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第四章「デート」

                  (0)

「昔々、この浜見城には、鏡月姫という美しいお姫様が住んでいたんだって。

 とても心の優しい人で、村人みんなから愛されてて、本当に幸せに暮らしていたんだけど、ある時、恐ろしい魔物がそのお姫様に目を付けて、なんと彼女に憑りついちゃったらしいの。

 そして、その魔物は、少しずつお姫様の魂に侵食していって、ついに彼女は重い病いに冒されちゃったんだって。それで、お殿様は高名な祈祷師を呼んで、この地に古くから伝えられてきた魔除けの守り鏡を使って、その魔物を退治しようと試みたんだけれど、惜しくも魔物の抵抗で失敗しちゃって、その結果、頼りの守りの鏡は砕けて、その破片は村じゅうに散らばってしまったらしいの。

 それで、急いで村人総出で砕け散った鏡の破片を探しまわって集めたんだけれど、どうしても最後の一つが見つからなくて、このままでは、お姫様の魂はあの魔物に奪われてしまうってところまで追い詰められちゃったわけ。

 でも、そんな時、たまたまここを勇敢な旅のお侍さんが通りかかったの。そして、そのお侍さんは、自分には何の関係もないことなのに、魔物の呪いを必死で払い除けて、その残る一つの欠片を探し出してくれたの。それでようやく鏡は復活することができて、それで、その復活した鏡の力によって魔物を姫から追い払い、到頭退治することが出来たらしいの。

 おかげで、お姫様の魂は救われて、心静かに天に召されたって、まあ、要約すると、そんな感じの話かな?」

「・・・え?じゃあ、やっぱり、お姫様は死んじゃったってことなの?・・・なんだよ、それじゃ、全然ダメじゃん!」

 絵巻を眺めながら、みつきが鏡月姫伝説の簡単なストーリーを話してくれたのだが、僕にはその物語のラストがどうにも釈然としなくて、思わずそう呟いた。するとみつきは首をかしげ、不思議そうな顔をして反論した。

「そうかなあ?わたしはダメじゃないと思うけど。だって、確かに現世でのお姫様の命は助からなかったのかもしれないけど、旅のお侍さんのおかげで、魂は魔物には奪われずに救われたんだから、素敵なことだとは思わない?」

「あのさあ、人間、死んだらそれで終わりだよ。死ねば、何もなくなる。無と同じだ!助けられなきゃ、全く意味がないよ!」

 その返答に、みつきは驚いたような目をして、僕の顔を凝視した。僕はハッと我に返り、苦笑いをしてごまかした。

「いや、なんか俺、今つまらないこと言ったかな?・・・その、単なるくだらない伝説なのに、ちょっとむきになってたかも?・・・あはは(汗)」

 そう言うと、みつきの表情が少し和らいだ。だが、相変わらず心配そうな目で、そっと僕を見つめていた。

 そして、囁くような小声でぽつりと言った。

「お侍さんが助けてくれて、鏡月姫はうれしかったと思うよ」


                  (1)

「ねえ、大翔くん。まだ少し時間は早いけど、冷房効いてるし、ここでお昼ごはんにしない?」

 僕が二階展示室からそろそろ引き揚げようと階段を降りようとしたとき、みつきが僕を呼び止め、そう言った。だが、正直僕には意外すぎる提案だった。

「え?・・・昼飯?いや、いくら冷房があるからって、博物館の中ではまずいんじゃないの?勝手に飯なんか食ってたら、管理人の爺さんに怒鳴られるぜ」

「うふふ、全然大丈夫だよ!そこの学習室は、実際には村の人たちの寄合所みたいなものだから、いつだって好きに使って全然いいの。それに片山さんはとっても優しい人だから、絶対怒鳴ったりしないよ。うふふ♪」

 それを聞いて、さすがに納得した。そう、入館した時に顔を合わせた爺さんも、つまりは知り合いなわけだ。みつきは旅館の女将とも親しそうだったし、要するにこの小さな村の中じゃ皆が知り合いだと、そういうことなのだろう。さすがド田舎!めったなことは出来ないな。村人みんなに監視されていると思って間違いないだろう。・・・苦笑!

「ねえ、大翔くん。こっちこっち!ぼんやりしてないで早く来て♪」

 ふと、声のする方を見ると、展示スペースの奥の方でみつきがお得意のおいでおいでをしながら僕がついて来るのを待っていた。

 どうやら、ここでの昼食は既に決定されているらしい。確か僕はまだ了承してなかったはずなんだが?・・・まあ、いいか。


                   *

 その学習室と名付けられた寄合部屋は展示スペースのすぐ奥にあって、その二十畳ほどの部屋の壁際には大きなホワイトボードが配置され、それに向かい合うように長机とパイプ椅子が整然と並べられていていた。まあ、どこにでもある会議室みたいな場所だ。

 だが、少し違う点を言えば、何故だか部屋の片隅には家庭にあるような普通の冷蔵庫がドンと置いてあるし、部屋の後ろのスチール棚には、段ボール箱や書類らしきもののほかに、どう見ても私物っぽい風呂敷包みやカバン、そしてお菓子でも入ってそうなブリキ缶や調味料の瓶、水筒なんかが無造作に置かれていた。

 そしてみつきは、部屋に入るなり何も迷うことなく部屋のエアコンのスイッチを入れ、机や椅子を適当に動かし始めた。そうして部屋の片隅に向かい合わせのランチテーブルを用意すると、その上に、今までずっと大切そうに持っていた手提げから小さな箱を幾つか取り出して乗せた。そう、それは弁当箱だった。

