(65)「シンハと呼べ」
次の日は雨でまた休みにする。
部屋でくつろいでいると巫女が出てきた。
唐突に言う。
「お前は威咲の恋人らしいな」
「巫女?」
「シンハだ」
「シンハ?」
「私の名前だ。お前は神官ではないからシンハでいい。私と話す時はそう呼べ」
「わかった」
「お前にひとつ言う事がある」
巫女は一夜を見据える。静かな波の無い湖面のような瞳。
「この体のことだが…まだ誰にも犯されてはいない。処女のままだ。あの日犯されたと思っていただろう?教えてやろうと思ったんだ」
「本当か?」
巫女は頷く。
「威咲はお前を好いているし、見たところ相思相愛らしいな。私は反対しないから好きにするがいい」
そして少し意地悪っぽく言う。
「それとも私に気兼ねしているのか?」
「少しな」
少しシンハに慣れた。
巫女はおかしそうに笑うと
「だからといって手を出せと言った訳ではないぞ。あくまでも好きにしろということだ。…言いたい事はそれだけだ」
言い終わると威咲はその場で机に手をついた。
「今、巫女だった?」
「ああ」
「何話したの?」
「…。名前はシンハだってさ。神官じゃないからそう呼べだって」
「シンハっていうんだ…いつも巫女っていうから名前なんて考えてなかった」
それ以外の話は威咲には言えない。この胸にしまっておこう。
にしても、相思相愛らしいな、とか言い方がちょっと恥ずかしい、がちょっと面白くもあるかも。
だが一夜は心底ホッとしている。威咲はもう犯されたんじゃないかとずっと疑っていながら聞けなかった。
心のもやが晴れたことを一夜は巫女に感謝した。
アイルとロイはそれぞれ自宅の部屋に行き、通帳や必要なものを鞄に入れ落ち合った。
翌朝、新しく別な口座を作り預金を移すと前の口座を破棄した。
そして離れた街に移るとそこで安い貸家に入った。
「ここで態勢を立て直す」
「そうね。そして今度こそはしくじらない。ここで終わらせる」
二人共堅苦しい黒ずくめはやめている。なるだけバレないようにだ。
そして二人共分かっている。消される決定をされて姿を消した以上、見つかったらもう後は無いと。
「直接ターゲットだけをやろう」
ロイの言葉にアイルが頷く。
「ターゲットは…」
仇を討つというのは今生での話だ。
アイルの生みの親は平和で良心的な為政者だった。アイルもそれなりにいい地位につき平和な政治を継いでいくつもりだった。
それがある日突然砕かれたのだ。父親が殺された。しかも犯人は未だ不明のまま埋もれさせられた。
残された一家は伯父の家に世話になり、アイルはどうにか官吏になった。そして働くうちに父親の死の真相に気づいていった。
あからさまに父親のポストが欲しかったのではない。戦争によって出る利益が目的だったので清廉潔白な父が邪魔だったのだ。奴らはその利益からピンハネして懐を肥やしていたのだ。
そしてそのうちの一人がそいつは変わっていて、政権の頭替えを目論んでいると知り近づくと、研究所を貰った。
それが失敗してその一人は消えたが自分たちまで危険になってしまった。
人心を操って戦争に突入させ国の中枢陣を戦犯として追いやる計画だった。
それが失敗に終わるなんて。もしかすると国より先に残りの連中が殺しに来るかもしれない。殺し屋をその度に始末するなんてしたくない。
となると、残された道は奴ら全員を殺して国外に逃亡することだけだ。それをしようというのだ。
「もう回りくどい手は使わない。誰からやろうか」
「そうね…」
処刑されてしまった男――――万朶という――――の計画は国の頭替えだったが、二人の計画は実は違っていて、連中全員を禍気によってメチャクチャにして自滅させていくというものだった。
失敗してしまい悔しくてならない。
二人は相談し始めた。できるだけ短期間で全員葬る策を。
アイルとロイ、今は悪役っぽくなってますが、実はロイってカッコいいんだよね。ずーっと後で終盤戦でそう思って貰えるかな?(できれば)覚えててね!
もう~机にいる金魚が可愛い。なんかずっとフリフリしてるのです!しかもこっちを見ながら。可、愛、い!!




