27、おじさん、街に着く
俺たちはお世話になったセバン村のみんなに別れを告げ、この辺りを治める貴族様のおひざ元であるメオンの街に向かっていた。
途中、商人の一団とすれ違う際、その護衛についていた冒険者パーティーとセヴラルドたちが知己という事もありなんやかんやもあって一緒に休憩しながら昼食を摂ることになった。
商人の一団をまとめる、商会の会長であるモンタンさんは立派な猫耳を持つケモミミ様であり、そのモンタンさんから食事の準備を言いつけられたミネットという娘もまた、立派な猫のケモミミ娘様であった。
・・・・・・・
リンシールが運転席に俺とクウちゃんの分のパンを持ってきてくれる。旅の途中の食事なんて簡素なもんだ。見ると商会の人たちも、護衛についていた『鉄の楔』パーティーのメンバーたちも同じような食事をとっている。
モンタンと名乗る商会長で猫耳の男性は、娘と思われる猫耳娘のミネットさんを伴って軽トラの運転席の側に敷物を敷いてパンをかじり、俺に話しかけてくる。
「われらのこの耳がおめずらしいですかな?」
しまった。視線がばれてしまった。失礼のないようにしていたつもりだったのだが。だがクウちゃん、お前は少しは遠慮という社会的対人技術を身に付けろ。ガン見してんじゃねえ。
「失礼しました。正直言いますと、俺にとって初めてお目にかかるモノでして……」
「いえいえ構いませんよ。確かにわれらの種族は他の国や地域では人間以下の存在として虐げられているところもありますから、物珍しく見られる視線には慣れておりますので。 それに……」
「はい……?」
「ハヤト殿から受ける視線は、決してわれらを蔑むようなそれではない。むしろわれらを懐に入れて温かく保護して下さるような友好と慈愛のお気持ちを感じます。そちらの娘さんなんて、今にもわれらの耳や尻尾を撫でまわしたくてうずうずしているではありませんか?」
こらクウちゃん、そのワキワキした手を降ろしなさい。ミネットさんが怯えているじゃないか。
「ははは。とは言ってもわれらも家族や恋人や親愛なる友人以外では互いの耳や尻尾を触らせる風習はありませんのでご遠慮をお願いするしかないのですが」
そりゃそうだ。ケモミミのデフォ設定ですわ。残念だったなクウちゃん。いくらケモナーの我々といえども異世界モフモフにはまだ早かったのだよ。
「それにしても、ハヤト殿の魔道具はとても珍しいですな。まさか馬車の様に中に乗って移動することができるとは」
やっぱり商人だな。軽トラを見る目が輝いている。まるで猫の目のようだ。まあ猫だが。
「しかも『収納』の効果まで付加されているとは。商人からすれば喉から手が出るほど欲しい逸品ですな。」
それは俺も同感だ。だが売らないし売れない。いくらケモミミをモフモフさせてくれようが売れないものは売れないんだ。離れたら俺が死んでしまうからな。
「魔道具だけでなくハヤト殿の実力も大したものです。先ほどの『青銅家族』さんの話ではゴブリンキングをほぼ独力で倒されたそうではないですか?」
セヴラルドさーん! 俺が一人で倒したことになっちゃってますよー! 程よい嘘は人生の潤滑油ですよー! 設定を順守しろー!
「いえいえ、『青銅家族』の皆さんがいなかったらとても倒せたとは思えません。それに、俺はこの魔道具から降りられませんし、魔道具を触媒にしないと魔法も使えませんので……」
あーもう、この会話の流れはもういいから! とっとと腹の探りあいみたいなことはやめて会話を切り上げて出発しないと!
