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1、おじさん、フサフサになる

初投稿です。宜しくお願い致します。

「おーい、これも積んどいてくれー」

「あいよー」


 俺、橘隼人は農作業の手伝いをしている。


 村人たちが収穫して木箱に収めた野菜を次々に軽トラの荷台に積み込む。



 ちなみに、俺は農業を生業にしているわけではない。


 そして、ここは日本ではない


 更に言うならば、地球でもないようだ。



 そう、どうやら俺は異世界に迷い込んでしまったようなのだ。




 え、なぜ異世界なのに軽トラがあるのかって?


 それは、軽トラごと異世界に来てしまったからだ。





 俺、橘隼人は50歳。いや、50歳のおじさんだったと言ったほうが正解か。


 あれは大雨の夜だった。

 すっかり日の暮れた片道1車線の県道は林に囲まれ、街灯もほとんどなく視界はヘッドライトの照らす範囲しかない。

 周囲の車は自分一台のみ。せいぜい30分ほど前に対向車とすれちがったくらいだ。


 

 日本の田舎と呼ばれる地域で俺はサラリーマンをしていた。

 

 仕事で書類に不備があり、先方のところに謝罪しに行ってきた帰りの事だ。


 田舎なので、会社同士の距離が半端ない地域。人が暮らす街や集落すら数キロ単位で離れていることも当たり前であり、「隣町」という表現は数十キロ離れた隣の市町村になるという、都会に住んでいる人間の常識とは違う地域だ。


 取引先の会社は県庁所在地にあり、俺の勤める田舎の町からは約120キロ離れていた。本来ならば直接訪れなくても電話かメールで事を済ませられそうなものだが、こちら側の落ち度という事で上司からは直接謝罪に行けと言われたのだ。しかも今日中に。すでに時計は午後4時を回っていた。


 そんな時に限って社用車は全て営業の者が使って出払っており、やむなく自家用車を使う事になった。俺が普段乗っているマイカーは8人乗りのいわゆるミニバンというやつだが、その日は違った。

 大学1年になり、免許を取った長男が夏休みで帰省し、高校時代の友人たちと遊びに行くというのでミニバンを貸し、俺は車庫に眠っていた軽トラに乗ってここ数日通勤していたのである。


 そうして軽トラに乗って片道120キロの道のりを進み、無事先方に謝罪してきた帰り道の出来事だった。



 ただでさえ日が暮れて暗いのに、雨で月明りもなければ街灯もほとんどない真っ暗な道。

 

 アスファルトに雨水がたまり、水たまりでタイヤが取られる。帰宅を急いで軽トラの出せる最大速度で運転していた俺はその都度ヒヤッとしながらも軽トラのハンドルを握りながら、視界のほとんどない、ヘッドライトで照らされた前方をフロントガラス越しに凝視していた。


 目の前に大きな暗い水たまりが見えた。田舎の道路は舗装されてはいても路面がゆがんだりして水たまりができやすく、車道いっぱいに広がる水たまりなどは珍しくない。

 その水たまりは道路の端から端まで暗い水面が広がっており、ハンドル操作で避ける事は不可能だった。

 いくら田舎道の運転に慣れていたとしても、大きな水たまりにそのままの速度で突っ込めば大幅にハンドルを取られる事は分かりきっており、慌ててブレーキを踏んで減速する。


 水たまりに軽トラが侵入した瞬間、体が宙に浮く感覚がした。



(やばっ、落ちた?)

 

水たまりだと思っていたところが大きな穴で、そこに落ちてしまったのかと瞬間的に頭をよぎった。だが、いくら田舎の道とはいえこんな車道の真ん中に車ごと落ちるような穴が開いているはずはない。

 ジェットコースターのような腰が浮く感覚にビビりながらも頭の中では状況を把握しようと冷静な俺もいる。



 時間にすれば1秒にも満たなかっただろう。


 人間は危機的状況になると周りの時間がとてもゆっくりに感じられる時がある。俺の体感的には10秒くらいあったのだろうか。


 浮遊感が落ち着いたことを感じ、頭に冷や汗が流れるのを感じる。

 ちなみに50歳を迎えた俺は頭髪の方も年相応以上に年配なので流れる冷や汗の速度は髪の毛というダムがない分一般男性のそれよりもかなり速い。


 ブレーキは踏みっぱなしだ。車体の動きが完全に停止する。

 

 そして軽トラのフロントガラス越しに周りを見渡すと…


 さっきまで夜だったはずなのに陽光がとても明るい昼になっており、林に囲まれた県道だったはずの周囲は背の低い草に囲まれ、アスファルトの舗装などはなく、草原の中を馬車か何かが通ったような車輪の轍や、無数の靴で踏み固められただけの道のようなところにいたのであった。




「ここは……どこだ……」


 呆気に取られてつぶやいてはみるも、返事など来るはずもない。

 

