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彼女を見守って

 キョウコと僕は恋人同士だ。

 彼女と出会ったのは、良く行く本屋だった。


 ある日僕がいつものように本屋へ行くと、すごく綺麗な人がいて周りの男達の注目を集めていた。

 当然僕も、彼女の美しさに目が釘付けになり、彼女がどんな本を読むのか気になって、店内を微妙な距離をとりながら付いて歩く。

 初めにマンガの新刊コーナーをチェックし、次は小説コーナー。最後に雑誌をちょっと立ち読みして、会計をした。

 結構幅広いジャンルを読むみたいだ。僕はマンガは良く読むけど、小説は苦手だ。絵がないと眠くなる。

 その日、帰ってからも彼女のことが頭から離れず、中々寝付けなくて次の日仕事に遅刻してしまった。

 どうやら僕は、彼女に一目惚れをしてしまったらしい。

 寝ても醒めても彼女の姿を思い浮かべる。さらさらの黒く真っ直ぐな髪。色白の肌にうっすらピンクの唇。体の線は細いけど、どこか内に秘めた強さを感じる大きな眼。綺麗な形の爪。

 日に日に彼女への想いが募っていく。


 会社の昼休みや帰りに欠かさず本屋に行ったが、彼女はいなかった。もしかしたら、あれは夢だったのではという気持ちと、なんとしてももう一度会いたいという想いが、僕の中でせめぎ合う。

 そして彼女と出会ってから三週間ほど経った。すっかり日課になった本屋通い。店員も、初めは気味悪そうに僕を見ていたが、今では見慣れた風景になったようで奇異の目を向けられることは無くなった。

 本屋のドアを開けると、彼女がいた。

 先に来ていたらしく、すでにマンガコーナーを物色している。

 彼女に気付かれないように、そっと近付いて様子を窺っていると、目当ての新刊を見つけたらしく嬉しそうに手を伸ばした。

 僕はすかさず同じ本に手を出す。一瞬、指が触れた。


「あ……」


 驚いた声も可愛い。


「すみません。お先にどうぞ」


 僕は彼女に譲った。別に欲しい訳じゃないしね。


「ありがとうございます」


 はにかんで笑う彼女。ますます好きになる。

 本を手に取ると、彼女は次の目的地へと去っていく。その後ろ姿から僕は目を離せなかった。

 三日後、もう一度会えた。やっぱり彼女は美しい。

 彼女に合わせたくて、同じコースで店内を回る。読みもしない小説を買って、インテリぶってみたり。

 彼女に見られているかもしれないと思うと、興奮する。


 それからしばらく、僕は本屋に行かなかった。

 別に彼女に興味が無くなったわけじゃない。むしろ逆だ。前にも増して彼女に惚れてしまっている。

 では何故、わざと距離を置いたのか。

 僕は、彼女が僕を気に入るだろうという確信があった。初めて出会った日、彼女が買っていたマンガの主人公が、僕によく似ていたのだ。

 だからといって、しょっちゅう会っていたのではあまりインパクトがない。僕達の出会いは運命であると印象づけるためにも、少し時間を置いて彼女を焦らしたのだ。

 思った通り、彼女は毎日本屋に通った。

 僕は今にも彼女に声を掛けそうになる衝動を必死で抑え、密かに外から様子を窺った。窓越しに見ても、やはり彼女は美しい。

 僕がいつ来るかと待ちわび、ついに現れなかったという落胆の表情さえ、一枚の絵画のようだ。

 本屋から帰る彼女を毎日、陰から見守る。彼女は電車に乗るので、いつも自転車の僕は初めてICカードを購入した。

 僕は背が高い方なので、見つからないように行動するのは骨が折れたが、なるべく座席に座って身長を隠す。彼女がいる位置からできるだけ端に離れたり、一つ隣の車両に乗ったり……。

 

 本屋から三駅乗って、彼女は降りる。

 閑静な住宅街。いかにもベッドタウンという様相だ。暗くなると人通りが減り、街灯もあまり多くないので、女性の一人歩きには危なっかしい。僕は気合いを入れて彼女を守るべく、後ろ姿を見守りながら歩いた。

