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この作品には 〔ガールズラブ要素〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

百合

小説家の先輩が見舞いに来る話

作者: 陽田城寺

名前も出なければ性別を明示する要素もないのでなんか一般恋愛みたいになってるって思った。

 先輩は実にチョロい人だ、なんて一目惚れして告白した私が言うのもどうかと思うけど。

 初めは告白を受けるだけ受けて、つっけんどんな態度でいつ別れてもいいなんて言ってたくせに、会うたびに好感度が上がるみたいにどんどん私のことを好きになってくれた。気難しそうで、他人に興味もなさそうなくせに、自分が好きな人に嫌われたくない先輩の態度はみるみる分かりやすくなっていった。

 これは、そんな私と先輩の話。


――――――――――――――――



 風邪を引いた。

 頭が痛い、ぼーっとする、熱っぽい、なんか熱い、ふらふらする、鼻がズビズビする、立ってられない、などなど分かりやすい熱の症状があった。

「母さん、熱っぽい、休む」

「ほんと? 辛そうね、体温計持ってくる」

 冷静に説明してみたけど、立っているのも辛いから体温計を待たずに部屋に戻った。

 ベッドに戻って、今日は先輩に会えないななんて考える。実際、私も先輩のことが好きだ。こんな状態になってまで先輩のことを考えるくらいには。

 でも熱が出るととてもしんどい。それこそ何もないのにベッドから眺める天井を見てるだけでなんだか涙が出そうになるくらい。

 私はそれほど学校が嫌いじゃないし、高校に入学した日のうちに先輩と出会ったから毎日が楽しいと思ってるくらいだ。だから先輩と会えない上に家で熱で苦しむなんて、本当に最低なんだけれど。

 ――まあ、体調不良ってそういうものだろう。潔く諦めて、辛いけどゆっくり休んで、次からは風邪引かないように予防しよう、って思うしかなかった。

 ただ、先輩に連絡は入れないと。私が行かないと放課後になっても屋上で待ってるかもしれない。私達の場所、二人の思い出の場所。

『熱出ちゃいました。今日は学校休みます』

 メッセージだけ入れて寝ようかと思ったけど、すぐに返事が来た。

『大丈夫か?』

『見舞いに行こうか?』

 先輩の心配そうな顔が目に浮かんで、ちょっと楽しくなった。小説しか書いてなくて何の経験もない先輩がどんなお見舞いをするんだろう、なんて意地悪な想像もして。

 きっと先輩、お見舞いに来たいんだろうな。そういう俗世的なことしたがらないと思うけど、友達とか全然いなかっただろうし経験はしてみたい、みたいな。

『美味しいお土産、待ってます』

『任せておけ。消化にいいものを持って行く』

『学校はサボっちゃダメですよ』 

『もうサボらん。放課後までゆっくり寝ておくんだな』

 その後、先輩がスタンプを送ってきた。いつもこれを会話の終わりの合図にしてるから、先輩はもうそんなに話す気はないんだろう。私もそうすることにした。

 でも私が寝ているままだったら、先輩は帰ってしまうかもしれない。そう思うと少し寂しい気がしたので、学校の授業が終わる時間にアラームをセットして眠ることにした。


―――――――――



 ピピピ、ピピピ、音が鳴る。

 体は熱い、まだ熱い。いくらか汗もかいたみたいでぐっしょり蒸れて気分も悪い。

 いくらかスヌーズで、何度も待つけど、先輩がいつここに来るかも知らないからとりあえずなんとか体を起こした。

 身を起こすと、濡れたパジャマが少し冷える。ベッドの布団もぐしょぐしょで気持ち悪いけど体をどかすと冷えて余計酷い目に遭いそうだ。

 先輩来るから起きておかないと。新規メッセージはない。お見舞いの品を買ってくるなら少し遅くなるのかもしれない。結局、朝からずっと寝てたのだからそれほど眠くないけれど。

