●(6)緋尾の勇気
威咲の父親が殺されたので一夜は自分の放浪生活に威咲を連れていくことにした。街道で大雨のため足止めになり、威咲が足を怪我してしまった。怪我のせいだと思った熱が三日麻疹とわかり、薬草がないと三日で死ぬと告げられて…
2刻ほどして垂華たちは戻ってきたが、暗い顔をしている。
「去年採った辺りとその周辺、他の生えていそうな所も探したけどなかった」
「そうか…」
期待は打ち砕かれた。一夜は胸の中に何かが落ちていくのを感じた。
威咲。飯をくれた出会いから、畑仕事をする姿、軽口を叩いていた笑顔が思い出された。泣きじゃくったことも。せっかくここまできたのに。
まだ外に出て数日でこんなことになるなんて、いたたまれなかった。
「一夜…。私熱なんて、すぐ治るから…」
「ああ、早く良くなれよ」
一夜は作り笑いになった。
威咲の熱は普通の解熱剤を飲ませてもまだ高く少し呼吸も苦しそうだ。
そんな中、緋尾の母親がせわしなく辺りを歩き回っていた。
「どうしたんですか」
「ああ、緋尾がいなくなっちゃったの。どこにも見当たらないのよ」
「まさかまた山に…」
それ以外ないだろう。もう夕方でじきに暗くなる。早く探さないといけない。
「緋尾ーっ」
「いたら返事しろ!」
さっき来た辺りにはいないらしい。
「もっと上か?」
辺りはもう薄暗い。
「仕方ない行ってみよう」
「ここより上は神域だから入れないことになってる。だから普通行かないんだよ。子供にはオバケが出るって言って教えてるんだ」
「だけどここ以外ないよな」
「威咲ちゃんのために行ったんだな」
「!…んとに、どいつもこいつも世話のやける」
他人のためになんでそんなにできるんだよ。
名前を呼びながら歩き回ったが暗くなってしまった。
「こんな中子供一人でいたら迷ってるかもしれないな」
「緋尾ーっ」
その時だ。
「お兄ちゃん!」
遠くから緋尾の声がした。
「良かった…こっち来ーい」
合流すると緋尾は嬉しそうに一掴みの薬草を見せた。
入ってはいけない山だとわかっていたがきっとあると信じて入ったという。そしてようやくこれだけ見つかったという。だがそこからは道が分からなくなり途方に暮れていたというのだ。とにかく見つかって良かった。
「だって…入らなきゃお姉ちゃん死んじゃうから…」
「緋尾…」
「お兄ちゃん…やっぱり怒る?」
「いや、これでいいんだ…お前、偉いぜ」
頭を撫でてやったら緋尾は安心したように笑った。
「だけどもうこんなことすんなよ?今日は例外だからな」
「わかってる!」
もう元気だ。本当に無事で良かった。
「じゃあ早く行こう。みんな待ってる」
垂華が言った。
薬草も手に入ったしこれで多分威咲も大丈夫なはずだ。そこは鬱蒼として不気味な森だ。暗くなり一層不気味さが増している。急いで山を下りた。
戻ると威咲は熱に浮かされて寝ていた。
急いで緋尾の母親が薬草を洗ってすりつぶし、少しお湯割りにしたものを持ってくる。
威咲は朦朧としながらも背中を支えられながら起きるとサジで飲まされてなんとか薬を飲んだ。
「これで大丈夫なはずです。あとは威咲さんの体力が勝てば治るはずです」
皆ひと安心して、緋尾は頭をグリグリして誉められていた。
その夜は満月だった。皆寝静まり、部屋の灯明も消したが、窓からの月明かりで充分に明るい。
一夜は眠れずにいた。夜半過ぎ、熱が上がってきたのか呼吸が苦しそうになった。額のおしぼりが乾いてきたのでまた濡らしてのせてやる。
喘ぐような弱い呼吸を聞きながら、一夜はじっと床の影を見ていた。
そうしている間にも影は右から左へ動いた。そしていつの間にか月明かりはだいぶ部屋には射し込まなくなり暗くなったので、一夜は部屋に置いてあったランプをつけた。
もしこいつが死んだらせっかく連れてきた意味が無い。それにもし死んだら俺はまた一人になるな。
両手を組み合わせて額を乗せ、静まり返ったまま時の過ぎるのを待った。
眠る威咲の顔を見ていると、急に炎が弱まったと思うと、ふっと消えた。
油がなかったのか?鼓動が大きくなった。ふと命とつなげて考えてしまった。
暗さに目が慣れてきて、息を殺して目を凝らす。威咲は微かだがちゃんと呼吸をしている…。
そのことに胸を撫で下ろしてふと思った。
なんで俺は、こいつのためにこんなに動揺しているんだろう。
まだ出会って日も浅い、それに、どこかに預けて別れるつもりでいるこいつなんかのために。そう、他人のために――――――――
年末から、ペットボトルの赤ワインを毎日一口ずつ飲んでます…おいしくなかったけど、少しわかってきたかな。でも私にはブドウジュースのがいいみたいです…