32、おじさん、神の遣いと間違われる
メオンの街の外壁の外に臨時で設置された冒険者ギルド出張窓口。
俺はそこでゴブリンキングの集落を殲滅したときの素材の他、昨夜の襲撃で返り討ちにした魔物の死体を次々と取り出す。
多くの魔物素材を目の前にし、これからの解体に辟易したギルド職員たちの表情を見てから俺は、この場に集まっていた冒険者たちに解体の心得がある者にはギルドの依頼として手伝ってもらえないか声を掛けていた。
俺の声に応えて集まった冒険者たちは色めき立つ。もともと、ゴブリンキングの死体を見るために野次馬で集まって来ていた冒険者たちだ。まさかこの場で仕事がもらえるとは思っても見なかったのだろう。
魔物の解体はその魔物の種類にもよるが、だいたいはその魔物からとれる魔石を除いた肉や素材の販売額の2割が相場である。一匹や二匹ではそれほどの儲けにはならないが、目の前には結構な量の魔物の死体があり、やじ馬ついでの小遣い稼ぎにはまあそれなりになると思う。
俺は臨時の野外解体場を土魔法で拡張しながらさらに告げる。
「食べれる肉はあっちに寄付してくれ!!」
俺の指さす先には、トランティニャン商会のミネットに依頼していた「串焼き屋台」が数軒、軒を連ねている。
「異世界の街と言ったら屋台よね!」と楽しみにしていたクウちゃんが街に入れないことで落ち込んでいたので配慮してミネットに出張店舗を依頼していたのだが、さすがにこの場所にいる人間だけで楽しむような肉の量ではない。そこで、昨日聞いた言葉を思い出してさらにこう告げた。
「焼けた肉は孤児院のこどもたちや療護院の人たちに振舞ってくれ!!」
と。
その言葉を聞いた冒険者たちや、街の外での喧騒を聞いて集まって来ていた街の人々がさらに大きな歓声を上げる。もはやその数は三百人を超えている。
昨日、この街の副領主は孤児院や療護院への予算の執行も止めていると門番リーダーのガエタンから聞いていたことを思い出した。そのとき、ガエタンもそのことを嘆きながらも何もしてやれないことに不甲斐ないと悲しい顔をしていた。
ならば、この街の人々は副領主や税務官らのやりように大きな反感を抱き、ガエタンと同じように何かしてあげたいという気持ちを抱いているのではと思い至った。
そして、それは正しかった。
今、俺がやっている事は単なる慈善事業ではない。そう、奴らへのねちっこい反撃なのだ。
「賄賂を払わない」俺を「見せしめのごとく」弑するべく「完璧な作戦で」差し向けた魔物が返り討ちにあい、その魔物の解体依頼で「奴らが圧力をかけている」冒険者ギルドの冒険者たちの懐が潤い、さらにその魔物の肉が「圧政で搾取している」民衆に振舞われるという皮肉。
それを行っているのはゴブリンの集落を殲滅し、ゴブリンキングを討伐したちょっとした時の英雄。しかもその場には数百人の冒険者や民衆が居合わせその光景を目の当たりにし、圧政を行っている副領主らへの不平不満を声高にぶちまけているのだ。奴らにとって面白くない事この上ないだろう。
さらにゼヴラルドたちが追い打ちをかけていく。
「昨日、ハヤト様は税務官に街に入るのを拒否されたっす―! しかたなく街の外で野営をしていたハヤト様たちはなぜか大量の魔物に襲われたっす―!! でも、ハヤト様はそれを全部返り討ちにしたっす―!!」
「いま振舞われている魔物はその時返り討ちにしたやつだから、みんな遠慮せずに食べて欲しいとハヤト様はおっしゃっている! まずは孤児院の子供たちに! そしてわれらの人生の先輩たる療護院の方々に! そのあとで我らも大いに頂こうではないか!」
「あ、お酒もたくさんありますよ~! でも、お酒はタダじゃないからお金払ってね~!!」
兄妹で冒険者パーティーを組んでいる『青銅家族』の次男のソヴラルド、長男のセヴラルドに続いてトランティニャン商会の会長の娘であるミネットが続く。
あれ? 俺は孤児院と療護院には振舞うといったが他の人にタダで振舞うとは言ってないんだが…… まあいいか。
大歓声が沸き、もはやこの場はさながら真昼間からの野外大宴会場と化している。
その光景を見て、「おれたちの肉も使ってくれ!」と魔法袋から角ウサギやらの獲物を差し出してくれる冒険者たちも現れる、中には高価である角イノシシや、俺も始めて見るオーク肉を提供した豪気な冒険者もいた。
さらには商機と見たのか即席の露店を構える小物や生活用品を販売する店、急遽屋台を設営する街の飲食店の店員たち、街への入場の為列に並んでいた旅芸人や吟遊詩人達の演芸や歌の披露という出し物の活気も相まって、もはや祭りといってもよいほどの賑わいが形成されていた。