「なるほど、ハヤト殿は奥ゆかしい方のようだ。ところでハヤト殿、腹の探り合いはもうたくさんというお顔をしてらっしゃいますので、われらから一言お話申し上げたいことがあるのですがよろしいですかな?」
おっぷ! この人心読めるのか? 猫だからか? 猫耳には心の声も聞こえるのか? 落ち着け俺。
多分今の俺の表情は猫の目の様に目まぐるしく動いているのだろう。
「はい、なんでしょうか」
「われらはメオンの街を拠点として商会を運営しております。聞けば、ハヤト殿たちもこれからメオンの街に向かわれるとの事。そこで提案なのですが、街に着いてからの滞在先の斡旋や滞在費をわが商会で負担させていただきたいのです。端的に言えば、わが商会の食客となって頂きたいのです。」
え……? 食客? なんで俺?
「われらは商人です。利に敏い生き物です。嘘偽りなく申せば先行投資という大義名分を持ってハヤト殿に唾を付けておきたいのです。ハヤト殿とこの魔道具にはとてつもない価値を生み出す匂いがとても強く感じられますゆえ。」
あーそういう事か、油断した。俺が異世界から来たとか軽トラに死者蘇生の能力があることさえ隠蔽すればいいかと勘違いしていたわ。
この軽トラ、能力云々抜きにしても見た目だけでこの世界でオンリーワンで、それだけで好事家によってはものすごい価値になる事を失念していた。
滞在費全額負担は正直魅力だが、こちらの行動に制約がかかってくるようではたまらない。異世界に来てまで金としがらみに縛られて生きるなんてまっぴらごめんだ。断らなければ。
「なるほど、お話は分かりました。しかし、その申し出はとてもありがたい事ではありますが、恩という形をとっていながら、もしその恩をこちらが返せない時は期限も上限もなく俺たちの心と行動を縛る債務となりえます。この一瞬の問答で一つ間違えば一生物の負債となりかねない重責を背負うほどの決断は致しかねます。ゆえに、『なにかあったときには便宜を図ってもらいたい』という一点のみをその申し出の返答とさせていただきたい。」
おじさんは腹黒い狸どもを相手に仕事をしてきたのだ。数万円の会食を一回ごちそうになっただけでその後の便宜を永遠に際限なく図り続けなければならないような接待トラップを避ける嗅覚はそれなりにあるのだよ。割り勘が一番、おごりは茶番だ。
「ふむふむ、なかなか聡明な方のようだ。非常に残念ですが致し方ない。この場はその返答で満足させていただきましょう。ですが、本当に何かお困りの際には遠慮なくわが商会をお訪ねください。心からお待ち申し上げておりますので。」
ふう、どうにかこの場はしのげたようだ。
昼食休憩を終え、商人の一行にはセバン村のみんなによろしくと言伝をお願いして別れ、俺たちは再度メオンの街へと軽トラを走らせていた。
「ふぁあああああああ!! 早いですニャー!! 落ちますニャー!」
あれ? なんか聞き慣れない語尾の人が荷台に乗っているような……?
・・・・・・・
昼食休憩から2時間もしないうちに俺たちは『メオンの街』の入り口に着いた。っていうか、俺が一番最初にこの世界に来た時に見つけた立て札からほんの1時間ほどで着いてしまった。セバン村に行くよりもこっちの方が全然近かったのか。
軽トラを飛ばして村から街まで約6時間。日が落ちる前に着いてしまった。セヴラルドたちが徒歩で村に向かってきた時には5回ほど野営したと聞いたから、それに比べたらとんでもない速さだな。この世界の文化水準では軽トラの移動能力はとてつもないアドバンテージだ。
「ふぇぇぇぇえ……もう着いちゃったニャんて…… 軽トラさん速すぎますニャ」
……やはり乗っていたか。
「えーと、ミネットさんだっけ? どうして荷台に乗っていたのかな?」
「はいニャ! おとうちゃんから『ハヤトさんについて行って便宜を図れ』と言われましたニャ!」
「えーと、許可した覚えはないんだが?」
取扱説明書の記載によると、確かこの軽トラは運転手たる俺が乗車を許可しない限り乗ることができない仕様なはずだ。
「ケモミミを拒むわけないじゃない!! むしろウェルカム!! これはもはやラッキースケベよ!」
