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003

 柳原と南沢は、観測者の人型インタフェースを便宜上『レイチェル』と呼称することにした。名称に特に意味はない。過去に見たドラマから適当に拝借しただけである。


 レイチェルから様々な情報を得ることができた。映像として空中に投影していたものは、惑星の軌道上に張り巡らせた超小型衛星に加え、虫型に偽装したカメラ搭載の情報収集の機械からの情報であった。取得した情報は衛星間を順次経由し、レイチェルに集まるようになっていた。これは即ち惑星全域にネットワーク網が構築されていることを意味する。

 その情報によると、この星の大きさは、地球とそれほど変わらないことが分かった。更に、気候も地球のそれに酷似していることも判明した。


 また、文明が存在することも映像から読み取ることができた。ここには機械を中心に発達した人間で構成される文明と、魔法を中心とした人間以外で構成される文明の最低二つが存在する。

 人間の文明レベルは一概に評価は難しかった。石造りの巨大な建造物は十八世紀のバロック建築を彷彿とさせ、街路も石を加工して整備されている一方で、移動手段は専ら馬であったりロバであったりした。そして武器の主流は両刃のソード、猟銃である。建築技術は相当進んでいるが、それ以外については、銃は存在するものの、正にファンタジーの世界である。

 そしてもう一つの人間以外の文明だが、これは柳原の想像の範疇を超えていたが、この星には神話にのみ現れるような種族、例えばエルフやドラゴンなどが存在するらしい。彼らは国家体を形成しているというわけではなかったが、それぞれが独自に進化を遂げていた。魔法中心の文明であるのは間違いないのだが、総じて景観から美しく、とりわけ自然との調和の観点では人間の文明とは比べ物にならなかった。更に驚くべきことは、数万人程度の規模の街が種族単位で構築され、互いに貿易の真似事のようなことまで実施されていたことだ。



 果たしてこの艦はドームを中心として周囲に移住区域が存在した。何もないと思われた壁の奥にはそれぞれ部屋が設置されていた。観測艦として長時間航行可能な設備は一式そろっているらしく、寝室は勿論のこと、浴場やトレーニングルームまで存在した。これらが指し示すのは、この艦を設計、運用していたのは柳沢と同じ人間であるという事実である。

 恐らくレクリエーションルームとして使用していたであろう、テーブルやソファが設置された、広さ二十畳程度の部屋で二人は座っていた。


「ひとまず身の安全と飲み物は確保できたが、問題はどうやってこの艦を修復する素材を手に入れるかだ」


 そう、この艦は故障していたのだ。現在、飛行能力は存在しない。

 確認したところによると、自動修復機能は存在した。しかしこの機能、修復に必要な素材までは作り出すことはできないらしい。何らかの事故によりこの星に不時着した際、艦の生命線である航行機能に重大な損傷を受け、修理用の素材まで失ったようだ。幸いだったのは、艦内の生命維持に必要な機能や観測者の所以となった情報収集に必要な各種機能が無事だったことだろう。かつての乗組員は、やはり修理を行おうとしたようで、修理に必要な素材を採取しに行ったという記録が残っていた。素材さえ手に入れることができれば、修理に必要な部品を精製可能ということであった。


「できればここに留まって……で何とかなれば良かったんでしょうけど。さすがにそんなに都合の良い話じゃないですよね」


 そう言って肩を落とす南沢。そうなのである、水と食料は、ここにいる限りは保証される。そして一歩外に出れば危険に晒される。そんな中、敢えて外に行くのは普通に考えればあり得ない。だが二人が素材を見つけなければ、再び日本に戻ることは適わないのだ。もちろん、宇宙に出て地球を見つけることができるかは全くの未知数であったが、それでも可能性はゼロではないのだ。


「そうだな、万全の準備を整えて探しにいく。基本路線はこれしかない。レイチェルの情報をうまく活用する以外にないだろう」


 早速、武器になりそうなものを探しにいくことにする。この艦の設備から見て、恐らく対人戦闘用の武器が積まれているだろう、と思っての行動だ。

 レイチェルに問い合わせたところ、それは難なく見つけることができた。正に目と鼻の先、レクリエーションルームからドームまで伸びている通路の脇に、これまた隠し扉があり、そこが武器庫になっていたのだ。

