14、クウちゃん、はじめての名前にデレる
クウちゃん視点の続きです。
~クウちゃん視点~
「介入を開始する!!」
わたしは敵の攻撃目標である東京の地下10キロ地点に意識を集中する。
その場に敵が展開しようとしている時空ポータルを未来視する。
わたしは、そこに出現しようとしているポータルを「なかったこと」にするべく事象を改変する。
高次元の意思を持った存在は、それより下の次元での現象に干渉できる。ただし、何でも自由に改変できるというわけではない。
3次元から2次元への干渉を例にしてみると、3次元の人間という存在は2次元の「紙」の上に自由に絵を描くことができる。
だが、モチーフを紙に描くイメージの強さや絵の技術や色彩への造詣などがなければ、それを見た者すべてが理解できるような満足な「絵」にはなり得ない。
事象の改変には何よりも強いイメージの力と巧緻な技術が求められるのである。
敵がポータルを作る為に施した次元のゆがみへの干渉を「なにもなかった」ことにイメージする。
原因がなくなれば結果は現れない。
ここで「ポータルを防ぐ」ことをイメージしてしまうと逆の効果になってしまう。
わたしが頭の中で「ポータル」の事をイメージした瞬間、ポータルが「存在」するということが潜在意識化に投影されてしまいポータルを具現化させる手伝いをしてしまう事になる。
だからわたしはポータルの事も、闇の勢力からの攻撃の事も考えない。
ただただ、地球の人々がいつも通りの暮らしをしている様のみを強くイメージする。
彼ら彼女らの生活は、そして平穏な時間は、彼ら彼女らの意思と行動以外の因子で変容することは決してないとプロテクトをかける。
それらを一体化させたイメージを強く投射する!!
「……干渉波消失。次元歪曲感応なし。 ……凪の状態です。」
よかった……。どうにか防げたみたいだ。
ひとつの島国が水没する危険は脱した。
あとはわたしの軍法会議だが、もし収監されたとしても地球の「あにめ」くらいは見せてくれるだろう。見せてくれるよね?
最近は地球の日本という国の人が異世界に転移して大活躍するという作品が気に入っている。お気に入り作品の続きが見れなくなるのは何より痛い。
わたしがほっとしたのも束の間、すぐに再びの警報が鳴り響く。
「次元間振動再度確認!!!! 発現位置、先ほどのより北東におよそ三〇〇キロ!」
くっ、相殺しきれなかったか!?……。
後から分かった事だが、どうやら敵の仕掛けてきた攻撃は二段構えだったらしい。
事象の原因となる次元への干渉波に介入を受けた瞬間に別の場所に新たにポータルを開くようなプログラムがセットされていたようだ。
だが、この段階ではそんなことは知るすべもない。
再度開かれようとするポータルに介入しようとするが、動揺しておりうまくイメージが作れない。介入に使う意思のパワーも枯渇に近い。
もう、第6防衛隊に対処を任せるしかないと思った矢先、
「ポータル発現!! 敵部隊が侵攻……? 敵部隊の侵攻なし! 繰り返す! 敵の侵攻部隊確認できず!!」
何が起きている……? なぜ敵は侵攻してこない?
敵がポータルを開く目的は、部隊を侵攻させて地球住民に後々までの負の感情、心的外傷を与えるような破壊や殺戮をすることではないのか?
なぜ、何のためにポータルを開いた?
頭の中で答えの出ない思考が駆け巡る中、新たな報告が室内に響く。
「『ポータル』に地球住民が接近! 時速100Km/h、距離0,3Km! このままでは飲み込まれます!」
敵が開いたポータルの出口はおそらく火星軌道外側の小惑星帯にある次元の狭間だ。
地球人がそこに飛ばされれば一瞬で体液が沸騰して死に至る。
しかも敵の本拠地だ。肉体だけでなく、苦痛を搾り取るべく精神体のありとあらゆるものまで嬲るように分解され、魂までも消滅させられてしまうだろう。
このままではわたしたちが守るべき地球人が魂ごと消滅してしまう。
どうにか、何か、できないか?