 その可愛らしいウサギのイラストなどが描かれた弁当箱のふたを開けると、彩豊で綺麗に形どられた旨そうな料理の数々が姿を現した。それはまるで料理本の見本写真を見ているようで、僕は思わず驚きの溜息を吐いた。

「これ、まさか自分で作ったの?」

 思わずそう聞くと、みつきは少しニヤニヤしながら答えた。

「『まさか!』は失礼だよ♪買い物に行けなくて、ありあわせの材料で作ったから、いまいちだけど、今朝、早起きして頑張りました!うふふ♪」

「料理得意なんだね。マジ旨そう」

「ありがと。でも、お世辞は食べてからでいいよ。さあ、大翔様、いつまでも立ってないでお座りになってくださいませ♪」

 みつきはご機嫌そうにそう言って、僕の席を引いてくれた。だが、僕はさすがに恥ずかしくなって、苦笑いしながら言葉を返した。

「これじゃ逆だよ。だって、普通レディーファーストだろ?それに、俺も何か手伝うよ。自販機でジュースでも買ってこようか?」

 するとみつきはクスクスと笑いながら答えた。

「もう!素直じゃないね。大翔くんはお客様なんだから、大人しく座ってて♪」

 僕はもう返す言葉もなくなって、素直にその席に座った。するとみつきは納得したように僕の方をちらりと見てから冷蔵庫に向かい、中から冷えた麦茶の入っているらしきガラスのポットを取り出した。


                  (2)

「あ~、旨かった!いや、ほんとにお世辞じゃなく、料理上手だよ。マジ感心したよ」

 みつきに促されるまま、結局その弁当をほとんど残さず食べ終わって、すっかり腹いっぱいになって、ふと正直な気持ちでそう言った。するとみつきは嬉しそうに微笑んだ。

 そして、少し考えるしぐさをした後、ポツリと言った。

「ねえ、次は街に行かない?隣町なら、映画館もゲームセンターも、デパートだってあるし、きっと退屈しないと思うんだけど」

「別に、俺はどこでもいいよ」

 そう返答すると、みつきはホッとしたような顔をして、それから、はにかんだようにうつむきつつ、そっとコップのお茶を口にした。


                   *

 食事を終えると、みつきは空になった弁当箱を手提げにしまい、学習室のスチール棚の隅にそっと置いた。それから、ふと自分の腕時計を見て、驚いたように声を上げた。

「あ、まずい!もうすぐバスの時間だ。街に行くなら急がなきゃ。これに乗り遅れると、また一時間以上待たなきゃならなくなっちゃうよ!」

 「え?」と僕が、呆然として立ちすくんでいると、みつきが僕の腕をパッと掴んだ。

「もう、時間がないから、走って行こ!」

 正直、意味不明だったが仕方がない。僕はそのまま彼女に手を引かれながら足を進めた。公園を出たあたりで自然とみつきの手は離れたが、その後も僕は彼女のあとを追いかけるように走り続けた。

 そして、あっという間に海岸線の道路へと到着し、ふと気づけば、僕の眼前にはバス停の標識が立っていた。

 バス停には着いたものの、さすがに息が切れて、暑さで汗が噴き出してきて、ハーハーと深い呼吸が止まらなかった。するとその時、早くも路線バスがやってきて、エアブレーキのバシューッという低い響きと共にスーッと僕らの目の前で停車した。

「良かったぁ~!間に合ったね♪」

 その声を聞いてみつきの方を見ると、彼女は一緒に走ってきたのがウソみたいに、ほとんど汗をかいている様子もなく涼しい顔をして笑っていた。・・・顔に似合わず、タフな娘だ!

                   *

 僕らはバスの一番奥のベンチシートに並んで座った。バスには数人の乗客しかおらずガラガラで、しかも僕ら以外は皆爺さん婆さんばかりだった。まあ、これではバスが一時間に一便しか来ないのも納得である。

 そしてバスはそのまま、ずっと海岸線沿いの道を走って行った。海岸の岩場に打ち付ける波は相変わらず激しくて、その潮騒はバスのエンジン音に負けないくらいに大きくて、BGMのように常に僕の鼓膜を刺激していた。

 そして僕は、車窓を流れゆくそんな海の情景を、ただぼんやりと眺めていた。

「ねえ、町に着いたら映画でも見る?それとも、どこか行きたいところとかある?」

 みつきが、ふと聞いてきた。

「いや、任せるよ。俺は特に何もないから」

 そう答えると、みつきは僕の顔をまじまじと見つめて、ポツリと言った。

「遠慮しないで、なんでも言ってね。大翔くんには、楽しんで欲しいから」

「えっ?」

 みつきの言葉に、僕は何故だか意味もなく驚いた。少し誤解されている気がしたのだ。

「俺、すごく楽しいよ。・・・恥ずかしい話だけど、・・・正直に言うけど、俺、女の子の作ってくれた弁当なんて初めてだったし、実のところ、こんなふうに女の子と二人で話をするのも初めてなんだ。・・・なんていうか、偶然とはいえ、君みたいな可愛い子にガイドしてもらえて、まるで嘘みたいな気がしてるし、・・・その、バカみたいなこと言うけど、なんか、まるで、狐につままれているみたいな感じで、」

「え?」と、今度はみつきが酷く驚いたように目を丸くした。

 そして僕は、今、自分がとんでもなく馬鹿な発言をしたと、ひどい後悔の念に駆られた。完全な失言だった。

 そして案の定、その後みつきは黙り込んでしまった。


                  (3)

 十分くらい走ったところで、バスは海岸線の道路を離れ、内陸へと入っていった。それからしばらく行くと周囲には人家が多く見られるようになり、次第に街の喧騒を感じ始めた。そして、バスは駅のロータリーの中へとゆっくりと旋回しながら入っていって、そこで終点となった。

