30、おじさん、キャンピングカーに心震える
街の税務官への賄賂を拒み、街に入れなかった俺たちは街の外で野営をすることになる。
面子を潰された奴らは、今夜俺たちに刺客か何かを差し向けてくるようだ。
軽トラのカスタムスキル「カーナビ」をアップグレードさせて「索敵」を有効化させて奴らの襲撃に備えていると、クウちゃんから真面目な話をされてしまった。
どうやら俺がこの異世界に迷い込んだのはクウちゃんのミスではなくて闇の勢力に狙われたかららしい。
闇の勢力が俺を狙った理由は、俺がスターシードとか言う結構特別な存在で、俺を起点として発生した負の感情は奴らにとって勢力拡大のためのエネルギーになるらしく、俺にちょっかいをかけて俺やこの世界の住人から負の感情を集めるためだとか。
で、クウちゃんはそのことを俺が知ってしまえば俺は人間を人間たらしめる「感情」を「抑圧」したままで人生を送る事になるのではと危惧してくれていたのだが、何も知らないままに奴らの思惑に踊らされているのを見ているのが辛いとの事でそのことを俺に教えてくれたと。
で、俺の事を心配してくれたクウちゃんに「これから明るいく楽しい異世界ライフを送ろうぜ!」 と感謝の気持ちを伝えたところ、
「わかったわ! それじゃあさっそく愛し合いましょ!!」
と熱烈な求愛を受けてしまっていた。
待て待て、俺たちはあの税務官が差し向けたと思われる刺客に狙われているんだ。今はそんなことをしている場合ではない。
ん? 今は?
いやいや。俺には地球に妻も子供もいるのだ。いくら見た目が若くて可愛いクウちゃんから熱烈アタックを受けたとしてもそんな行為が許される分けないじゃないか。
「だから~! 奥さんから許可もらったから大丈夫だってば!」
そうか、許されるのか。いやいやそうじゃない。もし今後仮にそうなるとしても、とりあえず今は敵に襲撃されるかもしれないのだ。
俺はカーナビ画面に表示された敵の表示を確認する。街の外壁の上でこちらをうかがっていると思われる3つの赤い三角にはまだ動く気配がない。
あたりは既に真っ暗だ。夜空には二つの月、大きな細い三日月と小さな半月が見えているが、その明かりは地上の暗闇を見渡せるほどには貢献してくれてはいない。時間は深夜。街の人たちの多くはその体を寝具に横たえ、日中の労働の疲れを癒しているであろう。
カーナビ画面の中で3つの赤い三角の一つが微妙に震えた。こちらに向かってくるかと身構えた俺の心拍数が高くなる。
赤い三角の点はそれ以上動きを見せなかったが、視覚に変化がなかった代わりに聴覚に異変が訪れる
「ピ―――――――――――――――――――――――」
笛の音だ!
その音は決して大音量ではないが、細く、長く、どこまでも染み通っていくかのような不思議な音だ。
笛の音が止み数分すると。カーナビの索敵画面に赤い点が現れ始めた。
赤い点は街の反対側、街道向こうの森の方から多くあらわれる。赤い点の形は丸。魔物だ。
どうやらあの笛は魔物を呼びよせる類の物らしい。
呼び寄せられた魔物たちは笛の音の出どころ、街の外壁の方に向かっていく。しかし、そこには5メートルはあろうかという高い外壁がそびえ立っている。
笛の音で興奮し、凶暴性を増した魔物たちは行き場を失い、次の目標を探し始める。
今この時、街の外で野宿をしている冒険者はいない。その付近に唯一感じられる獲物の香りは、たった一台停まっている軽トラの中から発せられている。
魔物たちは我先に獲物を食らわんと軽トラの周りに殺到する。もはやモニターの赤い点は重なり合って点ではなく、テーブルクロスにこぼした赤ワインのごとくその面積を広げている。
その数100を優に超える魔物たちが軽トラを取り囲む。
魔物たちはその大きな体躯で軽トラに次々と体当たりをかまし、肉を鉄に打ち付ける音が、本来は音のない深夜の草原に響き渡る。
魔物たちの度重なる体当たりを受けても軽トラはびくともしない。角の生えた魔物が多く、角による攻撃を試みる個体も多いがそれも軽トラには毛ほどのダメージも与えられない。
