28、おじさん、街に入れなくなる
俺たちはメオンの街の入り口に来ていた。
俺たち、というよりも、俺が軽トラと共に街の中に入れるようにとセヴラルドが門番に交渉し、いつのまにか一緒に付いてきたトランティニャン商会の商会長の娘たる猫耳娘のミネットが俺とクウちゃん分の会員証を急いで手配してくれ、ようやく街の中に入れるかと思ったその時。馬に乗った兵士が駆け付け、「俺たち人間は入ってもいいが、人が乗れる魔道具の持ち込みは禁止する」とあるお偉い方からお達しが出たという。
「なんだと! お前さっき説明しただろうが! ハヤト様はその魔道具から離れると死んでしまうんだぞ!!」
「はい! 委細ご説明いたしましたが、副領主であるロドリグ・ブリュール準男爵様からはそのようなお達しが出ております!」
なんだと? 俺の事情を理解したうえで、俺本人は入ってもいいが軽トラを街に入れてはダメなどと、それってまるで……
「あ~、間に合わなかった! ごめんなさいだニャ~! これは多分、わっちらの商会への嫌がらせだニャ~!」
ミネットが何か気になる事を言った。
ミネット曰く、この街を治める男爵様は、王都では蔑まれ奴隷と同様な扱いをされている獣人族を人間と同等に扱ってくれる清廉で領民思いで領内の施政にも有能な領主様だとか。
それが約1年程前に王都から派遣された副領主は獣人族嫌いであり、商会を立ち上げて潤沢な利益をあげ続けているトランティニャン商会に対して有形無形の圧力をかけてきているのとのこと。
領主様も副領主のやり口を快くは思っていないが、副領主が準男爵という、領主の男爵位には劣りながらも爵位持ちなことや、王都から副領主と共に派遣されてきた武官、文官らに派閥を形成されてしまい自分の思うように領地経営を回せない状態らしい。
で、俺と共に街に着いたトランティニャン商会の娘が一目散に俺たちが街へ入れるよう便宜を図りに駆け出した行動をどこかから観察し、俺が商会長が愛娘に対応を任せるほどの重要人物と思われてしまったらしく今回の嫌がらせにつながったという事らしい。
「あいつらは街中に配下の者を放っているニャ。見つからないようにするのは無理でも妨害されないように急いだのに間に合わなかったニャ……」
ミネットが猫耳をぱたんと前に倒し尻尾を股の間にはさんで落ち込んでいると、門番をしていた兵士の一人が話し出す。
「いや、商会のお嬢さんのせいとは言えねえ。どっちみち奴は新参者の旅人や冒険者たちには難癖をつけて足元を見やがるんだ。 ……ほーら、噂をすれば来やがった」
兵士の視線の先には、門番の兵士たちよりも豪華な鎧を着こんだ騎兵を5人ほど引き連れた、位の高い文官のような服装をした初老の男がやけにゆっくりと大物然とした態度で豪華な馬車から降りてくるところだった。
「ほほう、これは見たことのない魔道具ですな。ああ、申し遅れました。私はこの街の税務官のバンジャマと申します。この度は魔道具の街への持ち込みを許可できず大変申し訳なく存じます。薄汚い獣人が立ち上げた商会とは言え、この王国が定める法では本来は商会員たるあなた方に本来入街税を課すわけにはいかないのですが、そのような魔道具を持ち込むとなれば話は別なのですよ。 ……そうですね、その魔道具を街に持ち込むのならば…… 持ち込み税として金貨1枚(銀貨100枚)ほどお納めいただく必要がありますが……?」
なんだとー! 街に入るだけで100万円だと! ぼったくりにもほどがあるわい! セバン村でザトラさんに聞いた話では村だろうが街だろうが王都だろうが門で払う税金は一律銅貨20枚(2千円)だったはずだ。しかも今の俺はミネットのおかげで商会員という立場を得て税金は支払わなくてもいいはずだというのに!
俺が脳内で憤慨していると、その税務官を名乗る男はさらに言葉を続けた。
「しかし、これほどの魔道具を持ち込むとなれば前例がありませんからな……? 私の裁量次第では新たな律令を構えて税を軽減する事も可能でしょう。 ……そうですな、関係各所への諸々の経費等で銀貨50枚ほど用立ていただければ、銀貨10枚ほどの税金でも通りそうなのですが?」
あ、こいつ悪い奴だ。あからさまに賄賂要求しやがった。しかも定額を提示しやがった。これは袖の下を要求する事に慣れてやがる輩の言動だ。
そうだ、うちの実家の檀家の生臭坊主とそっくりだ。葬儀や法事をお願いすると「お礼はお気持ちの額で結構です」とかいうのが通例なはずなのに「戒名に院号を付けるなら最低100万」とか平気で言ってくる奴の精神構造と同じやつだ。悪びれることなく「もらって当然」ということに疑いも持ってない奴の態度だ。
「ほほう。もしかして何か不審に思われる点がおありですかな? でも大丈夫でございます。あなたがお支払いになった経費や税はすべてこの街の住民たちや旅人たちの快適な生活の為に使われますのでご心配なく。」
うそこけ。どう考えてもお前かお前の後ろにいる取り巻きたちの快適な生活の為に使われるんじゃねえか。堂々と悪びれずに流暢に嘘を吐きやがって。
うーむ。街に入れないのは困るが、そもそも奴の提示した金額の持ち合わせもない。それに、あんな奴に賄賂とわかり切った金を渡す気もさらさら起きない。
誰が払ってやるもんか!
