契約式
ぱちぱち。
何度も瞬きを繰り返す。瞬きを繰り返すごとにうすぼんやりとした視界が少しずつクリアになってくる。
ぴーひょ、ぴーひょろん。澄んだ鳥の声が耳に入る。木々の隙間から漏れる陽の光が窓から柔らかに降り注いで、埃がきらきらと光る。綺麗だなぁ、なんてぼうっとしつつ埃を眺めた。……この中に、精霊様もいるのかしら?ちょっとだけドキドキする。
そんな時、ちょうどよくノックとともに声がかかった。通すと恭しく頭を下げた侍女が清々しい朝に相応しい笑顔をあげる。
「お嬢様、朝でございます」
「ええ。おはようございます」
いつもやりとり。
また1日が始まった。
*****
私はルイーズ・ベルナールド。ベルナールド家の長女だ。お屋敷に住んでいてお外の話はまだあまり知らないがお勉強はしているから多少は頭に入っている。
私のお家は伯爵家。随分昔に王国動乱期最後の王、明けの明星とも名高き後の平定王を守り、手足となって戦場を駆けた功績によって辺境伯に叙せられたという。
そんなご先祖様のように私も強くなるのだ。物語の騎士のように、高潔なひととなる。誰に否定されようとも、想いだけは変わらなかった。貴族の娘たる私にそんなことは許されなかったけれど、護身術や嗜みの類として剣術や馬術は学んでいられているし、2つ上の兄について育った従者に無理を言って剣術は相手をしてもらっている。従者さんはよく聞いたことはないけれどどこかのお家の三男坊なんだとか。
そしてそんな戦闘の強さに大事な要素、魔法。その私の契約式が今日なのだ。
魔法は限られたものしか使えないと言われる。いや、魔力は皆が持っているから語弊はあるか。使えるほどのランクをもつものは限られている、というべきかもしれない。それは、この契約式が平民に行えないことに由来する。金がないのだ。こういった式のやり方は公然と公開されたりはしない。貴族ですら知るものはほとんどないそうで、大体は教会から人を招き準備をさせる。教会の独占事業であり、また金を持った貴族が買い手であるために値段設定がなかなかなものなのだ。平民がおいそれと手を出せるものではない。無論、冒険者ギルドなどでは功績に応じて補助金などを出していたり、髪や目の色に変化が起こるほどの魔力があれば貴族が買い取って契約式を行わせたり、そもそも大地主で金があったりとするから、ゼロではないが。
まあ、それはさておき。
我が家は王家より直々に契約式の仕方を教授されている。だから契約自体はもっと早くにできないこともなかったのだが。事実兄はもっと早くに契約しているのだが。
……お転婆すぎて怖いから、もっと精神が成熟してから、と言われ続けて早数年。ようやく父上のオーケーが出た。
まあこれ以上遅れると魔力の上限が下がりだすからという苦渋の決断だったようだが。
契約式というのは精霊様との契約のための儀式だ。魔力は精霊様との契約を契機に爆発的に増加するのだが最も良いと言われるのは5〜7歳と言われている。幼すぎれば体が増加に追いつかないし、逆は上限が下がりだす。結構シビア。
この期間内に契約していれば100の能力があった人でも10歳とかでやると70や60に下がるなんてザラにある。
それゆえ、もうじき8歳という年齢を考慮されてなんとかオーケー。お兄様が未だに心配そうな目で見てくるのが解せません。
ふ、と視界の端に太陽みたいな金糸が映った。
「リアン!」
声をかけてぶんぶんと手を振ると気付いたらしい彼がこうべを垂れた。
リアン、というのが先程話に出たお兄様の従者で、剣術の相手をしてもらっている人だ。年の頃は、確か14ほど、だったような。柔和な顔つきに金髪碧眼の貴公子然としている。
「兄がいながら先に従者に声をかけるあたりお前だな」
呆れ気味のお兄様が近寄ってきてそんな言葉を発する。リアンはいつもののことと笑顔を浮かべたままだ。
まあリアンがいるならお兄様もいるだろうとは思っていたけどお兄様別に気にしないし、ならいいかなって。でもなかなか好きなんですよお兄様のことも。格好いいしね。ほんのりと金っぽい髪色はプラチナブロンドといったほうがいいかもしれない、それに紫の目。どう考えてもレアな色は流石の一言で魔力もやはり高いらしい。
「だって真っ先に目に付いたのがリアンだったんだもの。ねえリアン、契約式が終わって魔法が使えるようになったら……」
「ダメだ。お前はリアンを殺す気か。休み時間を削らすな」
「むむ……、今までの剣術の時間が上限にするわ、勿論剣術と魔法合わせてよ」
「お前……神経の削れ方が剣術の比じゃないんだぞ」
お兄様からは絶対オーケー貰える気がしない。お兄様リアンのこと気に入ってるものね。
ので、リアンに向き直った。ちょっと身を固くしたリアンだったがほぼ想像通りだったらしい、ほぼ諦めモードだ。
「おねがい、リアン」
うるうるおめめのお願い攻撃はチビの特権なのである。
お兄様は頭を抱え、リアンは苦笑気味ながら恭しく話を受けた。
*****
お父様の口から意味の分からない言葉が呟かれる。昔の言葉だそうで、意味が伝わるばかりで理解できるものはないらしい。
お昼ご飯を終えて少し時間を置いた後、一度も入ったことのなかった地下に入った。真っ白なワンピースに裸足。床は冷たかった。すごく。地下は、どんなものかも分からない複雑な魔法陣が中央を陣取る部屋は、すごくシンプル。ものは多分、今回の儀式の準備のために運び出されたのだろう、お父様の工房にある机ぐらいだ。とはいえ、赤いカーテンで奥なんて見えやしないのだけど。
私の目の前に描かれた魔法陣が眩いばかりの光を発する。
精霊様、精霊様。どうか、私に力を、ご慈悲をお与えください。
そう願いながら、儀礼通り、なんとか覚えた言葉を諳んじる。つっかえずに言えた。……よかった。
きらきらぴかぴか。部屋で見たような、でもそれよりもずっと綺麗な光がほわぁっと浮かんでいる。
「……わたくしと、契約していただけるの?」
伸ばした手に、浮かんでいた光が集まる。
お父様が息を呑んだ。
……ご、ごめんね?儀式通りの手順じゃなくて。
お父様を少し見て焦りながらちゃんと予定通りの言葉をはいで契約を進めていく。
「かわいいこ、かわいいこ。まもってあげる?」
「たすけてあげる?」
「うふ、うふふ。みまもってあげよう」
「たのしみ、たのしみ」
小さくて高い声が口々に言い合う。
……精霊様の声……だよね。
普通に話せるなら別にお堅い昔の言葉じゃなくてもいい気がする。恐れ多くも私に関心を抱いてくださっているようだし。
「わたくしにちからを貸していただきたいのです。どうぞ、宜しくお願い致します」
きゃは、と笑い声が響く。何個か光は消えてしまったけれど、ほとんどが私の中に飛び込んでくる。
ぐらぐら。眩い光がひときわ大きく光って、目が回る、それだけで終わらずに頭も回るようで。
あ、と気づく。
これは、倒れる。
気付くが早いか、意識がプツンと途切れた。