(13)始まり
父親を何者かに殺された威咲を連れて放浪生活をすることにした一夜。途中、交通事故を目撃したことで威咲は具合が悪くなり父親の死体によるトラウマが発覚した。二人は何ヵ所目かの街に着いた。
目的地に着いた。そこはこの国で一番大きな街だ。
一夜はここにしばらく住んで金を貯めるつもりだ。
「ここでなら見たがってた雪も降るぞ」
旅の途中での何気ない会話を思い出す。
――お前行きたい所とかある?
――行きたいっていうか、どんな所があるか知らないから…でも、そうだなぁ…私雪が見たい。まだ積もった雪なんて見たことないから。雪で遊んでみたい。
――雪なんて寒いだけじゃん。どうせお前滑って転んで風邪ひくぜ。
――もーまたそんなこと言う。
威咲のいた村のある地方は割と南方なので四季はあるが雪は降らないのだ。
労働者向けの貸家で一戸建ての安いのがあったのでそこにした。台所つきの居間と二部屋しかない小さなつくりだ。
威咲が家事を担当するので一夜は楽に感じている。ただし金が貯まるのは遅くなるが。
一夜が夕方帰宅すると入ってすぐの居間に夕飯の匂いが漂っていて、勿論朝もだし、洗濯もたたんであった。実は何気に感激していたのだが、表には出さない。
ある日威咲が何の気なしに言った。
「なんか夫婦みたいだね」
「っ!…」
食事中で、思わず吹き出しそうになってしまい口元に手を当てて横を向いた一夜。
「バーカただの同居人だよ」
無事に飲み下した。
「?」
威咲は不思議そうな顔をしている。
正直一夜から見ても威咲はかなりかわいいと思う。大きな目で薄い唇をキュッと引き結んでいる。
でもそれより、威咲のいい所は嘘をつかない誠実さや純粋さだ。それに家事全般に関しては何も言うことはなかった。
ただ唯一にして最大の欠点である過度の純粋さのせいで一夜は威咲を女としてどうの、とはあまり見ていない。
昼行灯というか、鈍いというか、そのせいで全く色気は無い。いつものほほんとしている。
そのくせ、だからか、たまにさっきのようなことを無邪気に言う。だが全く他意は無いのだ。
「はあ」
こっそり小さくため息をつくと、
「?どうしたの?口に合わなかった?」
「あ、いや、うまいよ」
一夜はまた詰まった。気をとり直す。
「そうだ、後でボルシチとかシチューの作り方教えてやるよ。これから寒くなると食いたくなるからな」
「うん」
いつか離れるけれど、この生活がずっと続いてもいいと一夜は心の隅で思っていた。
「――――――――」
――――――――の――――――は――――――で…―――――――
「…?…」
頭の中で声がする。
―――――――の――――――…
誰かが私を呼んでいる?
―――――――は…で――――――――
違う?
「声の夢?」
「うん、この所毎朝見るの。なんて言ってるのかは聞き取れないんだけど…」
「うーん…なんかの予知夢とか」
「なんだろう」
「考えたってわかんねーし、ただの夢だよ多分。気にするから同じ夢何回も見るのかもしれないだろ?」
「そうだね。気にしないでみるよ」
―――――――で…―――――――
まただ。
威咲は布団の中で寝返りを打ちぎゅっと目を閉じた。
「もう、何…」
―――――――…――――――
ぱさっ。
夢の中の自分の腕が消えた。
「!?」
ぱさっ。
もう片方の腕も消えた。ふいに寒くなったような気がして目を覚ます。
「…っ、…」
良かった。腕もちゃんとある。
威咲は自分で自分の身体を抱いた。
妙にリアルな夢は、最近では身体が段々消えていくのだ。
それに、あの声。知らない声のはずなのに、どこか懐かしい。
怖いのに頭から離れない。自分はあの声を知っている―――――?
まさか、と威咲は頭を軽く振って起き上がった。
「身体が消える夢か…」
威咲の顔色はこの頃あまり良くない。たまに物思いに沈んでいて側に一夜が来たのに気がつかない時もあった。
「一夜…あのね、私、なんだかあの声を知っている気がするの。誰だか知らない声だけど、なんだか…」
「なんだそりゃ」
一夜はわざと笑った。威咲がその夢で思い悩んでいるのを知っているからだ。
「あんまり気にすんなよ。ただの夢なんだから」
そう言って椅子に座っていた威咲の頭を軽く撫でた。
威咲はこの半年とちょっとで一夜の色んなことを知った。
優しいことや、舌打ちの癖に首の後ろをかく癖に、すぐバカと言ってくることや小突かれることを。
おかげで威咲は小突きに対する防御を身につけた。
「うん、大丈夫だよ…ありがと」
威咲は撫でられた所に手をやってはにかんだ。
さーて、威咲が謎の声の夢を見だして、話が起承転結の承に入ってきたとこですね。この声は一体なんなのか?その謎は…次回をお楽しみに★
作話中のBGMはバンプオブチキンのユグドラシルでした。バンプの中でも特に好きな1枚です。