 周りは起伏のある丘といった感じの草原。少し離れたところには森の入り口のような鬱蒼とした林があちこちに見られ、その森から続いて徐々に傾斜が上に続き山裾となり、そのさらに奥では大きく台地が盛り上がって山が見えた。


 足元を見ると、草原の中の比較的平らな所を通って車輪で草が踏み固められたような道が丘の上まで続いて見切れている。まるで、昔テレビで見たアメリカ開拓時代のドラマに出てきそうな風景だ。藁を積んだ荷馬車が良く似合いそうである。


「……アメリカ?……テレポート?……西部劇?……タイムスリップ?いや、まさか……」


 これまでの人生経験での知識と経験の中でもっとも可能性が高そうな推測を口にするも、その推測は正解ではないという事も同時に感じていた。


 今どこにいるのかさっぱり見当はつかないが、ここでこうしていても仕方がないのでとりあえず軽トラを運転して道なりに進んでみる。

 道は全くの平らではないが軽トラのサスペンションは衝撃を吸収しそれほど揺れもしない。


 昔のアメリカの大草原で家族が小さな家で暮らしている姿を描いたドラマに出てきそうな街道を道なりに進む。

 丘を越えたあたりで数本の大きな木が道の横にあるのを見つけ、その木陰に軽トラを寄せて停車する。外は日差しが強く暑いのだ。


「まったく、ついさっきまで涼しいくらいの夜だったってのに……。」


 エアコンのスイッチに手をのばしてふと気づく。


「あ、軽トラだったわ」


 普段のミニバンならエアコンは標準装備であるが軽トラにはエアコンはなく、ついているのは「送風」のみ。仕方なく、送風を最大出力に上げて窓を開ける。もちろん、パワーウインドウなどはついていない。ぐるぐるとノブを回して開ける手動である。


 そこでふと、大きな木の街道側に立て看板らしき板の一部が目に入る。


 この場所に来てから初めての、人の手によって作られたかもしれない物を発見して軽トラから飛び降りる。

 現在地の手掛かりがあるかもしれない!!



「ぐっっ!!!! なんだ!……」


 軽トラから駆け出して数歩進んだところで突然体が重くなりしゃがみ込む。息も苦しく視界もゆがむ。


「ううぅ…どうなったというんだ……」


 激しい動悸と高鳴る心臓。身体は必死に酸素を求め呼吸を粗くするが思うように空気が入ってこない。体中には体の水分を一気に放出したかのような汗が吹き出している。


 動かない体を無理に動かしてあたりを見回す。後ろを振り返ると、視界に入った軽トラがうっすらと光っている。



「ここに戻れと……言っているのか……?」


 その光は落ち着いた暖かいもので、まるで道に迷った小さな子供が自分の家の明かりを見つけて安心するかのような安らぎを感じさせた。


 地面に膝をついたまま、四つん這いで軽トラの方ににじり寄る。軽トラに近づくにつれ体の重みは軽減し息も楽になる。

 運転席にたどり着いたころには呼吸も落ち着き、さっきまでの倦怠感や息苦しさなどは感じられなくなった。


「ハァ、ハァ、ハァ」


 運転席に座り息を整える。全身からはまだ冷や汗が吹き出している。額を流れる汗を反射的に手で拭う。


「ん?!」


 その手にはありえない感触があった。いや、正確に言えば昔懐かしく、最近ではありえなかった感触である。


「髪の毛が……ある……だと……?」


 おじさんの頭はフサフサになっていた。



 あわてて軽トラのバックミラーをのぞき込む。そこには頭髪がフサフサの30代半ばころの俺の顔が映っていた。


 若返っただと?いや、そんなわけあるか。いきなり夜から真昼間になって、周りは県道から大草原になって、軽トラから降りたら体が苦しくなって、鏡を見たら髪がフサフサ。


 どう考えても普通ではない。夢か?いや、夢の中であんなに苦しくなったら目が覚めるはずだ。現に今も額からは冷や汗が流れてくる感覚がリアルすぎる。


 リアルといえば、これまでは髪の毛の少ない頭皮をダイレクトに流れていた汗がフサフサ髪の毛のダムによってゆっくりと流れ落ちてくる感覚さえもリアルに感じられる。




 アメリカ大草原へのテレポート&タイムスリップではない。夢でもない。となれば思い当たることは一つしかない。


 思い当たるひとつの確証を得るべく、さっき見かけた看板らしきものを確認しに行く。

 軽トラから降りるとまたさっきの様に体にダメージが来ると思われたので、軽トラに乗ったまま運転して看板の見える位置に移動する。



 看板には矢印と文字らしきものが描かれていた。



「あー。やっぱりだ。」


 その文字は世界のどこの国のものでもない言語で書かれていた。




「やっべー……。ここ異世界だわ……」



ありがとうございます。

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