「大翔くん。着いたよ♪」

 みつきは明るくそう言って、スっと立ち上がり、そして未だぼんやりとしている僕に向かって、微笑みながらいつものおいでおいでをした。

                   *

 バスを降り、僕はみつきの後ろをついて行った。そしてその道中、彼女は何度もくるりと振り返っては、僕の顔を見て微笑んでいた。だが、僕は何となく気まずくなってしまって、未だにバスで発した自分の言動を嫌悪していた。

(・・・あんなこと言ったら、気持ち悪がられて当然だ。みつきはきっと、俺を非モテのキモイオタクだと思ったに違いない)


 少し歩いたところで映画館の前に到着した。そこで、みつきは並んでいる映画の看板をしばし眺めた後、サッと僕の方に視線を向けてから言った。

「ねえ、この映画なんかどうかな?ホラーだけど、結構面白そうだよ♪」

「ああ、この映画なら前作見たけど面白かったよ。まあ、前作とは監督が違うけど、前評判は良かったし、先行公開しているアメリカではそれなりにヒットしたらしいから、多分ハズレじゃないと思うよ」

「へ~っ、そうなんだあ。大翔くんて、映画に詳しいんだね」

 みつきが驚いた顔をして僕を見たが、僕はただ苦笑いをするしかなかった。確かに映画は好きで中学の頃からはまっているけれど、それほど詳しいわけじゃない。みつきはいちいちリアクションが大げさすぎるのだ。

 というわけで、とりあえず映画館の切符売り場まで行ったところで、ふと気づいた。

「あのさあ、今入ると、オチだけ先に見ちゃうことになるよ。ほら、もう上映時間の半分近く過ぎてるよ。次の上映は午後1時からだから、それまで待ったほうが良くないか?」

 僕が上映時刻表を指差してそう言うと、みつきは「あっ、ほんとだ!」と目を丸くした。そして少し考えこんで、その後自分の中で頷くような仕草をしてから再び僕を見て言った。

「急いでバスに乗ったけど、結局時間が半端だったね。・・・ねえ、大翔くん。外は暑くなってきたし、次の時間までまだ大分あるから、喫茶店でも行かない?わたし、いいお店知ってるんだ♪」

「ああ、そうだね」

                   *

 ということで、僕は再びみつきの後ろについてしばし歩いた。本当なら彼女の横に立って並んで歩きたかったが、正直な話、僕は彼女の恋人でもなんでもない。それこそ友達ですらないのである。そのへんは、しっかりわきまえなくてはいけない。

「ここでいいかな?」

 みつきが、少し緊張した感じで聞いてきた。見ると、その喫茶店はカジュアルな雰囲気ではあるものの、何となく古い年代を感じる趣のある店でもあった。

「実は、わたし、ここに入ったこと一度もないんだ。ただ、見た感じすごく雰囲気がいいから、一度くらい入ってみたいなあって、ずっと思ってたの。大翔くんが一緒なら、安心して入れるし♪」

「え?・・・ああ、いいんじゃない。じゃあ、ここで時間潰そう」

 何故だか妙に緊張しているみつきの様子が面白くて、僕はそう答えるなり、おもむろに喫茶店の扉を開いた。すると『カラ~ン、コロ~ン』とドアベルの鐘の音が心地よく辺りに響いた。


                  (4)

 その喫茶店の内装は外観を裏切ることなく良い感じに落ち着いていた。いわゆる50年代のアメリカン・ポップカルチャーをイメージしているようで、アンティークな感じのコカ・コーラなどの小物やネオン管の看板なんかも置かれていて、また音量を小さめにロックンロールなどの懐かしい雰囲気のサウンドが常に流されていた。

 席に座ると僕は何も考えることなく、ホットのブレンドコーヒーを頼んだ。すると、すぐにみつきも同じものを注文した。そして、ふと「俺がおごるから、ケーキでもどお?」と尋ねたのだが、彼女は何も言わずに静かに首を横に振った。

 そこで僕は「あと、苺パフェ、一つお願いします」と立ち去ろうとする店員に追加注文をした。無論、自分の分ではない。僕はそもそも甘いものは苦手なのだ。

「苺パフェ、食べたそうにしてたから頼んだよ。もちろん、俺のおごりだから安心して」

「えっ?そんな、いいよ!気を使わないで。ホントにいらないから!」

 みつきは慌ててそう言ったが、僕は店先で彼女がサンプルの苺パフェを欲しげに眺めていた様子をちゃんと目撃していたのだ。

「俺のささやかなお礼だよ。・・・っていうか、もう頼んじゃったから、迷惑でもちゃんと食べちゃってよ。俺は甘いの苦手だからおねがいします。あははははは」

 そう言うと、みつきは観念したようで、苦笑いしながらも小さく頷いた。


                   *

「お砂糖とか入れないの?」

 僕がブラックのままコーヒーを口にすると、みつきは不思議そうな顔をして、そう聞いてきた。

「コーヒーの始めの一口は、何も入れないで飲むのが常識だろ」

 そう返すと、みつきは少し疑問符を残した表情をしながらも、おもむろに自分も何も入れないままのブラックを一口飲んだ。

 だが、直ぐに「苦~っ」と、顔をクシャクシャにして舌を出した。そんなみつきの振る舞いがおかしくて、僕は思わずクスクスと声を殺して笑った。

 すると、そこに丁度ウエイトレスがやってきて「お待たせしました」と言いつつ、苺パフェをテーブルの上に静かに置いた。

「口直しに、パフェ食べなよ」

 そう声をかけると、みつきは僕の顔を変な目で斜めに見ながら、少し口元をとんがらせた後、にっこり笑って苺パフェのクリームにスプーンを刺した。

「あっ、このクリーム、すごく美味しい♪」

 パフェの生クリームを口にして、みつきは子供みたいに微笑んだ。僕はそんなみつきの笑顔を見て、何故だかとても嬉しかった。ようやく少しだけでも恩返しが出来たような気がしたのだ。

