(1)邂逅
占いの道具をしまい、空を眺めた。
先を、見た。じきに一人の青年が来る。彼は本当にこの子の未来を変えられるだろうか。いや、きっと、最後には…
最後にこの子が笑顔でいられるように。
「よーし完成!作業はこれまで!」
一斉に拍手が広がる。
「最後の給料を配るから一例に並んで」
作業員一堂に歓声が沸き起こった。そしてあー長かったとかこれからどうするの等とざわついていった。
リーダーが拡声器で言う。
「我々はここで現地解散とする。ご苦労様であった。なお最寄りの駅までバスが出るので利用する者は乗り遅れないように」
といってもここは山奥である。橋梁工事を突貫で終わらせたバイトが多い作業員達はバスに乗り込んだ。その中に乗らない人物が一人。
「一夜、お前本当に歩いて帰るのか」
「ああ、地図で見れば山道をショートカットすれば次の街につくからな」
「マジか…じゃあここでお別れだな、気をつけろよ元気でな」
「ああそっちこそ。じゃあな」
互いの手をパチンとやって一夜は仲間に手を振った。
―――――が、もうとっぷりと日が暮れてすっかり夜である。ぐう~。腹の虫が鳴いた。バス代をけちったことを少し後悔したがいや、と思い直す。
「くそ…全然つかねえな…水筒も空っぽだし…どっかに水ねえかな。一日二日食わなくても水さえ飲みゃ…」
耳を澄ませば微かに沢の音がするようだ。
「ラッキー、ここで水飲んであとは明日にして休むか」
一夜は水音の方へ向かった。疲れ気味なせいか注意力が少し足りなかった。
「!?うわっ」
一夜は崖に気付かずに足を踏み外し転落した。
「…って…いってぇ~…」
茂みに突っ込んで無事だった。うっすら目を開けて星を見た。
「めんどくせ…もう寝ちまえ」
そう呟くと目を閉じた。
朝、小鳥たちの歌声が響き渡る中少女は家の中に向かって声をあげた。
「じゃあ行ってくるねお父さん」
籠を手に少女は弾むように軽い足取りで畑に向かった。
頭の上の方に結い上げても腰より長い髪が背中で歩く度にパタパタと揺れる。その髪の色は青灰色で邪魔にならないよう途中の部分も一ヵ所まとめてある。目は薄いハシバミ色。
と、少女は前方に何かを見つけた。カラスが何羽か集まって下のある一点に向かって鳴いている。動物の死体でもあるのだろうか?
カラスが集まっていた茂みに近づいた時、少女は小さな悲鳴を上げた。人の足が茂みから出ているのだ。
しばらく逡巡した後、少女は思い切って茂みを覗き込んでみた。とにかく放っては置けない。
すると、そこにいたのは若い男性、少年だろうか。仰向けに倒れていた。呼吸で胸が上下しているので生きていることがわかった。
ほっとして改めてまじまじとその人物を観察する。濃い焦げ茶色の髪に三角にわりとシャープな顎のライン、一重だけど大きな目。背は高くない、自分と同じくらいか。
その時少年の腹が鳴いた。少女はクスリと笑って座り込むと腰に下げた包みから握り飯を出して少年の鼻の前で動かしてみた。
「…食いもんの匂い…」
一夜は目が覚めると目の前に握り飯があった。パッと目が覚め握り飯をつかんだ。ら。少女の手ごとつかんでおり慌てて手を離した。
「あ、ごめんつい」
少女はクスクス笑いながら言った。
「気にしてません。良かったらこれどうぞ」
「そうか?じゃあ遠慮なく…」
少年が照れながら握りを受けとるとまた今度は大きな音で腹が鳴いた。
「よっぽどお腹がすいてるのね。どこから来たの?」
少年は食べながら答える。
「…遠く」
少女が心配そうに問う。
「行くあてはあるの?泊まる所は?」
「…ないけど大丈夫」
「そんな…」
「近くに川があるみたいだな。ゆうべ水が欲しくてこの崖から落ちたんだ」
「お茶飲む?」
「飲む。ありがと。山奥から地図見ながら歩いて来たんだ。放浪生活。昨日まで橋梁工事してた」
「あ~…じゃあ少し手伝って」
一夜は畑の草むしりをする羽目になった。傍らで少女が野菜を収穫していた。すると雲行きが怪しくなってきた。
「雨降りそうだね」
少女が言った時雨粒がポツリと降ってきた。すぐにサアサアと降りだした。
「大変濡れちゃう!ついてきて」
少女は採った野菜を籠に入れ抱えると少年を呼んで走り出した。
「早く早く」
二人は少女の家にかけ戻った。玄関前で躊躇している少年の手を引き入れると少女は家の中に呼びかけた。
「お父さんただいま」
部屋から返事が聞こえた。少女に引っ張られて部屋に入る。
「お父さんあのね」
「誰だいその人は」
「あ、えーと…」
「一夜といいます」
「なんだお前たち互いに名前も知らないでいたのか?」
父親と呼ぶにはいささか年が行き過ぎている感じの老人が眦を下げて言った。
「そのこは威咲というんだよ」
一夜が改めて少女の顔を見た。
「ところで一夜君はいくつかな?」
「23です」
「23っ!?」
威咲がすっとんきょうな声をあげた。
「やっぱりな…」
一夜はため息を噛み殺した。
「ごめんなさい私てっきり年下だと思って…」
「いいよこんなのしょっちゅうだから」
「本当にごめんなさい」
「いいって、お前は?」
「18」
「じゃあ一夜さんはこの部屋使ってね」
言いながら威咲は一夜を上目遣いで見た。
「何」
「さっきの怒ってない?」
「怒ってないよ」
「本当に本当?」