 途中スーパーに立ち寄り、夕飯の食材を買う。きちんと自炊しているようだ。そんな家庭的な彼女は、まさしく僕の理想。

 買い物を終え、五分歩いた先にあるアパートに彼女は入っていく。ここに住んでいるのか……。何だかボロくてお化けが出そうな感じがする。こんなところに一人暮らしなんて、一体どんな生活をしているんだろう。

 しばらく彼女の部屋の窓を眺めていたが、夜十一時に明かりが消えた。夜更かしはしないらしい。だからあんなに肌が綺麗なんだな。つるっとしたほっぺたを思い出す。

 朝までこうして見守っていたいけど、流石に怪しすぎる。通報されてはたまらない。

 しかし、僕が離れている間にもしも泥棒に入られたら? 火事になったら? 考えるだけで怖気がする。どうしたら良いものか……。


 そうだ。

 近くに引っ越そう。


 僕は急いで帰り、徹夜で彼女の家の付近に空き部屋がないか調べた。

 残念ながら、家の中から彼女の部屋を見られる場所は埋まっていたが、歩いて五分ほどの場所に手頃な賃貸マンションがある。

 朝、早速不動産屋に行って、内見もそこそこに契約した。

 職場は遠くなったけど、これで彼女に何かあったらすぐに駆けつけられる。

 いや……待てよ? 本屋でちょっと会っただけの男が、いきなり近くに住み始めたら警戒されないか?

 心証を悪くしては元も子もない。なるべく彼女の視界に入らないように行動しなければ。

 こうして、僕は時間を作っては陰から彼女を見守り続けた。

 仕事も調べた。近所の病院の医療事務だ。あまり給料は良くないらしい。

 これは僕が養ってあげなくては。


 彼女と直接会わなくなって、一ヶ月。

 流石に我慢できなくなった。そろそろ彼女も限界だろう。

 いつも通りに本屋へ向かう彼女の後に続き、店に入ったのを確認する。すぐに入ると付けてきたのがばれるから、良い頃合いを見計らう。

 この日のために、服装や髪型も研究し、よりマンガの主人公に近づけた。気合いは充分。いざ、突撃!