 昨日から世話になりっぱなしで、何かお礼をしなくちゃいけないとの思いが溢れていて、僕の心はずっと落ち着かなかったのである。

「博物館はどうだった?少し退屈だったかなあ?」

 パフェをぱくつきながら、みつきが僕の表情を探るような目で言った。

「ああ、面白かったよ」

 ポツリとそう答えると、みつきは不満そうに僕の目をチラリと見た。

「何が良かった?」

 彼女は尋問するように、また質問を重ねてきて、仕方なく、とりあえず適当に答えた。

「鏡月姫の絵巻物かな?あれは、意外と印象に残ったかも。あれだけは、この村の限定品だから、他じゃ見られないからね」

「ああ、うん。そうだね。そうかもね。・・・でも良かった!なんだか、退屈そうにしてたから心配だったの。だって、大翔くんには、出来るだけ楽しんで欲しいから」

 みつきが、少し心配そうな目でそう言った。それで僕は、慌てて返答した。

「ありがとう!でも、本当に君のおかげで、すごく楽しかったよ。嘘じゃないって!」

 そしてそれは、本当に僕の本心から出た言葉だった。そう、全くお世辞などではなかったのだ。

 本当に楽しかった。こんなに楽しい日が来るなんて、今までの人生で一度も想像したことがなかった。自分が楽しんで、それが許されて、そんな自分の姿を喜んでくれる人がいて、・・・何故だか凄く不思議な気分だった。

 まるで嘘みたいで、自分の足が地に付いていないような、宙に浮いているような、そんなふわふわした感覚だったのだ。

 ・・・そして、ふと思った。こんな幸福な時間が、本当に、この僕に許されるのだろうか?と。


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「大翔くんって、本当に彼女いないの?」

 パフェを食べ終えた頃、突然、僕の顔をまじまじと見ながらみつきが言った。

「えっ?」と、驚いた顔をすると、みつきは更に言葉を追加した。

「だって、モテるでしょ?」

「えっ?、全然モテないよ!だって、俺みたいな根暗、誰も相手にするわけないじゃん」

 びっくりしてそう答えると、みつきは鉄砲玉をくらった鳩みたいに目を丸くして固まった。そこで僕は、正直な気持ちで言葉を返した。

「それより、君の方こそモテるだろう?可愛いし、すごく明るいし」

 するとみつきは、少し首をかしげてから、ポツリと小声で言った。

「・・・わたし、全然、明るくなんかないよ」

 そのみつきの反応が余りに意外すぎて、僕はしばし言葉を失った。正直、少し思考が混乱していた。・・・だが、ちょうど、そんな時だった。

 背後から、ヒソヒソと妙な話声が聞こえて来た。

『・・・あれ、やっぱ、イリエじゃない?』

『マジ、そうだよ!』

『でも、何?あのぶりっ子なツインテール。しかも、すげーバカみたいなリボンなんかして、ありえなくない?』

『・・・けど、あのイリエが男といるなんて、マジ信じらんな~い!?』

『あいつ、身体でも売ってんじゃないの?』

『え~っ、マジ、キモ~い!』

 サッと振り返り、その声の方を見ると、そこには女子高生風の二人組がいて、僕らの方を眺めていた。だが僕と目が合うなり、彼女等はサッと視線を反らせ素知らぬ顔をした。

 そして、ふとみつきの方に向き直ると、彼女は硬い表情で少し目線を下げたまま黙っていた。

「知り合い?」

 そう何気なく聞くと、みつきは静かに答えた。

「ただのクラスメイトだよ。あんまり仲が良くないだけ」

 僕はみつきのその声を聞いて、もう何も問うまいと思った。そして、さりげなく言った。

「そろそろ、出よっか」

 すると、みつきは小さく頷いてから、そっと立ち上がった。


 会計を済ませ店を出るとき、ふとあの二人組の方にチラリと目を向けると、彼女等は奇妙な目で僕の顔をじっと見ていた。そして、ヒソヒソと耳打ちし、またヘラヘラと笑いあった。・・・これだから、女という生き物は嫌なのだ。


                    *

 喫茶店を出て映画館に戻ると、次の上映にはまだ少し時間があったが、とりあえず館内に入ることにした。すっかり蒸し暑くなってきていて、外で待つよりは良いと思ったのだ。そして、冷房の効いた廊下の休憩スペースのベンチに座って、のんびりしながら次の上映時間まで待つことにした。

 すると、さすがにそろそろクライマックスシーンだけに映写場内の激しい音響が地響きのように外まで伝わってきていた。しかしながら、洋画なのでセリフは英語で何を言ってるのやらチンプンカンプンで、先にオチが分かってしまう心配はなかった。

「なんだか、すごい迫力みたいだね。音聴いてるだけで、なんだかドキドキしてきちゃった♪」

 みつきがニコニコしながら、僕を見て言った。

「ああ。とりあえず、この映画にして正解だったかな?まあ、実際に見てみないと、音だけじゃ判らないけど」

「そうだね。早く中に入って、見たいね!」

 みつきは子供みたいにそう言って笑った。けれど、ふと気になって聞いてみた。

「そういえば、他に恋愛映画みたいのもあったけど、本当にこのホラーの方で良かったの?普通、女の子ならラブロマンスとかの方が好きなんじゃないの?」

 すると、みつきは少し苦笑いを浮かべながら答えた。

「・・・う~ん。今はそういうの、あんまり見たくないかな?それに、大翔くんはこっちのほうがいいでしょ?」

「ああ、そうだね」

 僕はそう返したが、実は少し複雑な気分だった。だが、すぐに妙なことを考えている自分に気づき、己に言い聞かせた。

(馬鹿な考えは捨てろ!俺は彼女の彼氏でもなんでもない。みつきが俺なんかとロマンス映画など見たくなくて当たり前だ)


