●(153)ナミダ
-------時々。微かに感じる、私の中の魔物の拍動…
また、始まってしまった…
でもまだ大丈夫、やれる。
だってあと少しなんだよ?だから、言わない。
間に合うよね?封印し終わるまで…
シンハが私を灼くまで。
「…っ、…」
目が覚める。
またあの夢を見た。ラナさんの警告、だと思ってるけど…
あの、最期の夢。私の胴が千切れて、私は一瞬の痛みと後は意識は真っ白になって。
…夢だからだろうけど、やだな…嫌な夢…
ツェベルメの東、国境沿いの町。ここは10年前まで隣国と小競り合っていた所だ。そしてつい去年は、バークスへの攻撃や北部での小競り合いで、ここら辺は結局何も無かったがこの地域の人達は心配だっただろう。
この東側の国境沿いも魔物が甦りやすい土地柄といえるので、今回は甦りは北部だけで他は封印し直しだけでいいみたいだが、ここら辺は慎重に隈無く見回りをしてからやる。
勿論他でも見回りはちゃんとしたが、特に気をつけるのだ。負の気が濃くなっている所では軽く浄化の術を使う下処理をして回り、本番の封印ではスムーズに1回で成功出来るようにする。
宿の部屋で、昼の間に遠見を使って見回りを徹底的にやり(それでもし浄化が必要な場所があれば空間移動で行く)、夜に備えると言っていた。
「と言っても魔物はいないと思うからあたし達だけでやっとくわ。これからもそうするから威咲ちゃんは夜、本番をバシッと決めるように頼むわよ?」
「うん、分かった」
東の国境線付近一帯は、隣国側にも空間移動で出張して封印をする。土地柄、そこらはより強い力で封印をかけておくのだそうだ。
という訳で一夜は威咲と電話小屋に来た。満のことを伸夫と話したくなったのだ。今日は日曜日だし、何も無ければ家にいるだろう(クチナは電話が普及しているし、アパートは元店舗なので電話がある)。
威咲は椅子にかけ、一夜はダイヤルを回した。
ジリリリン、ジリリリン…
「でねーな。どっか出てるのか?」
「あと10回待とうよ」
だが出なかったので一夜も椅子にかけた。
「もう少ししたらまたかける」
「満さんに会ったこと話すの?」
「どうすっかなぁ…ずっと迷ってた。でも話すともしオッサンから金子の家族にバレたらどうなるかわかんねーし。仮にそっとしとくことに納得したとしても、1度会った方がいいとかなったらマズイし」
「そうだね…じゃあ叔父さんに秘密にするように頼むとか?」
「いや、やっぱオッサンにも言わない。よく言うじゃん、敵を騙すには味方からって」
「そっか、分かった」
威咲が微笑んだ。
「私も秘密守るね」
「ん」
30分してかけ直すと5回のコールで出た。
「オッサンさっき出かけてた?」
「いや、風呂入ってたんだよ。昨夜は酒舐めてそのまま寝ちまっててな。
ベルが聞こえたけど出れないから、誰か気になってたよ。一夜だったんだな。用はなんだ?」
「うん、あのさ…満のこと、聞きたいなと思って」
「満?前に話したよな」
「もっと詳しくだよ」
「あー、まあいいがな。しかしなんだ急に?手掛かりでもあったのか?」
「いや、そうじゃないんだ。ただ、知りたいと思っただけ」
「なんだ…そうか。春海の次はついに満も見つかったのかと思ったが、違ったか…
まあいいさ、よく聞けよ?あのな…」
昔を思い出して話す伸夫の声は優しかった。俺が産まれる前は幸せだったんだろうなと一瞬一夜は思った。
満が18で兵隊に志願したのは給料がいいから。
春海が出ていってからは静が働いて貧しく暮らしていた。実家から助けられたりしながら。
「離婚届出して実家に帰らなかったの?」
「…あれでも春海は、出てく前はいい夫だったからな。優しくて、優し過ぎたんだ…」
一夜が静かなので伸夫は確認をとる。
「一夜?続けていいか?」
「ああ…頼む」
伸夫は気遣うようにしながら再び話し出す。
「満は12から新聞売りをしたし環も14から働いた。
環が17の時か?静が死んで環は家に一人になった。そん時、実家の方で一応環を呼んだらしいけど、頑なに断ったってな。多分…一夜の帰る場所を守っときたかったんだろ。お前金子とは血縁ねえからな」
一夜は絶句した。環の最期のセリフが甦る。
―――――あたし、あんまりいいお姉さんじゃなかったね…
そうじゃない、そんなこと無かったよ。でも、後悔してももう環はいない。
「環が18の時か、満からの連絡が途絶えたのは…一夜は14、か…
満の行方不明届を出さずにいたのは、その内連絡が来るって信じたいからだったんだよ。
あの子は…兄弟…家族の居場所を必死で守ってたんだよな」
すぐ脇にいる威咲にも伸夫の声は微かだが聞こえている。
一夜は、表情は変わらないけど、泣いたような気がして。
「…一夜?おい、大丈夫か?」
「…ああ…話、ありがとうオッサン。…」
「…一夜?」
「オッサン、俺、もうそろそろ放浪やめようと思ってるんだ」
「!…諦めるのか?」
「…うん、もう、いいんだ」
「一夜?…やっぱり見つかったか?」
「…いや、でも多分、満のことだしどっかで真面目に生きてると思うことにした」
「…そうか。よく分からんが聞かないどくよ。金子にも何も言わねーからよ」
「!…オッサン…サンキュー…じゃあまたな」
「おう、いつでも電話してこい」
ガチャン
受話器を置いて1度、一夜は上を向いた。そして威咲を振り向く。
「聞こえてたろ?」
「うん…良かったね、叔父さんああ言ってくれて」
「ああ。…ったく、変な勘は鋭いんだよな」
威咲は微笑んで一夜の手をとった。
「じゃあ行こっか」
手をつないで歩く。暑くて建物の陰で休んで、話して、また手をつないで…
こうしていると普通の恋人同士みたいでくすぐったいな。
全部、記憶に刻むよ?何気ないことすらも。
一夜の些細な表情や仕草も、全部、忘れたくない。
もし私が消えることがあっても、覚えていたいよ。幸せな時間のこと…――――――――
サブタイは、伸夫との電話で環の話で、一夜が泣かずに泣いたように見えた…シーンから。その話はオッサンは19歳の一夜には言わないでいたんですね。…切ない一夜でちた★
(しかし絵がもっとうまければ…くっ)環が死ぬシーンは【番外編1】、これは一夜の回想の話です、こちらも併せてどうぞ!