『青銅家族』の長女ランシールと次女リンシールは、孤児院の子供たちを呼びに行ってこの場に連れて来て、焼きあがった肉串を子供たちに渡している。子供たちの格好は決して小ぎれいとは言えない。だが、その顔にはおいしい肉を食べて満面の笑顔が広がっていた。
孤児院の院長と思われる高齢の女性が俺の方にお礼を言いに来る。
「子供たちにこのようなお心遣いを頂いて本当にありがとうございます。最近は予算が止められてあの子たちにひもじい思いをさせてしまっておりました。食べ物だけでなく、あんな笑顔まで与えて下さって、本当に、何とお礼を申し上げたらいいものか……。このような御恩、何か私たちにできる事があればいいのですが……」
そして少し遅れて療護院の人と思われる、腕などに欠損が見られる人々も現れた。そのうちの一人が門番リーダーのガエタンに
「おれたちは歩けるからこの場に来られたが、院の中には寝床から移動できない奴らも多い。何とかあいつらにもこの美味い肉を食わせてやりたいんだが……」
と話している。
「じゃあ、孤児院の子供たちは療護院の中にいる人たちに串肉を運んであげてもらっていいですか?!」
と俺は孤児院の院長さんに提案する。
「子供たちも、もらうだけでは遠慮してしまうかもしれません。お肉をごちそうになった対価として、療護院に残っている方へのお肉の配達という仕事を引きうけてもらえれば俺たちも有り難い。」
俺からのその言葉に、一瞬ハッとして動きが止まった院長さんは深く深く頭を下げる。
「本当に…… ありがとうございます。子供たちも、ただ与えてもらう事だけでなく、自分たちができる事でなにか他の人の為にできる事をして、その結果として感謝と対価を得られて自分たちもさらに幸せになれる……。 そのような得難い経験まで……。はっ! もしかして、あなた様は神がお遣わしになった……」
いやいや。神の使途とか変な属性がついてしまうのは困るので全力で否定する。神の使途様は軽トラの中に閉じ込められていたり、家族への仕送りに四苦八苦したりはしない。
でもまあ確かに、この助手席にいる人は高次元の存在様だ。時と場合によっては「神」と言われても過言ではない訳で、その高次元の存在様にかかわって異世界に飛ばされた俺は味方によっては神の使途と言えなくもないのか? いや、変なことは考えないでおこう。現実が思考に引っ張られて行っては面倒だ。
そんなやりとりをしていると突然周囲の喧騒が止み、街外の臨時宴会場には馬の蹄と馬車の車輪の音しかしなくなった。
そちらに目を向けると、豪華な装飾を付けた10騎の騎兵に護衛された、昨日税務官が乗っていたそれよりもさらに豪華な装飾をあしらわれた馬車が街の門を抜けてこちらに向かってくる。周囲の喧騒から、その馬車には準男爵家の家紋があしらわれている事をうかがい知る。
俺の目の前で馬車が止まり、中からは見覚えのある顔の男が降りてくる。「ほほう」とうるさい税務官のバンジャマとやらだ。
バンジャマは俺の方ではなく、臨時出張窓口を開設している冒険者ギルドのギルマス、ドニの方に向き直る。
「誰の許可を得てこのようなことをしているのかね? 臨時窓口開設の申請書など私は見た記憶がないのだが? それともドワーフという下等な種族は書類を提出して許可を得るという文化的な手続きも知らないのかね?」
「冒険者ギルドは国や貴族様の下部組織ではありませんぜ? 各地方ギルドには業務上の必要に応じた裁量権が認められておりますんで。」
「ほほう? 業務上の必要だと? 私には街の外で毛皮らしい獣人や亜人たちがドンちゃん騒ぎをしていたずらに街の治安を乱そうとしている行為を煽っているとしか見えないのだが?」
「ええ、とっても必要な業務なんですよ。ゴブリンの集落を殲滅してゴブリンキングを討ち取った冒険者が運悪く街への入場を断られてしまいましたのでね。ギルドとしては早急に討伐認定をするためにはどうしても必要な措置だったんですわ」
ギルマスのドニのその言葉に、税務官バンジャマが一瞬ひるむ。どうやらバンジャマ一味は俺がゴブリン集落を殲滅したことを知らなかったようだな。
「なんせゴブリンキングの集落といえばCランクパーティーが複数でどうにか対応できるかという案件ですからな。興味をもった冒険者たちや街の人たちが集まってくるのも無理ありませんわ」
