●(30)送る会
好きだとはっきり自認してから、好きの気持ちがどんどん爆発的に広がっていく。
「あと1週間くらい羽休めたら出てくことにした」
なのに一夜はもうすぐいなくなってしまう。
悲しみの気持ちが膨らんで、膨らみ過ぎて、胸が苦しい。
二人で話していて、一夜が威咲を小突き、威咲は自分でも意外なくらい真っ赤になってしまった。
一夜が軽く目を見開いた。
「…なんだ、いつもならよけるか何かするのに」
「…っ」
耳まで赤くなり、恥ずかしくなって俯く。
「なんだよ急に黙って」
揺さぶられて威咲は一夜の服の裾をつかんだ。
「…威咲」
一夜はふざけるのをやめて威咲の顔をまじまじと見た。
ふっと顔を逸らして何気ないふうに話し出す。
「なーんか、お前ともっと長くいるかと思ってたけど、思ったより早かったな」
「…そうだね。次はどこに行くの?」
「どうすっかなぁ…まだ未定」
「そう」
教えてくれないんだね。
「あ、そうだ、俺連絡先とか置いてかないから。どうせすぐ住所変わるしさ」
我慢しなきゃ。一夜の人生なんだから。どうせ一夜は私のことなんか何とも思ってないし。
でもだめだ、私…
「っ、」
「泣くなよ」
一夜が威咲の頬に手を伸ばしたのを止めて、自分で涙を拭い急いで立ち上がる。
「ごめん」
威咲は下を向いてその場から逃げた。
一夜はその後ろ姿を見送ったが、舌打ちをして空を仰いだ。
威咲は周りを見て誰もいないことを確かめ目元を拭った。我慢してもすぐにじわじわ涙が滲んでくる。このままじゃ目が赤くなってしまう。
「なんで泣いてるの」
「!」
振り向くといつの間にか垂華がいた。
「何でもないよ」
「一夜がいなくなるから?…図星だ。そんなに悲しいんだ、置いてかれることが」
「違うよ。平気だよ。寂しいのもきっと最初だけだって」
そこへ一夜と多摩が来た。
「あ」
多摩が威咲の顔を見て目を丸くする。結局全員に泣いたのがバレてしまった。
多摩が首を傾けてから言った。
「威咲ちゃんちょっと早いけどもうご飯の準備しよっか」
「え~、連絡先教えてくれないんだ」
多摩がフライパンで小麦粉とバターを炒める。今夜はシチューだ。
「うん、すぐ住所変わるからだって」
威咲はコールスロー用のドレッシングを作る。
「…それで泣いたの?」
威咲は少し考えて頷いた。多摩はその間を見逃さないが追及はしない。
「じゃあ出てったら本当にそれきりね…」
しんみり言うとフライパンに牛乳を少量入れた。
「これも一夜君に教わったのよね」
そして威咲が多摩に教えたのだ。
「好物みたい」
やっと少しはにかんだ。
「他には何が好きなの」
「テリヤキとか目玉焼きとか…」
「目玉焼き?」
「そう、いろんな焼き方してたよ。カリカリとか蒸し焼きとか。それに意外と料理知ってるから結構教わったなあ」
「ふうん、いいなー」
威咲が少し困ったように笑った。多摩はだんだん牛乳を足す。
「明日一夜君に目玉焼き作って貰おうかな」
「うん、いいかも」
威咲はキャベツの葉をはいだ。
多摩ちゃんだってあんなに追いかけまわしてたんだから寂しいはずなのに偉いなぁ。もう泣かないようにしないとな。
その夜は皆でカードゲームをした。
多摩が台所からワインを持ってきた。
「今日は一夜君を送る会ってことで、飲みましょ?」
「賛成」
垂華が小さく手を上げる。
引き出しからお茶用のコップを出して乾杯した。
垂華、多摩、威咲は少ししか飲まなかったが一夜は普通に飲んでいた。ほとんど一夜が飲んだようなものだ。
ボトルに4分の1くらいになった頃12時近くなったのでお開きになった。
威咲は部屋に戻るとすぐベッドに寝転んだ。
「なんか、ふわふわして気持ちいい」
枕を抱いて寝返りを打つ。一夜は呆れ顔をした。一夜は酒に強い方なのであのくらいでは何ともない。
「ハイハイどうでもいいけどちゃんと布団に入って寝ろよ」
「わかってるよ」
威咲は酔っていると思った。かなり眠そうだ。
「それにしてもお前かなり酒に弱いんだな」
「そんなことないよ…?」
俺以外の男にそんな姿見せるなよと内心思った。
「俺なんか12から酒飲んでるけど酔って寝たことなんて一回もねーぞ」
「そうなんだ…なにそれ自慢?」
「自慢じゃねえけど、そういえばガキの頃酔って恥ずかしいことしてる奴いたな」
「不良仲間?」
「…まーな。…で、そいつも酒に弱かったらしくて、初めての酒でさ、裸んなって周りの奴にキスしまくって、挙げ句の果てに野良犬と喧嘩し始めて…」
「ふうん…」
「そいつ通りかかった犬に変な動きで戦い挑んでったんだぜ。あれは犬の方がかわいそうだった…」
「その人は無事に済んだの?」
「相手が犬じゃん?犬が最初は警戒してたのが先に手ぇ出したのは人の方だからさ、犬がマジに戦闘モードに入っちゃって咬まれたからさ、周りで慌てて引き離して犬を追い払って、マジ大変だったぜ。あとはそいつ宥めて手当てしてさ、なのにそいつ次の日覚えてなくて、教えてやったら青ざめてるし。それからは気を付けてたけどな」
「そ…なんだあ…」
少し笑った所で、威咲は枕に頬を預けるとすぐにクウクウと寝息を立て始めた。
はあー、と一夜はため息をついた。
威咲の下から布団を引っ張り出して上にかけてやる。
すると威咲が寝言を呟いた。
「一夜…」
それだけで、後は完全に眠っている。
一夜は枕を引き剥がして頭の下に入れてやると、顔にかかっている髪をよけてやり、その寝顔を眺めた。目を細めてしばらく眺める。
そして頬にそっと唇を寄せると、頭を撫でてやった。
それから自分も布団に入る。そして繰り返して思う。こいつの為にはこの選択で一番いいんだから。
この回好きなんだよねー。一夜は酒に酔わない。この二人この後はどうなるのでしょーか。
さて、私はちょっとしか飲まないからまだ酔ったことないです。なんで酔う感覚は未だ未知ですが、別に酔いたいとは思いません。