 扉を開くと、そこにはところ狭しと銃が並んでいた。黒く光る銃は何れも大振りで、女子供が容易く扱えるものでないことは一目瞭然であった。柳原が片手に取ると、ずしりと重みを伝えてくる。筒状のつくりであり、現代日本で見たような銃とは細部がかなり異なっていた。

 しかし、仕様を確認するにつれ、大きな問題が発覚した。


「レーザー銃……艦から半径一キロしか使えない、って欠陥じゃねえか!」


 もともと艦内戦闘用に備えたものであり、艦からの遠隔充電式のそれは、柳原たちをぬか喜びさせただけで終わった。


「強化スーツ、っていうんですか? これも使えませんね」


 銃の棚の奥に並べられていたのは戦闘用の強化スーツであった。これはこの星の重力下では重くて一歩も動けないだろう。艦内のあちこちを探して、結局使えそうな武器は一つも見つからなかった。


「包丁、無いよりはマシか?」


 結局、キッチンに備えられた包丁が武器らしい唯一の武器だった。この艦を出るときには一応持っていこうという結論に至る。


 武器がない以上、安易に外に出ることはできない。すべての行動の前提とすべく、情報収集を開始することにした。

 幸いなことに、素材が存在する場所については大よそ目星が付いているそうだ。過去の乗組員が調査した結果が残っていたのだ。その情報によると、ここではない別の大陸、即ち人間以外の種族がいる大陸の僻地にその素材は存在する。


 どこが安全で、そうでないか、各国家の治安、政治等である。中心にレイチェルを呼び出し、映像の分析を始める。目的の地は遥か遠く、今日明日に帰れる、という希望はもはや存在しない。二人は情報収集に努めた。


 映像は過去千年に遡って保存されていた。一体どれだけの記録領域を積めば実現できるのだろうか、見当も付かなかった。


 量が膨大であるため、柳原は人間種族の国家を中心として治安状態、政治、街の様子、街と街の経路を、南沢は人間以外の種族に関する情報というように役割分担して進めることにした。

 レイチェルと連携し、映像を同時に数十枚ずつ投影し、地図と照らし合わせながら次々と捲っていく。

 映像を確認してどれほど経っただろうか、南沢が何かを見つけたのか声を掛けてきた。


「柳原さん、これを見てください」


 南沢は一つの映像を指で指し、その指を眼前に持ってくるような仕草を取る。すると、映像がそのまま中央にスライドし拡大表示される。

 その映像には一人の男と、一般的に竜種と呼ばれるドラゴンが映っていた。

 戦闘状態にあることは直ぐに分かった。竜種がその鉤爪で男を切り裂こうとし、男が大きく飛びのく。次の瞬間――


「これは――」


 男の手から巨大なレーザー光が射出された。その光は竜種の翼を貫く。怒りに狂ったのか、亜龍は咆哮を上げたように見え、男に襲い掛かる。男はそれを小さく横に移動することで回避する。更に何かを詠唱している仕草を見せると、再びその手を竜種に向ける。


 今度は竜種の上空に光が集まり、その直後、光の矢が数十本現れる。一斉に竜種に向かって伸びていく。竜種を紙のように貫いたかと思うと、粉塵が大きく巻き上がり、しばし映像が砂塵一色になり見えなくなる。

 そして砂が晴れた後には、絶命した竜種のみが映し出されていた。


「人間にも魔法を使えるのか……?」


 それもあんな強力な、と続く言葉を柳原は飲み込んだ。機械を中心に発達した文明ということで誤解していたことに気がつく。なぜならば、人の争いには剣や猟銃といったかつての文明を思い起こされる武器が使用されていたからだ。


「レイチェル! 情報解析、人間が魔法を使った記録を片っ端から映像に出してくれ!」


 ということは、だ。これら情報を解析し、体系化することで利用可能な技術とすることができるかもしれない。もし実現すれば、素材探しに必要な武器を確保することができる、そう考えた。


