16、おじさん、外堀を埋められる
おじさん(ハヤト)視点に戻ります。
~ハヤト視点~
「…………というわけなのよ!!」
「いや、どんな訳だよ!!」
異世界に軽トラと共に飛ばされ、初めて訪れた村を拠点に俺は魔物の討伐に出かけて来ていた。
村近隣では討伐の効率が悪いため、より多くの魔物を求めて森の近くまで来ている。
だが、森の木々が軽トラの行方を阻んでいる。軽トラから降りると死んでしまう俺は、なんとか軽トラに乗ったまま森の奥深くに進入できないか思考錯誤を重ねていた。
そんな時、カーラジオから流れるウザい声。
私を求めろとのたまうネジの抜けたような内容。
無視したところで延々と話しかけてくることは目に見えていたので俺は大人の対応を行った。
「アー、ハイ、アナタノチカラガヒツヨウデス、アナタヲモトメマス、オネガイシマス」
すると、眩い光が助手席のダッシュボードから一瞬爆ぜ、助手席のシートの上に玉子を大きくしたような形の直径1メートルほどの光の靄が視認できた。
「わたしクウちゃん。いまあなたの隣にいるの」
怖えーよ!
というわけで、俺と軽トラをこの異世界に転移させた張本人であり、高次元の存在だとぬかすクウちゃんが光の球の状態でこの世界に顕現した。
で、俺が転移しただけでなく、なんでクウちゃんまでこの異世界に来ることになったのか理由を尋ねたところ、
「ハヤトの異世界ライフには恋愛成分が足りないわ! だから私はハヤトの冒険譚に華と彩を持たせるために来たというわけなのよ!!」
「いや、どんな訳だよ!!」
さっぱり意味が分からない。
見た目は大きな光の玉子、声は車のラジオから。そんな状況で冷静に話を聞いた俺をだれか褒めて欲しい。ある意味新手の圧迫面接だ。
意味の分からない頭のおかしい話のなかから要点を絞り込んで整理する。
クウちゃんがこの世界に来た方法だが、「俺に渡した異次元間の糸を通じて」だそうだ。
俺が妻とのメールや「異世界売店」とかで地球と数回情報や物をやりとりしたことで糸の通り道が広がり、エーテル体のままで転移する事が可能になったのだとか。タバコやビールは普通に通ってきたけどな。存在としての質量とかイメージの在り方が関連するらしい。よくわからん。
「糸」を渡したクウちゃんがこっちに来てしまったのなら、俺と地球とのつながりが絶たれてしまうのではないかと尋ねたところ、「私の志は地球と共にあるわ!」とまたもや頭のおかしい返答が帰ってきた。
意訳するに、地球との糸のつながりは絶たれていないらしい。
なぜラジオからしゃべっているのかと聞くと、肉体がなくて声帯も無いからラジオの電波に思念を乗せて受信させているそうだ。お前はミニFM放送局か?いや、この軽トラにはAMラジオしかついていない。強いて言えば中学校の理科で作ったゲルマニウムラジオかな?そう思うと高次元の存在様に安っぽいという付加属性が俺の脳内でついてしまった。
クウちゃんがこの世界に来た本当の理由は「まだ内緒なんだけど、ある任務のため」とのこと。
内緒とか言ってるが、任務って言っちゃってる時点で光の勢力とやらの関連とわかってしまう。やっぱアホだなこいつ。
で、頭のおかしい高次元の存在様が一貫して言っている内容を最大限の努力をもって意訳すると
「ハヤト!勇者になって、ハーレム作って、魔王を倒すのよ!!」
となるわけだ。
「だって~、おじさんが異世界転移したら若返って勇者になるのが基本でしょ~?あ、そういえば、ハヤトってばなんでそんな中途半端に若返ってるの?」
なんだその基本設定は。中途半端なのは俺が知りたいわ。
落ち着け俺。相手のペースに巻きこまれるな。
日本でもあったじゃないか。いきなり理解不能な理論で自己の正当性を主張して来るクレーマーが。
おじさんは大人で社会人なのだ。クレーム処理も決して好きではないが数はこなしてきた。
ちなみに俺の上司はクレーマーが来社したり電話がかかってきたときにはほぼ必ずトイレにいるか外回りに出ているかで対応を回避するという謎のクレーマー除けスキルを所持しており、結局俺がほとんど対応する羽目になっていたのだ。
クレーム処理にはコツがある。
まずは相手の言葉の重要ワードを紐解いて、その言葉の裏にある「思い」を言語化しながら共有化し、こちらの「常識」とすりあわせていくのだ。
「えーと、あらためて2,3質問したいのだが?」
「もちろんよ! 私のスリーサイズかしら?!」
ちげーよ。そもそも今のあんたはスリーサイズどころか玉子型の光の球じゃねえか。その状態でスリーサイズ測ったら大変だぞ?キュッ・ボン・キュッになっちゃうぞ?
