25、おじさん、村に恩返しする
夜が明けた。
無事に夜が明けた。
ようやく夜が明けた……。
昨夜はクウちゃんが受肉して初めての夜。
クウちゃんのあざとい演技で軽トラに二人で寝る事になり、寝る前に軽トラ風呂に一緒に入った流れからして桃色的アタックをかましてくるのではと思われたが杞憂に終わった。
初めて得た肉体というものにまだ慣れていないのか疲れもあったのか、クウちゃんは軽トラの荷台に横になったとたんに爆睡したのだ。
その爆睡ときたらすさまじいもので、およそ10代半ばの女性がしてはいけないような鼾と寝言が平和な村の夜に響き渡っていた。鼻が悪いのかな? この世界に耳鼻科医はいるだろうか。まあ、音も遮断する『隠蔽』をかけていたから村人には被害は出していないだろう。俺はほとんど眠れなかったわけだが。
そのまま永遠に爆睡し続けるのではと思われたクウちゃんだったが、目元に差し込む朝の日差しと小鳥の鳴き声に反応したのか目を覚ました。
「ふぁぁぁぁあぁあ~ぁ…… これが……これが『だみんをむさぼる』ってやつなのね!? …… ふわぁあぁ」
ちょっと違うぞクウちゃん。惰眠とは人々が精力的に活動している時間帯に何ら社会の生産性に寄与することなくだらだらと眠る事だぞ。
おじさんは惰眠に関しては一家言持っているのだ。子供たちが大きくなると、もう休日は家族サービスやら部活の送迎などの義務が全くなくなって寝るしかやることがなくなるんだぞ。確かに惰眠は気持ちがいいが、油断すると土日の連休だってあっという間に何もしないで終わってしまうから注意が必要だ。用法と用量を守らなければ危険なのだ。
話がそれたが、どうやらクウちゃんにとっては本格的な「睡眠」というのは初めての経験だったみたいだ。
高次元の存在には睡眠は必要ないらしく、睡眠に似た休息はあるらしいが人間のそれと違って意識のどこかは目覚めていて会話や簡単な作業なんかは休息しながらでもできるらしい。
なので、全く意識を失っての睡眠と、それから目覚めた感覚までもが初体験のクウちゃんは体の気怠さまでをも「ふにゃっ」とした表情で楽しんでいる様子だった。
アトラとペトラが持ってきてくれた朝食をおいしくいただいた後、その事件は起こった。
肉体を持つとはどういうことか? 睡眠をとり、食事を摂取するとは何を招くのか? そう、自然の摂理、食べたら「出るもの」があるのである。
3次元の肉体に慣れないクウちゃんにとっては悪夢のような出来事だっただろう。細かな描写は省くが、この騒動で軽トラに
≪生活系≫「簡易トイレ」~CP10で有効化可能。運転席、助手席どちらのシートにも対応できる。
が新たに発現した。簡単に言うなら座席シートが便座に早変わりだ。
50CPを使用する『隠蔽』と同時に有効化できるだけのCPがあって本当に助かったと思う。
ちなみに『搭乗者保護』の「清潔保持」も汚れとか臭いとかにいい仕事をしてくれた。それでもそのあとに気分的なものの為に軽トラ風呂を朝から沸かすことになったけどね。老人ホームでの介護体験の経験があって本当によかったわ。
で、話は蛇足になるが「トイレで出されたもの」はどうなるのかといえば、亜空間経由でちゃんとしかるべき場所に転送されているとのこと。よかった。『無限積載』で使用する亜空間領域と併用だったらもうアイテムとか取り出せないところだった。
で、「しかるべき場所への転送」のシステムを利用して、
≪生活系≫「ゴミ箱」~CP5で有効化可能
も新たに発現させることができた。ビールの空き缶とか吸い殻とかたまってきていたし、ゴミとはいえアルミ缶やらはこの世界には存在しないものだから処理に困っていたので助かった。
一連の騒動の後、俺とクウちゃんは村の酪農場へと向かう。いつもは村の子供たちを代わりばんこに乗せていたが、助手席にクウちゃんが座っていたので今日乗るはずだった子供が泣きそうになる。クウちゃんを荷台に追いやりその子を乗せる。
