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18、おじさん、冷静になる

作中に残虐な表現があります。苦手な方はご遠慮ください。



 ゴブリンだ。




 レベルアップを目的に森の中で獲物を探していた俺たちは子供のような大きさの人型の魔物を見つけた。



 この異世界にきて初めて見る人型のモンスターだ。見た目からして『ゴブリン』だと思われるが、ゴブリンにも諸説ある。



 醜悪で人間の村や家畜を襲い略奪し、女性を攫って交配して苗床とする凶悪なゴブリン。


 かたや、知性を持ち集団で牧歌的な生活を営み人間とも共存しようとする性善説なゴブリン。



 今、目の前にいるこの世界のゴブリンはいったいどっち寄りなのだろうか?





 今まで出会った魔物はすべて人間の「敵」だった。角ウサギも角オオカミも角イノシシも、すべて知性は感じられない赤く鋭い目で殺気を迸らせ、俺と俺の乗った軽トラに攻撃を加えてきた。スライムに関しては敵意があったのかよくわからないまま轢き殺してしまったが。



 俺は目を凝らしてゴブリンを観察する。幸い、向こうはまだこちらに気づいていないようだ。森の中でこんな軽トラを見つけられないなんてゴブリンの視力は悪いに違いない。



 隣にいるクウちゃん(玉子型の光の球)を見る。なんせクウちゃんは高次元の存在様だ。神や女神ではないであろうが、俺たち人間からしてみたら神的な存在であることは間違いない。しかも、光の勢力の最前線にいた(存在)だ。

 


 ゴブリンが魔物と呼ばれる存在であったとしても、知性があって人型の生物を一方的に殺戮するのは、光側の存在からすればタブーである可能性もある。まして、クウちゃんはなぜか日本のアニメやラノベに造詣が深いようだ。


 このゴブリンがどっち寄りなのか、俺から質問するまでもなく判断してくれるだろう。






「……さっきの魔物……変異?……あの因子の影響?いや……もっと前から存在、繁殖……。人工生物?ならば恐怖装置……。魂は?やはり汚染……。セントラルサン、浄化……隔離?だめか……」






 クウちゃんが珍しくまじめな口調で長めにつぶやいていらっしゃる。だから、心の声までラジオの電波に乗せてスピーカーから流すのはいいかげんやめて欲しいのだが。


 クウちゃんがつぶやいている間にゴブリンは森の奥に向かっていった。あとをつけていきたいが、森の中で軽トラが動けばさすがに気づかれるだろう。




 姿隠せないかな?




『カスタムスキル「隠蔽」が発現しました。CP(カスタムポイント)を50使用して有効化しますか  Y/N?』






 クウちゃんの声とは違った声がラジオから流れてきてビックリした。周波数同じなのか? クウちゃんもびっくりしたのだろう。光の球がビクンとなっていたw


 

 

 なんと、〈戦闘系〉のカスタムスキルに『隠蔽』が現れた。どうやら、光魔法での「光学迷彩」と風魔法での「音、臭い遮断」が合わさって発現できたようだ。

 

 使用CPは「50」と、幌の「5」に比べればとても多いが、今はクウちゃんの顕現で軽トラのレベルは100、CP上限は600もある。余裕で有効化できるな。




 クウちゃんはいまだに何か考え込んでいる様子なので、俺はあえて話し掛けず『隠蔽』を使って軽トラの姿を隠し、ゴブリンの後を追った。

 

 軽トラの『悪路走破』で押しのけられる木々の姿も光学迷彩で隠蔽されているようだ。なんだこの便利スキルは。完全犯罪もできるじゃないか。しないけど。





 




 ゴブリンの後をつけること約10分。


 

 俺は言葉を失っていた。







 


 そこは集落だった。粗末な建物が並んでいる。その粗末さと大きさから人間の建てたものではないだろう。ゴブリンの集落だ。


 

 

 その集落の中央。大きめの柱が2本建てられている。


 

 その柱には何かが括り付けられていた。


 その何かには、夥しいほどの木の枝が突き立てられている。



 

 

 その、「何か」が「何で」あるのか。


 俺の脳は、視界に映る光景とそこから導き出される結論を一瞬拒絶した。



 

 

 だが、認めざるを得ない。

 

 木の枝に見える粗末な矢じりが無数に突き刺さった物体。



 

 それは………………人間の姿だった。





 

 

 口の中に猛烈に酸の味がこみ上げる。

 

 だが、うつむいて逸らしたいはずの目は、かつて人間だったものから離すことができない。



 その「人だったもの」に何かが刺さった。


 

 

 ゴブリンたちは、人間を柱に括り付け、それに向かって弓矢を射っている。

 

 既に絶命しているのは誰が見ても明らかだ。

 

 なのに、その弓矢は次々とその人間だったものに刺さっていく。

 

 

 ……遊んでいるのだ。



 


 嬉々として弓矢を打ち込んでいるゴブリンどもの中には、比較的小ぎれいな鎧や兜を身に付けた個体がいた。その装いから見るに、おそらくは柱に括り付けられているのは冒険者。こいつらは戦利品として防具や剣を手に入れたのだろう。




 


