13、クウちゃん、油断する
クウちゃん視点です。
~クウちゃん視点~
「班長、監視システムに小惑星帯で熱源反応あり。精査しますか?」
「どうせいつものデブリ衝突でしょ。引き続きの監視継続と定時報告うぉ~~ふぁ~~ああ。ああ眠い~」
「班長。また夜更かししたんですか?たるんでません?」
「だって~。地球の「あにめ?」ってやつが結構面白くて、続きが気になっちゃって~」
わたしは班長。名前というものはない。便宜上「班長」と呼称(コード化)されている。
名前がないのは自分だけではない。わたしの星でも、今このミッションに参加しているみんなも固有名というのは持っていない。
何故「名前」がないのか?必要ないからだ。
なぜ、我々には名前というものが必要ないのか?
我々は、地球に住む人間からは「高次元の存在」と呼ばれている。
地球という惑星で用いられている概念で言うならば、アストラル体とでもいうのだろうか。他にも思念体とかエーテル体とか似たような概念はあるが、多分それが一番我々の存在を示す概念に近いだろう。
我々の意思疎通は言葉を必要としない。地球で云うところの念話とかテレパシーとかいうやつだ。
空気を使って声帯を振動させて音声を出すという事はしない。というか、そもそも地球という惑星で云うところの肉体というものを持っていない。
音声での会話では、視覚等の5感によって「相手の存在を認識する必要」がある。
その作業において、会話の対象である相手の個体を他と区別して特定するために必要となるのが、その個体にある「固有名詞」であり、「名前」という概念である。
我々は、「相手の存在の認識」に5感を必要としない。
相手のオーラや波長といったものを無意識化において「相手の個たる意識」を認識しているため、「名前」によって個を区別する必要がなく、よって、我々には名前は存在しえない訳だ。
わたし、「班長」は今、地球衛星軌道上に展開する銀河連合艦隊のマザーシップにいる。
銀河連合艦隊は、太陽系という恒星系にある地球という惑星を闇の勢力の支配下から救出すべくこの地に展開している。
ここ、太陽系は2万6千年という過去の長きにわたって闇の勢力下にあり、我々光の勢力と闇の勢力との最も激しい戦場となった星系だ。
他の惑星の支配権はすでに闇の勢力からほぼ奪還し、残るは奴らの最後の支配地である地球のみだ。
有り余る戦力差を持って今すぐにでも実力行使で地球の支配権を光側に取り戻したいところではあるが、それは銀河聖典の定めによって許可されていない。
あくまでも、地球に居住する生命体たちが自分たちの意思で開放を望み、自分たちの行動で闇の支配に抗い、我々に助力を求めない限り、我々は直接的に実力を行使することはできない。
問題はそこにあった。
地球の人類たちは長きにわたって闇側に洗脳、改造、魂魄への干渉を施されており、自分たちが支配されているという事に気づいてすらいないのだ。
支配されている事すら知らない者たちが助けを求めるという行動を起こせるわけがない。
そのため、過去の長きにわたり我々銀河連合も地球に対しての干渉行為を行う事が出来なかったのである。
闇の勢力は地球の生物を支配して搾取する。
貨幣経済によって財と富、誇りと自由を奪い、教育によって序列と競争を刷り込み個性を奪い、報道を通じて性を歪めて行動と思考を縛る。
奴らが最も好むものは人間や生物の負の感情だ。
奴らは、痛み、苦痛、絶望といった感情をまるでワインとオードブルのように嬉々として味わう。
奴らは、裁かれない立場を違法な選挙等で盗み、人身売買、小児性愛という犯罪を堂々と行う。
奴らは、筆舌に尽くしがたい手段で作り出した薬で美と若さを保つ。
奴らは、思想や宗教による分断と二極化による対立を生み出し、常に人間たちを争わせ種としての発展や友愛という正常な判断力を奪った。
戦争は兵器産業に富を集め、人の負の感情を吸い出し、多数の人の命そのものだけでなく人間性やその尊厳までもを奪い、女性や子供たちを都合のいい奴隷に変える。まさに戦争とは奴らにとっておいしい「産業」だった。
そのような絶望の中で生を繰り返していた人間たちの中に、支配に気づく人類が出始めた。
我々の間接的な干渉と情報提供により闇の勢力が人類にはひた隠しにしている支配の機密の解除と解放を求めて行動する個体が徐々に増え始め、インターネットによる通信網を通じて啓蒙を図りそのコミュニティを広げ始めている。
そう、今は地球人類の覚醒を促しながら地球解放と闇の勢力を一掃する最後のミッションの準備中なのだ。
「班長、我々は今、重大なミッションの中にいるのですよ。欠伸なんてしていないでしっかり監視業務を行ってください。」
「そんなこと言ったって~ぇ。もう奴らになんか何にもできゃしないってぇ。だいじょうぶだいじょうぶぅ」
「はぁ。そもそもなんで睡眠の必要のない高次元存在の班長が欠伸なんてしてるんですか? バカなの? 次元堕ちしたの?」