                  (6)

 それはオカルトというよりも、むしろジェットコースタームービーのような活劇的演出が中心で、全面最新のSFXを駆使した迫力のある映像だった。おかげで見ていてほとんど飽きることがなく2時間近い上映時間があっという間に過ぎてしまった。

 また、確かにホラーではあったものの、いわゆるスプラッター的なグロイ演出はほとんどなくて、むしろコミカルな感じにまとめられていて、子供でも安心して見られるような映画になっていた。そしてラストは意外なくらいハートフルで、家族愛をテーマにしているらしく温かな親子の愛情を前面に押し出したような展開で、定番のお涙もののエピソードで幕を閉じた。

 スクリーンにカーテンがかかり場内に明かりがついて、ふと隣を覗いてみれば、案の定みつきは今にも泣き出しそうなほどすっかりと真っ赤な涙目になっていて、僕は思わず声を殺してプスッと笑った。

「思ってたより、全然面白かったねぇ。わたし、最後の方泣いちゃった」

 席を立ながら、みつきがポツリと言った。

「そうだね。けど、なんだかホラー映画見たって気がしなかったなあ、あんまり怖くなかったし」

「え~っ、嘘~っ!わたしすごく怖かったよ!」

「マジで?・・・あははははは!そうかなぁ~?アハハハハハハハ」

 僕は、みつきの表情が面白くて、とうとう耐え切れずに笑い出してしまった。するとみつきは膨れっ面になり「なんで笑うの~っ?ひど~いっ!」と言って、僕の肩を手のひらでポンポンと叩いた。


                   *

 映画館を出て、街の通りを少しばかりフラフラ歩いた。だが、やはりここは田舎で、ただ歩きながらウインドーショッピングを楽しむには少々貧素であった。すると、みつきが僕の肩を指先でツンツンとつつきながら言った。

「ねえ、デパートに行こ♪最近、新装リニューアルしたから、きっと面白いよ」

「ああ、うん。そうしよう」

 そう答えると、みつきはニコニコしながら、再び僕を先導するように前に出て軽快に歩き始めた。そんな彼女の後ろ姿を見て、僕はまた思わず笑いが込み上げてきて、そんな自分を必死で抑えた。

 ・・・けれどこれじゃ、なんだかまるでデートでもしてるみたいだ。・・・しかし、何でこうなっちゃったんだろう?

 まあ、みつきがそれでいいなら別にいいのだけど。

                   *

 その駅前のデパートはどうやら大手の系列らしく、他にあまり大きな建物のない駅前にドカンと存在感を見せつけるようにそびえ立っていた。そして僕はみつきの後につき、何も思わず、その建物の中へ入って行った。

 しかしながら、デパートというものは何処でも似たり寄ったりで、ふと見回せば一階は化粧品やらジュエリーなどのご婦人向けの装飾品の売り場になっていて、どうも二階以降も、やっぱり婦人服などが中心みたいで、要するに女性向けの物ばかりが商品のほとんどを占めているらしい。

 ・・・そう、正直言って僕などには、すごく場違いな気がする。まあ、今更そんなことに気がついても遅いのだが。

 そして、自称ボランティアガイドのみつき様はといえば、やはり女の子だけあって、あっちこっちをキョロキョロと見回しながら、なんとも楽しそうに笑っていた。

「あっ、これ可愛い♪」

 みつきがジュエリーの展示ケースを覗きながら嬉しそうに言ったので、僕も思わずそのガラスケースの中を覗いてみた。すると、そこには小さなウサギの形をデザインした白銀色のネックレスがあった。そして、みつきは僕がそばへ来て見ていることに気づくと、そのネックレスを指差しながら、また言葉を重ねた。

「ほら、見て、あのウサギの目のところには小さな赤いルビーが埋め込んであるんだよ。すごく綺麗だね」

「ああ、確かに結構可愛いね。・・・いや、ホントなら君にこんなのプレゼントしてあげたいけど、・・・一万五千円か。今は、ちょっと無理かな?宿代が払えなくなっちゃうからね」

 そう、なんとなく言うと、みつきが急にクスクスと笑い出した。僕はその彼女の反応に思わず目を丸くした。確かに金がないのは認めるが、笑うことはないだろうと思ったのだ。

 ・・・すると、みつきがニヤニヤしながら言った。

「うふふ、大翔くんの気持ちはありがたいけど、欲しがってたわけじゃないから安心して♪・・・だって、あれ、一万五千円じゃなくて、十五万八千円だよ。うふふふふ♪でも、大翔くんがそんなこと思ってくれるだけで、わたし充分嬉しい♪」

「・・・えっ?あんなのがホントに十五万もするの!?」

「だって、これ、プラチナだよ。うふふっ♪」

 みつきは楽しそうだったが、僕は恥ずかしさに死にそうだった。しかし、ジュエリー恐るべし!そんな高価なものとは想像もしなかった。値札を読み違えて当前だ!

