2、おじさん、五十肩が治る
はじめての投稿作品です。よろしくお願いいたします。
「やっべー……。ここ異世界だわ……」
突然、軽トラごと見知らぬ世界に迷い込んでしまった。
この世界に来て、初めて人工物である看板を見つけてのぞき込んだ俺は、その看板に矢印と文字のようなものが書かれているのを見つけた。
そこに書かれていた文字は初めて見るものであるはずなのに、なぜかスムーズに内容が読み取れたのだ。
地球では決して見たことのない、初めて見た文字が読み取れる原因は一つしかない。
異世界での自動翻訳機能だ。
ご都合主義なのか、何らかの神様的なものが与えてくれたギフトなのかは分からないが読み取れてしまうものは仕方がない。今の俺の知識の中で思い当たることはそれしかなかった。
え、なぜ50歳のおじさんが異世界転移の概念を知っているのかって?
俺はおじさんでもただのおじさんじゃない。そう、俺はオタクなおじさんなのだ。
おじさんのオタク度を説明しよう。いまやナンバリングシリーズ作も2桁に届き、数多くのサイドストーリーや関連作が販売されている、あの伝説的なドラゴン倒す系のRPGが最初に発売されたのはおじさんが中学生のころだ。もちろん俺はクラスの誰よりも早く入手してクリアした。
ただ、おじさんが住んでいたのはとっても田舎だったから都会に比べて流通が遅く、田舎のおもちゃ屋が入荷したころには発売日から数週間たっていたけどな。予約したのに発売日に手に入らないなんて、生まれた地域を恨んだものだ。
ゲーム以外でも、当時から中世をモデルにしたような戦記物や異世界での戦いを描いたファンタジー小説は今ほどではないがたくさんあったし、田舎で情報が遅くて乏しいからこそ同じゲームや小説や雑誌を何度も何度も読み込んでは作品の世界観への造詣を深めていたのだ。
そんなオタクがおじさんになったからといってまともになるはずないじゃないか。
もちろん、おじさんの頭では現代の溢れる情報量についていけないし、結婚してからはお小遣い制となってオタクに使える予算が乏しいながらもゲームやアニメやラノベへの興味はとうとう失せる事はなかったのだ。
ちなみに右手もよく疼く。原因は50肩の痛みだが。
話を戻そう。
で、これが異世界転移だとして一体どのタイプの異世界ものなのか検証が必要なのだが…
いったい何のタイプに当てはまるのだろう?
とりあえず、勇者とかチート物であれば、おそらく俺はこんな半端な若返りではなく10台半ばか後半くらいの少年と呼ばれる年齢になっていたはずだしもっとイケメンになっているはずである。元の世界の顔のまま転生って何気にひどい。もちろんのこと、俺はイケメンではない。ご都合主義よ、仕事しろ。
王城で召喚されたわけでもなく、0歳児に転生したわけでもない。視界のあちこちに目線をやってみるがステータスウインドウなんぞは現れては来ない。
体のどこかにスイッチ的なものはないかまさぐってみたが、少し引き締まってはいたたものの転移前と同じ生身である。
股間にはアレがしっかりついていたので侯爵令嬢に転生したわけでもないだろう。
右手の疼きは収まっていた。単に若返って50肩が治ったのだろう。これはこれで有り難い事だ。
あ、そういえば俺、元の世界で死んでないよね?なんか大きな水たまりに突っ込んだだけだよね?
死に戻り系は痛そうだから勘弁してほしいな。
で、とりあえずの謎が今俺が乗っている軽トラだ。
車と共に転移?謎だ。
謎ではあるが、どうやらこの軽トラは俺にとってとても大切なアイテムらしい。先ほど軽トラから降りたときに体がとても苦しくなった件から考えて間違いないだろう。
検証してみた。恐る恐る軽トラから降り、ゆっくりと、数センチ単位で軽トラから離れてみた。
やはり。離れるにつれて体は重くなり空気は薄くなる。半径5メートルくらいならば全く影響はないが、そこから遠ざかると離れるにつれて体は重くなり空気は薄くなる。どうやら、俺はこの軽トラの中か、すぐそばにいなければ生命維持ができないようだ。
そう考えるとさっきはやばかった。この場所の手掛かりがありそうな看板に向かって駆け出したからな。もう少し勢い余って軽トラから離れていたら多分死んでいたと思う。
転移していきなり初見殺しの命の危険とは……。どうやらこの異世界では慎重に事に当たる必要がありそうだ。
それにしても判断材料が少なすぎる。この異世界に来てまだ30分と経っていないのだから当然といえば当然だが。
さっき見つけたこの異世界最初の情報源であり、俺の命を奪いかけるきっかけともなった看板の文字を検証してみよう。とはいってもすでに先ほど内容は頭に入っているのだが。
←メオンの町 セバン村→
看板にはこう書かれていた。
道路標識のような道案内ではあるが、距離とかは書かれていない。どちらに行っても人の住んでいるところには着くのだろうが、いかんせんおおよその目安も何も分からずどちらが近いのか見当もつかない。
そこでふと思い当たる。この世界では軽トラから離れると死んでしまうようなので当然軽トラを運転して移動する事になる。
「異世界にガソリンってあるのか?」
ガソリンが無くなって移動ができなくなった時点で俺がこの世界で生きていける確率は格段に減るだろう。
幸い、つい昨日給油したばかりだからすぐにガス欠にはならないと思うが……。そう考えて燃料計に目をやると
「MP」と書かれていた。
「……はぁ?」
うーむ。「MP」ときたか。通常の軽トラ(通常じゃない軽トラってなんだろう)であれば、燃料計には「FUEL」とか、給油機のイラストがついていたりするんだが「MP」ときたか。
これはあれだ。この軽トラはガソリンの代わりにMPを消費して走るってことだな。ちなみに目盛りは満タンを指している。
まあいいだろう。ここは異世界なのだから。そういうもんだと割り切るしかないのだろう。
だが、そうなると更なる疑問が湧いて出る。「MP」は満タンとはいえ使えば減るだろう。どうやって回復するのか?燃費的なものはどうなっているのか?バッテリーみたいなものも存在するのか?
