一章 永遠は語られず
「申し訳ございません。
私たちが知ってるのはこんなところです」
「ありがとうございます、ミュルト様」
俺たちはニ日間の長い旅を経てアティーレプス領に到着した。
今は、俺たちの前に座る第二王女、ミュルト・アティーレプスに謁見し彼女の姉であり、ここの領域を統括する第一王女のフェリス・アティーレプスの行方を探っている。
だが、対してめぼしい情報も聞けずいわゆる八方ふさがり状態になってしまった。
アセディアは堅苦しいのは嫌いだと言って、城下町を散策しに行っているが異様に肝の座ったミレイナは丁寧な口調でミュルトの隣で護衛に着く短気そうな兵士の感に触ることなく話を進めていく。
そもそも俺たちの身分や事情では、王族に謁見することも叶わないだろうが、リンダスの援助もあり護衛の機嫌は損ねたものの話すことができた。
「それでは、僕たちは失礼します。
また新しい情報があったらお願いします」
「はい。
お姉様のことよろしくお願いします」
*****
「これは、あなたの仕業なの?
嫉妬の魔女、インヴェンジュ」
「そうであって、そうではないよ」
私はこの事件の異変に気付き、イクスたちにバレないように嫉妬の魔女と深い森の中で対峙していた。
「どういうこと」
「あんたに教える義理なんてないわよ!これはゲーム、楽しい楽しい娯楽。あんたに付き合ってる時間なんてないわ、それじゃあねアセディア」
インジュが狂っているのはいまに始まったことではない。人の弱みに付け込み、それを利用して自分の娯楽とする。人間をおもちゃとしか思っていない。
なんであいつはこんな子を罪力の後継者に選んだのかしら。
「私もあなたに割く時間なんてこれっぽっちも用意したくはない。けどね、イクスやミナに手を出すようなら黙ってないから。話はそれだけよ。さっさと私の視界から消えなさい」
私に言われるまでもないという表情で、彼女は暗い闇の中に消えていく。
だが彼女が今回の事件に絡んでいる以上、彼女と戦うことは避けられない。
「それなら私は…」
*****
「終わったのね」
城を出ると、壁にもたれながら考え事をするアセディアがいた。
「全く、アセディアさんはどこをほっつき歩いてたんですか。こっちは大変だったんですよ!」
「悪かったわよ」
少し疲れた様子のアセディアは、誠意が感じられない謝罪を口にする。
何か思いつめたような表情をするアセディアが少し気になりながらも、ミュルトが手配してくれた宿泊施設に足を向けた。
しばらく歩き続けると大きな建物につき、案内されるままに部屋へ入った。
「ねえ、イクス。ずっと気になってたんだけどフェリス王女とはどういう関係なの?
迷い猫を出発するとき彼女の名前を口にしてたじゃない」
「気づいてたのかよ」
「耳はいい方よ。これを機会にミレイナにあなたの正体も教えてあげたら?イクスもミナのことは信用してるでしょ?」
「はー……わかったよ」
そして意を決して俺はミレイナに過去のことを語る。
最初は、驚いてばかりだった彼女も、途中から静かに聞きながらレスティや姉たちの話をするとポロポロと涙を流し始める。
アセディアは俺の背中に背中を合わせて、もたれかかっていた。
それが心を支えられているようで、すごく安心して話を進められる。
レスティを誘拐したマリア姉さんのこと、クリア姉さんが投獄されたこと、アセディアの許可の元に純罪のジャンヌと魔女についての話とアセディアのことについて、その全てを大人しく聞くミレイナ。
そして俺とフェリスについて語ることにする。
「俺は、父さんの命令でアティーレプス家の次期、女王候補だったフェリスと結婚するように言われた。
もちろん、その目的は乗っ取り。でもそんなのが嫌だった俺は必死に拒もうした。だけどそれは受け入れられず俺は仕方なくアティーレプス家にいった。
フェリスには、秘密にしてくれることを約束してもらって状況を話したんだ。それでも彼女は仲良くしてくれた。けどその後にあの事件が」
「そうだったのね。ミレイナはどう?イクスの過去を聞いて」
今まで黙って俺を支えてくれていたアセディアが背を向けたままミレイナに言葉をかける。
「私は…私は……。ごめんなさい、少し時間をください」
そう言ってミレイナはゆっくりとした足取りで部屋を出て行く。
無理もないだろう。今まで一緒に行動してたのが十年前に大事件を起こした国家反逆者だったのだから。
「大丈夫よ、ミナなら。あの子は強いし、しっかりしてる。もちろん、あんたが悪くないこともわかってると思うわよ。こればっかりは時間が解決するわ」
「ああ」
*****
私はバカだ。イクスさんの過去も、アセディアさんのことも知らなかった。けど仇をとってくれた恩人で、本当に信頼できると思っていた。
それでもイクスさんたちの過去を知って、心が揺らいでしまっている。私はどうしてそんなに弱いのかな。ため息を大きくつき、目の前に置かれたコーヒーを口に運んだ。気づけばもうお昼すぎだ。
お昼の時間をすぎたせいか、喫茶店のお客さんは少なく、妙に静かな部屋でコーヒーを啜った。
「もう少し自分を信用してみたら?」
「あなたは!?」