この村で滞在もあと数日なので、他の子どもたちも乗せられるだけ荷台に乗せる。定員オーバーだが仕方がない。クウちゃんには子供たちとの交流を楽しんでもらおう。
ちなみに村の子供たちにはクウちゃんがゴブリンにさらわれたという設定は大人たちが教えてないので変な空気にはならないだろう。まあ、もし知っていたとしてもこの村の子供たちはやさしい子ばかりだから大丈夫だ。
ちなみにセヴラルドたち4人には今日は思い思い過ごしてくれと伝えている。雑貨屋でいろいろ揃えるものもあるだろう。
酪農場に着きミルクを運ぶ。クウちゃんは子供たちに教えてもらいながら牛や山羊の乳しぼりに夢中になっている。ああ、だからクウちゃん、牛の乳はしぼるものだ、しごくんじゃない。あと、新鮮だからってそのまま飲むなよ? 殺菌処理しないと今朝の悪夢が拡大再生産されてしまうからな。
牛や子供たちと戯れるクウちゃんをその場に放置して、俺は軽トラを畑の方に進ませる。
まだ種植えのされていない畑の土を一定量、『自動積載』で集めたら荷台の上に積み上げる。
軽トラの固有スキル≪積載物保護≫の「鮮度増進」によって、荷台上の土はフレッシュな栄養分たっぷりの土へと変化する。鮮度の増した土を畑に戻して再度他の土を集めるということを繰り返し、ある程度の深さまで畑全体の土をリフレッシュする事が出来た。
今年の収穫では軽トラの荷台に乗せて運んだ野菜の質がとてもよくなっていた。商人はまだ村に来ていないが、例年よりも5割り増しくらいで買い取りしてもらえるようだ。
また収穫を手伝えればいいのだが次の収穫期にまたセバン村に来れる保証はない。ならば、せめてもの恩返しをこのような形でさせてもらおう。村長のジトラさんとザトラさんには昨日許可をもらっている。これで、来年以降も高く売れる野菜が収穫できることを祈ろう。
さて、土を耕したなら潤いも必要だな。
SPを使って
水属性魔法を(1)→(4)、風属性魔法を(3)→(4)にUp。
魔法関連のランクは(4)以上で範囲攻撃が可能になる。
水魔法で空中に広範囲に水滴を作り、それを風魔法で散らして畑全体に散布する。先日は範囲魔法が使えなかったので畑の一部分づつしか散布できなかったが今度は一気に全体に散水する事が出来た。今日は虹は出なかった。残念。
次いで
回復魔法を(3)→(4)にUp。
土の中の土を活性化させるバクテリアや益虫を対象としてイメージしながら回復魔法を発動。効果があるかは分からないが思いついたのでやってみた。害虫くん達は元気になっちゃだめだぞ。
その後は畑と同様に果樹園の土を木の根を傷つけないように耕し、酪農場の牧草地の土も耕した。これで果実もミルクもおいしくなればいいな。おっと、牛さんや山羊さんにも回復魔法をかけておこう。
最後に村の外周を回り、魔物や賊の侵入防止のために建てられている木柵の周囲に土魔法で高さ1,5m、幅1mほどの強固な土塁を作っていく。
土魔法(1)→(4)Up
土塁が硬すぎると畑の拡張時に邪魔になるかとも思われたが、かといって柔らかくては肝心の防御力が下がってしまう。なので、外周の更に外側、農地に開拓できそうな平地の周辺にもさらに土塁を張り巡らす。居住区周囲にも同様に張り巡らしたので、これでこの村は3重の強固な土塁に守られている事になる。
これだけ連続して魔法を使ったのは初めてだったのでMPの残量が気になり確認したが総量の1/3くらいしか減っていなかった。ちなみにMP総量はレベル10ごとに10,000アップするというぶっ壊れな上げ幅だった。今のMP総量は20,000、つまり今回のレベルアップで2倍になっていた。
うーん、この軽トラの能力は農業にも適性が高いな。ある程度金を稼げたら農地を獲得して農業スローライフを真剣に検討したいところだ。