だが、この様子を外から見ている奴はどう思うか。もはや俺たちのよりどころたる魔道具は木っ端みじんに砕け、中に乗っていた俺たちも魔物たちに踏みつけられその原型を留めず、肉塊と化した俺たちはそのほとんどが魔物たちの腹の中に収められている以外の姿は思いつくことができないであろう。
まさに奴らもそう思ったのか、街の外壁にいる刺客たち、3つの赤い三角の点は街の奥へと引っ込んでいった。馬鹿め。俺達の死体など確認できないほどの惨状だと見越して現状確認を怠ったな。
俺は『風魔法』を発動。軽トラに体当たりを繰り返す魔物のうち、すぐそばにいる個体の首を切り飛ばす。
絶命した魔物は『自動収納』で他の魔物に踏みつぶされないうちに『無限積載』の中に収納する。
ゴブリンの集落の時は、『風魔法』が(10)ランクだったのであっさりと討伐できたが、今の『風魔法』のランクは(4)。威力は足りないが、数回の魔法の行使で首を落とすことは可能だ。
魔物の数は100匹を越えており、さすがに一瞬で殲滅とはいかないが夜は長いし邪魔をする奴もいない。ゆっくり、丁寧に魔物の皆さんを物言わぬ骸へと「処理」していく。
朝を待たずにして処理は終わり、俺は仮眠をとるべく荷台へと向かおうと軽トラから降りようとしたとき、
「ハヤト! 軽トラのレベルが上がっているわよ!」
ステータスを確認すると軽トラのレベルは「21」まで上がっていた。これでCPの最大は120Pになっていた。
『カスタムスキル「キャンピングカー(通常)」が発現しました。CP100を使用して「キャンピングカー(通常)」を有効化しますか Y/N?』
これから「寝よう」というイメージとCP最大値が100Pを超えたことで「キャンピングカー」が発現したようだ。
「おおお、これはおじさんのロマンじゃないか!」
キャンピングカーでの一人旅。それは日本でおじさんが定年になったらぜひやってみたいことの一つだった。だが、通常のキャンピングカーだとそれなりの値段がするため、単なる俺個人の趣味というくくりと、俺の年収から導き出される老後自由に使える額では購入は難しい。そんな俺の有力な選択肢の一つとして浮上していたのが「軽トラキャンピングカー」だった。
軽トラの荷台のスペースのため広さには限界はあるが、フラットな床面には狭いながらも夫婦ならば二人で寝る事が可能、簡単な流し台とお湯を沸かすだけの台所もある。宿代をかけずに日本中を回り、食事はその土地の物を食べ歩くでもよし、コンビニがあれば事足りる。風呂は温泉も巡ればいい旅の目標にもなり、トイレさえ確保できれば快適だ。夜は軽く酒でも飲みながら読書をする。テレビなど不要だ。
ああ、最高だ! 俺の異世界ライフ! 早速『異世界売店』でビールを購入し、軽トラの運転席から降りて荷台に回り込む。
「あらハヤト、イメージするだけで運転席から中に出入りできるわよ?」
荷台の後ろに形成されたキャンピングカーの入り口を開けて中に入ろうとすると、すでに助手席から直接中に入っていたクウちゃんに出迎えられた。くっ……! キャンピングカー一番乗りの感動が!
一番乗りを逃した俺は少々落胆しながらも荷台に設置されたオブジェの中、キャンピングカーの居住区に足を踏み入れる。一番乗りは逃したが、それでも俺の定年後の夢がここにあるのだ。男のロマンなのだ。少々の落胆などもはや頭からは吹き飛んでいる。
さてと意気込んで踏み入り中を見渡すと……違和感と違和感。そして違和感。
なんだこのピンクのお部屋は!
まずはベッドが丸い。そして微妙な速度で回転している。天井にはミラーボール。部屋全体の色彩はピンク系で統一されており全体的に薄暗く、回転するミラーボールの光のほかに色とりどりのレーザー光が不定期に流れて壁や天井を回っている。壁の反面がガラス張りになっており、その向こうには妙に丸くいびつな浴槽も見える。
これって昔のラ〇ホテルじゃねえか!
