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絵のモデルのあの人は

作者: 沖田猫

 一人、留守番をしていた。

 お母さんは夕飯の買い出しに行っていて、今は私しか家にいない。


 狭いアパートの部屋には、必要最低限の日用品があるくらいで殺風景だった。同じような毎日に退屈していたから、私は絵を描いて時間を潰すことに決める。


 人とコミュニケーションをとることが苦手な私でも、絵を描くことだけは得意だった。地域の絵画コンクールで、小学校低学年部門に入賞したこともある。上手に描けたときの大人たちの反応がいいから、私はもっと褒められたくて、絵を上達させることに集中した。


 卓袱台の上に画用紙を置いて、絵の完成を頭の中でイメージしながら色鉛筆を使って描き進めていく。


 時間も忘れて夢中になっていると、玄関が開く音がした。


 お母さんが帰ってきたのかと思った。でも玄関の方を振り返ると、知らない男の人が立っていた。


 狭いアパートだから、玄関にいる男の人と私の距離は近かった。

 私は、卓袱台の前で色鉛筆を握りながら『この人は誰だろう?』と考える。でも、いくら考えても心当たりのある人物はいなかった。


 その人は、どこにでもいそうな中高年のおじさんだった。けれど頭にはほっかむりをしていて、背中には唐草模様の風呂敷を背負って、両手には指紋が絶対につかないような分厚い軍手をはめている。いかにも怪しい格好だった。


 おじさんと目が合った。


 おじさんは目を大きく見開いていた。まるで私が家にいたことを不思議がっているような様子だった。思わず声を漏らしてしまったのか口元を手で押さえている。


 私は、おじさんが驚いている理由を考えてみた。

 もしかしたら、卓袱台の上にあった画用紙を見て驚いていたのかもしれない。私の描く絵があまりにも上手だったから、思わず称賛の声が漏れたのだ。


 私は得意げになった。

 毎日絵を描き続けてきた成果があったと思った。このおじさんは、どんな言葉で褒めてくれるのだろうか。期待しながら待っていたけれど、結局何も言ってくれなかった。この人は極度の人見知りなのかもしれない。


 おじさんは何の断りもなく、勝手に部屋に上がり込んできた。

 私がいることもお構いなしで部屋の中のものを物色し始める。タンスや机などの家中にあるあらゆる引き出しを開けては閉めていた。


 おじさんが必死になって何かを探している姿を見て、興味がわいてきた。いったん絵を描くことを中断して、おじさんの行動を観察することに決める。


 台所にある扉に手を伸ばしていたおじさんは、一瞬動きを止めた。素早く後ろを振り返る。背後に何かの気配を感じ取ったからのようだった。


 おじさんの背後には私がいた。何をしているのか間近で観察したくて近づいたのだった。


 別に驚かせるつもりはなかったのに、おじさんは息を止めるくらい驚いていた。何かを言いたそうに口を開きかけたけれど、結局何も言わなかった。


「何を探してるの?」

 私は、おじさんの服を引っ張って訊いてみた。

 でも、それがまた驚かせる原因とさせてしまったらしい。おじさんは、慌てたようにそばにあった包丁を手に取った。


 それでやっと私は理解した。


 私も台所から、まな板を手に取る。それをおじさんに渡した。

「はい、どうぞ」


 おじさんはきっとお腹を空かせていたのだろう。だから、その包丁を使って料理がしたかったのだ。


 私は気を利かせて渡したつもりだったのに、おじさんはため息を吐きながら包丁を置いた。どうやら料理をしたかったわけではないようだ。

 私に背中を向けて、再び家の中を物色し始める。


 何も返事をしてくれないから、次第に退屈になってきた。だから私は、また絵を描き始めることにする。


 次は何を描こうかと考えていると、おじさんが一生懸命に戸棚の奥に手を伸ばしているのが視界に入った。よく見ると、おじさんの顔は特徴があって描きやすそうだった。

 だから、おじさんをモデルに絵を描くことにする。


 そのうち、おじさんは、戸棚にあった現金と、お母さんの大事にしている指輪を見つけて、嬉しそうに微笑んでいた。

 私のことなどすっかり忘れたのか、おじさんは挨拶もしないまま、家を出ていってしまった。


 数分後、買い物袋を持ったお母さんが帰宅した。


 私は今まであったことをお母さんに全て話した。

 知らない男性が家にやってきて、何かを探すために家中を調べていたことなどを詳細に説明していると、お母さんの顔色はどんどん血の気が引いていった。慌てて警察に連絡をしている。


 数十分後、警察が家にきた。本物の警察に会ったことがなかった私は嬉しくて、記念に似顔絵を描いておこうと思った。


 色鉛筆を握る私を見て、警察の人は卓袱台の上にあった画用紙に気がついたみたいだった。


「この絵、預かってもいいかな?」


 警察の人が指差した先には、私がさっきまで描いていたおじさんの絵があった。

 私が首を縦に振ると、警察の人はそれを大事そうに預かって、帰っていった。



 後日、泥棒の犯人が逮捕されたとテレビで報道されていた。画面に映っていたのは、いつか私が描いた絵とそっくりな人物だった。

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