3話 ゆかりさんとの馴れ初め。
出社して事務所のタイムカードを切りながら挨拶をする。
勤務開始15分前、早すぎず遅すぎない。
いつものルーティーン。だったのだが…
「あれ?永世さん、何だかやつれてませんか?」
出勤して早々に、後輩の川村君に指摘されてしまった。
「昨日、ゆかりさんと、ちょっとね…。」
隠す必要は無いが後ろめたい気持ちが勝り、俯き加減で呟くように告げる。
「あぁ~久しぶりに“やらかした”んだね~♪」
大声が聞こえたと思った瞬間に右肩に衝撃が走った!
痛いと感じる前にバンバンと音を聞いた…
この状況を起こす人物を、僕は1人知っている。
「奏さん~朝から他人事だと思ってからかわないで下さいよ。」
「ほら、川村君がきょとんとしてる…」
川村 輝24才、色白だが背筋が真っ直ぐの彼は僕の1番の後輩、在庫管理を担っている。姿勢と同じように性格も真面目“過ぎる”レベルの好青年だ。
「1年に1回くらいしか見れない貴重な永世君よ♪」
笑いながら喋る彼女は奏 智奈、同じく24才の事務員だ。学生時代からアルバイトで勤めていたので長い付き合いの為、口調が砕けている。赤髪のショートカットがトレードマークだ。
相変わらず川村君はきょとんとしたままだが始業ベルが鳴ってしまったので各々持ち場に走る。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
13時が過ぎ、僕が配達から帰ると奏さんと川村君にランチに誘われた。朝の話の続きをしたくて待っていてくれた様だ。
僕はコンビニで買ったカルボナーラ、奏さんは惣菜パンとプリン、川村君はお手製のお弁当とフリーズドライの味噌汁をそれぞれを食べ進める。
「同じ質問をね、3回したんだ。」
「覚えておくつもりが無いなら聞くな!って怒られてさ…」
昨日の喧嘩の話を始めたら途端、奏さんは既に笑っている。
状況が飲み込めない川村君の箸が止まったのを見る、味噌汁が冷えてしまうと心配していると奏さんが話し始めた。
「永世君少し抜けてるからさ、ちょこちょこあるんだよね」
そう…あれは、まだ僕たちが“恋人”だった時の話だ。
5年前、僕が配送担当だったエリアのスーパーのアルバイトをしていたゆかりさんとお付き合いを始めたばかりの時期で僕の公休の日。会社に忘れ物を取りに来たついでに奏さんと雑談をしていた時、携帯が鬼のように鳴りまくった。デートの約束をしていたのを僕が忘れていたからだ、自分がプランも考えていたのに…
受話器から離れていても聞き取れるクレームの嵐だった。あれは思い出したくないのに、奏さんは当時のネタで未だに僕をからかう。
結局その日のプランは予定変更を余儀なくされ、近場のゲームセンターに変更し、当初の予定だった美術展は公開日が過ぎてしまい行けずじまいなのが心残りだ。
しかし、そのゲームセンターで『たいら』と『まる』と出会ったので悪い思い出ばかりでは無いのが救いだ。
昼休みが終わり、再び外回りに出た。
新しく取引を始めた洋菓子店でクマ型のデコレーションケーキを見付けたので、仲直りのお土産にする。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「おかえり~」
玄関に入ると、拍子抜けするほど普段通りのゆかりさんがいた。そうだ、彼女は“こういう”性格だ。
「ただいま、可愛いケーキあったから買ってきたよ。」
リビングに向かうとソファに『たいら』と『まる』がいた。
姿勢良く座らされているが…
照明の関係か、何だか怒っているように見える。
「あぁ クマに包丁入れるからアイツら怒ってる」
ゆかりさんにも同じように感じていたらしい
罪悪感を感じつつ食べたケーキは生クリームがずっしりと胃にもたれ、胃薬を飲む羽目になった…