(121)穏やかな午後
今日アイルが来た。先日一夜にかけた巫女の力を抑える術の具合を確かめるためだ。
「術が効いてるから大丈夫なはずよ、力を使ってみて」
威咲が真剣な顔で頷いて、ゆっくり呪文を唱え、青白い光が広げた両手の間に生じる。
みんなに緊張が走るが一夜には何も起こらなかった。
アイルが小枝を拾って投げる。
威咲はそれを光の網で捕らえ締め上げる。
小枝がポトリと落ちた。この力は魔物しか灼かないのだ。
「大丈夫ね」
アイルが言った。
「これならまた巫女が退治に加われるわよ」
みんな胸を撫で下ろしたのだった。
その後30分くらいアイルは休んでいった。
アイルは地道にさりげなく国が争わないで済む方向に誘導することにした、と言っていた。
「どうして争いになっちゃうのかな」
威咲が悲しげに言う。
「民族の正当性よね、確か。どっちが偉くて正しいか」
多摩が略して答える。すると黙って聞いていたアイルが口を開いた。
「国民がどう思っているかは大して問題ではない。要は国だ。争いになった方が良ければ争う、それだけだ。
…私は魔物を覚醒させてしまった。復讐が終わったらちゃんと自分で片付けるつもりだったが…本当にすまない。ちゃんと責任はとるために協力はきっちりさせて貰うよ」
「当たり前よ!」
多摩がビシッと指さして言った。
「あんたは元々仲間なんだからねっ?あたし達と一緒に働くに決まってんでしょ?何、他人みたいに言ってくれちゃってんのよっ」
仁王立ちで腕を組む。
「いい?二度と他人発言しないこと!じゃないとあたしがお仕置きしちゃうんだからね」
「…有り難う」
アイルが微笑んだので多摩は拍子抜けした。
がそれも束の間。
「一応聞いておくがもしそうなったらそのお仕置きは一体何をする気なんだ?」
「えっ!?ええっと…お、おしりペンペンとか」
「…ふっ」
アイルが鼻で笑って多摩が拗ねた。どうやらアイルには負けるらしい。
「今日アイルと沢山お話出来て楽しかったね」
「まあ、あいつがあんま引け目を感じて無さげだったから良かったけど」
夜、退治に行く前に部屋で話した会話だ。今夜からまた威咲も出るのだ。
「うん、でもやっぱり一夜もアイルのこと心配してたんだ?」
「ちっ嬉しそーだな。言っとくけど俺は退治に支障が無いかが心配なだけだから」
「ふ~ん?」
「ほんとそれだけだからな」
「はいはい」
クールぶって、でも“ほんとは優しいでしょ”とか言うと照れちゃうんだろうな(それもクールぶった照れ方で)。そういうの、一夜の方が歳上なのに可愛い…
そう考えている時の威咲は一人で照れている。一夜は威咲の頭の中は知らないものの、なんとなく自分のことだなと思って悪い気はしない。
退治に関しては何も異常は無かった。
空が白み始める前、帰って寝る…
威咲はまた夢を見た。
夢の中で威咲はどこか知らない村の外れでその女性と向き合っていた。
誰―――――――?
だがこの夢の感覚は覚えがある。
最近は見なくなっていたが、あの声がする夢と同じ夢だ…
髪の長い女性がこちらに何か言っている。
威咲は目を覚ました。
久しぶりにあんな夢を見た。
でもなんでだろう。巫女、シンハはもう出てきている。…じゃあシンハじゃないってこと?
その時なぜか思い浮かんだのは私の前に垂華君の恋人だったという女性。
「その人…?」
彼女はこう言った。
――――――死にたくないならもうやめた方がいい。後は彼らに任せて…じゃないとあなたもまた死ぬことになる――――――
今の所魔物退治は順調だ。どういうことだろう。
嫌な予感がする。今朝の夢は真っ白に落ちた一点の黒いシミのように拭うことが出来ない。どうして…
ただの夢ならいいのだが…
ようやくひとつ問題が消えると、すぐまた次の問題…
威咲ちゃん、幸せにしてあげたいよ。本当だよ?