しかもどう考えてもその部屋の広さは軽トラの荷台どころの話じゃない。
「へっへ~ん、すごいでしょ~! この軽トラの『カスタム』はねぇ、『有効化』するときのイメージでいろいろ形が変わるのよ~!」
この脳内桃色娘ェ……。
俺は決してそんなイメージなどしていない。そういえば『有効化しますか? Y/N』の時に俺は「Yes」とイメージしていない。つまりこれはクウちゃんがそのイメージのまま有効化させたという事なのだろう。
それにしてもよくこんな大昔のラ〇ホテルの室内なんて知ってたなこの人。回転ベッドなんて流行ったの30年以上前じゃなかったか? まあ、田舎のさびれたところの中には改装されずそのままの設備のところもあったから俺は知っているわけだが。
で、この広さはと言うとやっぱり『亜空間』を自由にできる、次元を司る高次元の存在様のおチカラだった。
後日になっていろいろ試してみたのだが、「キャンピングカー」というくくりがある為か「部屋」以外のイメージは弾かれ、マンションやアパートの「部屋」は再現できても大きな日本家屋は無理だった。当然か。
また、ロイヤルスイートのような高級感のあるイメージも弾かれてしまった。どうやらこちらは「できない」というよりも「足りない」というイメージが跳ね返ってきたのでたぶんCPがもっとあれば『反映』されそうな感じだった。
また、複数の部屋の構築もイメージが弾かれてしまった。こちらは単にCPが100毎に一部屋、つまり2部屋なら200CP、5部屋なら500CPあればできそうだった。
で、結局その日はピンクのラ〇ホを撤収し、通常の広さのキャンピングカーの内装にして一夜を明かした。俺はしっかりとおつまみ付きてビールを飲んで、キャンピングカー旅の雰囲気を満喫した。
クウちゃんはラ〇ホに興味深々だったようだが、「キャンピングカーは俺の夢なんだ! 男のロマンなんだ!」と俺が熱く語る事でどうにか今日は納得してくれたのだ。ちなみにクウちゃんの回転ベッドのイメージはアニメ関連の薄い本の中にあったものだとの事。そんなもんどこで手に入れたんだ……。
翌朝、目が覚めると既に朝日は昇っていた。寝るのが遅かったから少々寝坊してしまったようだ。おじさんは朝が早いと人は言うがそれは老人の話だ。おじさんはまだ老人には至っていない。おじさんはしっかり8時間は寝ないと使い物にならないのだ。
まだ熟睡しているクウちゃんを起こして運転席に移動しメオンの街の外壁を見ると、数名の人影が動いているのが見えた。
ふむ、多少寝坊してしまったが、どうやら起きた時間はちょうどよかったらしい。
〇軽トラステータス
名称:軽トラ 異世界仕様車
レベル:21(Up!)
HP ∞ ・MP max/30,000 (Up!) ・SP 14/24・CP 20/120
≪分類≫:魔法道具
≪レア度≫:幻想級
≪運転者≫:橘隼人(専用)
≪固有スキル≫:
・MP駆動
・車体不壊
・成長可能性保持
・搭乗者保護
・積載物保護
≪スキル≫:
・MP自動回復(1)
・火属性魔法(1)
・水属性魔法(1)→(4)(Up!)
・土属性魔法(1)→(4)(Up!)
・風属性魔法(3)→(4)(Up!)
・氷属性魔法(1)
・雷属性魔法(1)
・回復魔法(3)→(4)(Up!)
・光魔法(1)
・精神干渉(1)
・時空干渉(1)
≪カスタム≫:
〈機能系〉
・エアコン(1)
・MP電力変換(1)
・幌(-)
・洗車(1)
・無限積載
・自動積載(1)
・カーナビ(通常)(-)(New!)
・カーナビ(索敵)(-)(New!)
〈戦闘系〉
・轢く(1)
・撥ねる(1)
・隠蔽(-)
〈操作系〉
・悪路走破(1)
〈生活系〉
・異世界売店
・異世界CD
・簡易トイレ(-)(New!)
・ゴミ箱(-)(New!)
・キャンピングカー(+)(New!)
≪恩恵≫:時空
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