(39)ワスレル
予告では話が大きく動くと言いました。
威咲は日なたに椅子を持ち出して垂華に借りた本を読んでいた。難しかったが興味深かったのでゆっくり読んでいた。
昨夜も実は変な夢を見た。同じような夢で夜中や朝方に目を覚ますことが最近多い。
巫女が出てくる前に繰り返し見た、声が聞こえて身体が消える夢ではなく、今度の夢はひたすら何も無い暗闇に浮かんでいて、気がつくと暗闇に何かいる気配がする。目を凝らしても何も見えない。そうしている所で目が覚める。
暗闇に何がいるのか、考えると威咲の心は冷えた。
垂華にされた説明を思い出す。魔物。私の身体に入り込んだ魔物の魂。
もう私は終わりになるんではないか、私という存在が消える時が近づいているのではないか。
巫女がいるので魔物の力は相殺されていて出てくることはないと言っていたが、本当だろうか。
いつか巫女か魔物に置き換わって、私は消えるような気がして。私という意識は消える、ということはつまり私は死ぬのと同じことだから。巫女が私の身体の本当の魂なら、私がいるのが間違いなのだろうか。
本は世界の魔術を比較検討するもので、胡散臭いが面白い。ようやく半分読んだ所だ。
伸びをしてひと休み、庭を眺める。鈴蘭のいい香り。
先月19歳になった。拾われっ子なので正確な誕生日は無いが、拾った日から逆算しておそらくの誕生月の1日を誕生日にしたのだ。
垂華に誕生日を聞いてみると、口の前に人差し指を立てて秘密と言っていた。多摩は8月7日だそうだ。
威咲はなんだか少しだるくて眠い気がした。だが多分最近夢見が悪いせいだろう。
そんな日が数日続き、しとしと雨降りの日、その日は少し頭痛もした。
「威咲ちゃんどこか具合悪いの?なんか調子悪そうよ」
「ううん、何でもないよ。ただ少し頭痛がするだけ」
「そう?」
多摩が額に触る。
「うん、熱はないものね」
「うん、大丈夫だよ」
なんだかあの声の夢に似ている気がした。声が聞こえるわけではないが、何らかの予感めいたものが似ている気がした。
寒くないのに寒気がして、両腕を抱いた。何か出てきてはいけないものが身体の中の奥深くで息づいている感じがして、言いようの無い不安感がある。
「あ、垂華君」
気づけば横に垂華がいた。
「雨降りが続かないといいけど」
「うん、庭の鈴蘭が可哀想。せっかく咲いてるのに」
「優しいね」
そう言って垂華は威咲の頭を撫でた。
「そうかな、ただいい匂いが勿体ないから…」
いつもしない事をされて意外に感じたが別に抵抗は無い。
「それに洗濯物が乾かないから…あんまり雨の日が続くのはやだな…」
垂華の目を見ていたらすうっと意識が遠のいていった。
「あれ?私…」
瞼が落ち、意識が途切れた。
倒れる前に垂華が抱き止める。片腕で威咲を支え、呪文を呟きながら眼前で手のひらをゆっくり左右に動かす。
完全に眠りに落ちたのを確かめて抱き上げる。睡眠の術をかけたのだ。そして威咲の部屋のベッドに運んだ。
多摩が現れて言う。
「やっぱりやるの?」
「最近威咲ちゃんの調子が悪いのは魔物が拍動を強めたからだ。威咲ちゃんの心が弱ったために影響を受けてしまっている…だけど一応巫女に呼び掛けてみるから」
そう言うと威咲の額に片手を添え精神を集中する。
多摩は邪魔をしないように無言で見守る。
つまり垂華が今しようとしていることは、まずは巫女に出てきてもらい、そのままでいてもらうこと。それが出来なかったら威咲から一夜の記憶を消す。
しばし待つと垂華は集中を解いて顔を上げた。
「駄目だ。いくら相殺するといっても魔物と同居するのは相当消耗するらしい。巫女の気も弱められているから、深刻な状況にならない限り出てこないのかも知れない」
「そうなの?じゃあ…」
垂華は無言で頷いた。そしてゆっくり威咲の両方のこめかみを押さえ、呪文を呟き始める。
多摩は目をそらした。
威咲は眠ったまま眉根を寄せると、苦し気に少し身じろいだ。
「…無意識の抵抗がある」
垂華はいったん休んでまた呪文を再開する。威咲の呼吸が軽く乱れる。
「…っ、――――――――――!」
ついにこの回か~ということですが今回のお勧めBGMは是非ARTSCHOOLのヘブンズサインを。隠れた名曲だ!と密かに思った。YouTubeで14souls検索したついでに聴いたらなんてナイスタイミングと思った(ファンの人ごめん)。次回もBGMはこれかな。お楽しみに☆☆




