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中二脳婦警

中二脳婦警は殺人動機を理解するか?

作者: 川里隼生

 北海道函館市の追町おいまち駐在所には、おれ烏丸からすまの二人しか警察官がいない。烏丸は自身を『闇林檎』と名乗る変わり者であり、俺はなんとか烏丸を人間的に是正しようと苦心する毎日を送っている。


 俺は ——ちなみにこの文章は一貫して三人称だが—— 烏丸を基本的に能天気に生きているものと思っている。しかし、犯罪に対しての敵対心は俺以上だ。罪を憎んで人を憎まず。烏丸にはそういった類の信条があるのではないか。俺はそう推察することがある。


 ある日、追町駐在所の管轄地域内で殺人事件が発生した。現場となったオフィスに勤める従業員からの通報によって発覚した事件であり、捜査は刑事課が行うのだが、管轄地域のため烏丸も現場へ向かった。現場には函館中央警察署の古賀こが警部が待っていた。デブデカという蔑称もとい別称を持つことは烏丸も俺から聞いていたが、実際に会って驚いた。まるで幕内力士だ。


 古賀警部は烏丸に事件の概要を説明した。殺害されたのは男で、オフィスの責任者だった。現時点での事件関係者は通報した女のみで、今は警察署で事情聴取を受けている。このオフィスには巨大な金庫があるが、女が出勤したところ、普段は閉まっているはずの金庫の扉が少しだけ開いていたという。不審に思い中を確認したところ、大量の札束の中に埋もれるようにして刺し殺された男を発見したそうだ。


 遺体発見時、金庫の中に隙間はほとんどなかったと女は述べている。このオフィスに日頃から出入りしているのは被害者の男と通報者の女だけだ。状況としてはこの女が最大にして唯一の被疑者なのだが、まだ逮捕に至れない理由が三つある。動機がないこと。証拠がないこと。そして、本人が犯行を認めていないことだ。証拠と自白に関しては時間の問題だ、と古賀警部は自信を持って言う。


 自白が時間の問題であれば、動機も明らかになるだろう。刑事課の捜査員たちはそう思っていた。

「札束がどこかになかった?」

 烏丸が尋ねる。敬語ではなかったが、古賀警部は烏丸を孫のように見ているので気にしない。

「札束? 聞いてみよう。おい、札束は見つかってないか?」


 鑑識官の答えはイエスだった。ゴミ箱とシュレッダーの中から、裁断された一万円札らしき紙が大量に見つかっていた。

「これがどうかしたのかい?」

 烏丸が頷く。

「元々、金庫の中は札束で完全に埋まってたんだと思う。ほら、金庫の奥。よく見たら千円と五千円もある。この金庫がいっぱいになるように調整してたのかもしれない。被害者は自己顕示欲が強かったことがわかる」


 そうとは限らんだろう。古賀警部は言葉を飲み込む。

「その中に遺体を放り込んだ。ねえ警部、どうしてあの女は犯行を否定しているのに、自分から通報して、アリバイも用意しないで、証拠品まで現場に残したんだと思う?」


 通報者が犯人なのは意外とよくあることだし、アリバイ工作なんて簡単にできるものではないし、余程のプロでもない限り証拠を完全に消し去ることは不可能だ。この事件に名探偵の出る幕はない。そう思ってはいても、人の良い古賀警部は烏丸の話に付き合う。

「さあ。どうして?」


 芝居がかった動きで、烏丸は犯行現場を鋭い目つきで睨んだ。

「このオフィスを見てほしかったから。だいたい、本当に犯行を隠したいなら通報しなければ良かった。あの女以外に従業員がいないってことは、遺体から臭いが出るまでは警察も誰も入ってこなかったんだから。あの女の目的は、警察にこのオフィスを徹底的に捜査してもらうこと。殺人事件が起きて、明らかに怪しい奴が容疑を否認したら、警察はゴミ箱の中までも調べ上げるはずだから」

 古賀警部は黙って聞いた。つまり烏丸は、女が殺人事件を通して公表してほしい何らかの事実があると思っているわけだ。


 その後の捜査で、被害者の男と女との間に金銭トラブルがあったことが明らかになった。その上、男にはパワハラの疑いがあったこともわかった。その捜査結果を女に突きつけると、女は犯行を認めた。烏丸の推理が当たっていたと知り、古賀警部は少し驚いた。事件現場に烏丸が来た日、推理を述べる彼女の口調には、『あの女』だの『調べ上げる』だの、らしくない棘があった。


 烏丸は自分のことを語らない。俺ですら休日の話を聞いたことがない。普段は何をしているのか、その多くが謎だ。交友関係が狭いのは、しばしば世間を騒がせる凶悪犯罪者の特徴だともされる。ある意味、烏丸の中二病とも呼ばれる性格は犯罪者向きなのかもしれない。

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