 ・・・けれど世の中には、こんなものをそんな大金払って買う奴がいるのかと思うと、それこそ恐ろしくなってきた。やはり、このデパートという場所は、僕などには完全に場違いなようである。


                  (7)

 その後、みつきの先導のまま、僕等はエレベータに乗り直接5階へと向かった。エレベータを降りフロアーを見回すと、この階ではどうやら色々な家庭雑貨などが販売されているようだった。

「ここなら、大翔くんも楽しめそうでしょ?」

「ああ、そうだね」

 そのフロアー内には、本当に多彩な品物が所狭しと並べられていた。ガラス棚には値札を見るのが怖くなるような豪華なヨーロッパ製の陶器が並べられていて、間違って引っ掛けて落っこどしでもしないかと側を通るのさえ気が気でなかった。また家電関係の売り場には、輸入品なのか普段見たこともないような少し変わったデザインのトースターや電気ポットなどが置いてあり、当然ながらその価格も普段目にする物とは全然違った。

 確かに、ここに陳列されているものは、午前中に訪れた博物館よりは全然多彩で、中には興味深い商品もあって、それなりに飽きずに楽しめそうな空間であった。

「ねえ、ねえ、これなんか素敵だね。こんなインテリアに囲まれてたら、きっと毎日が楽しいだろうね♪」

 みつきはあれこれ眺めてはニコニコしながら声をかけてきた。そして僕は相変わらず「ああ、そうだね」と、適当な返事をしていた。

 ・・・いや、だからといって、決して退屈していたわけではない。ただ、何も言葉が思いつかなかっただけである。みつきには悪いが、まあ、僕とはそんな退屈な男なのだ。仕方がない。

 とにかく彼女が楽しんでくれれば、それでいい。そう、僕としては、そんなみつきの楽しそうな姿を見ていられることが、なにより嬉しかったのだ。

                   *

 その後、他の階の売り場へも何気なく寄ってみた。するとやっぱり、みつきは最新のアパレルなんかが気になっていたみたいで、婦人服売り場では色々な洋服やら小物などを手にとって自分の体に合わせるようにして姿見の鏡を眺めては、ふと気に入るものを見つけるたびに「これどうかなあ?似合う?」などと言って、僕のところへ見せに来た。そしてそんな時、僕は差し障りのない適当な感想を少しだけ述べて、とりあえずその場をやり過ごすのみであった。

 とは言っても、みつきは結局ただの冷かしで、あれだけ色々物色していたくせに最後まで何も買おうとしなかった。まあ、女子高生だし、お金なんか全然ないのだろうけど。

 ・・・しかし、まさか女の子の洋服選びに付き合わされることになるとは思わなかった。それに、これでは全く観光ガイドになんてなってなくて、本当に単なるデートみたいな気がしてきた。・・・って、これっていったい、どうなってるんだ?

 ・・・まあ、俺は別にどうでもいいのだけど。

 だが、そんなことをしているうちに自然と時間だけは過ぎていって、そして、さすがに僕もだんだん飽きてきて「そろそろ帰ろうか?」と、そっとみつきに声をかけた。すると、彼女は少し慌てた感じで返答した。

「えっ?ああ、うん。そうだね。・・・でも、まだ少し時間あるよね。・・・そうだ!帰る前にちょっとだけ、ゲームセンター寄っていかない?男の子って、ああいうところ好きでしょ?」

「ああ、別にいいけど」

 僕がそう言って頷くと、みつきはまた、いつもの子供のような笑みを浮かべた。


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 そのゲームセンターはデーパートからすぐそばの路地裏にあった。建物は一、二階がゲームセンターになっていて三階は雀荘だった。また両隣はパチンコ屋と、いわゆるキャバクラのような飲み屋だった。そしてその飲み屋の看板には『カラオケありマス』との文字があった。

 また、そのゲーセン自体も外から見る限りあまり明るい感じの店ではなく、どちらかというとアンダーグラウンドなイメージが漂っていて、ふとみつきの顔を見ると、やっぱり少し緊張しているのような感じだった。

「ここ、よく来るの?」

 何げにそう聞くと、みつきは慌てるように首を横に振りながら「入るのは、初めて」とポツリと呟くように答えた。僕には、そんなみつきの態度がなんだか可愛く思え、気づかれないよう声を殺してクスッと笑った。


 中に入ると、どうやら一階は競馬ゲームやビンゴゲーム、スロットマシーンなどのコインゲームが中心のようだった。また店内は薄暗く、当然のようにタバコの煙が漂っていた。

「何かやってみようか?」

 そう、みつきに聞くと「うん」とだけ頷いて、なんだか未だに緊張しているようだった。

「じゃあ、競馬でもやろうよ。あれなら、結構自信あるんだ」

 そう言って、今回ばかりは僕の方がみつきを先導し、自販機でコインを購入して、意気揚々と席に座った。・・・だが、現実は厳しかった。

 どうやら、この筐体は相当意地悪な設定らしい。まあ、僕らの他にほとんど賭ける人がいないようなガラスキの状態だったので、コンピューターが保守的なモードになったのかもしれないが、せっかく投入した千円分のコインは、ほとんど当たりを経験しないまま、あっという間に無くなってしまった。・・・無念!

