ハエの王様と世界一のダイヤ
「さてと、お茶を沸かそうかな」
とある昼下がりのことだ。
男は昼食をテーブルに並べ、お茶を沸かそうと席を離れた。
数分後、沸いたお茶をポットに入れ、男はテーブルに戻ってきた。
「さてと、食事に……ん、あれは?」
見ると男が用意した昼食に、黒い点がついている。
黒い点がウロウロと男の昼食の上を動き回った。
黒い点は一匹のハエであった。
「汚らしいハエめ! よくも私の昼食を!」
怒った男は側に置いてあった殺虫スプレーを手に取った。
するとハエが慌てて声を上げた。
「待ってください。貴方の昼食を食べてしまったことは謝ります。ですからお願いです。どうか殺さないでください」
「な、なんだと。ハエなのにお前は人間の言葉を喋れるのか」
「私はハエの王様です。ですから人間の言葉を話すことができるのです」
理由になっていなかった。
しかし男は納得した。
「なるほど、お前はハエの王なのだな。だからといってお前の行いを許すわけにはいかない。お前は私の昼食を盗み食いしたのだ。罰を受けるべきだろう」
男がスプレーのノズルをハエへと向けた。
「お願いです。お腹が空いて魔が差したのです。どうか許してください。私を助けてくれれば、お詫びとして世界一大きなダイヤを貴方に差し上げます」
「な、なに? 世界一大きなダイヤだと」
「はい。世界一大きなダイヤです。あのダイヤを売れば、一生遊んで暮らしても使いきれないほどのお金を手に入れらるはずです」
世界一のダイヤ。
それは人一倍、欲の強い男にとって魅力的な言葉であった。
「それは本当なのか。本当に世界一大きなダイヤを用意できるのか」
「私はハエの王様です。ですからダイヤは用意できます」
やはり理由になっていなかった。
だがやはり、男は納得した。
「判った。お前を信用しよう。特別に見逃してやろう」
「ありがとうございます。この御恩は決して忘れません」
「礼などはいい。それよりも約束のダイヤを忘れるなよ」
「はい。早速ハエの国に帰って用意してきます」
そしてハエは、ブンブン羽音を立ててどこかへと飛んで行った。
数日後、男が部屋に居ると、コツコツとなにかを叩くような音が聞こえてきた。
とても小さな音だった。
よく聞いてみると、その音は窓のほうから聞こえてくる。
いったいなんの音だろう。
そう思った男が窓を開けると、ハエが部屋へと入ってきた。
「お久しぶりです。私は貴方に助けてもらったハエの王様です」
「お前はあの時のハエか。ダイヤは持ってきたのか」
「もちろんです。約束どおり用意してまいりました」
言いながらハエは男の指先へと止まった。
「さあ受け取ってください。これが世界一大きなダイヤです」
「なるほど。これが……?」
「どうです。素晴らしいダイヤでしょう」
誇らしげな声を上げながら、ブンブンとハエが男の指先を飛び回った。
しかし、いくら男が目を凝らしてもダイヤなどは見えない。
「ダイヤだと? いったいどこにあるのだ」
「なにを言っているのですか。目の前にあるではないですか」
そう言われても、男の目にはダイヤは見えない。
いや……
よく目を凝らしてみると、指先にごくごく小さな僅かに輝くものが見えた。
それはゴマ粒より小さいダイヤであった。
ハエの用意した世界一大きなダイヤは、ハエの世界での一番大きなダイヤだったのだ。
「約束は守りました。それではこれで失礼します」
そう言うと、ハエは窓から飛んで行ってしまった。
「ま、待て。こんな小さなダイヤなど……あっ」
ハエを引き留めようと男が声を上げた瞬間、指先に乗っていた小さな小さなダイヤは男の吐いた息に乗ってどこかへ飛んで行ってしまった。