「そうですか。せっかくのご配慮に感謝いたしますが、あいにく今、俺には持ち合わせがないのです。なので今回は街への立ち入りは見合させていただき、また後日機会がありました時にお願いしたいと存じます。」
おじさんの必殺技、慇懃無礼にお断りを炸裂させた。
「ほほう? たしかあなたは天下のトランティニャン商会の商会員になったと伺っておりますが? そこの商会員たるものがこれほどのはした金すら手元にないとはいささか商会の将来が心配になりますな? そもそも商会員ならば商会から用立ててもらえばいのではないですか?」
あ、こいつ悪いだけじゃなくて嫌な奴だ。
にゃろう。慇懃無礼対応に嫌味で対応して来るとは。だったらもうこちらも遠慮は無用だな。
「ええ、将来安泰で信用のおけるトランティニャン商会なら問題なく税金を納める分は用立ててくれるでしょう。しかし、俺の死んだ祖父の遺言で『友人だろうが国王だろうが信用できない奴に金を渡すな』というのがありましてね。だから私があなたに支払うお金はないのですよ。」
「ほほう? それは副領主たるロドリグ・ブリュール準男爵様の腹心である私のことを信用できないと言っているのですか? 私どもの配慮を拒むと?」
「それ以外の事を言っているように聞こえましたか?」
ほほうほほうとうるさい奴だな。こいつは目下の者から異論反論を言われることに慣れていないんだろうな。顔が引きつってきているぞ。
「ほほう。分かりました。では魔道具の持ち込みは認められませんな。お、そういえばたしか魔道具から離れると死んでしまうのでしたな。これは残念! これでは街に入ることはかなわなくなりましたな。 あ、そうそう、ハヤト殿とやら、お気を付けください? 街の外壁の外は夜になるととても恐ろしい魔物が出るそうですよ? どうぞ命を大切になさってくださいね?」
そう言うとほほうほほうとうるさい財務官とやらは馬車に戻り騎兵を引き連れ戻っていった。あれ、俺あいつに名前言ったっけ? なんで俺の名前知ってるんだろう?
・・・・・・・
「いや~! ひっさびさにスッキリしたぜ! あんがとなあんちゃん!」
門番の兵士のリーダーと思われる男が俺に話しかけてくる。「あんちゃん」なんて呼ばれたのは何十年ぶりだろうか。この世界で俺の年は33歳という事だからまあ許容範囲なのだろうか?
「あの副領主が派遣されてきてからというもの、おれらみたいな元々男爵領の兵士や役人は軒並み閑職に回されるし、トランティニャン商会や加盟する商人達はもちろん冒険者ギルドなんかへの風当たりも強くなってな。街の人々は街の人々は日々不平と不満を募らせているが、王都から派遣された準男爵様には面と向かって誰も何にも言えなくてなあ。」
門番のリーダーの話によると、この街の人々は副領主らの独善的な圧政に苦しんでいるらしい。この体格のいい初老のリーダーさんは名前をガエタンといい、今は門番をしているが、もとは領主である男爵様の側近でこの街の騎士長だったとのこと。
「それにここ最近奴らは取り繕う事をやめたのか、締め付けをどんどんひどくしてきやがった。ほんのちょっと税金の支払いが遅れただけで家族全員奴隷商に送り込みやがったり、孤児院や療護院の予算を止めたり、街の酒場で気に食わない冒険者たちを喧嘩を装う事もなく一方的に私刑にしたり……。 領主様もさぞ心をお痛めになっていると思うが、王都の権力を笠に着る奴には成すすべがないって感じだ。」
ガエタンさんは悔し気に言葉を吐き出す。そうか。最近は人目を憚らず圧政にさらに加速がかかっていると。そんななかで俺は副領主の手先の税務官相手に言いたいことを言い放ってしまったと。
となると、さっきの俺の税務官とのやりとりがもたらしてしまう事は……
「ミネットすまん。お前の商会への風当たりを強くしてしまったようだ。」
「そんなことはいいですニャ。どのみちあいつらは嫌がらせして来るんですからニャ。それよりハヤトさん? 街に入れなくなってしまったけどどうするニャ?」
「なにかまわないさ。こいつがあれば野宿なんてそこら辺の大部屋の宿屋よりも快適だからな」
日も落ちてきたので、とりあえず今日はこの辺で夜をしのぐことになるのは仕方ないだろう。
俺とクウちゃんが野宿をすると言ったため、セブラルドたちやミネットも一緒に野宿すると言いだしたのだが断った。
そのかわりみんなには街の中で情報収集とある手配をお願いした。話の輪の中にはもはやすっかり仲間の一員になったかのごとく門番リーダーのガエタンさんまで他の門番数人と共に参加していた。
そういえばほほうとうるさい税務官は言っていたな。「夜に気をつけなさい」と。
さあ、楽しい野宿の始まりだ!
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