 それでも、少し背をもたれさせないと落ち着けない。というかベッドの端にもたれさせると凄い落ち着く。まだまだ体調不良なんだなって実感する。

 先輩が来るまでどうしてようか、横になりたいけど、寝てしまったら先輩が帰ってしまうかもしれない。

 なんて考えて、凄く長い時間が経ったような、全然時間が経ってないか、という時にチャイムが鳴った。

 先輩だ。ちょっと背筋伸ばして……いや、無理せずむしろ尊大な感じに行こう。

 下の部屋で母が応対している頃だろう。先輩のことだからお土産だけ置いて帰るなんてこと、しないと思うけど、最悪メッセージ入れてくるように催促しよう。

 静かに、静かに階段を昇る音が聞こえてくる。良かった。扉を開けたらきちんと応対しないと。

「……起きてるか?」

「起きてますよ、先輩。ぎぶみー甘いもの」

 横になりながら両手いっぱい広げると先輩の頬は綻んで小走りで駆け寄ってきた。やっぱり楽しそうだし断らなくて良かった。

「無難にプリンを買ってきたが。昼も食べてないそうじゃないか」

「先輩の言いつけ通り寝てたんですよ。褒めてください」

「ああ、偉い偉い。じゃあこれはご褒美だ」

 言うと先輩は手に持っていた箱からプリンを出してきた。コンビニとかスーパーと違うお菓子屋さんのプリンだ……流石小説家、稼ぎもそういうお店の場所も知ってる、強い。

「あーん、してくださいよ」

「それは調子に乗りすぎ」

「ううーしんどい! 一人じゃ食べられない! お願いしますよ~」

 先輩は呆れたように溜息を吐いて、けど口元は僅かに笑みを浮かべてスプーンでその黄色い肉をかきわけた。

「ほら、口開けて」

「あーん、って言ってくださいよ」

「あのな、そういうのはな、低俗なバカップルがやるものだ。君がその気であっても私は付き合わんぞ。黙って口を開けろ」

 全くもって素っ気ない。どれだけ一緒に馬鹿になれるかが良い恋人同士かだと思うのだけど、どうも先輩はどこまでも高め合う関係でありたい、みたいなことを思っているらしい。

 私は自分を高めることなんて特にないし、だから先輩に好きになってもらえて、それで充分なんだけど。

 口を開いていると冷たいスプーンが下に触れて、つるりとプリンの肉片が口の中でほぐれて蕩けた。バニラの芳しい風味と濃厚な卵と砂糖が甘い甘い滑らかなクリームみたいに崩れていく。

「お、おいひ……」

「そうだろう、そうだろう。……泣くほどか!?」

 ちょっとビックリしただけだけど、ほろりと私は涙を流していた。それは、単に体調が悪いだけだけど。

「大丈夫か? 無理はしてない……よな」

 先輩の手のひらがおでこに触れる。ひやりとした手の感覚は冬の寒さのせいではないだろう。

「熱いな。プリンは食べさせてやるから、今日はもう寝てなさい」

 凄く、心配そうにしてくれる先輩だけど、今すぐにでも帰りそうな雰囲気に当てられて、私はもう一つしてほしいことを急いで言うことにした。

「あの、体拭いてもらえませんか!? 汗で、凄い濡れて……」

 ただ、まだ、パジャマのボタンを一つ外しただけだったけど。

「馬鹿! 体を治すことだけ考えなさい。それが必要なら今おばさんに言ってくる。私はもう帰るよ」

「え、ええ~、いいんですか、せっかくお見舞いに来たのに……」

「君の負担になりにきたわけじゃない。私のために無理するなら願い下げだ」

 でも、先輩に……。

 先輩に喜んでほしいのが私のしたいことなのに。

「君が元気に学校に来てくれるのが一番だ」

「……そう言われちゃ仕方ないですね。じゃ帰ってください」

「う。……うん」

 言うと、先輩はやっぱりちょっとしょんぼりしたみたいに帰っていった。

 メッセージ、送ろうかと思ったけど先輩の顔も見えないのに話すとまた怒られそうだから、今日は家にある薬を飲んでしっかり休むことにした。

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