一章 七分の一の大罪
用語紹介
領域:
この世界の地球に四つ存在する大陸のことを指す。
ランドリア領、アイオス領、アティーレプス領、コーデミア領とそれぞれ名前がつけられている。
その領を占拠する国がその領域の名を受け継ぐことになっている。
俺は、ランドリア領の南東にある、ベノムという廃墟区で違法人体実験が行われていると聞き、辺りをくまなく散策していたがそのような痕跡を見つけることはできなかった。
だが先ほどから、誰かに跡をつけられている気がしており、何度か撒こうと試みたが振り切ることはできなかった。
少し危険だが、こうなれば仕方がない。
「隠れてないで出てこいよ」
「あら、バレてたのね。
さすがは八歳にして軍を束ねてただけあるわ」
こいつ、俺の正体を知ってるのか。
俺の前に姿を現した黒衣の女性は、黄金の瞳でこちらを捉えると、銀色の長い髪をゆらゆらと風に踊らせながら、ゆっくりとした足取りで歩み寄ってきた。
ミリアード国が滅亡して以来、 できる限り他人との接触を避け、過ごしてきた。
十年経った今では当時と容姿も違えば、声だって違うためバレる理由などないはずだった。
だが、黒衣の女性が発した言葉にはなにかしらの確信の上に築き上げられているものだと思えてしまう。
「あら、正体がバレてると知っても動揺しないのね。
少し驚きだわ」
「そろそろ、名乗ってくれないか。お前が俺に嘘の情報を流してここに誘き出そうとしたのか?」
「そうね、察しがよくて助かるわ。
私の名前はアセディアよ。周りの奴らは、私のことをこう呼ぶわ。怠惰の魔女ってね」
「筆頭魔法協会の連中か?」
筆頭魔法協会は、自分たちを魔女や魔族などと呼ぶ、最近ではよく聞くテロ組織だ。
だが彼女には、筆頭の証として右手の甲に刻まれる狼のタトゥーが見当たらなかった。
「あんな、詐欺連中と一緒にしないでもらえるかしら。私は、本物の魔女よ。
たった十年という短い時の中で十八個ものテロ組織や、悪徳協会を一人で潰してきた貴方なら聞いたことあるでしょう。
七つの大罪を犯し、最強の罪力を手にした魔導師、ジャンヌ・オルバート。
ジャンヌ…いや、お母様は私を含め、七人の子供に死の直前に一人に一つずつの罪力を不完全な形で分配した。そして怠惰の罪力を受け継いだのがこの私」
彼女の言った通り、俺は確かにジャンヌ・オルバートという人物について存在と一部の情報は、認識していた。だがそれは作り話のようなものだとして俺はあまり気に留めなかったのだ。
そんな記憶を頭の片隅から呼び起こし記憶を再生する。
俺がある組織を壊滅させたとき、そいつらが所持していた明光闇落書という文献。
そこにはオルバートは罪を背負うことで力を手にし、さらにその罪が大きければ大きいほど強い罪力となることなどが記されていた。
そして、怠惰は七つある大罪のうちニ番目に強い罪力を産んだとされていると。
「オルバートが行なった怠惰の罪は、
かつてオルバートはミリオ国の国王、カルベリア・ミリオの護衛でありながら、オルバートはなんらかの理由でカルベリアを殺されるのを救える状況でありながらも見殺しにした。
護衛としての任務放棄による怠惰の罪」
「よく覚えてるのね。お母様が、最初に犯した大罪のことを」
「それで、その怠惰の継承者が俺に何の用だ?」
彼女からは殺気も交戦の意思も、全くと言っていいほど感じられなかった。
「イクス・ミリアード、あなたの力を私に貸して」
「俺が魔女の手伝いをすると思うか?」
オルバートの罪力を受け継いだ彼女らは、ある罪を犯し続けなければ命を落としてしまう呪いをジャンヌにかけられていると書かれていたことを頭の片隅から呼び起こす。
それが先ほど彼女が不完全と言った所以なのかもしれない。
罪を犯し続けることでしか生きていけないという彼女らが要求することと言えば、なにかの悪巧みを手伝えと言ったところだろう。
だがそんな考えは、あくまでも推測でしかなく、呆気なく崩れ去った。
「貴方が思っているようなことはしないわよ。
どうせ呪いのことを考えているんでしょ。
確かに私たちは、罪を犯さなければ死んでしまう。
故にお母様は、絶対遵守の誓約ををそれぞれの魔女に課したのよ」
彼女は一度言葉を区切り、大きくため息をつく。
「お母様が負った怠惰とは、自分に課せられた使命を果たさなかったところに発生した罪なの。
要するに怠惰っていうのは、使命を果たさないことが罪になるから、お母様が私に課した使命は、人を殺し続けること。
頭の良さそうなあなたなら、もうわかってくれたかしら?」
先程、空振りしたばかりの推測を懲りずに再び、組み上げ始める。
もし、彼女が本当に最優先事項としてジャンヌから人を殺せという使命を授けられたとして…だ。