 けれど、みつきの方は意外と楽しめたようで、どうやら小さなおもちゃの競争馬達が筐体の盤面のコースをギクシャクしながらもチョロチョロと何度も抜きつ抜かれつ競っている様子が楽しかったようで、負けた競争ですらバカに嬉しそうに盛り上がっていた。

「さあ、もうコインはなくなっちゃったし、そろそろ他のゲームに移ろう」

 僕がそう言って席を立つと、みつきは興奮したようにニコニコしながら呟いた。

「凄く面白かったね♪競馬に行く人の気持ちが、今日初めてわかった気がする」

                   *

 そして、今度は二階に上がってみた。すると二階は主に個人で遊ぶタイプのテーブル筐体などがずらりと並んでいて、また壁際には大型の体感型筐体などが幾つか設置してあった。

 そして「何かやる?」と僕が聞くと、みつきは「こういうの、全然触ったことないから」と、まるで乗り気でないようすだった。

 僕にしたら、むしろ一階のコインゲームよりも、こっちの方が普段遊び慣れているのだが多分女の子には縁遠いものなのだろう。ここで僕が一人でシューティングなんかに夢中になってたら、きっとみつきはアウェイな気分になって退屈しそうだ。

 だが、そう考えていたとき、ふと壁際のドライブ筐体に目がいった。そしてあれなら、ジョイステックやボタンではなく、普通の車と同じハンドルやペダルの操作なので、きっと、みつきにも遊べるのでは?っと考えた。

「じゃあ、あれやろう。あれならツイン筐体だし、二人で並んで競争とかできるよ」

「え?・・・あ、うん」

 しかし僕の提案に、みつきは少し首を傾げつつ、仕方なさそうに小さく頷いた。

                   *

 「ハンドルは説明しなくていいよね。それで、足元の右側のがアクセル。真ん中のでかいほうがブレーキ。あと、シフトはスタート時にはLOWにしておいて、スピードが乗ったらHIGHに入れるんだ。わかる?まあ、とにかく動かしているうちに分かると思うから、とにかく一回遊んでみようよ」

 と、お隣の席に座っているみつきに説明したのだが・・・。

「大翔くん、やっぱり、わたしには無理だよ!何が何だか全然わかんない。お金の無駄になるから、やっぱりわたしは見てるだけにするよ。競争なんて、絶対に無理だから」

 そう半鳴き声で否定されて、結局僕は独りで遊ぶことになった。


                  (9)

 コインを入れ、ハンドルとフットペダルでゲームモードを選択し、いざスタートした。

 このゲームには時間制限があって、表示されている残り時間内に決められたポイントを通らなければいけなかったのだが、僕は次々とそうしたチェックポイントを無事に通過することが出来た。そして、なんとか最終ポイントにもギリギリのタイムで間に合って、どうにかこうにか、そのコースを最後まで走り切ることに成功した。

 するとみつきは、目を丸くしながら驚いたように言った。

「すごーい!大翔くんって、凄く運転上手いんだね。わたし、正直ビックリしちゃった」

 その言葉を聞き、また達成感も相まって、僕は少し自慢げにニヤリと笑った。でも、実を言えば、このドライブゲームは既に散々遊び倒していて、特にこの初級モードはコースを完全に覚えており、今までに何度もクリアーしていたのだ。

「俺さあ、車は昔から好きなんだ。いつか免許を取ったら、お気に入りのスポーツカーを買って、日本中を旅したいって、実は中学の頃からの夢なんだ」

 ふと、思わず口に出た。するとみつきは「ふ~ん」と相槌を打ってから、ポツリと言った。

「けど、大翔くん。こんなに運転上手なのに、免許はまだ持ってないんだぁ?」

 その言葉に、僕は思わず苦笑いした。

「やだなあ、ゲームと実際の運転じゃ、全然違うよ。でもね、ホントはすぐにでも免許は取りたいと思ってるんだ。でも、色々あってさ、なかなか取りに行けなくて」

 そこまで言って、僕はみつきの顔をちらりと見た。そして何げなく、ふと浮かんできた気持ちをそのまま言葉にした。

「けど、免許取って車買ったら、きっと一番にここに遊びに来るよ。そして、君をドライブに連れてってあげるよ」

 ・・・だが、その言葉を聞くなり、「え?」と言って、みつきの表情がスーッと冷たく固まった。そして彼女は、こちらに向けられていた視線をゆっくりと逸らせた。

(しまった!思わず変なことを言った。なんて馬鹿だったんだ。これじゃ、まるでナンパじゃないか。下心があるって、気持ち悪がられて当たり前だ)

 ・・・僕は自分を深く後悔した。


 どうせ、どうであれ、みつきと過ごすのは、今日の、この時で全て終わりだ。このゲームセンターを出て、旅館に帰り、明日になれば、俺はこの村を去り、再び、あの独りきりの部屋に戻るんだ。そしてもう、二度とみつきの顔を見ることもないんだ。

 ・・・そう、それが現実だ。 馬鹿な夢は持つな! 迷惑をかけるな!


                   *

 僕はもう、つまらないことを考えるのはやめて、あとはできるだけ楽しく過ごそうと考えた。だから、さっきの失言も無かったことにして、もう馬鹿なことは絶対思わないようにして、とにかく残りの時間を、みつきにとって良い思い出になるように明るく振舞おうと、そう改めて決心した。

 そして、みつきの方も全然気にしていないようで、それまで通りの様子だった。常にニコニコしていて楽しげだった。・・・僕は心の内でホッとしていた。


 とりあえず、二人で一緒に楽しめそうなものを探してみた。そして、的当てやらモグラ叩きやら、エアホッケーなどをして遊んだ。・・・だがそんな最中、ふと腕時計を確認しながら、みつきが突然慌てて叫んだ。

「あーっ、いけない!もう、最後のバス出ちゃった!」

「え、どうしたの?」

 僕が驚いて聞くと、みつきは申し訳なさそうな顔で答えた。

「浜見行きのバスは、午後5時45分のが最後なの。うっかりしてた。もう、5分過ぎちゃったよ」

「えっ、マジで?・・・でも、そうなると歩いて帰るしかないか。でも、歩くと結構距離あるよね」

 すると、みつきは少し考えてから、僕の目を見てやんわりと微笑んで言った。

「ううん、大丈夫。鉄道があるから。駅までは少し歩くけど、多分最終便までは、まだ充分に時間はあるはずだから、安心して」


                  (10)

