4、おじさん、軽トラに負ける
説明回になってしまいました><
ふう、疲れた。
俺が異世界に来ることになった経緯を高次元の存在であるクウちゃんから教えてもらった。
紙媒体との会話&チャットという人生初の出来事もさることながら、話の突拍子のなさやスケールの大きさや妙に細かい設定じみた話が続いて精神的に疲労した。
ピチピチギャルという死語を聞くのはおじさんも久しぶりだった。疲労した。
とても濃い内容だった。ラノベでこんな説明回とかあったら俺は読み飛ばす自信がある。
首と肩を回して目頭を指で押さえて疲労を追い払う。身体は若くなっているはずなのにおじさんのしぐさが抜けない。
癖というものは若返っても治らないものなのだなと奇妙な感想を抱く。
さて、クウちゃんが書き残してくれているであろう軽トラ異世界仕様の説明書に目を通してみよう。
疲れているが、おじさんは疲れていても書類に目を通すことに慣れているのだ。長年仕事してきたのだ。だれか褒めてくれ。
さて、クウちゃんから聞いた話と、説明書に書かれていた内容をまとめて整理してみると、
『この異世界から地球に帰ることは不可能ではないが難しい。』
とりあえず絶対帰れないという事でなかったのには安心した。帰れるようになるまでかなりの時間がかかるらしい。
この件に関しては俺にやれることは何もない。すべてクウちゃんに任せるしかない。
強いて言えば帰れるようになるまで俺はこの世界で生き延びていなければならないという事だ。
『この異世界と地球とスマホで通信ができる。ただし機能には大幅な制限がある。』
さっきスマホで妻に電話をしようと考えたが、いざ通話したところでこの状況をどうやって伝えればいいのか考えがまとまらず保留にしている。
それに電話をまだ掛けないのにはほかにも理由がある。
ちなみにスマホの電源はシガレットライターからの充電ケーブルをつなぐことで軽トラのMPを変換して充電できるようだ。なにこの軽トラ。便利。
『この異世界と地球とでは時間の流れ方が違う。地球の1日はこちらの世界の10日にあたる。』
時間の流れ方が10倍も違うのだ。こちらでの1時間は地球では6分にしかならない。
俺が異世界に転移してきてまだ2時間も経ってない。俺が日本の県道で水たまりのポータルに落ちた時間から計算して、地球ではまだ12分も経過していないという事になる。
今の時点で妻に電話したとしても俺がおかしなことを言っているとしか思わないだろう。
じっくりと受け入れられる言葉を探して、俺自身も心が落ち着いてから地球にいる妻に状況を説明しようと思う。
しかし、この時間配分が逆じゃなくて正直ほっとしている。もし逆だったら俺がこっちで1年過ごせば地球では10年。現代版異世界浦島太郎の誕生になっていた。
もし無事に地球に戻れても、妻や子供たちはもうこの世にいませんでしたではシャレにならない。
『この異世界には魔力が満ちている。魔力の全くなかった地球の生物は適応できず生存すらできない。』
これはまあ、さっき軽トラから離れたら死にかけたことで納得だ。おそらく軽トラが周囲の魔力を吸収しているとか、俺が魔力の影響を受けないような磁場のバリア的なものを発生させているとかそんなところだろう。
『地球をめぐる光の勢力と闇の勢力の争いについて』
いきなり中二病的なワードが出てきておじさんはびっくりしたよ。異世界なら何でもありとは思っていたが、まさか地球でそんなことになっているとは。
これは壮大な伏線かな? 俺が回収する気はないが。
まあ、都市伝説的な話とかよくSNSとかで見ていたから何となくは分かるって感じかな。細かい所とかは長くなりそうだし難解そうなのでスルー。クウちゃんは頑張って地球を救ってくれ。
『軽トラはMPを燃料にして走行する。MPは周囲の魔力を吸収しての自動回復。回復時間は魔力の濃さと軽トラのレベルやスキルによって変動する。車体には不壊の恩恵がありいかなる衝撃や環境の変化でも破損、故障、劣化しない。』
これはだいたい予想のついていたことだ。ちなみに座席の下のエンジンルームを確認してみるとエンジンはなく空だった。魔力で直接タイヤを回転させているようですね。
うーん、異世界ファンタジー。
そして、どうやら軽トラにはレベルやスキルが存在するらしい。
クウちゃん曰く、転移先の異世界がどんなところなのかしっかり把握できなかったから、環境に応じて柔軟に対応できる振れ幅と可能性を急いで付与した結果とのこと。
レベルやスキルが上がればどうなるのかはまだ未知数らしい。クウちゃんアバウトすぎ。
となると、俺はこの世界で軽トラのレベル上げをしなくてはならないことになるな。
俺自身ではなく軽トラの……。軽トラRPGというわけだ。
ちなみに、クウちゃんがとっさに軽トラ自体に恩恵を与えたことで、この世界での存在定義としては「軽トラ」が「主たるもの」であり、俺はその「運転手」という位置づけでまるで部品の一つのような「従たるもの」になってしまったとのこと。