それならば、怠惰は使命を果たさないことが罪になるため、彼女は人間を殺さないことが罪になり、人間に迷惑をかけるような罪を犯す必要なんてない。
むしろ殺せないとでも言いたいのかもしれない。
「わかった。
話を聞かずに拒絶するのもどうかしてた。
協力するかは、聞いてから決めることにするよ」
「感謝するわ。単刀直入に行かせてもらうわね。
憤怒の魔女…イラー・オルバートを止める手伝いをして」
「事情を聞かせてくれ」
「いいわ。でも場所を変えましょ」
*****
「まあ確かにあんな廃墟区で長話はどうかと思ったし、場所を変えるのには賛成だったけど…それで、なんでこんなところになるんだよ」
「こんなところとは失礼ね。私、猫好きなのよ。
一度、行きたかったのよ。魔女が聞いて笑えるわよね」
四方八方から猫の鳴き声とともにアセディアと猫が戯れている絵面を静かに眺めていた。
ここは俗に言う猫カフェというものだ。
アセディアが手の平に猫たちの餌を乗せ、差し出すと数匹の猫がそこに集まり、舌で彼女の餌を食べ、食べ終わった後も彼女の手を舐め続けていた。
「それじゃあ、本題に入りましょ」
「わかった」
周りに猫以外、誰もいないことを確認した彼女を見て、つい忘れていたここに来た本来の理由を思い出した。
あまりに情景が平和すぎて、気が締まらない…。
「憤怒の魔女を止めてって話だったよな」
「そうよ。少し面倒なことになっててね。
イラーは命を繋ぎ止めるために定期的に憤怒の罪力を暴走させなければならないの。心の奥底に無意識のうちに溜まる怒りの残滓に自らの身体を預けるのよ。
一定時間、暴れれば正気に戻るけど、私だけじゃ、あの子を止められない」
「これまではどうしてきたんだ?」
「彼女は暴走するたびに力を増してる。
前回、暴走したとき私が止められたのは運が良かっただけ。でも今回はそう上手くはいない」
なぜ、彼女が魔女という立場でありながら、人間を守るような行動を取っているとか、理解できなかった。
所詮、文献の一ページに書き残された一説でしかないのだが、魔女は人間というものを心底嫌っているはずなのだ。
彼女は何か隠していると感じてはいるものの、今は詮索しないことにした。
「他の魔女は、察しの通りに人間が嫌いなのよ。私は割と好きな方ではあるんだけれど」
「え?」
「だって、お母様も人間だから。
少しだけでも人間を信じたいのよ」
人間離れの異様な力を持っていたがジャンヌはあくまでも人間の一人であった。
ただあまりに強大な罪力は、手にした彼女の身体をも少しずつ蝕んだ。
貪欲の罪力により不死身とされた彼女だったが、罪力が暴走する前に自らの命を絶ったと記されていた。
「今更だけど、俺が読んだ明光闇落書に書かれていたことは、全て本当なのか?」
俺が読んだのはニ年前だが、その時の俺は、現実に虚偽を被せて話しを大きくしただけのものだと思っていたが、先ほどから彼女との話が噛み合ってところから察するに、どうやら全てとはいかないであろうが、本当の事なのかもしれないと思えてきた。
「ええ、本当よ。もちろんそこに書かれたことが全てじゃないし、全て本当じゃない。
けれど、それを書いたのは他でもないお母様だから」
「そういうことなら少し納得だ。
でもなんであんなものを書き残したんだ?」
「お母様は、人間が好きだったのよ。
もし七つの罪力を継承した私たちがお母様と同じように罪力を保持しきれなくなった時、誰かに止めて欲しかったのかもしれないわね。
もっとも、悪人に利用される可能性だってあったのかもしれないけど、私はそう思いたいから」
このとき俺は、彼女のことを初めて信頼できると感じた。
彼女は魔女となった今でも、人間性という不明確で不安定なものを捨ててはいないように感じられたからだ。
「わかった。アセディアに協力させてもらう。
もう無実の人たちが死ぬのなんて見たくないから」
俺がこの言葉に乗せた思いは、十年前に目の前で奪われた幾万の命を救えなかった自分への怒りや悔しさだった。
「それで、俺はなにをすればいい」
「憤怒の暴走がもたらすのは魔法の破壊。
要するに強い魔力が集まる場所にイラーが来る」
「そうか。それならランドリア領の南にあるエルラニカ大国の城下町に来そうだな。
でもそんなところで戦ったら」
「そう、間違いなく被害がでる。
それならエルラニカよりも強い魔力を発生させればいいのよ」
魔力は誰しもが持つものであり、魔力のキャパシティが大きければ大きいほど高位の魔導師とされる。
要するに、質さえよければ、エルラニカがもつ数の力に勝つことだってできる。
「だいたいわかってきたかしら?