 また僕は、みつきのあとについて歩いて行った。だが、正直変な気分だった。なにせ鉄道に乗るということなのに、僕等はそれまでいた駅前からどんどん遠ざかっていったのだ。

 どうやら、みつきの言う鉄道は街の中心たる駅からは出ていないらしい。そうなのだ。その鉄道というのは僕が浜見村に来た時に乗ってきたあのオンボロ列車のことであり、あのローカル線は主要路線とは完全に切り離されているらしい。

 ・・・まあ、宿の女将の話じゃ、もうすぐ廃線らしいしね。


 ふと空を見ると、だいぶ日が傾いてきているのがわかった。そして、気づかないうちに随分雲が増えてきていて、青い空を包み隠している白い雲には、徐々に赤い陽光が滲み始めていた。

「あれだよ」

 みつきが指差した先に、小さくみすぼらしい駅が見えた。するとそのホームにはボロボロながらトタンの屋根があって、隅にはベンチも一応設置されていた。要するに、浜見駅よりは少しはマシなようである。

 駅に着きホームに上がると、みつきはキョロキョロしながら辺りを見回した。そして時刻表を見つけると、しばし眺めた後ポソリと呟くように言った。

「やっぱり、電車が来るまで、一時間近く待たなきゃダメだね」

 それを聞いて、ふとため息が出た。だがしかし、多分そんなことだろうとの予感はあった。

「まあ、しょうがないね。・・・でも、それじゃちょっと遅くなっちゃうな。いや、俺は全然問題ないけど、その、君は大丈夫なの?」

 そう言うと、みつきは少し考え込むような仕草をした。そして、

「・・・昨日も少し遅くなっちゃったし、電話ぐらいしとかないとマズイかなぁ?」

 と呟き、また周囲を少し見回してから「ちょっと、電話してくるね」と言って一度駅のホームを降り、通りの向こうにあった電話ボックスの方へと走って行った。


                   *

 僕等はホームのベンチに並んで座ってソーダ水を飲みながら、列車が来るのをぼんやりと待った。さすがに街中にあるだけに浜見駅とは違いこのホームにはちゃんと自販機があって缶ジュースを買うことができたのだ。

 何となく気になって隣に目を向けた。すると、みつきは相変わらずぼんやりと空を眺めていた。きっと、みつきも少し疲れたのだろう。

 思えば、結局今日も一日中歩き通しで結構足が疲れた。実を言えば昨日の疲れも少し残っていて、僕は正直ヘトヘトだった。それにそろそろ腹も減ってきて、こんなところで無駄に時間待ちをするくらいなら、駅前のマックにでも寄ってくればよかったかも?などと、今更に思った。

 だが、そんなことを何気なく考えていた時だった。みつきが突然口を開いた。

「わたし、結局、全然観光ガイドなんて出来てなかったね。なんだか、ただ大翔くんに一緒に遊んでもらっただけみたいになっちゃった。初めはいいアイデアだと思ったんだけどなあ、結局、全然ダメダメだったね」

 そう言うと、みつきは少し斜めに僕の顔をぼんやりと見つめた。だが僕は、何故だか返す言葉が浮かばなくて、ただ黙って彼女を見た。

 するとみつきは、スっと視線を下げてから、静かに言葉を続けた。

「・・・でも、今日は本当にありがとう。大翔くんのおかげで、わたし、今日一日とっても楽しかった。・・・う~んと、こんなこと言うと、少し変な子だって思われるかもしれないけど、・・・いえ、もう、バレてるかな。

 ・・・本当言うと、わたし、こんなふうに男の子と二人でお話をするのも、一緒に映画を見に行ったりお弁当を食べたりするのも、本当は初めてだったんです。

 ・・・と言うか、そもそも、わたし、全然友達少ないし、独りでいること多いし、

 ・・・えっと、・・・その、・・・だから、今日は本当に楽しかったです。

 ・・・その、なんていうか、・・・上手く言えないけど、

 大翔くん、わたしのわがままに付き合ってくれて、本当にありがとう」

「・・・えっ?・・・そんな、やだなあ。いや、お礼を言うのはまるっきり俺の方だよ。マジで俺、メチャメチャ楽しかったよ。・・・ホントだよ」

 思わず頭を掻きつつ慌ててそう答えると、みつきはゆっくりとこちらを向いて、そして少しはにかんだような、穏やかな笑顔を僕に見せた。


                   *

 みつきの言葉を聞いて、なんだかとても不思議な気分だった。僕はどこかで彼女のことを誤解していたような気がした。そして、そう気づいて、少しホッとしていた。


 そうなんだ。もしかしたら、こんな自分でも、今のみつきにとったら、少しは役に立つ存在だったのかもしれない。

 ずっと奇妙に思っていた。あんなに明るくて、可愛くて、素敵な女の子が、こんな根暗で、つまらなくて、まるで無意味なだけの自分なんかに、なんで親切にするのか?何故、あんなふうに、まるで子供みたいな純粋な目で、こんな僕を見て、嬉しそうに笑うのか?それが全然分らなくて、意味が解らなくて、僕はずっと不安だったんだ。


「ねえ、大翔くん。明日のお祭り、もしも出来たら、一緒に行ってくれないかなあ?

 ・・・その、ガイドとか、そういう話は無しにして、・・・その、純粋にお友達として、出来たら明日、もう一日だけ、わたしに付き合っては貰えませんか?」

 ずっと黙っていたみつきが、そっと僕の顔を覗き込むようにして、突然そう言った。僕は少しの間、彼女の顔をぼんやりと眺めた後、何も思わず静かに返答した。

「もちろんいいよ。当たり前だろ」




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