三章 嫉妬の影に潜む嫉妬
かなり時間がかかってしまいごめんなさい。
なんやかんや、GWは仕事があって、進みませんでした。
できるだけ隙を縫ってやるようにしてるのでよろしくお願いします
ある魔力を追って城下町の外れにある森の中に来ると、一人の少女が空を眺めて黄昏ていた。
「まさか、貴方だったなんてね。
皮肉ね、私もミナもイクスも貴方も家族のことで悩んで振り回されて」
「うるさい!貴方たちと一緒にしないで!」
「やはり貴方だったんですね。
投降してください、ミュルト・アティーレプス」
俺たちの前に立つ、フェリスの妹であるミュルトは自分に被せていたなにかを突き破り、心の内を露わにする。
「なんでお姉さんにそんなことができるんです。
失ってしまったらもう戻ってこないんですよ!」
家族を失う辛さや痛みは俺やアセディアよりもミレイナの方がよく知っているだろう。
そんなミレイナの声ですら彼女には届かず、ミュルトは瞼から雨が零れだす。
「いつもいつもお姉様ばっかり。
同じことをやったって褒められるのはいつもお姉様で、失敗したとき怒られるのはいつも私。
私は誰にも必要とされてないのよ!」
「それは違うだろ!
本当にあんたはフェリスの痛みを知ってるのか?
確かにあんたがどれだけの痛みを背負っているかなんて俺にはわからない。
でもあんたは目を背けるばかりでミレイナの言葉に耳を傾けてないじゃないか!」
「うるさい……うるさい、うるさい、うるさい。
黙りなさいよ!そこらへんに転がっている凡人風情になにがわかるっていうの!」
誰の言葉も彼女には一切として届くことはなく、どんな言葉も彼女の前では無力となってしまう。
それぞれの生き物がそれぞれの痛みを抱えて、それぞれ助け合って生きてる。
彼女は立場故に誰にも頼れなかったのだろう。
頼る環境がなかったのではなく、頼ってはならないという王家の者としての何かが彼女をここまで追い詰めてしまったのかもしれない。
理由はどうあれ、彼女を助けられなかったのが人間であっても彼女を助けるのは神ではない。
他でもなく人間でなければならないのだ。
「私はインヴェンジュに救われたのよ!
あんなにも苦しかった日々が最近じゃ、本当に楽になったわ。
お姉様がいなくなって、みんな私だけを見てくれる、褒めてくれる!」
「それは違うわよ」
「違わない!
わからないなら見せてあげるわよ。
あの子に貰った私だけの力を」
インヴェンジュが放っていた禍々しい魔力に限りなく近い魔力が、彼女から次々の泡のように溢れ出し彼女を飲み込む。
彼女の左半身は闇へと呑まれ黒い炎のように不確かな輪郭のまま彼女と一体化する。
まるで神話に登場する悪魔に左半身だけが取り憑かれたように。
「イクスもミナも、これはやるしかないわよ。
覚悟決めなさい!」
「分かってます。
ですが必ず取り戻して見せます」
「ああ、誰かがあの子に手を差し伸べないと。
けどチャンスを掴む努力はあの子次第だから」
「跪け、ゲイボルグ。ひれ伏せ、グングニル」
「我の力となれ、怠惰の弾刀。
オーレリカ、白桜<白鷺>」
「氷華の欠片よ、私に力を」
ミレイナは腰に下げた腰の細剣を抜き、自分の魔力を纏わせる。
レベル六以下の魔道士は、基本的に質量があるものに魔力を纏わせ武器としている。
それに対し、俺やアセディアはなにもない場所に魔力の集合体を作り質量を持った物質へと変換する。
「私に力を貸しなさい!
嫉妬の魔女よ」
ミュルトも短い詠唱文で杖のような武器を召喚する。
「イクスさん、杖は武器として認定されてない武装ですよね?
なんでそんなものを彼女が?」
「それはわからない。
だけど街を襲った筆頭も杖を持っていた。
杖ってだけで使い物にならない物って考えるのはよくないな」
「来るわよ!二人とも」
アセディアの声が俺たちの耳に届く頃には、すでに雷撃が俺の目と鼻の先まで届いていた。
ギリギリでガードするも、白桜に衝突した雷撃は刀を伝って俺の体に流れ出し、身体中が焼けるような苦痛に襲われた。
「がぁはっ」
嗚咽とともに口からでた血液は、地面に飛び散り土に染み込んでいく。
「ちょっとなによ今の!