ポータルはもう完成してしまった。ここから消滅させるには時間も私のリソースも足りない。
ならば、転移先を変えられないか? 敵の本拠地の宇宙空間ではないところに。
わたしはとっさに検索する。
『「地球に似た惑星」 「人間が住んでいる」 「今すぐ転移可能」』
なにやら引っ越し物件を探すような検索になってしまったが、数件がヒットする。
検索結果の先頭には、今いる時空とは異なる時間線、時空線に位置する『ジャステラ』という惑星が表示されていた。
「選んでる暇はない!」
わたしは検索エンジンの上位表示結果を信頼し、ポータルの転移先を『ジャステラ』に定め、ひたすらにイメージを送り込む。
もはや次元干渉だの次元波の計測だの演算だのはすっ飛ばし、イメージだけでごり押しして事象を改変する。
送り出したイメージがすうっと吸い込まれ、狙い通り事象が改変されたことが感覚で分かる。
これで、急場はしのげたはず。
一息つこうと思ったその時、
「大変です! 転移先の『ジャステラ』の環境では地球人は生息できません!!」
なんですと!? でも、さっき確かに転移しても大丈夫な所を検索したはずなのに……
モニターの検索窓に目をやり、一瞬で自分の間違いに気づく。
「あーっ!! 検索に『地球人生存可能』の項目を入れてなかったー!!!」
このままではわたしの努力むなしく地球人は死んでしまう。
えーい、こうなったら
「さらなるイメージのごり押しよ!!!」
わたしはポータルを今まさにくぐらんとする地球人に、転移先の環境に適応できる力を与えるようイメージする。
転移先の惑星の環境や、何がどうなって生存適応できないのかは現時点では分からないので、異世界で生き抜ける力を最も短い言葉で表す『ちーと』という概念を思念波で送りつける。
このときに異世界転移ものの「あにめ」を少しイメージしてちょっとワクワクしてしまったのは内緒だ。
だが、その思念波はもう一歩のとことで届かない。何かが阻害している。
その様子を視覚化してみると、ポータルに落ちていく地球人はなにか白い鉄の塊に囲まれていた。
「あれは……そうか! あの地球人は自動車に乗ったままポータルに巻き込まれたのか!」
今一度自動車の中の地球人に届くように思念波を練り直す時間はない。
「あの自動車の名前はなんていうの!?だれか分かる!?」
「た、確か、『けいとら』とかいう名前かと……!」
わたしは、とっさに『けいとら』というキーワードで脳内検索をかけ、わずかな記憶のかけらを取り出す。
そして得られた穴だらけ、推測だらけの知識に、地球人が見知らぬ世界で生き抜ける『ちーと』という何でもありの力を間接的に補完できる能力をイメージして送り、思念派がすうっと吸い込まれたのを確認する。
「はあぁぁぁぁぁぁぁぁぁ~っ」
なんとかなった。わたしのミスのせいで地球人の命を奪わずに済んだ。
ため息しかでなかった。
その後の闇の勢力からの干渉や攻撃がない事を確認して混乱も一息すぎる。
わたしは、わたしの不注意から時空の異なる世界に飛ばすことになってしまった地球人の事を観察していた。
彼は地球では50歳の「おじさん」と呼ばれる年齢だったらしい。
通常、地球で50歳の男性といえば「加齢臭」とか「くたびれた」とかいったマイナスのイメージしかつきまとわない生き物なのだと後で知ったが、当時の私の認識は少し違っていた。
それまで地球文化に「あにめ」などのオタク文化でしか触れたことのないわたしにとって、「おじさん」という生き物は異世界に渡って若返ってハーレムを作るようなポテンシャルを秘めた存在として認識していたのだ。
「あれ~? ……そんなに若返ってないわね?」
おかしい。わたしの送ったイメージからすると、あのおじさんは10代半ばくらいになって、勇者として仲間を引き連れて魔王を倒すはずなのに。
わたしのイメージと若干のズレがあるなーと思いながら観察を継続していると、おじさんはいきなり軽トラから降りて死にかけた。
「あっぶな!! なにしてんのよ、あのおじさんは!!」
そう叫んだ後に気づく。
そっか、あのおじさん、あっちに突然飛ばされて何が何だかわかってないのよね。
そりゃそうだ。わたしは送ったイメージの奔流が瞬時に無意識化から顕在化したから「けいとら」や「おじさん」のことは理解しているつもりになっているけど、あのおじさんからしたら何一つ理解などできていないのは当たり前だ。
よし、ここはわたしのあふれ出る崇高な愛情で哀れな子羊に導きの灯を与えてあげなくては。
さて、どうやってわたしの愛を届けようかしら?