 粗末な建物の一つが揺れている。


 その開けた入り口から中の様子が見える。


 

 

 ゴブリンの一体が、「何か」にうつぶせになって体の一部をこすりつけているような動きをしている。

 

 その「何か」の周りにはのぞき込むように10体ほどのゴブリンたちが集まり、その一体のゴブリンが体を起こすと次々にその「何か」にかわるがわる腰を打ち付けている。


 そのゴブリンたちの中にも、魔導士の杖のようなものを手にしていたり、女性向けの髪飾りのようなものやなんらかの効果がありそうな首飾りを身に付けている個体がいる。



 



 理解したくはなかったが理解できてしまった。


 悲鳴も叫ぶ声も聞こえない。おそらくそちらもすでに絶命しているのだろう。


 相手が絶命していながらもなお凌辱し続ける。

 




 


 どれほど弄ぶというのか!!!!!!!!





 



 冒険者たちは、おそらくゴブリンの集団と戦闘になったのだろう。

 

 お互いに命を懸けて戦う以上、どちらかが勝ち、どちらかは負ける。

 

 どちらかは死に、どちらかは生き残る。


 戦いの結果として力及ばず命を失うのは仕方のない事ともいえる。


 

 だが、相手の亡骸を


 快楽や享楽のために弄び貶める必要などどこにもない。



 

 

 俺は感情に任せて軽トラを発進させようとした。すると、



 「ハヤト、気持ちは分かるけど怒りを鎮めて」


 

 クウちゃんが小さく冷静な声で俺に話しかける。




 「怒りに任せて奴らを轢き殺したい気持ちは分かるわ。でも、それはあいつらの思うつぼなのよ!」



 納得できない俺にクウちゃんは諭すように話す。


「わけは後で必ず話すわ。だから、今は、お願いだから私の言う事に耳を傾けて欲しいの」




 いつものクウちゃんの口調ではない。悲しみをこらえているような声だ。

 

 クウちゃんも怒りや悲しみをこらえているのだ。おじさんの俺が先に暴走してどうする。




 「風の魔法で、一体一体、首を落として」



 

 俺はクウちゃんに言われた通り風魔法を発動させる。

 

 すべてのゴブリンを吹き飛ばすのなら感情任せでもよかっただろう。だが、この100匹以上もいる集団の首を一体ごとに切り落とすのには風魔法のコントロールにとてつもなく精緻な集中力がいる。


 集中するためには冷静でいなくてはならない。クウちゃんは、俺を落ち着けるためにその方法を指示したのだろう。




「相手の所業に対し怒りの感情をぶつけるのではなく。……ただ、この状況を冷静に処理しましょう。」



 なんとなくだが、唐突に理解できた。


 相手に対して怒りのままに行動するという危険性。



 理性という防波堤を超えて行動に移る感情のエネルギーは、さらなる悪しき感情の悪しき連鎖を生む。怒りが恨みに。恨みが復讐に。復讐がさらなる怒りを。


 時と場所を超えて負の感情は再生産されていく。怒りが悲しみを生む場合もある。悲しみが諦観に。諦観からの無作為も、予想もできなかった相手からの怒りや嘲笑、蔑みを生むかもしれない。


 そうやって生み出された負の感情はどこに行くのか。





 人や動植物の負の感情を好んで食らう奴らがいる。そいつらこそが闇の勢力。


 闇の勢力に力を与えないために。


 負の連鎖を断ち切るために。


 だから、冷静に対処する。





 一体一体、ゴブリンの首を風魔法で狩る。ことのほか自分は冷静だと思う。残虐な行為に対する怒りもなく、命を狩られるゴブリンに対する哀れみもなく。何も感じないようにして作業の様にゴブリンを屠っていく。

 


 今の軽トラのレベルは100、風魔法のランクは(10)。100×10で、いまの

魔法の射程は1,000m、つまり1Kmにも及ぶ。


 風魔法のランクは高く、すべてが一撃必殺。MPはほぼ無限。あとは俺のイメージ力と集中力さえ続けばなんの支障もない。




 奴らのほとんどを屠ったとき、ひときわ大きな個体のゴブリンが奥の建物から現れた。おそらくは上位個体という奴だろう。ホブゴブリンなのかゴブリンキングなのか。その手には、すでに息絶えた人間の裸の女性。





 思うところはある。だが、



 あえて感情は乗せない。


 


 怒りや憎しみ。そういった感情を相手ゴブリンに抱くという事は、俺が相手ゴブリンによって影響を与えられているという事。

 

 影響が強くなれば、それは俺の心が相手ゴブリンに支配されるという事。

 

 相応の報いを与えてやるという感情からの行動は、俺の行動まで支配されてしまうという事。


 「恨み」という感情が心に根付けば、その後の俺の人生、人格、人間性までもが歪められてしまう。




 ゴブリンなんかに、あんな人の命や尊厳を弄ぶような奴なんかに心を動かされてたまるものか。


 俺は、ただただゴブリンの所業によって弄ばれ、亡くなった方々の魂の誇りを尊重し、魂の安寧を願いながら――




 大きなゴブリンの首を落とす。






 「処理」は終わった。




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