(24)密かな疑い
多摩は椅子にのけぞって庭を眺めた。
二月の終わりなので溶けた雪でごちゃついている。
魂の記憶、なら巫女も覚えているだろう、自分だって覚えているのだから。あの人のことを。
どの時代も忘れてはいないけれど、彼女は特別だった。あれはちょっとした事件だった。
今の威咲のように記憶を取り戻しておらず、過ごした時が作った人格が存在した。そして、彼女は恋をした。何も知らないで、そばにいた垂華と。
あたしはその時は男で、恋に落ちた二人を守りたかった。魔物が目覚めさえしなければいい、そうすればこのまま彼女には何も教えなくていい、そうして薄氷を踏むように幸せな日々は過ぎ、ついに巫女の力が必要になった。
彼女は自分が消えるのを恐れていて、自分には何の力もない、と泣いたのだ。そして、旅の途中、美しい秋の森で、巫女ではなく彼女でいる時に魔物に襲われて落命した…
思い出して、ふとある考えが脳裏に浮かんだ。
まさか、垂華は威咲ちゃんと彼女を混同してないわよね?まさか、あの冷静沈着な垂華にそれはあり得ない。
でも、じゃあ、もしかして彼女の記憶から彼女を取り戻せると思ってるんじゃ…そんなこと出来るわけないのに。
まさかよね、そんなこと考えてるわけない。垂華に限って…
過去世、皆それぞれに妻帯したこともある。垂華に限ってそれはない。彼女のことは50年以上も前のことだ。
だけど垂華は、50年前から…同じ姿でいる。
50年前、垂華も実は死んだ…。だが垂華は自らに時を止める呪いをかけて蘇生し、一人そのまま生きてきた。彼女の血染めの布を持ったまま。頭の布がそれだ。彼女が死んだ時の腰帯をずっと大事に。
ある意味その生まれ変わりの威咲をどう思っているのか。
もし言い尽くせない想いを抱いているのならそれを止めはしない。
でも、威咲ちゃんは別人だし、何より。威咲自身は己の心に気づいていないようだがきっとそのうち一夜を想うようになるだろう。見ていればわかる。それは単に時間の問題だろう。
多摩はため息をついた。
「威咲ちゃん、髪の毛切らない?」
威咲の髪は元から長かったが、それから更にだいぶ伸びていた。
威咲は自分の髪の毛を見て少し考えてから言った。
「そうだね、ちょっと伸び過ぎたかな」
「あたし切ってあげるわよ」
多摩は指でハサミの真似をした。
威咲はすんなり多摩の申し出を受け入れた。
「そう?じゃあ頼もうかな」
櫛と普通のだがハサミを持ってきて廊下で威咲の髪の毛をすく。
「腰の上辺りでいい?」
「うん」
「いつもは自分で切ってたの?」
「ううん、お父さんが。で、終わったら燃やしてたんだよね」
「そう…燃やすように教えられたの?」
「うん。髪の毛はなかなか無くならないからそうした方がいいんだってお父さんが」
「そう…実はこの後切った髪は燃やすつもりだったのよ。覚醒した巫女の髪の毛は強い力があるから、そのまま残しててもし何かあったりしないように燃やしてしまうの。偶然ちゃんとされていたのね」
「お父さん占いとか呪術してたから…」
「へ~そうなんだ」
綺麗に真っ直ぐ長さを揃えて切り終え、威咲は髪を結う位置を首の後ろに変えた。
髪の毛を燃やす時に多摩は口中で何か唱えていた。
「何かのおまじない?」
「燃やす時は力を皆無にさせるまじないを唱えるの。代々巫女の髪は神官が切ったのよ。良かったらこれからはあたしが切るけど、どうする?」
「じゃあそれでいいよ。切りたくなったら頼むね」
二人は微笑みを交わした。
垂華は実は、…なキャラ。またひとつ明らかになりましたね。
前にキャラ紹介1でcallは東欧のイメージ、と書いたけど具体的な位置は不明なままでしたが、ストック分の先々の話で位置条件が絞れたので東欧の地図をスマホで眺めてどこらか?と考えたらセルビアとボスニアヘルツェゴビナを足したらちょうど良いと判明しました。でもあくまで架空世界なので本当のセルビアと違う!とか思わないで下さいね⭐⭐