ハッ!いかんいかん。
いちいち脳内でツッコむから相手にペースを握られてしまうのだ。スルースキルを発揮せねば。
気を取り直してお仕事モードになる。態度も口調もお仕事モードに切り替えよう。
「えー、その件も大切とは思いますが、まずは別の視点から。あなたのおっしゃる『恋愛成分』と『ハーレム』という部分には何か共通するようなお気持ちがおありなのではないでしょうか?」
「もっちのロンよ! 異世界転移といえば若返ってハーレムでしょ?! そこにハヤトと私がいるからには、もう私はハーレムメンバー第1号で決まりでしょ!」
なんだそりゃ。その辺が良く分からないのだが。
まあ、だからといって相手の言葉を真っ向から否定するのは悪手だ。非審判的態度で受容しつつ、別の角度から掘り下げてみよう。
「えー、ハーレムと恋愛という点ではわかりました。それだと私がハーレムを作るという事になりますが、逆にあなたが男性を侍らせる、いわゆる逆ハーレムという視点もあるのではないでしょうか?」
「それはないわね! 私は自分が戦って無双する脳筋女も嫌だし、男を侍らせて貢がれる腹黒尻軽バカ女もゴメンなの! 私がなりたいのは、空の様に広い愛と海の様に深い心をもって、頼りなくて残念な主人公を健気に支えて応援して一人前の勇者に育てあげるキャラなのよ!!」
……今、こいつ「キャラ」に「なりたい」って言いやがったよな?
そこが本音だな?言い換えしてみるか。
「つまり、あなたは、頼りなくて残念な私と恋愛関係という設定で、そして私を内助の功をもって魔王を倒せるような強さになるまで育て上げるというキャラを、この異世界でロールプレイしたいということですね?!」
「ビンゴォォォォォ! さっすがハヤトねマイハニー! 私の事を良く理解しているわ! ところでハヤトォ、さっきから言葉遣いが他人行儀だよ? 美しい私に緊張するのは分かるけどねぇ! もう私たちラブラブなんだから、もっと気楽におはなししましょ!」
ムカッ
思わずムカついてしまった。だが、相手の話を聞くときにこちらの感情を表出させるのは……いいや、ここは職場じゃない。こっちの感情もぶつけてしまえ。
「……なるほど。あなたのご意向は理解致しました……。では、こちらからも数点お話させていただいても?」
「もう~、言葉硬いってば~ハヤト! で、なに?」
「あなたはお気楽にキャラづくりして能天気に異世界ライフを満喫したいということですね? で、私はあなたのミスでこの異世界に飛ばされて元の世界に帰れなくて困った状況になってしまったわけですが、こんな巻き込まれた被害者である私に対してなにか思うところはないのでしょうか?」
「あー、もちろん、ソノテンニツイテハトテモワルイコトヲシタトハンセイシテイルワヨ?
だから、その~、せめて、ハヤトがこの世界で少しでも楽しく過ごせればいいと思って……私もこの世界に……ハヤトの手伝いとか……癒しとか? ……それとも、……やっぱり私、嫌われてる? わたしなんかが側にいても迷惑……かな?」
ぐっ……!
あーもう、どうしてこの人は……! アホな発言繰り返してさんざんムカつきゲージ貯めさせておいて、その直後に健気で可愛くまとめてくるかな! これじゃまるで俺が嫌な奴みたいな感じじゃねーか! あーもう!
「ごほんっ。えーと、俺も言い過ぎた。悪かった。迷惑なんかではなく……その……、あ、ありがとう。」
「……! よかった! 私が異世界嫁の序列1番でいいのね?!」
だからどうしてそう極端なんだよ!
「えーとな? 嫁云々は置いといて、クウちゃんが俺の為に気を使って色々考えてこの世界に来てくれたってことは本当にうれしいし感謝する。ありがとう。だが、嫁だ恋愛だについては話は別で、俺は日本に嫁も大きい子供もいるわけで……」
「あー、その辺は大丈夫! 解決済みよ! もう奥さんにも子供さんにも了承もらってるから!」
はい?
クウちゃんに言われてスマホを見ると、家族4人のグループチャットにクウちゃんが加わって5人になっていた……
しかも妻からは、
『クウちゃんさん、うちのハゲを面倒見てくれてありがとうございます。嫌だったらすぐに棄ててやってください』
とか、
『クウちゃんさんに迷惑かけて嫌われないようにね。あと、仕送りよろしく』
とか。
息子たちからは
『弟か妹できたら画像よろ』
『異世界嫁おめ。ハーレムおつ』
といった書き込みがあった……。
待て待て待てー!!!
俺の家族順応力高すぎだろ!!
いつのまにこんな外堀埋めをやってくれやがったんだ!
しかもクウちゃん、お前はスマホが苦手な情弱BBAだったはずでは?
「ふっ、時空を司る高次元の存在様を甘く見ないでね?」
ドヤ顔のクウちゃんが語るには、どうやらこちらに転移して来る直前に時間の止まる精神〇時〇部屋みたいなところで勉強して練習したらしい。
……なあクウちゃん。根回しと努力の方向を大幅に間違えてないか?
「さあハヤト! 私とあなたの異世界生活の『設定』を煮詰めていきましょ!」
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