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死後の看護記録

作者: ひな月雨音・菜須よつ葉/原案:セパさん

救急車のサイレンが 次第に大きくなる。現場に到着して、中から機材を持ち降りて此方へ向かって走ってきた。救助者を見つけた救急救命士が慌ただしくバイタルのチェックなどを行なっている。それに伴い適切な処置が施されて、救急車に乗せられ病院に搬送される。救急搬送入り口には医療スタッフが待ち受けている様子だった。


『病院に着きましたからね』


看護師の声が遠くに聞こえる。


初療室に運ばれ、医師や看護師の声が飛び交う。


『心肺停止です』


モニターなどをつけていた看護師が緊急を告げる。


医師が心臓マッサージを始める。その横でラインをとり輸液が全開で落とされる中に、心臓の再鼓動を促す薬を追加する。必死に1人の人間の命を助けるためにこれだけの人々が力を尽くしている。


そんな様子をボーッとどこか他人事のように見ている俺がいた。


初療室の外では、警察官が事情を説明している様子も見られる。1人の男性が青信号で渡っているとき、携帯で通話しながら運転をしていたトラックが赤信号を見落とし凄いスピードで歩行者を轢く事故が起きたことを説明していた。





何時間過ぎたのだろう。医療スタッフの手が全て止まり医師の言葉が聞こえた。


『14時35分 ご臨終です』


医療スタッフが一斉に頭を下げた。








もうどのくらいこうしているだろう──



「動かないか……」



 ベッドの上に横たわり、暗い一室に独りきり。



「これ邪魔だな。ふう! ふうっ!」



 顔に掛けられた一枚の薄い布すら吹き飛ばすことが出来ない俺は、そう──



「……やっぱり俺、死んだんだよな」



 懸命に助けようとしてくれた医療スタッフには感謝してる。まるで他人事のように見ていた光景は自分であった。そして今では、ここが霊安室であることを理解している。


 顔の上には確かに布が被されているのに、俺にははっきりとこの部屋の全景が見えているのだ。



 カラカラカラカラ──



「誰か来るのか……」



 死んでいるというのに、なぜか感じる事故に遭い怪我をした痛み。


 ここは病院、この痛みから救ってくれるのか?



 カラカラカラカラ──



 ドアの開く音はせず、しかし、治療具などを乗せたカートの音は、俺のすぐ近くまでやって来た。



『処置始めますね』



 声がした直後、頭の上の方から、俺の顔を覗き込むようにして姿を現したのは、明らかに昔の看護師が着ていたようなデザインのナース服を身にまとった老婆だった。


 老婆は俺の胸の肉を引き剥がそうとしているのか、引っ張っているようなのだが、よく見ると手は触れていない。


 不思議に思いながらも、声を出すことすら出来ない俺は、ただ黙って、時が過ぎるのを待つしかなかった。



 その時だった──



「……何だ?」



 急に宙へ浮く感覚を覚えた。


 感じていた痛みも少しずつ無くなっていき……。



「……剥がれた」



 老婆は一言つぶやくと、肉体だけになった俺に一礼し、カートの上に置かれていた看護記録に、処置が終わったことを書き込んだ。



「そうか。この人、肉体から魂を剥がして、俺が成仏出来るようにしてくれたんだな」



 そう思うと、先程まで恐怖の対象として見ていた自分が恥ずかしくなり、最後にお礼の一言を伝えようと思い声を掛けた。



「ありがとうございました。あなたのおかげです。何とお礼を言えばいいのか」



 少し照れながら頭を下げた俺に老婆は──



「寄り道せずに真っ直ぐに天国に向かって歩いて行きなさい!」



 そう一言呟いて霊安室の扉の方にすうっと消えた老婆の看護師。その瞬間、霊安室のろうそくがともし火を落とした──




霊安室に現れては、不慮の事故など自分の意志に逆らい亡くなってしまった患者の処置をしていた正体不明の人物も、何十年も前に夜勤明けの帰宅中に事故に遭い亡くなってしまった看護師だった。


霊安室で死後の看護記録をつけながら、今夜も看護師の仕事を続けている。



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― 新着の感想 ―
[良い点] 淡々とした中に怖さより優しさを感じてしまう作品だと思いました。 死してもなお看護師として働くのは自己犠牲の完成形のような気もします。偉いけれど彼女に幸せにもなってて欲しい。 [一言] この…
[良い点] 味わい深い、感動的な作品で、とても好きな雰囲気でした。 主人公の心境の変化が移り変わっていく様が丁寧に描かれていて素晴らしいです。
[良い点] 読みましたよ…… いえね? 落ちは読めてたんですよ。 前回のフリ……じゃないですけど、あの雰囲気で。  怖いじゃないの
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