何を言っているのかはさっぱり分からないがやっぱりお前かクウちゃん。
この前クウちゃんのステータスをこっそり見てみたが、固有スキルのところに『運転手補助全般』ってついてたからおそらくミネットさんの乗車はこいつが許可して可能になったのだろう。
「じゃ、わっちは一足先に商会に行っていろいろ根回ししてきますニャ!」
クウちゃんの発言と俺の心理的葛藤を無視してそう言うとミネットさんは門番の立っている街の入り口をフリーパスで突破して全速力で町の中に走っていった。有力商会の娘だけあって門番さんを顔パスなんだな。そして猫獣人でも走る時は2足歩行と。まあその足の速いこと。
走り去る尻尾を見送っていると兄妹パーティーの4人が少々ばつの悪い表情で荷台から降りてくる。
「ハヤト様すみません。あの娘さんが堂々と乗り込んできたもので、すっかりハヤト様が許可をしたものだと……」
いやいや。ゼヴラルドたちは悪くない。俺も同じ立場ならそうなるだろう。悪いのはこいつだ。
「なあクウちゃん? クウちゃんは知らないかもしれないがとある地方には報告・連絡・相談という組織のルールがあってだな……」
「私の世界には以心伝心があるから不要よ!!」
いや、だからな……。「言わなくてもわかっているだろう」と「一言伝えた」ではその後に起こった結果に対する責任の重大さが天と地ほどの差になるわけで……。いや、そうか、こいつは第3の領域「言っても分からない」奴だったか……。
「で、どうするっすか? ハヤト様。さっきから門番さんたちが怪訝な目で魔道具睨んでますけど~?」
次男ソヴラルドの言葉で意識を引き戻す。ああそうだ。とりあえず今はどうにかして街の中に入れてもらわなければ。軽トラごと街に入る許可をもらわなければならない。
「とりあえず自分らが交渉してきます。奴らは知らない仲でもありませんので。」
そう言うとセヴラルドは門番の兵士の方に歩み寄り、身振り手振りを加えてなにやら話している。軽トラや俺たちの事を説明してくれているのだろう。
そのうち、詰め所からさらに数人の兵士と思しき人が出てきて、そのうちの一人が馬に乗って街の中に走っていった。うーむ、これは現場の判断に負えないので責任者に報告に行った感じだな。
セヴラルドがこっちに戻ってくる。
「ハヤト様達と軽トラの事は信じてはもらえたんですが、いかんせん『自分たちの権限では如何ともしがたい』ってことで、お偉いさんを呼びに行ってますのでもう少し待ってください」
5分程待っていると街の中から何やら砂ぼこりが立ちこちらに向かってくる。あれは…… 馬に乗った兵士ではない ……猫だ。
もはや門番などいないかのように、当然のごとく門を顔パスで止まることなく突破した猫娘が耳と尻尾を揺らしながら2本足で街の外にいる俺たちの方に走ってくる。おいおい、あなた軽トラより速いのでは?
「おまたせしたニャ! わっちらの商会のハヤトさんと奥様の分の会員証ニャ! これで税金なしで街にフリーパスで入れるニャ!」
いや、俺たちはトランティニャン商会に世話になることは断ったはずだが……。それにクウちゃんは奥様ではないぞ。
すると商会長の娘である猫耳娘のミネットは、
「『なんかあったら便宜を図る』約束ニャ! 街の入り口で入場許可でもめる事は『なにかあった』ことに該当するニャ! だからこれは約束の範囲内ニャ!」
そういう理屈か……。俺としてはあまり一方的に恩を受けるのは後が怖いので遠慮したいところだがこうも先手を取られてしまっては仕方がない。それに正直スムーズに街に入れるのなら有り難い事だ。
そうこうしていざ街に入ろうとしたところ、さきほど上役にお伺いをたてに行った兵士が馬を飛ばしてきた。
「お待ちください! 副領主であるロドリグ・ブリュール準男爵様からのお達しです。本人たちの立ち入りは認めるが、乗り物型魔道具の街への持ち込みは禁ずるとのことです!!」
なんと、……ということは……
俺、街に入れないんだ……。
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