まあ、答えは出ない。ところで、もうひとつ気になることがある。
通常、「MP」という概念が存在するのならば当然のように「HP」の概念も存在するはずである。この二つはほとんどのゲームやファンタジーの世界を構成する必須条件と言ってもいい。
だが、この軽トラのダッシュボードのメーターパネル内には「HP」の表示はない。
考えていても分からない。なので、燃料計以外にも通常の軽トラと異なる点がないか改めて確認してみる。
とりあえず車内。シフトレバーはマニュアル式だしサイドブレーキはレバー式でシフトレバーの脇にある。窓は手動で手回し式だ。うん。知ってはいたけどアナログだねぇ。窓の開け方知らない若い子とかいそうだな。
これといって車内には変わったところはないようだ。
外観を確認。軽トラから降り、車体から離れないようにして車体を一周する。離れすぎると死んでしまうから慎重に。
特に変わったところはないように思えたが車両後部に回ったときに違和感を覚えた。
「あれ?こんなステッカーあったっけか?」
30センチくらいの高さで荷台の3方を取り囲み開閉可能な「あおり」の後部。そこに微妙に光を発しているように見える大きな真新しいステッカーが貼ってあった。地球にいたときにはなかったものである。
【ストロング不壊】
ステッカーには日本語でそう書かれていた。
んーこれはなんだろう。なんとなくは分かった。気がする。多分。だが、理解出来たら負けのような感じを受けるのは何故だ。
そう、多分、これは、あれだ。日本を走っている軽トラに似たようなステッカーが貼られているのを見たことがある。そこには【ストロング防錆】と書かれていたはずだ。
要は車体にさび止め加工をしてますよっていうアピールのステッカーなのだが、そのステッカーの周りが錆びまくっている軽トラを見るたびに失笑していたことを思い出す。
その【防錆】を真似してこのようなステッカーを張り付けたのだろう。そして、そこに書かれている【不壊】。この言葉をみてピンときたことがいくつかある。
1つは、「HP」の表示がなかった件とも関連する。おそらくこの軽トラは破壊不可能で故障も破損もしない。だから【不壊】であり、HPがゼロになって壊れることもないからHP表示も必要なかったのだろう。
そしてもう一つ、この異世界はおそらく「チート異世界」なのだろうという事。少し通常と違うのはチートなのは「軽トラ」で、生身の人間の俺は極弱だという事だ。
俺がこの世界では軽トラから離れればすぐに死んでしまう極弱な存在なのに、俺の持ち物である軽トラはチート性能だということはとても遺憾であるが、さらにもう一つ、最も重要なことに気が付いた。
それは、この軽トラをチート性能にした存在。意思を持った何者かがこの状況に干渉しているという事実である。
この軽トラをMP燃料仕様にし、破壊不可能にした者が存在する。ということは、俺がこの異世界に来ることになった原因も知っているに違いない。というか、転移の元凶なのかもしれない。
不安だ。俺と軽トラを異世界に転移させたかもしれない存在、仮にミスターXとしておこう。Xさんがどんな奴なのかを想像するに、軽トラをチューンナップしてくれたことからそんなに悪い奴ではないのだろう。
だが、【ストロング防錆】を【ストロング不壊】にかぶせてくるあたり、なんかユーモアのセンスを3段くらいはき違えている面倒くさそうな性格をしているような気がする。
こんな奴に遊び半分で転移させられたのかもしれないと考えたらムカついてきた。
いや、いけない。良く知りもしない人の事を想像だけの先入観で嫌ってしまってはいけないのだ。
新しい懸念事項が増えてモヤモヤしながら運転席に戻る。そこであることを思いつき助手席のダッシュボードに手を伸ばす。
地球で販売されている自動車には「取扱説明書」というものが存在する。大概の人はその存在を忘れているか、知っていても目を通すことは殆どないだろう。だが、俺は車を買ったときに全ページにしっかりと目を通しているのだ。
そう、俺はゲームを買ったときにはマニュアルを全部読んでからプレイする派なのだ。もちろん家電を買った時もすべて読む。おじさんは紙媒体の文字を読むのに抵抗はないのだ。若者よ見習え。
軽トラをMP仕様にしてくるようなXさんだが、取扱説明書を改稿するところまではしていないだろうなと考えつつ、車検証などが入っている入れ物の中から説明書を取り出す。
【軽トラ 異世界仕様車 取扱説明書】
表紙にはそう書かれていた。
ありがとうございます。




