一章 異世界からの来訪者
「ちょっとそれどういうことだよ!
感染子の中に貪欲の魔女がいるって」
「そのままの意味。
その子のふくらはぎに弓矢の紋章があったの」
俺とミレイナはアセディアたちと別れた後、クーラリオ国にいるリンダスを訪ねた。
そこで依頼によって救出された感染子の中に貪欲の魔女がいることを知らされた。
「弓矢って射手座ですよね。
ケレンさんが言っていた通りだとすると、たしか射手座は貪欲であっていたはずです」
「でもなんで感染子に継承されてるんだ」
「恐らくケレンさんが言っていた自動継承じゃないでしょうか。
魔女が継承を行わずに死んだ場合、その罪力は無作為に選ばれた誰かに与えられる。
もしそうなら納得がいきます」
ケレンが俺たちに語った魔女について。
それはアセディアからは語られなかった魔女の詳細でありシステム。
罪力はガイアがジャンヌに与えた本当の罪。
誰よりも人間という存在が好きだったジャンヌに与えられた罪は、永遠に受け継がれる呪いを罪なき者たちに受け継がせなければならないこと。
たとえ罪力を持ってる者が死んだとしても、その罪力は消えることなく、再び誰かを呪う。
それでも、ガイアは罪もないのに散々苦しめられた感染子をまだ……。
「イクスくん達がなにを知って、なにを思っているかはわからないけど、ひとまず子供達のことをお願いできるかしら?」
「はい、任せてください」
ミレイナが迷いなく彼女のお願いを受け入れると、子供達がいる場所に案内された。
*****
「ハルトくん、こっちがイクスくんで、こっちがミレイナよ」
リンダスに案内されるがままに来た古びた孤児院にいたのは、たくさんの子供達と、一緒に遊んでいた少年だった。
リンダスが俺の本名を出したため、少し驚いたが、彼が全くミリアードの第三王子とは気づく素ぶりを見せなかったため安心した。
それに彼女なりに理由があったのだとも思ったため、わざわざ触れるべきではないと判断した。
「イクスさんとミレイナさんですか。
僕はミツルギ・ハルトです。
よろしくお願いします」
「ああ、よろしく」
「よろしくお願いします」
ミレイナはぺこりと頭を下げた。
何故だかハルトは先ほどから俺から視線を外さず、それがずっと気になっていた。
「突然ですけど、イクスさん少しお手合わせをしてもらっていいですか?」
「え?」
ハルトが口にしたいきなりの申し出に驚き、間の抜けた声を出してしまう。
だが、彼の目は本気だった。
殺気というより、どこかを目指しているような。
まるで俺じゃない誰かを見ているように。
「ちょっと、ハルトくん。
ふざけるのもいい加減にしなさい。
初対面の相手にいきなり決闘を申し込むなんてどうかしてる」
「いいよ」
「ちょっと!イクスくん」
「それじゃあ子供達の面倒は私が見ておくので、子供達のことは心配しないでください」
「ミレイナまで、なにを言ってるの」
俺がハルトの申し出を受けると、リンダスは当たり前のように反対したが、ミレイナはなにも言わずに子供達のお守りを引き受けた。
俺が決闘を受けたのは、彼の存在が俺たちとは根本的に違うものを感じたからであり、なにより彼がどこを見ているのかを知りたかったからだ。
ただそれがなにかは、感じた俺にすらわからないのだが…。
*****
孤児院から三分ほど移動し、近くにあった訓練場に着いた俺たちは、気の乗らないリンダスに審判役となってもらい、お互い武器を構えて向かい合っていた。
彼が携えるのは真っ黒に染められた片手剣。
俺は結罪は使わず白桜を構えて呼吸を整える。
「はじめ!!」
リンダスの合図と共に地を蹴ったハルトは、振り上げた剣を躊躇いなく俺に向かって振り下ろしてきた。
それをギリギリのところで捌くが、あまりの衝撃に白桜を握ってい右手が痺れてしまう。
すぐに白桜を左手に持ち替え、足元に魔法陣を展開する。
それと同時にハルトも背中に魔法陣を展開し、詠唱文を読み上げる。
「駆けろ!天馬の風よ。空間跳躍」
「僕に力を与えるのは、全てを薙ぎ払う大翼。空滅大翼」
俺は発動した空間跳躍の効果で、好きな場所を足場にしてそこら中を駆け回る。
ハルトは背中に金色の大翼を生成し、宙に浮く。
「いきます!」
そう言って、ハルトは再び俺にこちらに剣を向けて襲いかかってきた。
空中でステップを踏みながら攻撃を避けつつ、反撃を繰り返す。
こちらの反撃もハルトにはほとんど当たらず、時間だけが過ぎる。
気を抜いたら負けると思った次の瞬間、ハルトは攻撃をやめて俺から距離をとった。
「イクスさん、
それって本気じゃないですよね?