「疑い深い」
一夜は威咲の額を軽く弾いた。威咲は額を軽く押さえながら言った。
「何か足りなかったら言ってね」
一夜はしばらくここに滞在することになった。部屋に座り壁にもたれて一夜は一息ついた。
聞けばあの父親は赤ちゃんの威咲を拾ってきたと言った。だからあんなに年をとっていたのかと納得した。
そして毛布をかぶると即眠りについた。
翌朝、威咲が一夜を裏庭に招待した。
「これを食べよう、はい」
1つとって一夜に渡すと自分も実をとりほおばった。
「おいしいよ」
「金柑?」
「うん、一夜さんが食べる分だけとって」
「呼び捨てでいいよ」
「でも」
「いいって、気恥ずかしいから」
「…わかった」
そう言うと少し照れたように笑った。
朝ごはんの後一夜と威咲は畑に出た。
威咲は父親が老人のため、家事と畑仕事のほとんどを一人でしているらしい。一見のんびりしているように感じるがてきぱきと小気味よく動いていく。性格が昼行灯なんだなと一夜は思った。
草むしりをしながら威咲はのほほんとした口調で教えてくれた。
「お父さんは呪術師なんだよ。占いなんかすごくよく当たるって近隣じゃ有名なの。
もう年なのに今も村の人たちからお祈りとか占いとか頼まれてやってるんだよ」
幸せそうな顔をして言う。
威咲の家は村から一軒だけ離れて村を見下ろすように建っている。一夜はまだ村に下りていっていないが村から見れば少し山中に隠れるように建っている感じに見えそうだ。うら寂しいという感じだろうか。この家の暮らしは幸せそのものだが。
そんな感じでのんびり日々が過ぎ、半月も過ぎたので、一夜はそろそろこの家と別れて旅に戻ろうかと考え始めていた。
つい居心地が良くて長居してしまった。それに、これから種まき前の耕す作業を手伝って欲しいと頼まれ、ついでにやぶを取り払って少しだけ畑を拡げることもやったため、日がたってしまっていた。
そんな朝、いつも通り畑仕事に出た際に威咲に出ていく話をしてみた。
「そう、やっぱり行っちゃうんだね。またお父さんと二人だけになっちゃう。ずっといてくれてもいいのに」
「そうはいかないだろ。俺にも目的はあるし。今まで置いてくれてサンキューな。こんなに長居するつもりじゃなかったけどつい甘えて休んじまったからなー…」
「私最初てっきり家出少年かと思った」
「どうせ童顔ですよ」
そして二人で笑った。
青い空は高く、はるか上空では鳶がゆっくり大きく旋回し、目線をずらすと燕が鳴きながら軽やかにターンを繰返していた。
「一夜はいいな。私も一度どこかに旅に出てみたいな」
「そんないいもんじゃねーぞ。お前みたいなのはあっとゆーまにくたびれて泣き言言うに決まってる」
「何それ、ひどーい。私はそんなに弱くないですよーだ」
二人で軽口を言い合いながら帰宅する。いつも通り威咲は中に声をかけた。
「?」
今日は返事がない。いつもは必ず返事がかえってくるのに。
「お父さん?」
不審に思った威咲が何気なく部屋の戸を開けた。その瞬間、威咲の目が見開かれ、悲鳴が上がった。
「どうした!?何かあったのか?――――――え…」
悲鳴を聞いて駆けつけた一夜も一瞬その場に凍りつく。部屋の中は、壁も天井も飛び散った血だらけで、きつい酸鼻が鼻をついた。父親は血まみれでベッドに倒れ伏していてピクリとも動かない。
「なんだよ…これ…」
「お父さん?なんで?こんな…やだ…いやあああっ!!」
威咲はその場にかがみ込んで泣き叫んだ。
一夜は唾を飲み込むと、部屋に踏み入り父親の手首を取り脈をみた。ゼロだった。
完全に事切れていたが死体はまだ温かかった。死んでからまだ時間がたっていない。二人が畑に出てから帰るまで半刻程。その間に何かがあったのだ。
一夜は血だらけの毛布を取り除いて父親の身体をベッドに仰向けに寝かせた。威咲はうずくまったままだ。
「威咲?大丈夫か?」
威咲は膝に顔をうずめたまま激しく頭を振った。肩に手を置くと顔を上げ、泣きじゃくりながら言った。
「どうしよう一夜、私どうしたらいいの――――――!?」
取り乱しているので一夜は威咲がとりあえず落ち着くのを待った。
泣き止んで呼吸が落ち着いてきたので一夜は威咲を促して一緒に部屋の血を拭いた。
一度落ち着いてからは威咲は魂が抜けたように青白い表情が抜けた顔で黙々と働いた。父親の服を脱がして身体を拭き別の服をタンスから出して着せた。血まみれの毛布は一夜が洗って干した。
どうしようか考え、一夜は威咲を連れて村におりた。村長に話して助けて貰おうと思ったのだ。
だが生憎村長は不在で、仕方なく他の人に話しても誰も助けてくれなかった。父親が殺された話をすると誰もがよそよそしくなり逃げるように避けられた。
一夜は不審に思ったがどうしようもなく、仕方なくまた二人で家に帰った。
その夜、一夜は考えていた。自分はもうこの村を出て行く。残るつもりはない。だが威咲はどうしたらいいのだ。こんな家に一人残して大丈夫なんだろうか?
しんと静まり返った家。気付くと隣の部屋から嗚咽が聞こえた。
一夜はそっと戸をノックしたが返事がなかったので戸を開けた。灯明はついていた。
「入るぞ」
まず、読んでくれてありがとうございました。万人受けじゃない気がしますが、のらりくらりといきますので続きもよろしくです。