(26)日だまりの廊下で
一階の廊下の日だまりで威咲と話していた。
もうすぐ春だという他愛ない話をしていた。
ふいに笑った威咲の顔に彼女の面差しが重なり頭の芯がくらりとする。一瞬、当時に戻ってしまっていた。
「垂華君?」
垂華――――――――――
彼女の笑みを含んだ声が耳に甦る。
「!」
垂華は威咲を抱きしめて切なげに目を細める。
「――――――?」
威咲は突然の出来事を理解できなかった。
だが垂華はなんだか苦しんでいるように見える。
よく解らなかったが威咲はそろそろと腕を回すと垂華を抱き返してやった。すると一見抱き合っているように見える形になった。
「―――――――」
廊下の先で一夜がそれを見ていた。
階段から降りてきた所で偶然抱き合っている所を見てしまったのだ。
一夜は目を逸らすと踵を返した。
「…垂華君?…どうしたの?」
小さな声で聞くと、その声で垂華は我に返った。威咲を離す。
「ごめん、疲れてるみたいだな」
切なげに微笑んだ。
私を誰かと間違ったの――――――――?
だが何も聞かなかった。
威咲はなんだか急に垂華が心配になった。
初めて会った頃はヘラヘラしていたのに、今の垂華は閉鎖的というかあまり己をさらけ出してこない。或いはこちらが本当の性格なんだろうか。
次の日、廊下で威咲と垂華が話している所に一夜が出くわした。
威咲が話しかけようとすると一夜は適当に断ってさっさと消えてしまった。
「?」
威咲は不思議に思ったがなぜかは分からない。
「はぁー」
周りに誰もいないことを確かめると一夜は脱力して大きく息をついた。
そんなこんなで数日が過ぎた。
外で壁に寄りかかって一夜はタバコをふかしていた。
「あれ?一夜君タバコ吸えたのね」
ふうーと白い煙を吐き出した。
「まあな。普段は小銭減るから吸わないだけで」
ゴホゴホ、とむせた。
「大丈夫?」
「ああ」
咳払いをして吸い直す。
「…ちなみに垂華はタバコ吸わないわよ?」
「そ、か…」
「…。気にしてると思ったのよ。だって一夜君この頃なんか威咲ちゃんと距離置いているでしょ。…何かあったの?」
「別に。ただあいつら結構仲いいじゃんと思っただけ。これならもしかして威咲のことを預けても大丈夫かな、なんて思って…様子見てみようと思ってるわけ」
目を細めて再びタバコを吸う。
「そ、…う。なんだかそれじゃ威咲ちゃん可哀想ね…でも、一夜君がそうするつもりならあたし、何も言わないから…。あ、でも威咲ちゃんが悲しむんなら絶対ダメだからね?」
「わかってるよ」
そう言ってまた少しむせた。
多摩は苦笑いになった。
威咲はもう、少し憤慨していた。
「なんなのよもう」
今部屋には一人だ。
「私を垂華君に押し付けるみたいにして…」
声に出して文句を言ってみる。
「一夜のばか。わからずや」
私と垂華君をくっつけようとしてるみたいなことくらい、気づくんだからね。そんなの、垂華君に悪いし、第一垂華君にはすごく好きな人がいて、それで苦しんでいるし、それに私も別に垂華君にそんな気持ち持ってないし…
そこまで考えて、威咲はハタと止まった。
じゃあ私は垂華君に悪いから怒っているの?一夜はなぜ…
「う~ん」
威咲は膝を抱えて抱きしめた。
なんだか一夜にさりげなく距離を置かれたようで苦しい。胸が押されるみたいに苦しくなる。なぜ?
「なんで?もう…」
一夜のことでなぜ自分はこんなに苦しくなるの?
「わかんないよ私もう…」
ただどうしようもなく苦しくなる―――――――
その晩、威咲からゲームに誘ってみた。
「ねぇ久しぶりにゲームしようよ。前は私の負けで終わってたから巻き返したいし」
「ああ…いいぜ。やるか」
読んでいた本から目を離しそう答えた。
カードを配りながら思いきって話してみる。
「あのさ、一夜最近私のこと避けてない?」
「別に、なんで」
「…ならいいけど、なんとなく、その」
威咲は言葉に詰まってしまった。
「避けてねえよ。ただ…」
そこでカードが配り終わる。
一夜はため息をつきながら同じカードを抜き始める。
「…私と垂華君をくっつけようとしてるでしょ」
威咲が上目遣いでポツリと言った。
「気づいてたか」
「!やっぱり!気づくよそんなの」
同じカードを抜いていく。
「なんでかっていうと、お前ら結構仲いいみたいだからさ、もしかしたらお前のこと置いてけるかなーとか思ってるわけ」
威咲の肩が大きく揺れ、手が止まった。
一夜はカードを抜き終えて頬杖をついた。そして威咲を見た。
威咲はうつむいてカードを握りしめている。
「一夜、私…」
声が微かに震え、威咲はカードをテーブルに置くと顔を逸らして布団に潜ってしまった。
「威咲?」
呼びかけても返事は無い。
やがて一夜は頬杖をやめて小さくため息をつくと自分も布団に入った。
しばらくして、威咲が布団から顔を出した。
「ねえ、一夜、起きてる…?」
ややあって返事が返る。
「ああ」
「さっきはごめんね。でも私…」
言葉が途切れたので一夜は威咲をかえりみた。
「お前らが運命共同体の仲間なんならそれでいいんじゃないのか?俺は関係ないし」
「…置いて行かないで」
「よく考えろよ」
「でも」
「…今日はもう寝ろ。お休み」
そう言うと一夜は向こうを向いてしまった。
威咲は仕方なく自分も寝たが、必死でしゃくりあげそうになるのをこらえていた。
泣き落としのようにならないように、泣いて涙で引き止めるのだけは絶対に嫌だ。でも置いて行かれるのも嫌だ。
その2つで頭はパンパンになったがいつの間にか眠っていた。
垂華…。一夜も何言ってんだよ。威咲もさー…。
今回は大事な回でしたね。BGMは大体アートスクールでした。
★次回もおたのしみに★