詠唱なしで魔法を使ったわよね!?」
「ふふっ。
この杖は呪杖と言って、杖の中にあらかじめ魔法を封印し、使うときは詠唱なしで発動できるものなのよ。
ただそれがわかったところで貴方たちが勝てるはずもないから安心しなさい。
まずはそこの赤髪の子から片ずけてあげるわ」
ミュルトが杖を向けたのはミレイナだった。
とっさにフォローに入ろうとするアセディアだったが、彼女にも飛ばされたツララのような氷の刃に足止めされ、あと少しのところで間に合わない。
「ミナ!!」
避けも防ぎきれもしないとミレイナの身体が本能的に悟ったのか反射的に腕を回してしゃがみこんだ。
そのときミレイナの腰につけられたポーチの中が赤く光り出し、その赤色の閃光によって氷の刃は噛み砕かれ勢いを失って地面へ落ちる。
「なに!?」
戦さ場にいた全員が驚きの声を上げるが、そんなことには構わず、赤色はミレイナを包み込む。
*****
「こんなところで倒れちゃダメ。
貴方は私が認めて、お姉ちゃんが認めた子なんだから。
なんか押し付ける形になっちゃったけど立ち上がって、前を向いて!」
どこからともなく聞き覚えのある女性の声が聞こえてくる。
だがそれが誰の声なのか考えようとしても、脳が機能していないかのように、なにも思いつかない。
「対等な関係になって言いたいこと言い合って、ぶつかり合って貴方らしく戦いなさい。
それが貴方の強さになるから。
それの手助けを少しだけ私がしてあげる」
*****
数秒後、赤い光がミレイナのポーチへと収束していき、ミレイナが姿をあらわす。
短髪だったはずの髪は腰より下まで伸びており、2つに束ねられている。
そして両手にはイラーが持っていたのと同じ二本の剣を携えていた。
「これは…」
「それってイラーの。
ミナ、イラーと会ったの?」
「はい。少し前に少しだけ話しました」
「まさか、指輪を渡されなかった?」
「はい、でも渡されたというより忘れ物です」
「そう、あの子は自分なりの道を見つけたのね」
悲しそうな表情を浮かべるアセディアに疑問を
いくつかぶつけたいところであるが、それはこの状況を打開してからにするべきだろう。
「貴方たちに時間は残されていないわ。
時期にお姉様の命は消える」
「イクスさん、アセディアさん、ここは私に任せてください。
ここは私が」
「無理よ。
初めて罪力を振るうにはもっと準備が必要だもの。
なのにミナはなにも準備をしていない。
それこそ貴方が死ぬわよ」
「それでもやるしかないんです!」
「アセディア、ここはお前らに任せる。
悪いけど俺だけ先に行かせてもらう」
「え?」
アセディアの気の抜けた声が聞こえたのを最後に一瞬で加速し、フェリスのところへ俺だけで向かうことにした。
*****
「あーあーイクスにフラれちゃったわ。
可哀想な私を誰か拾ってくれないかしらね」
「アセディアさん、
冗談言ってないで手伝ってください」
わざとらしくショックをうけるアセディアを戦うよう促し、再びミュルトに剣を向ける。
「剣豪の意思が燃ゆるとき、高潔の力は解き放たれん、破滅之氷結雨!」
私の頭に浮かび上がる知らない詠唱文の数々。
何故だか、その詠唱文から発動される魔法がどのような物なのか、私は昔から知っていたかのように次々の頭の中に浮かび上がる。
そして私の詠唱に応えた自分の魔力が次々と膨れ上がり、辺り一面に何百もの劔を象った氷の刃が生成される。
「インジュに噛み付かれた人間は、擬似生命体になるのよ。
今の彼女を殺してもインジュの呪いが解けるだけで、彼女は本当の意味で死なないわ。
だから遠慮なんか要らないわよ」
私が心配していたことを察してくれたアセディアの一言によって、少し気が楽になり幾多の劔に指示を飛ばす。
「見た目が変わったくらいでいい気にならないことねぇ」
ミュルトの杖から放たれる雷撃を劔で防ぎながら、残った劔に攻撃の指示を飛ばす。
私は目を閉じ一歩も動かずにミュルトの魔力だけに集中し、脳が崩壊しないように最低限の気を使いながら攻撃を続ける。
*****
「見惚れるわね。
ミナが初見であそこまで結罪を使いこなすなんてイクスには及ばなくても、ここまで…。
イラー、あんたの想いは届いてるわよ。
そして必ずあなたの選択は正しかったと私たちが命をかけて歴史に刻んでみせるから。
私たちが挫けないようにしっかり見守ってて」
私の援護などほとんど必要としない戦いぶりでミュルトを少しずつ押していくミナを見ながら私が今できることだけを確実にこなす。
「全て退ける固き意思の力よ、堅確之壁。
猛き炎は限りない頂きを求めて羽ばたき続ける、無双之頂」
ミナが操る氷の劔に破壊力と耐久力をあげて最低限、彼女の邪魔をしないように立ち回る。
その後、ミュルトの断末魔とともに終戦を迎え、ミナは意識を失い身体を揺らしながらゆっくりと倒れる。
私はそれを受け止めてゆっくりと抱きかかえた。
「お疲れ様。よく頑張ったねミナ」
自然にミナの結罪状態は解かれ、元の姿に戻る。
外傷はほとんどないが、脳へのダメージが相当だったのだろう。
ミュルトも同じく元の姿に戻っており、片手でミュルトに触れながら座標移動の詠唱文を唱えて前回と同じく宿へと一時、戻ることにした。
*****
「チッ、意外とあいつらも頭が回るみたいね。
まさかあの魔力…憤怒まで従えてるなんて予想外だったけど、いい余興になったわ」
「あいつらがやってくれたみたいだな。
さて、子供の遊びに付き合うのはここまでにさせてもらうぞ」
冷たい殺気と共に、白桜をインヴェンジュにむける。
「私もう二〇〇歳くらいになるし、貴方より年上なんだけど」
「精神年齢の話ししてるんだよ。
時間もないみたいだし本気で行かせてもらう」