 古今東西、あらゆる情報を取得した。レイチェルの情報処理能力は柳原たちの想像を超えていた。人間が魔法を使用した映像、人間以外の種が使用した魔法の映像から、言語の解析まで、過去千年分もの膨大な情報量を僅か数時間で解析せしめたのだ。


 その結果わかったのは、人間、或いは人間以外の種に共通するのは、やはり魔法には定められた構文が存在するということだ。しかし、使用する言語はさまざまであった。法則を映像から解析すると、例えば、火を起こす魔法は、火に相当する言葉、出力するという言葉の組み合わせに、冒頭に祝詞が加えられて発動することが分かった。その影響力が大きければ大きいほど、組み合わせる単語数は増えていくことも分かった。


 これらの構造を解析し、法則化するにもそれほど時間は掛からなかった。発生する事象と、それに相対する詠唱文言の組み合わせを紐解くのみである。言語による差異は観測艦の前には障壁にもならなかった。


 もちろん、詠唱すれば必ず事象が発現するとは限らない。映像から読み取れた範囲であるが、人によって、発動可能な魔法の数や種類には上限が存在することも判明している。


 当初、人間が魔法を使えないと考えていたのは、実際のところ、日常生活レベルをサポートする程度が威力を出すのが精々、というのが大半だったためである。細かく解析すると、小さな火を起こしたり、コップに水を満たす程度であれば誰でも使用していたのだ。


「レイチェル、遺伝子レベルでこの世界の人間の構造と、私たちの構造の差異は出せるか」


 魔法が何に起因するのかは分からなかったが、構造体として一緒ならば可能性としては十分にとり得る案だ。例えばこの世界の住人にのみ存在する塩基配列が起因であったり、構造であったりすると、それがきっかけで使えないということも十分考えられる。


『可能です』


 赤いレーザー光が柳原と南沢を貫く。体内の情報を外部から走査しているのだ。解析はほどなくして完了した。やはりこの艦の処理能力は異常である。


『構成要素は九九パーセント以上の箇所で同じと判定。差異を出力しますか?』


 柳原はそのまま出力するように指示を出した。その映像は極めて精巧なものであった。左右にそれぞれ遺伝子、或いは酵素をモデル化したものが並ぶ。違う箇所、左右どちらかにしか存在しないものもあった。

 しかし――


「すまないが、これでは理解できない。説明は可能か?」


 こういった分野は二人とも門外漢であった。


『この世界の人間のみ保有する機能については、説明不可能です。それ以外の部位については説明可能です。必要な箇所をお知らせください』


「素人にも分かるレベルで、上から順に、すべて」


『承知いたしました』


 レイチェルの説明が終わるまで、それから三時間程度要した。どれだけ簡単に噛み砕いても、基礎からして不明な二人が都度質問をしていったからだ。だが、それだけの収穫はあった。

 突き詰めていくと、個体差で片付けられるものが大半であった。ちなみに、この世界の人間の比較対象データは、サンプリングとして魔法の力が非常に強いもの、そうでないものをそれぞれ幾つか摘出して行った。結果、大半は同じであったが、その違い目の傾向に、面白い結論が出ていたのである。


 柳原、南沢はそれぞれ、魔法の力が非常に近いもののそれに酷似している、ということである。加えて、この世界の人間においても、魔法の力の有無で差異が出ていることも判明した。それが血筋から来るものなのか、そうでないのかは不明であるが、明らかな差異が見られたのは事実である。更に、かつての乗組員も比較した結果、彼らも柳原寄りの結果が見られた。可能性の一つであり論理も飛躍しているが、もしかしたら魔法の力が強い者は、彼らの子孫なのではないか、ということも考えられる。これまでのデータの結果から、柳原らが魔法を使える可能性が非常に高くなったのは事実である。


「言語は違えど、発動する魔法」


「もしかして、日本語でも行けますかね」


 南沢は嬉しそうだ。外界で生き残るための、恐らく現在見えている唯一の可能性だからだろうか、柳原も逸る気持ちを抑えられなかった。


 室内でも問題ないレベルのものを試すことにした二人は、レイチェルのコンソールから後ろに下がり、先ほど覚えた簡単な構文の魔法を使用する。指先に火を出現させる、という極めて一般的に使用されるものだ。