もっと本気を出してくださいよ」
「ハルトくん、いい加減にしなさい!」
審判をしているリンダスが口出しをしてきたが、ハルトは鋭い目でこちらを捕らえて離さない。
「はぁー…わかったよ」
無駄な思考を沈ませることに集中し、結罪をイメージする。
もう長々と、詠唱する必要はない。
「さて、やろうか」
足元から差した、俺を包む光を切り裂くように刀を振るう。
相変わらず、身体が軽い。
右手に持つ白桜が生まれ変わった白鷺も、左手に持つ狙撃銃のオーレリカも、何もかもが俺の一切として不自由を強いない。
ハルトは俺の姿に少し驚いていたが、すぐに正気へと戻る。
斬りかかるタイミングを伺うため向かい合い、先程まで金属音ばかりが響き渡っていた訓練場に静寂が訪れる。
俺は全力で地を蹴る。
ハルトは俺のスピードに全く対応できていない。
それどころか、ハルトはまだ俺がさっきまで立っていた場所を見ている。
まるで俺以外の時が止まったように…。
俺が白鷺を彼の頸に突きつけたタイミングで、やっと彼は背後を取られてることに気づく。
俺はギリギリのところで刀を自ら止めて、
リンダスに試合を終わらせるように視線を送る。
「そこまで!」
訓練場に響き渡ったリンダスの声にハルトも動きを止める。
一度、全身の力を抜き結罪を解く。
最初と比べれば、結罪による消耗もかなり減ったと実感できるほど楽になっている。
「なんで刀を止めたんですか」
「え?」
ハルトの思いがけない言葉に、驚いた俺は首を傾げる
「なんで刀を止めたかって聞いてるんです!」
「いい加減にしなさい!」
試合が終わり、審判席から出てきたリンダスがハルトの頬を叩く。
大きな音が訓練場に鳴り渡り、突然のことで俺も状況が掴めなかった。
「確かに、君にとってイクスくんとの出会いは良いものになると思ってた。
でもあまり調子に乗らないで。
貴方が苦しんでるのは知ってる。
けどね、今の君は強くなるって言うよりも死に急いでるようにしか見えない」
「っ!!」
リンダスの言葉にハルトは俯き、なにも言わずにその場を後にした。
「ごめんね、イクスくん。
あの子も色々あるのよ」
「いいですよ。
でも俺に協力ができることがあるなら、
お話を聞かせてもらっても良いですか?」
「ええ、お願いする」
*****
一度リンダスと孤児院に戻るが、そこにはハルトはおらず、ミレイナと子供達だけがいた。
ミレイナとの遊びに夢中な子供たちは俺たちが帰ってきたことには気づいていなかったため、そのままリンダスと小部屋に入る。
ミレイナだけはこちらに気がついたが、こちらに笑顔を見せて子供達に視線を戻す。
なにかを感じ取って、気を使ってくれたのだろう。
そして個室に入り、
近くにあった椅子に腰を下ろした。
「あの子はこの世界の住人じゃないのよ」
リンダスはテーブルを挟んで、向かい側にある椅子に腰を下ろし、前置きもなしに話を始める。
「精霊や鬼神とか天使ってことか?