俺が軽トラの所有者なのに……。存在定義で軽トラに負ける俺って一体……。
そんなわけで、「軽トラ」は自身の存在と保全を確かなものにするため、その従たるものである「運転手」を保護する機能を持つと。
別の視点だと軽トラは俺の生命維持装置ということになる。
なんと、軽トラの中にいれば俺は水も食事もなくとも死にはしないようだ。
ただ、必要ないとは言っても口渇感や空腹感は普通通りあるようだ。腹減ってきたし。早く異世界のメシ食いてー。
で、お約束ともいうべきステータスが乗っているページもあった。
名称:軽トラ 異世界仕様車
レベル:1
HP ∞ ・MP max/10.000 ・SP 0/0 ・CP 0/0
≪分類≫:魔法道具
≪レア度≫:幻想級
≪運転者≫:橘隼人(専用)
≪固有スキル≫:
・MP駆動
・車体不壊
・成長可能性保持
・搭乗者保護
≪スキル≫:
・MP自動回復(1)
・火属性魔法(1)
・水属性魔法(1)
・土属性魔法(1)
・風属性魔法(1)
・氷属性魔法(1)
・雷属性魔法(1)
・回復魔法(3)
≪カスタム≫:
〈機能系〉エアコン(1)・MP電力変換(1)
〈戦闘系〉なし
〈操作系〉なし
≪恩恵≫:時空
……まあ、さして驚くことはない。呆れる事もない。細かい所にツッこみもしない。
どうやら軽トラは異世界では魔法道具の扱いになるらしい。
HPは壊れないから∞。MPは多いのか少ないのか基準が良く分からないが、極端に少ないというわけではないだろう。多分、MPゼロになると俺死んじゃうっぽいし。
SP、CPはスキルポイントとカスタムポイントだな。レベルがあがればポイントがもらえて強化できるってやつだ。多分。
レア度は『幻想級』と。これが『普通』とかよりもいいものだとはわかるが、この世界基準でどれぐらいの水準なのかは今のところ不明だ。
それにしてもクウちゃんって自分のことを神様みたいな存在とか言ってたが、神様が恩恵をくれたのなら『神話級』とかになるんじゃないのかな。まあいい。スルーだ。
運転者が俺で固定ってのはデフォだし、固有スキルに関しても納得だ。成長可能性保持とやらはレベルが上がったりするやつだ。
おそらく柔軟な対応ってやつで、言い方を変えればアバウト設定ってやつなんだろう。さすが残念なクウちゃん。
スキルはいろいろと納得だな。この世界には魔力が満ちているというし、魔法があるのもうなずける。全属性あるのもいい。MP自動回復は俺の命にかかわるので安心した。
しかし……この絵面だと俺じゃなく軽トラが魔法を放つことになるのか……。シュールなのは今更か。
エアコンとかMP電力変換とかは魔法を軽トラにカスタマイズしたのだろう。風と氷の魔法でエアコンっぽいのを作動させ、雷魔法でMPを電力に変換するのだろう。
そういえばさっき空調の送風を付けたがしっかり涼しくなっている。いつのまにかエアコン装備されていたのね。電力変換はスマホの充電ができると。
カスタムはいろいろできそうだな。
で、問題なのは次だ。
〈軽トラのオプション〉
名称:橘 隼人
年齢:33歳相当(50歳)
職業:軽トラ運転手(固定)
種族:人間(転移者)
レベル:なし
≪固有スキル≫:自動翻訳・軽トラ運転・軽トラ操作・軽トラ管理・軽トラ整備
≪スキル≫:自己完結・スルー
俺はこの世界ではオプション扱いだった件。
なぜ若返ったのかは不明だが今の俺は33歳相当らしい。相当ってところは良く分からないが、クウちゃんのサービスという事で納得しておこう。
あと元の年齢はわざわざ表示しなくてもいいだろうに。
レベルがないというのはオプションにはそんな概念必要ないという扱いなのだろう。泣いていいかな?いいよね?
固有スキルはいいだろう。で、スキルな。
そうそう、こっちきてからもう、ひとりで頭の中でしゃべってばっかやからな。そりゃ自己完結っちゅうスキルもつきますわ。ええ。それにスルーな。スルー。って、なんやこのスキルは~!たしかにクウちゃんとの会話とか、いろいろ不思議現象をツッコまずにスルーしてきたけれどな。そこは空気の読める男とか言ってくれたらええんちゃうんかい!
『オプション、タチバナハヤトにスキル、〈セルフツッコミ〉が追加されました』
『オプション、タチバナハヤトにスキル、〈えせ関西弁〉が追加されました』
新しいスキルを頂いてしまった。知らんがな。
説明書の白紙のページにスキル取得のアナウンスが浮かび上がるのを見て冷静になる俺がいる。
まあ、これで異世界転移とこの世界のだいたいの謎は解けたという事か。
異世界に転移してここまで約2時間。俺にとっては生存の可能性が大きく増したという事で有り難い事なのだが、こんな早くに謎が解けてしまうなんて物語としてはいかがなものなのだろうか。
開始早々から説明回が全開フルスロットルである。
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