●(151)少しだけでいい
記憶喪失の兄、満に真実を伏せたまま去ると決めた一夜。そしてまた封印の旅に戻る…
朝ご飯はゆで卵とパンと野菜スープだった。
「皆さんお元気で」
「すいませんゆで卵こんな貰っちゃって」
「明日1日我慢するからいいさ」
「冗談よ?」
一家に手を振り別れた。一旦村を出て帰るフリをしてから扉で例の山小屋に飛ぶ寸法だ。
ツェベルメ村…ここに来ることはきっともう2度と無いだろうと分かってる。満とは永遠にお別れだ…
でも幸せなの分かってるからいいよ。
この先どっちが先に死ぬかとか分かんないけど、少なくとも俺は生きてる間中満を思い出すから…
先に遠見で周りに人がいないことを確認してから扉で直接小屋の中に飛んだ。
埃っぽかったので最初に戸を開けて置いてある道具で掃除した。
「使う人がその都度自分で掃除するのねここ」
「だな」
泊まることも一応出来るが主目的はただちょっと休むため、といった所か。
「2泊するわよ」
各自の荷物の中は食料だ。ビスケットとかサラミとか。だからゆで卵は非常にありがたかった。
「じゃあ、まだ午前だから夜まで待つのもなんだし、人目が無い確認がとれ次第少しやっときますか。
その前に一応遠見で見回りを俺と多摩でやるから二人は休んで待ってて。1時間くらいかかるから外見てきてもいいよ」
垂華が言った。
「昼間に2ヶ所封印出来ればいいかしらね?」
「そうだな。で、夜まで休んでからもう2ヶ所やろう」
「私も見回りするよ」
「威咲ちゃんは、封印の時一番力を消耗するのはあなたなんだからいいのよ。封印のために力を残しといて?」
「そう?ごめんね」
集中の邪魔になるのは駄目なので、一夜と威咲は外に出ていることにした。
小屋の外に人が座れるくらいの石があったので二人でそれに腰かけた。
「指相撲しない?」
「いいぜ」
威咲は頑張ったが一夜に負けた。
「なんか遊ばれて負けた気がする」
威咲は頬を膨らませた。
「もっかいやるか?」
「ううん、いい。次はにらめっこやろう?」
少しムキになった顔で言った。
「いいぜ、じゃあにーらめっこしーましょ、笑っちゃ駄目よ、あっぷっぷー」
「ぷー」
威咲は真剣な顔で見てくる。一夜も真剣な顔を仕返した。
「笑えよ」
「一夜こそ」
「…」
「…」
なかなか勝負がつかない。
そこで一夜はそれまでの真顔から突然、一瞬で頬を空気で一杯にし目を見開いて見せた。
「!…っ」
威咲の顔が緩んだ。
「はい威咲の負け~」
「もう~そんな顔初めて見たよ」
「そうか?」
また素早くその顔をする。
「ぷっ、クスクス、やだー変」
「お前もなんか変な顔して見せろよ」
「え~、…こうかな?」
威咲はちょうど〈ムンクの叫び〉のような顔をした。
「ムンクだな」
「なにそれ?」
「有名な絵でそういう顔をアップで描いたやつがあんだよ」
「へー」
変な顔をしあう遊びになった。
ひととおり笑い合って休む。
「…」
一夜が寄りかかって威咲に頭をつけた。
威咲も頭を寄りかけてみる。
「前にもこんなことあったね」
「ああ、フクロウが鳴いてたよな」
「雪の上に天使作った後私に雪ぶつけてきたよね」
「いいじゃん別に」
あの夜一夜は私に家族の事を打ち明けてくれた。心を許してくれてるみたいで嬉しかった。
「…っ」
一夜が鼻先を威咲の首に向けた。鎖骨の辺りに微かな鼻息がかかる。
「くすぐったいよ」
「ああ」
威咲に、触れてしまいたい。その気になれば出来るけど…無理矢理したくない。
いつになったら心の傷は癒える?
今は、心があればいい。俺を好きなら。
「お前の心臓の音、聴きてーな…」
「一夜…」
威咲は迷ったが、一夜の頭をそっと胸に抱いた。
「これで聴こえるかな」
「………………あんまわかんねーもんだな」
「!もう~っ」
威咲が体を離したので一夜も普通に座り直した。
「恥ずかしかったのに!」
「悪ぃ」
「一夜のバカ」
威咲は膨れて見せた。
その頬が微かに染まっていて、本当は怒ってないのが分かる。
一夜は威咲の頭を撫でた。
前に「雪の上に天使作った時…」の話は(22)告白 の部分です是非読んで下さい。あの辺はまだ恋人じゃなくてそーゆー意味でまた面白いです★
「扉」とは「空間移動の扉」のことです。
今後もどうか、終盤戦にお付き合い下さいませね★