 ドアを押し開け、店内へ。ああ、こっちに気付いてくれたね。

 毎日見ていたが、本屋にいる彼女は格別だ。

 本に目を落とし、時々耳に髪を掛ける仕草がたまらない。

 僕は精一杯素知らぬふりをして、お決まりのコースを歩く。読まないけど、一応小説も買う。彼女に同じ趣味だと思わせるには、小細工もしなくちゃね。

 ……よしよし。計画通り、僕を観察してるな。

 彼女がこっそり後を付いてくるのを確認した僕は、会計を済まし店を出た。もちろん彼女も。

 僕に見つからないように、ちょっと距離をとっている彼女。残念、僕からは丸見えだよ。そんなところも可愛いけど。

 近くの駅から電車に乗った。

 買った本を読むふりをしながら、彼女の様子を窺う。彼女も同じ手を使って、僕を見ている。

 なんて気が合うんだろう! やはり、運命の出会いなんだ。

 一体どこまで乗るのか、彼女がそわそわしている。

 だけど自宅のある駅に降りてはつまらない。たまには冒険しなくては。

 もう少し先に、大きな駅がある。実は、事前に下調べをしておいた。いつ行っても混んでいる喫茶店があるのだ。

 二人分の席を予約済み。向かい合わせに座れるソファー。

 でも一緒には入れないから、店員には混んでるから相席を、と言って彼女を案内してもらうよう頼んでおいた。さて、上手く行くか……。

 アナウンスが流れ僕が立ち上がると、彼女も慌てて立ち上がる。おや? 一つ隣のドアから出るのか。彼女なりの作戦らしい。断然楽しくなってきたぞ。

 改札を出て、沢山のビルが並ぶ駅前をどんどん進む。しばらく歩いて、目的の喫茶店に到着した。

 案の定、彼女はすぐには入ってこない。店員に、予約したとき伝えたことを再度念押しして、僕は席に着く。店内はほぼ満席、舞台は整った。

 そして、彼女が。

 打ち合わせ通り、店員が彼女を僕の席へ案内してきた。


「お客様、恐れ入りますがご相席お願いできますでしょうか?」


 いいぞ、バッチリだ! 驚く彼女の顔、最高だ。


「ええ、構いませんよ」


 快哉を叫ぶ心を抑え、できるだけ爽やかに返事をする。

 席に着いた彼女はペコッと軽く会釈をした。僕は笑顔で返す。

 あ、彼女の顔が赤くなった。へえ、練習してみるもんだな。

 僕は八重歯があってそれがコンプレックスだったんだけど、マンガの主人公も八重歯で、それを知ってから笑う練習をしてみたんだ。彼女だって、辛気くさい男より、笑顔が素敵な奴を選ぶだろう。

 効果はてきめん。これで態勢は盤石だ。

 ん? 注文したと思ったら本を読みだしたぞ。これはまずい。話しかけるべきか……。

 ええい、ままよ!


「それ、何読んでるんですか?」


 ……どうだ? おかしくなかったか?

 恐る恐る返事を待つが、何も言ってこない。

 しまった……本は話しかけるなの意味だったか?

 そこに店員が彼女の注文したものを持ってきた。コーヒーを飲み出す彼女。いよいよピンチだ。

 落ち着けカズヒロ。ここは紳士的に振る舞わねば。


「すみません、急に話しかけて。ご迷惑でしたか?」


 一応探りを入れてみた。すると。


「いえ、違うんです。ちょっと緊張しちゃって……」


 ……良かったー!! いやー焦ったなあ、もう。

 では気を取り直して。


「僕も、緊張してます」

「え?」


 ここで殺し文句、ドン!


「いきなり可愛い人が目の前に座ったんで……」


 これでどうよ!

 ほらほら。目論見通り、彼女はあたふたながらも嬉しそうだ。

 これで話が進めやすくなったぞ。次は自己紹介いってみよう。


「あの、僕カズヒロです。あなたは?」


 聞かなくても知ってるけどね、郵便物見たから。


「え? わ、私ですか? あ、キョウコです」

「キョウコさんか。綺麗な名前ですね」


 これは本心。美しい顔に、美しい名前。まさにパーフェクトな女神。

 しかし、褒め殺しがここまで彼女に効くとは驚きだ。てっきり言われ慣れてるかと少し不安だったのだ。杞憂だったな。

 さあて、そろそろ次のサプライズを。


「キョウコさんはこの辺に住んでるんですか?」


 しれっと聞いてみる。なんて言うかな……。


「い、いえ……私はここより三つ戻った駅で……」


 うーん素直だな。それでこそ僕のキョウコ。


「奇遇ですね! 僕もそこですよ」


 反応はどうだ?


「え? 同じ駅なんですか?」


 あ、やばい。これはまずったか。

 かなり驚いている。それもそうだろう、一緒の駅なのに一度もはち合わせたことが無いなんて。

 なんとかごまかさないと……。


「はい。ここへは何となく降りてみたんです」

「そうなんですか。ほ、ホント偶然ですね。私も、何となく……」


 危ない危ない。彼女が鈍感で助かった……。

 しかし、キョウコは嘘が下手だね。しどろもどろになっちゃってるよ。

 これなら、僕がずっと前から見ていたこと、ばれずに済みそうだ。

 僕は安心して、彼女に最後の一手を差した。


「へー! 何だか僕達、気が合いそうですね! この後時間あるなら一緒に食事でもいかがですか?」


 返事は聞かなくても分かる。


「はい! 喜んで!」


 こうして、僕はキョウコを我が物にした。

 これからは堂々と一緒にいられる。

 結婚するまでは、毎日見守るけどね……。

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