僕がバレンタインを嫌う理由
愚智者=パラドクス(矛盾内包者)様 × にゃん椿3号様による
萌え企画「バレンタイン☆プロジェクト」参加作品
仕事とはいえ、連日のチョコまみれ。さすがに僕はため息をつく。
「今日も疲れてるね」
そう言いながら、僕の彼女はうっとりとした顔で僕にじゃれ付く。大好きなチョコレートの匂いのせいだ。
「チョコの匂いがそんなにいいの?」
僕はちょっとすねたようにそういう。
「そうだね。チョコの匂いも好きだけど……こうして抱きついてると気持ちがいいの」
(もう、ずるいな……)
そんなこと言われたら、引っぺがしてさっさと風呂に入れない。仕方ないので抱きしめ返す。ちょっとだけぷよぷよしてる彼女の背中。世の中では「ぽっちゃり系」というらしい。女の子はよく体重を気にしてるみたいなことを、先輩パテシエの早蕨さんが言ってた。だから、うちのケーキ屋でもカロリー表示したり、シュガーレスケーキ作ったり、いろいろ工夫はしてる。
僕は他人の外見の変化とかにうとい人間なので、よくそれが理由でフラれた。今の彼女は、うちの常連さんでチョコ系のケーキが大好きな人だ。
最初はふらっと立ち寄り、イートインコーナーで紅茶とチョコムースを注文していた。ものすごくおいしそうに食べてる姿が、とても幸せそうに見えて印象に残った。
そして、月に一度はチョコ系のケーキを幸せそうに食べる姿を見ていたら、ある日大量のケーキの注文をうけた。その数、30個。それも一つ一つ箱別で。いったいなんだろうと思って、ちょっと聞いてみたら
「バレンタインのお返しなんです」
と笑顔が返ってきた。
女の子なのに?
30個も?
それもすべて別箱。
ケーキもうちに置いてあるすべての種類を網羅した。
疑問だらけだったけど。今はその理由がわかっているから、ちょっとムカつく。彼女のチョコ好きは、彼女と親しい人間はよく知っていることで、バレンタインの日は紙袋いっぱいのチョコをもらってくるのだ。それも、野郎どもから……。友チョコなら、こんなにイライラしないけどいい加減やめてほしい。僕という彼氏ができても、彼らは彼女に逆チョコを差し出すのだ。
(今年はもらわないでって言いたいけど……)
なかなか言えない。チョコを食べてるときの彼女は本当に可愛くて愛しくてたまらないから。
そしてやっぱり今年も大量の逆チョコをもらってきた。
「そんなに食べたら、虫歯になるよ」
僕は皮肉をつい言ってしまう。
「そうだよね。がんばってはみがきしなきゃ」
「そうじゃなくて!」
つい、僕は怒鳴ってしまった。彼女はびっくりしたけど、すぐに笑顔になる。
「何で笑うの。僕、怒ってるんだけど」
「知ってる。毎年、すごく嫌だっていうのは伝わってたから」
「なんだよ、それ!だったら、そんなのもらってくんな!」
僕はイライラがピークに達して、文句が止まらなくなった。
「わかっててもらってくるってどういうことだよ!そういうのマナー違反だろ!」
彼女はうんとうなずく。
「だから、ちゃんと気持ちは言葉でいってほしかったの」
僕は一瞬、言葉を失くす。意味がわからない。あのねと彼女は言う。
「あたしにチョコをくれる人たちは、上手に人と会話するのが苦手なの。あたし、勘だけは昔からいいから、いろいろ手伝ったり相談にのったりしてたら、毎年チョコをくれるようになったの。だけど、あたしは一番好きな人とはちゃんと言葉で話したいの。自分の勘で動きたくないの。だから、嫌だって言ってくれるの待ってたの。ごめんね」
「じゃあ……もう、もらってこないでよ」
「それはできません」
「なんで!」
「だって、みんなお返し目当てなんだもん。陸のケーキ食べたくてあたしにチョコくれてるんだよ」
「そんなの。うちの店にくればいいじゃんか」
「だから、そういうことが苦手な人たちなの。それにあたしはいっぱい陸のことのろけられるからやめない」
彼女はにっこりと笑い、僕はがっくりと肩を落とす。
「それに知り合いの女性には、宣伝してねって約束してるから。売上貢献できるでしょ」
(もう、ずるい……)
そんなこと言われたら、嫌だっていう僕がわがままな子供みたいじゃないか。
「わかった。わかりました。もらってきていいから……」
僕は彼女を抱きしめる。
「志乃は僕以外に触らせちゃダメだからね」
「それは……無理だよ。あたし介護士だもの」
(くっ!そうでした……)
「やっぱり、バレンタインなんて嫌いだ」
彼女はくすくす笑いながら、キスとエッチは陸だけだから、許してねと言った。
【END】