クウちゃんと子供たちを回収して村の居住区に戻るとセヴラルドたち4人は村の雑貨屋の主人と一緒に角ウサギを解体していた。どうやら狩りに出ていたらしい。
俺が戻ると、雑貨屋の主人は昨日の分の代金として銀貨3枚、銅貨80枚を手渡してきた。
実は昨夜の宴の前に、俺からの差し入れとして森で狩った角イノシシと角オオカミの肉を村長に渡していたのだ。昨夜は時間もなかったので取り急ぎ肉だけを解体したが、今日になって魔石や角の部位までを解体した代金だとのこと。
イノシシは魔石が銅貨100枚(銀貨1枚)、角は様々な武具に使えるとの事で銅貨200枚(銀貨2枚)になった。肉もそれなりに高級らしく銅貨300枚(銀貨3枚)相当とのことで、道理で昨夜はアトラや子供たちはうまそうに肉にかぶりついていた。喜んでもらえて俺もうれしい。オオカミは魔石が銅貨30枚、角銅貨50枚、肉はあまりおいしくないのか銅貨5枚相当だった。日本円にして3万8千円か。やはり森の中は稼げる狩場のようだ。
「ハヤト様! 見て下さいよ! これ全部、オレが弓で一発っすよ!」
次男のソヴラルドが得意げに話しかけてくる。見ると足元で解体しているほかに、手もとのリュック程の革袋から次々と角ウサギを取り出し全部で8匹ほどが足もとに横たわった。
ほう、あのサイズの袋にこんなにウサギが入るとは思えない。どうやらこの異世界では「収納袋」は魔道具として存在するようだな。これで軽トラの無限収納もそれほど悪目立ちしないだろう。それにしても、次男君は軽戦士だと思っていたら弓の扱いにも長けているらしい。
「このへんって魔物ほとんどいなかったっすけど、オレにかかれば隠れた奴らも百発百中っす!」
弓の腕だけでなく魔物を見つける才能もあるのだろうか? すばしっこそうだし斥候の適正もあるのかな? あとチャラい。
「もう! ソヴル兄ったら『ハヤト様にいいとこ見せるんだ―!』って張り切っちゃって。おかげでうちらの出番全くなかったじゃないの!」
次女のリンシールが小動物の様に頬を膨らませている。長女のランシールは我関せずといった涼しい顔で、長男のセヴラルドは腕を組んで目を閉じているがなにやら無念そうな表情でこう語った。
「ハヤト様、お話があります。この村の近辺はとても平和です。それはつまり、我々の生活の糧となる魔物が少ないという事。このまま村の恩情に甘えて滞在しては、我々はこの村の人々の食い扶持を奪ってしまう事になりかねません。
「ああ、俺も同じことを考えていた」
「3日後にこの村に出発しよう」
〇軽トラステータス
名称:軽トラ 異世界仕様車
レベル:12
HP ∞ ・MP 13,200/20,000 (Up!) ・SP 5/13・CP 65/65
≪分類≫:魔法道具
≪レア度≫:幻想級
≪運転者≫:橘隼人(専用)
≪固有スキル≫:
・MP駆動
・車体不壊
・成長可能性保持
・搭乗者保護
・積載物保護
≪スキル≫:
・MP自動回復(1)
・火属性魔法(1)
・水属性魔法(1)→(4)(Up!)
・土属性魔法(1)→(4)(Up!)
・風属性魔法(3)→(4)(Up!)
・氷属性魔法(1)
・雷属性魔法(1)
・回復魔法(3)→(4)(Up!)
・光魔法(1)
・精神干渉(1)
・時空干渉(1)
≪カスタム≫:
〈機能系〉
・エアコン(1)
・MP電力変換(1)
・幌(-)
・洗車(1)
・無限積載
・自動積載(1)
・カーナビ(通常)(-)
〈戦闘系〉
・轢く(1)
・撥ねる(1)
・隠蔽(-)
〈操作系〉
・悪路走破(1)
〈生活系〉
・異世界売店
・異世界CD
・簡易トイレ(-)(New!)
・ゴミ箱(-)(New!)
≪恩恵≫:時空
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