私が考えてるのは、筆頭魔法協会に喧嘩を売れば、やつらは応戦してくるはず。
そうすれば、たくさんの魔力が高まって、そこにきたイラー共々、協会のやつらも倒す」
「簡単で助かるが、俺たちだけでイラーと協会を同時に相手にするなんてキツくないか?」
「ええ。別々で戦えばきついわね。
ちょっとココを出ましょうか」
膝に乗った一匹の猫を逃がして立ち上がると、外へと歩き出した。
「あそこを使いましょ。いろいろ準備には充分だわ」
彼女はそう言って、猫カフェの向かい側にあった魔法訓練用ジムで訓練部屋を一部屋だけ借り、入室した。
「こんなところに来てなにをするつもりなんだよ」
「ほら、私の手を握って」
「分かった」
仕方なく言う通り、彼女に握手する形で右手を握った。説明くらいして欲しいものだと内心、大きくため息をつく。
「そのまま私が詠唱を終えるまで大人しくしてて」
俺は彼女に向かって頷くと、彼女と俺を包むように複雑な魔法陣が展開され、辺りの空気が一変するのを感じた。
「我は汝と誓約を結ぶものなり。
生を分け与え、命に順ずる者となることをここに誓約の代償とする。
我が名は、アセディア・オルバート」
彼女が詠唱を終えると同時に、辺りが暗闇に包まれる。
それは、あまりに濃いもので俺の視界から全ての光を奪い去った。
「イクス、右手のひらを上に掲げて」
彼女に言われた通り右手を上に掲げて広げると、周囲の闇が俺の手に引き込まれるかのように集まり出した。
「この真っ黒の刀は?」
先ほどまで俺たちを包んでいた闇は俺の手元で物質化し、質量を持った刀へと変化した。
「それは、イクスの心を武器として形取ったものよ」
それは、あまりに禍々しく握っているだけで取り込まれてしまいそうな感覚に襲われる。
できるならさっさと手放したいところではある。
「まあとりあえず、その刀で自分のお腹を刺して」
「え!?死ぬんですけど」
「死なないわよ。肉体的には痛くないからさっさと刺して」
言い合ってても埒が明かないため、仕方なくゆっくりと自分の腹部に刀を突き立て少しだけ刺すと、彼女の言ったとおり全く痛みはなく、血も出てなかった。
「そのまま貫通させて」
痛くないとは言っても抵抗がなくなったわけではなく、内心ビクビクしながら刀を刺し込んだ。
なんとか貫通させると、いきなり睡魔のようなものに襲われ、一瞬で意識が遠のいていった。
*****
「ここは……っ!?」
俺は、意識が朦朧としながらもあたりを見渡すとそこにはあるはずのない情景が広がっていた。
「ミリアード国……なのか」
あとがき
この度は、
「反逆王と嘘つき魔女の共同戦線
一章 七分の一の大罪」を読んでいただきありがとうございます。
一章ということで一番、大切なものになるとは思いますが、これ以上いくと話を変なところで区切ってしまいそうなので、とりあえずここまでが一章とさせていただきます。
二章では、ガンガン戦闘してこうと思ってます。
それでは、本編を読んでいただいた方で、仕方ないから二章も読んでやるよ!っていう方がいたらよろしくお願いします。
次回予告
ミリアード国で目を覚ましたイクスは、謎の女性との戦いを強いられることとなる。
当時、知り得なかった過去に裏で起こった事実を知り、自分を見失うイクスだった。
だがイクスの心の炎をもう一度燃やす出来事が起こる。