「そこまで言わなくてもいいじゃない! だって、3次元の地球圏を監視してるのよ? 波調が3次元に寄って行っちゃうのも仕方ないじゃない。あ、ねえねえ。そういえば「だみんをむさぼる」って知ってる? ぜひわたしも「だみん」を体験してみたくて練習してるのよ?」
地球には「あにめ」とか「らのべ」とかいろいろ楽しい文化がある。わたしは防衛対象である地球への理解を深めようと様々なカルチャーに触れていた。
「あとねー。「はたらいたらまけ」ってやつもおもしろそうだと思わない?」
「……」
わたしに失礼なことを言ってきた部下がわたしの思念派に反応を示さなくなった。多分、わたしの地球を研究する熱意に心を打たれて感動しているのだろう。
わたしは監視モニターに意識を戻す。どうせ闇の連中はもう何もできない。確かに地球歴で約25年前には油断から大規模な地球への侵攻を許してしまったが、それ以降は光側の圧倒的優勢だ。
監視業務なんてヒマなだけだ。あーあ、「あにめ」の続き見たいなー。はやく交代時間にならないか
「緊急!! 緊急!! 大きな次元間振動を確認! 現在詳細を確認中! ……力場干渉波、きわめて大!!」
「なんですって?!」
なんてこった。よりによってわたしが当番のときにこんな事が起こるなんて。
「干渉先の位置と種別の解析急げ! 分析班は規模と干渉波の波長からデータと突合、奴らの目的の推測急げ!」
わたしは急いで指示を出す。だらけていたとはいえ、わたしは優秀なエリートで班長で有能なのだ。
やつらめ、いったい何をする気だ。
わたしは、この地球解放戦線に志願してきた。
ミッションスクール在学中に選んだ研究テーマで支配下体制にある地球の事を知ってしまったわたしはいてもたってもいられなくなった。
まだ在学中であったが、周囲の反対を押し切って戦線に志願したのだ。美しく有能なわたしはあれよという間に「時空次元監視班」の班長となった。
地球には「オタク」という素晴らしい文化がある。そんな素晴らしい文化を持った惑星を闇のやつらの良いようにはさせない。
地球はわたしが守るのだ! そして「オタク」文化を堪能するのだ!
「解析班より報告!! 現在解析進行度68%! 力場の指向性や角度、威力を勘案して干渉地域の推定に成功!! 奴らの侵攻目標地域は北半球の日本列島! その首都東京地下空洞と推測されます!!」
「分析班より報告!! 過去データとの突合による分析と考察の結果、侵攻先は日本の東京の地下10キロ、その目的は2個師団の突入による大威力量子爆弾の設置、爆破による特化型地震の誘発にあると推測!!!」
なんだって! あいつらめ。またあの悲劇を繰り返そうとしているのか!
やつらも焦っているのか、なりふりかまわなくなってきやがった。
それにしても奴ら、いったいどこから攻撃を仕掛けてきたのだろうか。
「次元振動の発生元を特定! 場所は火星軌道外側小惑星帯! 虚数空間に奴らの前線基地を確認! どうやら奴らは時空の狭間で秘密裏に準備を整えていた模様!」
やっべー……。もろさっきの熱源反応のところからぢゃないか。
しかも秘密裏に基地が建設されていたって?
いままでそのことを発見できなかったのはどう考えても我々監視班の失態。つまりは班長であるわたしの責任だ。
「アシュトー司令官に報告! ホットライン開け!」
「だめです! 強力な妨害電磁波によって通信不能!!」
くっ、通信妨害だと? ならば……
「近くに展開する防衛部隊に緊急通信! 動ける部隊はないか!? なりふり構わず通常回線を使え!」
「第6防衛隊より入電! 最大線速で防衛行動開始済み! しかし、間に合いません! 地球時間1分35秒ほどで奴らの次元干渉が到達します!」
司令官への報告も妨害され、一番近い防衛部隊でも対処に間に合わない。奴らはよほど周到に準備していたらしい。
このままでは地球のオタク文化の中心、「あきば」のある島国が海に沈んでしまう!
ええい、ままよ!
「この艦のエネルギーソースをすべてわたしのコンソールに繋げ! 近くに展開するすべての艦や舟のも集めろ!!」
「班長!! 何をする気ですか!?」
「わたしが奴らの次元干渉波に介入する! 次元域周波数の完全解析急げ!!」
わたしは監視班の班長だ。当然戦闘能力はほぼ皆無。だがしかし、わたしは優秀でエリートである。
わたしは7次元の存在。闇の勢力の奴らは欲望のままに生きているため魂の鍛錬を怠り、その存在はせいぜいが5次元域にとどまっている。
次元が二つも上位の存在であるわたしなら、奴らの起こした事象ごと改変する事が可能だろう。
「いけません班長!! 司令官の許可もありません! 独断は越権行為です!!!」
「今この場で奴らの攻撃を防げる手段が他にない! どのみちこの事象はわたしの責にある! 軍法会議の罪名が少し増えたところで些末なことだ!」
「しかし……」
部下の忠告は全く持って正しい。忠告を無視したことも罪状の一つになるかな?だが、もう考えている時間はない。
「介入を開始する!!!」
一話で終わりませんでした。続きます。




