(36)放浪の目的
放浪生活の目的を失ってぼう然とする。
が、こう思い直して自分自身を納得させる。
俺は兄を捜しているんだ、と。
そう、まだ兄がいるのだ。だが兄ならば生きていたら故郷に帰るだろうか。
去年訪れた際は家は跡形も無く土地も地権は無くなっているように見えた。
兄が兵隊になってからじきに12年になる。
行方不明なのでもう軍にはいないというわけだから、生きていてもどこか違う場所にいるはずだ。それとも生きていたらとっくに故郷に帰っていて地権が失われることもなかっただろうか。
波打ち際に立つように足元をすくわれていく気がした。
本当に、自分は何をしているのだろう。ひょっとしたら何もかも無意味なのじゃないだろうか。
何もかも失って、何も得ていなくて、自分だけ孤独になるなんてことは…。
いや、オッサンがいるし、タクやスズミがいる。それに飲み仲間たち。
そう確認して安心して、寒気がした。
救いなのは、放浪してきた所それぞれに馴染んだ連中がいることだろう。
家族がいなくても自分は独りじゃない。
第一オッサンだって同じじゃないか。じゃあ、将来は俺はああなるのか…。
それ以来、父親の姿は見なかったし、何の連絡もなかった。そのことに一夜はほっとしていた。
あの後思い立ってタクに手紙で頼み地権者の確認をしてもらった所、名義はまだ父親になっているとのことだった。
だが税金がもう9年も払われておらずこのままだと持ち主不明で街が没収、売却することになるとあった。
蒸発したことを言うと、ならば子供の方に名義変更をするよう言われたということで、一夜は再びあの街に行って手続きをしてくることにした。
タクに泊めてくれるように頼む手紙を出し、職場に1週間休みを貰う。オッサンに聞いて必用な物をチェックして鞄に入れて、夜行列車のチケットを用意する。そして出発だ。
夕方6時の駅、三つ目ライトの車両がホームに入ってきて、まばらな乗客たちがわらわらと乗り込む。そして列車は動き出す。
一夜は一般客室の二段の寝台の上の段の一つを確保して潜り込んだ。
薄いマットに振動が伝わってきて、いかにも旅らしくて一夜は結構夜行列車は好きである。
威咲も連れて来たかったなと思った。
スズミたちに会うと喜ぶだろうし、大体今この場にいれば子供みたいに喜んではしゃぎそうだ。
想像して一夜は微笑んだ。
寝台を降りて窓を開けて星を見てみると雲の切れ間にチカチカ瞬いていて綺麗だった。たぶん威咲がいたら同じようにする気がする。
が、他の乗客から風が寒いから閉めろと言われ、閉めて鞄を引っかけデッキに移動した。ここなら何も言われない。
確かに肌寒かったが綺麗な眺めだった。
さて、車内に戻る。
カーテンを閉めて確保していた自分の寝台に潜り込み寝転がって目を閉じる。揺れて心地良かった。
11時の消灯で通路の明かりが落ち、やがて眠りに落ちた。
翌朝5時半に到着して駅で持ってきたサンドイッチを食べ茶を飲む。
8時まで時間を潰し、区役所に行く。
休憩室で9時を待ち、窓口で用件を話す。
用紙に記入しようとして、手を止めしばし考えて係の人に聞いてみる。
「あのすいません、兄のことなんですけど、兵隊になってから行方不明になっているんですけど、今どこにいるかここで分かったりしますか?」
「行方不明?じゃあ土地はあなたが相続するんじゃなくて、もし兄が見つかったら兄が相続するっていうことですか?」
「えっと…生きていたら連絡取ってどっちが相続するか決めるつもりです」
「そうですか。ではこちらで記録から軍部に確認して調べておきますのでまた後日、そうですね、明後日お越し下さい。その際は私串田と申しますので呼んでくださいね」
「分かりました。じゃあ宜しくお願いします」
手にした用紙は戻し、礼をして役所を出た。
兄が見つかってくれればいいと思い空を見る。
青空は何も知らないように晴れていて、そよ風が心地良かった。
軽く食材を買って、後はまっすぐタクの家に向かう。
列車の中で一夜が微笑んだのは心の中で威咲が隣にいたからですね。思い出すと柔らかくなれる人、あなたはいますか?
次回もお楽しみに⭐⭐⭐⭐