天からの声の様に荘厳なビジュアルでもつけて語りかけようかしら? と思い実行しようとしたら音声を届けるだけのリソースがない。
「けいとら」が異世界に転移する瞬間にわたしの意識のかけらを糸の様に纏わせたのだが、どうやらその糸の太さが足りないようだ。
確認してみると、音声は無理だがどうやらテキストデータは送れるらしい。
ちなみに、サービスで付けてあげたWI-FIは速度が若干遅いが問題なくつながっているようだ。わたしの音声はWI-FIよりも重いのか?
仕方がないので何かテキストデータを送れる媒体を探す。
部下からは、「スマホでチャットすりゃいいじゃないっすか」と事もなげに言われるが、わたしはスマホを使う気はない。
そもそも会話は念話やテレパシーで事足りるのだ。わたしにはスマホは必要ない。
部下たちは地球のスマホを手に入れてあらゆるアプリを入れて地球文化に触れているが、地球の文化など「あにめ」さえ見られれば他は必要ない。決して操作方法が良く分からないとかインストールが怖いとかそんな理由ではない。
大事なことだからもう一度言う。わたしにはスマホは必要ないのだ。
いろいろ悩んで探した結果、「けいとら」とやらについている「取扱説明書」に異世界での軽トラの仕様を書いておいた。
おじさんが説明書の存在に気づいた。わたしが渾身の思いで書いた冒頭部分を読んでいる。さぞやわたしの文才と溢れんばかりの慈愛に心を震わせている事でしょう。
ほら、体がプルプル震えているわ。よっぽど感極まっているのね。泣いちゃったらどうしようかしら? わたしったら罪作りな女よね? うふ。
だが、何となく様子が違うようだ。おじさんが説明書から顔を上げる。
あれ?怒っていらっしゃる?
「……感謝しろとか命を助けてやったとかいろいろ書いているが、結局はこの時空を司る高次元の存在とやらのミスに俺が巻き込まれただけじゃねえかよ!!!」
「ギクッ」
あらいやだ。みんなお見通しだったのね……。
そのあとドジっ娘呼ばわりされたりBBA扱いされたりもしたけど、どうにか事の次第を『ハヤト』に説明する事ができたわ。
え?なぜとつぜんおじさんの事を名前呼びし始めたのかって?
だって~、ハヤトったら、「わたしにまた会いたい」なんて言ってくれたのよ? しかも、「クウちゃん」なんて名前までつけてもらっちゃったし!
私たち高次元の存在は名前という概念がない。いままでそのことを不自然だと思ったことはない。
だが、地球の「あにめ」のなかではとても親密そうに互いに名前を呼びあっているではないか。
主人公の勇者から情熱的に名前を呼ばれるシチュエーションに憧れにも似た感情を芽生えさせていたわたしにとって、不意につけられた名前は心臓を高鳴らせるのに十分だった。っていうか肉体はないから心臓もないのだが。
わたしに名前を付けてくれて、また会いたいなんて言うってことは、これはあれよね? もはやわたしの虜になっちゃってるわね! もう、わたしなしでは生きていけない体になってしまったのね! ああ、我ながらわたしの魅力が怖いわ!! でもダメよ。わたしは誇り高い高次元の存在であり、宇宙を守る銀河連合艦隊の中のエリート中のエリートなのよ! そんな身分違いの、いえ、次元違いの恋なんていけないわ! そう、これは禁断の愛なのよ!
「……おい、そこのダメ班長」
部下が私わたし失礼な呼び方で呼ぶ。イラっと来たので視線だけ合わせてやる。
「盗み聞きするつもりはなかったんすけど~、さっき異世界に飛ばされた地球人との会話で、自分の事を『女神様』とか『光の勢力の筆頭』とか大ボラぶっこいてましたけど大丈夫なんすか? 司令官に聞かれたら心象悪くなるっすよ~?」
「え、わたしそんなこと言ってた?」
「……無意識っすか? まさかの無意識下での自意識駄々もれ発言状態? ……うわ~、タチ悪いっすわ~」
うーむ、なにやらわたしの発言に問題があったらしい。でも大丈夫だ。ばれなければいいんだ。ばれなければ。
「班長!アシュトー司令官から入電です。至急、司令官室に出頭せよとの事です。」
「ふぁい?」
呼び出しを食らってしまった……。
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