 柳原は南沢に向かって、念のため離れるように言うと、指先に意識を集中させる。




 祝詞を紡ぐと、柳原を中心として風が巻き起こった。それは最早それだけで暴風に近いほどの威力である。


「わっ……」


 南沢はその場にへたり込み、風に耐える。柳原が発動の言葉を言い終えた瞬間、指先から巨大な火柱が上がった。壁面は防火素材であるのか、その火は壁一面を走り、次の瞬間には消えていた。幸いにして、南沢には火の手は及ばなかった。


 二人はしばらくの間、何も口に出すことができなかった。想像を遥かに超えた事象に頭が追いついていないのだ。熱せられた空間に、壁面のあらゆるところから清涼な風が送り込まれる。常に一定の温度を保つための設備であろう。


「あの……」


 南沢の声。


「ああ、大丈夫、か?」


 柳原もまだ頭の整理が追いついていない状況である。その場にへたり込むと、それでも段々と理解できてきたのか、思わず笑みが零れてきた。南沢もつられて笑い出す。


「おい、いけるぞ! 帰れるぞ、日本に!」


 光明が見えた瞬間である。

 それから二人は、この世界の言語の習得、地理、国家や都市、歴史、宗教も含めてあらゆる情報を頭に詰め込んだ。今すぐに外に出て探しに行きたいという気持ちを抑えた。恐らく長い旅になる。その間、人と関わらずに生きるのは不可能だと判断した結果である。今後、自身の生死に最も影響するだろう魔法の研究には最も心血を注いだ。


 この世界の魔法は極めて単純な構造であった。発動する原理は分からなかったが、そこまで知る必要はない。法則として存在する以上、利用する側として研究を重ねるだけである。

 祝詞で以ってこの世界の魔法源にアクセスし、必要な情報を伝えることで現象として取り出す、最後に取り出した情報に対して志向性を付与することで魔法は発現する。二人にとっては有難かったが、簡単すぎる手続きである。


 簡単であるが故に、複雑な事象を発動させようとすると、どうしても構文が長くなってしまうという弊害があった。これについては、構文の効率化を研究する必要があった。魔法構文の研究をする傍ら、この星の情報についてそれから日々貪るように知識を詰め込んでいった。


 そうして三ケ月が経過したある日。




 レイチェルとの小型通信機を携えて、二人は艦を後にする。



「悠里、俺たち兄弟設定で行くか? それとも夫婦設定で行くか?」


 悠里との関係はこの三ヶ月で僅かに変わった。なお、お互いの呼び方を苗字から名前に変えた程度である。エレベータで話していた恋人への道程は果てしなく遠い。いや、決して本気で狙っているわけではないのだが。

 柳原と南沢、単純に呼び辛いということと、この世界では馴染みが無い発音だから、というのが表向きの理由である。


「お望みの方でどうぞ」


 この旅の目的は、観測艦の修理に必要な部材の調達、唯一つ。

 目的地は既にレイチェルの捜査により判明している。人間の住む大陸ではなく、神話に出てくる種族が闊歩する大陸、更にその奥地。現代の飛行機をもってしても、恐らく直線距離でも十時間以上は掛かる距離。それを徒歩で、しかも大きく迂回しながらでなければ辿り付かないという、途方も無い距離と時間である。残念ながら飛行魔法は記録には存在し得ず、テレポートも不可能。地道に進むしかない。


「それじゃあ、兄弟設定で行こう」


 身分を証明するものは何も無い。人里離れた場所に捨てられた二人は、山奥でひっそりと暮らす老人に拾われ、育てられたのだ。見た目が違うのも、同時期に捨てられた別々の子だから。簡単だが、二人の生い立ちを事前に決めておく。


「……私がお姉さん?」


 自身を指差し、笑いながら首を小さく傾ける悠里。面白くないギャグである。

 柳原は黙って悠里の頭を小さく小突いた。




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