でも戦ったとき、ハルトから感じたのは確実に人間のものだったぞ」
「そう言うことじゃないわ。
別の次元に生きる人間ってことよ。
彼は魔法もなにもない世界からここに来てしまった可能性があるの」
この世界には、人間以外にも魔力を保持する種族は幾つかある。
精霊や鬼神、天使はその代表格と言っていい。
だが種族ごとに魔力の本質は違い、ハルトの魔力は明らかに人間のものだった。
幻術や変身魔法で誤魔化すことはできるが、そのような魔法を発動し続けたまま、あんな高速戦闘を行うことなどできないだろう。
ならば本当に……。
「彼が言うには、
私たちでいう帝国暦という暦の代わりに西暦というものが使われていたらしいわ。
そして魔法もなければ、科学もこの世界より劣っているらしい。
悪魔の存在もなければ、対話できる他種族もほとんどいないらしいわよ」
魔法もないのに科学が俺たちより進歩してないと考えるとどうやって生きてるのかさえ気になる。
俺たちには想像もできない世界で彼は生きて来たのかもしれない。
「1年前、何者かによって召喚されてしまった彼を私たちが保護した。
そしてこの世界が彼を順応させた。
魔法を使えるようになった彼は、元の世界に戻るために彼は強さを求めてる」
「そう…だったのか」
異世界の住人を召喚する魔導師か…。
果たしてそんな者がいるのか?
幻術魔法や召喚系魔術は
発動しているうちは、永遠と術者の魔力が失われるため、そう何日もやってられる物じゃない。
まして一年間なんて…。
「まあ彼のことについて私から話せるのは、
この程度。
この後、どうなるかは彼次第」
「そうですね。
そろそろ子供達のところへ戻りましょう」
「ええ」
*****
俺たちが部屋を出て庭に出ると、ミレイナと子供達に混じって、アセディアとフェリスがいた。
アセディアは子供に振り回され、フェリスは女の子たちと花を眺めている。
「アセディア、楽しそうだな」
「楽しくなんかないわよ!早く助けなさい」
助けを求めるアセディアの焦りっぷりに苦笑しつつ、彼女に近づく。
「おねえちゃん、
私たちと遊んでて楽しくないの?」
「うっ……。そんなことないわ…よ」
子供達に上目遣いで聞かれたアセディアは、無理くりな笑顔を作って対応した。
主罪の魔女の魔女としての威厳と風格は何処へやらと言いたいところではあるが。
「ミレイナから話は聞いたわ。
私が知ってる貪欲の魔女は、
クローディア・オルバートっていう名前よ。
彼女は頭も回るし、そう簡単に死ぬようなことはないと思うんだけど」
「そうか…。
とりあえず、子供達に魔法を教えてやらないか?
この子達は暴走する可能性もあるし」
「それには賛成。
身体を勝手にいじくり回されて、周りから疎まれるなんて意味わからないし」
感染子は社会では存在自体が否定されており、そもそも人間という括りにすら入れられていない。
罪に染まった人間が罪のない子供を人間ですらない者にする。
何故、罪のない子供達がこんな目に合わなければならないのかと唱える者も少なからずいるが、ほとんどは周りの空気に流されてしまっている。
そんな彼らを街中に出せば、どうなるかなど考えなくてもわかる。
「この子達が勉強できる場所なんてあるのかしら?」
「ありますよ。
私が住んでる家の近くに昔使われた青空教室が」
「それじゃあ、早速行きましょ」
アセディアとミレイナが話をどんどんと進める横で、フェリスは何やらリンダスと話していた。
「本当にそんなこと可能だと思ってる?」
「はい、イクスくん達ならできると思いますわ」
「なら私も手伝う。
影から支えさせてもらうわ」
「お願いしますの。
それでは私はあの子達と一緒に行ってきますわ」
俺たちはリンダスの見送りを受け、ミレイナの知る青空教室に人気のない場所を通りながら向かうことにした。
*****
「ミリアード、少しいいか?」
「なんだよ」
「まだ他の奴らには話してないことがある。
魔女は罪力に適合するため、その力に認められるだけの罪がいる。
けど一つ問題があるんだ」
「問題?」
イクスは首を傾げるのをみたインヴェンジュ…いやケレンは軽く頷いた。
「魔女が持つ罪よりも深い罪を背負った者が、その魔女を殺したとき、罪力は継承に関わらず、その者のものとなってしまう。
故に、これは誰にも話すなよ」
「わかった。
だが何故俺に、このことを?」
「絶対に、アセディア姉やミレイナさんを守れってこと」
「言われなくてもそのつもりさ」
あとがき
たくさんの子供たち、というふうに今回は紹介していますが、次章では何人かに名前がつけらているので、
安心してください、全員モブじゃないですよ。
なんとか3-1が出せたのは少なからず、感想や評価、ブクマをくれた方々と、たまたまでもこの作品にアクセスして読んでくださるみなさんのおかげです。
本当にありがとうございます。
これからも上手く話を書けるように精進していくので
これからもよろしくお願いします。