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四話『妖精界』

 先ほどまでの体験を夢と言うには、いささか現実感に溢れ過ぎていると言うか、むしろ目の前の光景が既に現実そのものである。

 何てことも無い、涼は地面を這わせる掌の感覚を実感しているのだ。


 雲ひとつ無い晴天を見上げながら、吹き抜けていく風の流れに身を任せ、鬱蒼と茂る草の下に隠れた土の手触りを確認する。ザラッと指先が滑っていく感覚は、それが現実であることの証明でしかない。夢と願って瞳を開けたその先に広がる光景は、一度意識が途切れた瞬間の、間違っても涼の家の中ではないだろう。草の香りが立ち込めるその空間を、もはや家と呼称することは出来なかった。


 つまるところ、妖精が何度も主張していた異世界と言う場所に他ならない。否、この程度の情報だけで下らない超幻想を認めてしまうのは少々早計か。少なくとも、これだけの状況に陥って冷静なままで居られる人間性は、涼の中に秘められていなかった。


「……マジかよ……夢じゃないって……」


 頬を引っ張るようなお決まりの真似もしつつ。妖精の体当たりと同程度の痛みを訴え、その実感が余計に涼の内心に焦りを生んでいた。この幻想的な体験に特別な感動も無く、涼の感情が淡白なのか、むしろ焦慮しか感じていない。

 あの輝きの瞬間に起きた事態の謎は解けないが、涼でもこの状況に対する正当な評価は下せる。他の一般人が同じ状況に陥ったともすれば、おおよそのところ一番最初に考えてしまう言葉として相応しいのだろう。


「ふざけるな」


 あまりにも、あまりにも馬鹿げている。

 見渡す限りの大草原に放り出され右も左も分からないこの状況。異世界と言うからには別の次元に来てしまったのだろうが、立派な壁と屋根の家に囲まれていた涼としては爽快な青い空が逆に心細いったらありもしない。ニートには眩しすぎる太陽だ。

 笑い事には引き返せない状況に、怒りを露わにするのもやぶさかではないだろう。


 頬を撫でていくように吹く風の肌寒さで、早くも自宅が恋しくなる涼である。人っ子一人見当たらない物静けさに人肌の恋しさも同様だった。


「つーか、何であのクソ指人形も居ないんだよ……」


 膝の丈ほど茂る草原は地平線の彼方まで続いているが、その見晴らしとは裏腹に人影や涼が想像しているシルエット一つ見当たらなかった。

 諸悪の根源たる妖精の姿を無意識に思い浮かべてしまう。決して寂しさに釣られたわけではない。独特な口調で自分が説明するとのたまったあのぬいぐるみの言葉を信じざるを得ない状況という、大義名分が涼にはある。断じて寂しいから思い浮かべたのではないと、涼は自分の心事に言い聞かせていた。


 そんな建前を持ったところで状況に良き兆しは無く、強がる涼の焦慮は無常に駆り立てられる。本来そこに居るべきであるぬいぐるみの存在に心の中で叱咤しつつ、早く出て来いと願うことしか出来ない。

 生粋のニートである涼には外に居ることすら既に不安であるところ、このままではいつでも発狂し兼ねないだろう。緊張の糸は張り詰めている。


 そんな不安に圧される中、背後からガサガサと鳴り響いた音で、涼は間抜けな声を上げて跳ねるように飛び退いた。正直おしっこもちびりかけた。


「ぷへっ」


 草と草の間から顔を覗かせる小さな体。

 大きな瞳に大きな口を開け、涼を見上げる憎たらしい顔。


 件の者は、ぬいぐるみのような頭身を精一杯に引き伸ばして草に掴まっていた。


「人間サン、ごきげんようデース」

「お、おう……」


 妖精である。

 涼の知っている妖精である。

 まごうことなき妖精の妖精らしさに安堵して、涼はびびって身構えた体を解いた。獣でも出てくることを想像してしまい足が竦みあがっているのか、改めて妖精に体を向けることさえ苦労しながら、手足を動かす順番をバラバラにぎこちない動作で顔をあわせる。

 あまりにも様にならないファイティングポーズを見られた羞恥心を誤魔化すように、涼は大げさな仕草で説明を求めた。


「――じゃなくて、一体何がどうなってんだよこれっ!」

「どうもこうも、異世界デース」


 手振り身振りにこの地を指摘したが、相変わらず妖精の言葉は求めている答えに至らない。否、簡潔すぎて答えとして欠陥があると言うか、算数で計算式をすっ飛ばしているようなものである。


「正確に言えば、妖精界デース」

「妖精ぃ……? あ、いや、まあ、何だっていいんだけどさ……」


 異世界と言うのは察していた。一連の話の流れで気付けないほど鈍感ではない。むしろその正式名称がどうだとか、涼が聞きたかったのはそんな事ではないというか。その妖精界とやらに連れられてしまった以上は理由や目的があるのだろうが、大前提として何故涼はこんなことに巻き込まれなければならなかったのか。

 唐突な事件が立て続いたおかげで混乱した頭では、言葉足らずな質問を求めてしまう。


「何だってんだよ、何をするために俺は連れて来られたんだ?」


 いろいろと聞きたいところではあるのだが、諸々を端折って問い詰めた。

 妖精は待っていたとばかりにニンマリと頬を緩め、改まるようにわざとらしい咳払いを一つ。

 前後の会話の繋がりをすっとばし、まるで決まり文句のように、しかし彼特有の訛りは抜けないままだった。


「ようこそ、ここは妖精界デース。この妖精サン育成キットでは、まずは人間サンのパートナーとなる妖精サンをこの世界で見つけることから始まりマース。あなたの勇気と知恵を使って、この世界を駆け抜けてくだサーイ。健闘を祈るデース」

「……は?」


 説明終わりとばかりに満足した表情で、妖精はそのまま固まった。否、良く見ると草を掴む腕が疲れてきているのかプルプルと震えている。だからなんだと言う話ではあるのだが。だから何を成せば元の世界へ帰れるのか、結局分からないままだった。


 そもそもこんな変なことに付き合いたくないと言う涼の意志はどうなるのだろう。

 既に手遅れな感じも否めないが、それでも反抗しないわけにもいかない。


「えっ、なに? 妖精を見つけることからって、こんな広い場所でお前みたいなちっこい奴を?」

「ハイ。この世界のどこかに、未だ眠ったままのパートナーが居るので、見つけてあげてくだサーイ」

「眠ったままって……何処に居るかも分からないのか?」

「人間サンの知恵と勇気を使いまショウ」

「俺は嫌だよ、付き合ってらんねーって!」

「でも見つけてあげないと元の世界に帰れませんガ?」

「……どういう脅し方だよそれ……」


 かくして西山涼は、有無を言うことも出来ず妖精界へと旅立つことになったのである。諸行無常なり。




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