「人が集まれば商人は商売をするのが仕事だニャ! 街の外での商売は行商の許可のある商会員であれば全く問題のない行為なのニャ!」
「街に入れない冒険者がやむなく野営していた時にたまたま襲ってきた魔物を返り討ちにして、その肉をお腹を空かせた孤児院の子供たちに振舞うのにも、誰からの許可も必要のない事ですからな」
ドニに続いてミネット、そして門番リーダーのガエタンも口を添えてくれる。
「そうだそうだ! 業突く張りの税金取りめ!」
「どうせまた難癖付けて俺達からむしり取ろうってんだろ! ひっこんでろ!」
「金を取るしか能のない役人め! 悔しかったらスライムの一匹でもやっつけて孤児院に寄付でもしてみろ!」
集まっていた人々が税務官たちに腹の底からの罵声を浴びせたてる。よっぽど腹に据えかねていたのだろう。
次第に罵声は税務官たちの馬車を取り囲み始め、護衛の騎士たちは剣の柄に手をかけて馬車を背に周囲を警戒する。いくら豪華に装飾された装備を身に纏う訓練された騎士たちとは言え多勢に無勢、取り囲む民衆の中には熟練の冒険者たちも数多く含まれており、その群衆は今にも投石でも始めそうな雰囲気となっている。
騎士たちが鎮まるように叫ぶも群集の叫ぶ声に呑まれて何の効果も生じない。うろたえた表情をしたバンジャマ税務官は、馬車の中に半身を入れ、中にいるであろう人物と何か会話を交わしているようである。
すると馬車の中ならゆっくりと外に進み出てくる人物が現れた。
服装は豪華ではあるが華美ではなく、単に服飾の意匠のみがもたらすそれとは違い、着ている人物とひと揃えになる事でさらに高貴さと威圧を醸し出すかのような姿。
その動きは洗練されており、この騒ぎの中でも一切の動揺を見せず冷静そのもので優雅とさえ感じられる。その手足の動きは人間として至極自然なものでありながら、この喧騒の中心においてはなにか無機質な、劇場の舞台の上で役者が悠然と歩いているかのようで。
その人物が馬車から完全に降り立ちその姿を見せると、群集の叫ぶ声は一瞬のうちに掻き消えてあたりには静寂が訪れた。
「事情は相分かった。夕刻までには解散したまえ。以上だ。」
その人物の声は決して大きくはなかったがそこに集まる者すべての脳裏に鼓膜を通して通じたようだ。
あれが副領主…… ロドリグ・ブリュール準男爵か。
〇ゴブリン集落の殲滅 ギルド査定
「ゴブリン」
・魔石 @銅貨 5枚×124= 620
小計 銅貨620枚(銀貨6枚、銅貨20枚)
「ゴブリンファイター」
・魔石 @銅貨 100枚× 3= 300
・ゴブリンの剣(上) @銅貨 200枚× 1= 200
小計 銅貨500枚(銀貨5枚)
「ゴブリンマジシャン」
・魔石 @銅貨 100枚× 1= 100
・ゴブリンワンド @銅貨 150枚× 2= 300
小計 銅貨400枚(銀貨4枚)
「ゴブリンプリースト」
・魔石 @銅貨 100枚× 2= 200
・ゴブリンスタッフ @銅貨 150枚× 1= 150
小計 銅貨350枚(銀貨3枚、銅貨50枚)
「ゴブリンキング」
・魔石 @銅貨3000枚× 1=3000
・ゴブリンキングの大剣@銅貨8000枚× 1=8000
・ゴブリンキングの冠 @銅貨5000枚× 1=5000
・表皮 @銅貨1000枚 =1000
解体手数料(素材価格×0,2) -200
・骨 @銅貨2000枚 =2000
解体手数料(素材価格×0,2) -400
・靭帯 @銅貨1000枚 =1000
解体手数料(素材価格×0,2) -400
・睾丸 @銅貨5000枚 =5000
解体手数料(素材価格×0,2) -1000
小計 銅貨23000枚(金貨2枚、銀貨30枚)
◎冒険者ギルド特別報酬
『ゴブリン集落殲滅報酬』 銀貨50枚
『ゴブリンキング討伐報酬』 金貨1枚
小計 銅貨15000枚(金貨1枚、銀貨50枚)
合計 銅貨39870枚(金貨3枚、銀貨98枚銅貨70枚)
※ゴブリン集落はハヤトと『青銅の家族』で共同討伐したという事にしている為、配分は5割ずつにする予定だったがセヴラルドたちが土下座して固辞し、ハヤトも譲らなかったが結局セヴラルドたちには金貨1枚をどうにか受け取らせることに成功する。
ゴブリンキング1体の素材だけで日本円230万円ですw。(冠や剣はレアドロップ扱いですが、それがなかったとしても100万円になります)
今回のハヤトの収入:金貨2枚、銀貨98枚、銅貨70枚(298万7千円)
一気に小金持ちになってしまいました。これで「仕送り」も数ヶ月分は大丈夫ですね!




