクウちゃんの顔は、まるで「あ~あ、やっちゃたね? ねえねえ、今どんな気持ち?」とでも言っているかのような悪いニヤケ顔で俺の顔を覗き込んでいる。たぶん、このネタで一週間くらいは言葉の辱めを受けてしまうのだろう。一部の特殊な性癖を持つおじさんならばご褒美になるかもしれないが、俺の性癖は至ってノーマルなのだ。苦痛と屈辱以外の何物でもない。


 そんな俺の表情を嘗め回すように一瞥した後、クウちゃんはノートパソコンの位置を変えて会議室に向かって話し出す。


「さ~て、我らが元帥閣下(ハヤト)の玉言で総論たる基本方針が決まったところで、各論たる具体的な動きについて詰めていくわよ!」





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