部屋を出てから宿泊施設の中にあった喫茶店で考え事をしていると一人の女性が後ろから話かけてきた。
その女性はよく見知った顔であり、彼女がなぜここにいるかわからなかった。
「少し合席いい?」
「え、ええ」
少し迷ったものの、了承すると彼女は右手に持ったコーヒーカップを机に置いた後、椅子に腰をかけた。
「イラーさんでしたよね?」
「そうだよ。この前は迷惑をかけたみたいでごめんね」
「あ、はい。記憶はあるんですね」
「うん。憤怒の力に呑まれると暴れまわっちゃうんだけど微かに意識はあるの」
「もっと怖い人かと思ってましたけど、私たちとなにも変わらないんですね。イラーさんたちは人間が嫌いだと聞いていたので」
初めて彼女の本性のようなものに触れ、彼女もアセディアと同じ魔女だとわかっているが、普通の人間と変わらないのではないかと思う。
「そうね、嫌いよ。けど殺したいわけじゃない。
だから無駄な死を招くのを防いでくれたあなたたちには私なりに感謝してる。だからお姉さんが少し助言してあげる。あなたは、悩む必要があるの?」
「え?」
「あなたは、なにかで悩んでるのは誰にだってわかる。けどあの戦いで、アセディアやあの男の子との連携の中であなたは自分の背中を完全に預けられていた。自分の命を預けられるほどの人たちが身近にいるのに」
まさか彼女に慰められるとは思わず少しびっくりするが、自分の中にぽっかりと空いた穴が彼女の言葉によって少しだけ埋められた気がした。
「まあ何にせよ、あまり気を詰めないことね」
彼女はコーヒーを飲み干すと何も言わずに私の分の伝票も持って席を去った。
彼女の背中を眺めながら店を出たのを確認し、視線をテーブルに戻すとテーブルの上に一つの指輪が置かれていた。
「忘れ物…。また会えるわよね」
なぜだか彼女とはまた会える気がしたため、指輪を手に取りカバンの中にそっとしまった。
「二人のところに戻らないと」
*****
「私、決めました。イクスさんのお姉さんたちを助けるのを手伝います。それがどれだけ困難なものでも」
しばらくして部屋に帰ってきたミレイナは、しっかりとした眼差しをこちらに向け彼女なりの決意を口にした。
「わかった。それがミレイナが決めたことなら」
「私も異議はないわ。ミナとこれっきりなんて嫌だしね。こうなったら一連托生よ!」
そんなことを話していると、部屋の窓から見える街に大きな音と共に煙と炎が上がってるのが見えた。遠くから薄っすらと聞こえる悲鳴に、勝手に足が動き出す。
「ミナ、私たちも行くわよ!」
「はい」
*****
「これは…」
街の中に大きく空いた大穴にはいくつもの丸焦げになった死体が転がっており、バラバラになって滅茶苦茶になっていた。
「一体何が」
「ふははは。これはすごいわ」
声が聞こえてきた上空に視線と、筆頭の刻印が刻まれた女性が一人だけ宙に浮いていた。
「あんたがやったのかよ!」
相手の回答も待たずに俺は白桜を召喚し、地を蹴る。
渾身の一撃を込めたつもりだった一撃は、軽々と杖で止められる。
「なっ!」
驚いてばかりもいられず、反撃される前に手のひらから風を生成し、急降下することで相手から距離をとった。
「あなたたちと遊んでる暇はないのよ。さようなら」
そう言い残した女性は転移魔法を展開し、姿を消した。
「イクス、大丈夫?」
「あ、ああ」
「一体何があったんですか」
少し遅れて来たアセディアとミレイナが街にぽっかりと空いた大穴を見て驚きの声をあげた。
「さっきまで杖を持った筆頭の奴がいて、そいつがやったっぽい。でもおかしい」
「なにがよ」
「俺が見た筆頭の奴は右手の刻印が青色だった。
そいつに俺は確実に全力を出した剣撃をいとも簡単に止められた」
「ちょっと待ってください。青色って筆頭の中でも二番目に弱い色別ランクじゃないですか。
そんなやつがこんな大穴を空けて、さらにイクスさんの全力を受け止めれたなんてあり得ません」
「だから、おかしいって言ってるんだ」
俺の心にあるのは焦りと恐怖だった。
筆頭は手の甲に刻まれた刻印の色によって強さが分けられている。
十色に分けられたランクの中でも下から二番目の筆頭がこんな高火力魔法を打てるはずがないのだ。
こんな大規模魔法が使えるのはせいぜい上から二番目に位置する黄色と紫色になるだろう。
「この街でなにか起きようとしてるのは間違いないわ。それとロクでもないことっていうのも。タイミングから考えて王女様の誘拐が関係してるとしか思えないわ」
「そうですね。急ぎましょう」
*****
「あーあー、私もそろそろ疲れたよ。永遠に生きるってのは流石にしんどそう。もういいよね、お母さん」
一人の女性が森の奥で誰にも気づかれることなく倒れこむ。
「もっと女の子らしく生きたかったな。学校行って、恋して家族や友達と笑って…はー」
「罪を押し付けちゃったかな。でも彼女なら信じられる、頼むよ」
やがて息を引き取り、なぜか一瞬で灰となり風に乗って消えていった。
これからはこのくらいの長さで投稿していきたいと思います。
ちょくちょく前書きにいろんな人のプロフィールを書いていきたいと思うので少し気に留めてみてください。