●(20)ただいま
拘置所からは、裁判の日取りが後日決定し次第連絡すると言われただけで何の連絡もない。
威咲があまり笑わずに暗い顔をしているので蓮は心配していた。
「私の顔を?」
「うん、描いてみたいんだ。笑ってよ」
威咲は逡巡してからにっこり笑った。
「これでいいかな」
「うん、じっとしててね…」
描いていると多摩が来た。
「あーずるい、次あたしも描いて」
「分かったよ。待ってて」
「蓮君の絵はあったかいね」
「そうね上手ね」
のんびりした空気が漂う一階とは対照的に二階では垂華が自室で瞑目して精神を耳に集中していた。そして呟いた。
「今夜か…」
一夜は独房に入れられていた。風呂は3日に一度あるらしい。番号の付いた腕輪をされている。両側に独房が並ぶ薄暗い廊下で、周りの部屋にもそれぞれ人が入っており、皆げんなりと寝たり座ったりしている。
青い服の看守が廊下のはじにいる。
そこへカツカツと靴音を立てて黒ずくめに金髪、ショートカットの女が来た。
看守が黙礼する。女が一夜の前で足を止める。
「あら、まだ食事食べてないのね」
食欲がわかずまだ手を付けていなかった。
「まるで手負いの獣ね。よくいる、捕まえられて餌を食べずに死ぬっていう」
一夜は軽くムカついた。この女は捕らえられた時の一行の中にいた。元はといえばどうでもいい事で捕らえて連れてきたのはそっちだろうが。
「あなた自分の立場分かってるの?」
女は睨み付ける一夜をくすりと笑った。
この女は腹が立つ。時々現れては嫌な感じでムカつかせていく。
一夜は皿を取るとガーっと雑炊をかきこんだ。
女は笑った。
「そうよ食べなさい、生きてるうちは」
そして通り過ぎていった。
他の人は言っていた。自分はある日急に税の滞納を理由に捕らえられた、妻と子供がいるのに、と。
自分がこんなことになって、威咲はきっと責任を感じて落ち込んでいるだろう。泣いているかもしれない。どうにかして抜け出したかったがその方法は見つからなかった。
ところが夜、事件は起こった。
静まり返った独房で寝転んで暗い天井を睨んでいた一夜は、爆発の音と衝撃で飛び起きた。
爆発音は立て続けに何度もし、建物を揺るがしたかと思うと急に廊下の先が明るくなった。と同時に塵埃が舞う。建物を破壊されたのだ。
破壊された部分までの人たちは逃げていった。
階下で銃声と小さな爆発音が聞こえる。
実は、最近の政府の取り締まり強化に不満を抱いていた民衆の間で秘密に、捕まった人々を逃がそうという計画があった。
幸運にも、今日それが実行されたのだ。だがこの房からは出られない。
檻の扉にすがって廊下の先を見つめた。
それでもだいぶ沢山の人が逃げ出せたらしかった。
残った廊下にはため息が洩れた。助けてくれ、と誰かが言った。
暫くして銃声が聞こえなくなった。廊下の先から靴音が近づいて来て看守が現れた。絶望が辺りを覆った。
が様子が変だ。看守は虚ろな目付きで一夜の扉の鍵を開けるとその場に倒れた。
「!?」
その時一夜の脳裏に直接垂華の声が聞こえた。
「一夜、その看守は気を失っている。他の奴もそうだ。今のうちに脱出してこい」
垂華は不思議な術を操る。これもそうなのだろう。兎に角逃げねば。
一夜は独房から出た。鍵をとり隣の独房の鍵を開けて鍵を中に投げ込んで言った。
「お前らもどうせどうでもいい罪でここにいるんだろう、逃げろ」
そして廊下を駆け出した。
どっちに行こうか迷った時、窓の下に藁を山積みにした大きな荷車が見えた。馬用のものだろう。一夜は窓枠を掴むとひらりと三階から飛び降りた。
ドサッと藁の中に突っ込み藁が舞う。その車から飛び降りると再び垂華の声がした。
「出口は左だ」
走った。
門の守衛も倒れていたし、門も爆発で傾いていた。そこを駆け抜ける。
「左」
「右」
垂華のナビゲーションで知った街の道まで出た。一夜はようやく立ち止まって膝に手をつき肩で息をした。
「これで最後だ、早く帰ってこいよ」
ハアハアと肩で息をしながら、一夜は再び走り出した。
威咲は外に出ていた。拘置所での出来事は知らずに、月を見上げていた。
もうあんなに形が変わった。見上げる目に涙がにじみ、月がぼやけた。目を押さえしゃがみこんだ。しんとした静寂が包み込んだ。
「…」
手が冷たくなった。吐く息は白い。
その時、微かに砂利を踏む音がした。聞き慣れた足音が近づいて、威咲は顔を上げた。
「何、やってんだよ」
嘘かと思った。目の前に一夜が立っていた。
「嘘…」
「嘘じゃねーよ」
威咲の目から涙がこぼれ落ちた。
「一夜…!」
威咲は立って一夜に飛び付くともう涙が止まらなかった。
「ほんとにほんとに、ごめんね?良かった…!」
「…やっぱり泣いてたな」
一夜は威咲の頭を撫で、頬の涙を手のひらで拭ってやった。
威咲と目が合う。
「ただいま」
威咲の目にまた涙が滲んだ。
「もう…会えないかと思っ…」
もう言葉にならない。
「死ぬかよ、ばか」
しゃくりあげながら詫びる威咲の身体を抱き寄せ背中をさすって宥める。暫くそうしていた。
その様子は二階の窓から見えていたが垂華はちらりと見ただけで頬杖をついて目を閉じた。
この一夜が帰るシーンはcallができた最初のうちに出来てたシーンで、好きなシーンです。
ところで新聞の短歌コーナーに投稿して、採用されて、とっても喜びました★いつか短編に投稿しようかな。
BGMはSTRAIGHTENERのEARYYEARSでした。




