一話『妖精さん育成キット』
息抜きがてらに書いていくつもりの作品です。
だもんで更新はくっそ遅いと思います。
こと西山涼という男、平たく言えばニートである。
高校卒業後進学にも就職にも恵まれなかった彼はやむを得ずコンビニバイトで食い繋いでいた。
同級生たちが仕事に慣れ始めたかという早くも半年、涼は自らの無能っぷりに感づき始めたのも、それと同じ頃である。思い出すも情けない。元々手際の悪さを店長直々に指摘され続けていたが、ついぞ致命的な失態を犯してしまう。
事の原因は、涼が将来を不安に考え物思いに耽りながら接客していたからなのだろう。
どうにも当時涼が接客していた客というのが、近場で有名なヤクザだったらしい。そんな人物を涼に担当させたことも悪いのかもしれないが、端的に言ってしまえば、接客不十分によりヤクザの反感を買ってしまったことでちょっとした大問題になってしまったのだ。
そして責任を問われ涼はクビ。
つくづく世知辛い世の中なのである。
「――財布の中身もほっとんど空。これからどうすっかなー、俺……」
それはあの時と同じく、将来を不安に思い過ぎたあまりこの若い肉体に相応しくない一言だ。
あまりにもしみじみと呟く最中、ニート特有の朝飯改め昼飯のカップラーメンを食す涼の箸を止めたのは良く聞き慣れた声だった。聞き慣れたフレーズというか、とにかく、ラーメンの食事中には訪れて欲しくなかった。お湯を入れてから三分間というか、お湯を入れてから三分以内に完食くらいの勢いで固目の麺が好きな涼にはただの邪魔者だった。
「ちわーっす、佐〇急便でーす」
佐川しかりヤマトしかり、何故こうもどこの会社にしたって決まり文句のように小慣れた挨拶で踏み込んでくるのだろう。いや、決してディスっているわけではないが、涼自身バイト時代丁寧な言葉遣いも満足に出来てなかったことを思い出して嫌になる。それ以上にラーメンで頭一杯だったが、そして更にそれ以上に思い当たる節の無い輸送物に怪訝である。
涼にはポチった記憶が無かった。金欠過ぎて密林へのアクセスをブックマークごと削除したのは一ヶ月以上も前のことだ。
とにもかくにも適当にあしらうようにサインをすると、彼等は満足な顔でこれはまたも決まり文句のように立ち去っていく。
「あーっしたー!」
涼も、今更気にするつもりは無かった。
◆
涼の感覚では柔目、世間一般で言うところの丁度食べごろとなったヌードルを完食してから改めて輸送物に向き直った。たった一個で大の男が腹一杯になるにはいささか遠いが、腹八分くらいが健康には良いとよく耳にする。健康を考慮し涼はひとしきり満足した。もっとも、健康など気にするなら端からインスタント食品など食べないだろう。そして腹は五分目くらいだが。
空腹も財布の中身と比べればそれほど空いてないといったところか。座布団一枚。
「して、これは何ぞや?」
ちょっとしたテレビくらいの大きさはある。そして結構重い。
丁寧に包装された白い紙の下は、触り心地はとりあえず箱に詰められているようだ。領収書に書かれた差出人の欄は『大多喜純一』と、まったくこれっぽっちも面識の無い名が記されていた。
包装の外からまじまじと観察してもわけの分からないものはわけも分からず、涼の楽観的な性格はとにかく開封してしまえと囁いている。ある意味、そのあたりの適当な性格も涼をニートにさせた要因なのかもしれない。
「……は?」
良いではないかと繰り返し、悪代官のような下らない小言もその包装を剥がれた中身で間抜けな声に指し換わった。
「妖精さん、育成キット……?」
可愛らしいデフォルメされたキャラクターが表紙のど真ん中を大きく飾り、背景にはトロピカルな孤島の全体図を描いたパッケージ。
涼は確かに一字一句間違えずそのタイトルを読んだのである。
読んだ結果、絶句した。
「……いやいやいや、何なのこれ? ゲーム? にしてはかなりの大きさだぞ」
何よりも、キャラクターに対してリアルに描かれた孤島のミスマッチたるや、そのアンバランス加減が妙に胡散臭い。タイトルの支離滅裂感というか、差出人やそもそも差し出されたこと含め、それらが更に相まって怪しかった。
それはもう、涼が爆弾でも仕込まれているんじゃないかと疑うくらいには。
途端、箱の中で何かが動いて音が立つ。
「!?」
それが得体の知れるか知れないかの差があるくらいで、妊婦が今赤ちゃんが蹴ったと言うのと同じようなものではなかろうか。否、それが最も大事な部分ではあるのだが、涼にはそうとしか例えようが無い。
警戒しながら涼が指先でつついた瞬間だった。
当然、涼も壁を背にして逃げるように距離をとった。
「はい動いた! だって動いたもの! 怪しいとかってレベルじゃねーぜ!? もう俺ヤバイ瞬間って奴を見ちゃったもの! だって動いた瞬間見ちゃったもの! もう言い逃れできないね! お前は確実にヤバイッ!」
涼が興奮しながら指を差して罵詈雑言を並べる間も、もはや自ら主張しようとばかりに箱はガタガタと揺れていた。だんだん激しさを増していく揺れに涼はやがて心なしか怖くなり、マシンガンの如く浴びせた罵声に一息つきようやく整え終わった呼吸も再び緊張で荒れ始める。
そして急に動き出したときと同じく、箱はピタリと動きを止めた。
「……?」
静かになったからといって警戒は変わらないが、得体の知れない恐怖からの反動か、不思議なもので静かになるとどこからか勇気が涌いて涼を一歩ずつ近づかせてしまう。
「……人間サン、早く開けテー」
あるいはそれは、近づいてしまった所為なのだろう。
聞き取るのに苦労しそうなくらいに小さな声で、何者かの声が聞こえてきた。耳を澄まさなければ聞こえないというか、聞きたくはなかったというべきか。何処からか、と言うならばもはや答えは一つしかないだろう。ニートゆえ自宅警備においてプロフェッショナルの涼が誰かの進入を許すはずも無く、何処か篭ったような声は既に答えである。
独特な言葉遣いと言い回しは気になるが、助けを求めているようだ。
つもるところ求めているからには助けるべきなのだろうが、如何せん怖すぎる。
「早くしテー」
追い討ちとは言わない。後押しをするような声で、涼はようやく決心が着く。
このわけの分からない状況を説明できるのは最初から箱の中の人物しか居ないのだ。
涼はその一心を自分に言い聞かせながら箱の蓋を開封した。
――してしまった。
涼はそこで気付くべきだったのである。
「アーっ。久しぶりに吸うシャバの空気は最高デース」
箱の重みが、人一人が入っているとすれば、あまりにも軽かったことに。