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5.5話 おいおい、甥。

 


「叔父上、何だか楽しそうですね」


 6歳年下の甥、ナルディア国王カインシードが口角を上げた。

 おおやけの場では甥である王に対して敬語で話すが、日常は逆になる。

 昼食をともに、と言い出したのはカインシードのほうだった。

 私より後に来た彼は、視線で「はじめてくれ」と侍従に合図を送りながら席に着く。


「何か楽しいことでもありましたか」

「なぜ?」

「思い出し笑いを」

「そうかな」


 軽い咳をして表情を改めるが、再び昨夜のパーティーを思い出して顔が緩んでしまう。

 今度は自分でも笑っている自覚があった。


「カインもセティス家に来ればよかったのに」

「昨夜は用がありましたから」

「そう言っていたね。誰かと会う予定だったのかい?」


 その相手が誰かを知っていて聞くのは、からかう意味が強い。

 近頃、城下に降りる王の様子が楽しそうだ、と侍従が話しているのを聞いた。もしかして、意中の女性でもいるのかもしれない、と。

 調べさせてみれば、なんと相手は伯爵家の令嬢で、リリアナとも親しいという。

 互いに名や身分を明かしてはいないが、遠慮なく言い合うし、カインシードも可愛がっているらしい。


「会えませんでした」


 むすっとした声。

 口をへの字にして、視線をそらしているがその目が据わっている。

 拗ねた子供のような物言いに、私は小さく声を出して笑ってしまった。


「なんだ、振られたのか」

「振られていません。肩のケガによく効く軟膏を渡そうと思っただけで。……別に、会う約束をしたわけではありませんし。昨夜は用があると言われていましたし」

「でも、会いに来てくれるんじゃないかと思ったんだろう?」

「……」

「やっぱり振られたんじゃないか」

「振られていません」


 じゃあ、と私は笑う。

 

「無理をしてでも来るべきだったと思うぞ」


 カインシードが会いたかった少女は、あのパーティーに来ていたのだから。

 そして、その少女の親友は、王家の血を継ぐ娘だ。

 

 カインシードの兄は、彼が生まれる前に亡くなったとされている。

 先王レオンハルトの従妹姫でもあった第一王妃セレスティーナの子、ジンロード。その正式な名を知る者は少ない。

 生まれてすぐに〈天災〉の魔女に拾われ、10年間も行方不明ののちに王家から離脱した王子。

 アリスリス・メディはその娘だ。

 カインシードにとっては姪にあたるが、彼はそのことを知らない。実際に見ても、血がつながっているとは思いもしないだろう。 


 ジンロードが行方不明の最中、隠居生活を送る先々代の王ラルフセイドが、王家断絶を憂いて侍女に生ませた子供が私だ。

 カインシードは、ジンロードの「死亡」後に迎えた第二王妃マリールージュの子供だった。

 王族に生まれた子供は「御子」とだけ呼ばれて、10歳まで性別すら明らかにされない慣わしだ。ジンロードの王家離脱は「病気療養中だった王女・・死亡」として発表され、その生存を知る者は少ない。


 ――この、甥ですら。


 実の兄が生きていることを知らないのだ。

 以前、カインシードからは、ジン・チトセ・メディは先王レオンハルトと〈天災〉の魔女ナミとの間にできた子供じゃないかと聞かれたことがあるけれど、私は笑うだけで否定はしなかった。


 数年前に会ったジンロード――ジン・チトセ・メディは、一目で王家の出を思わせる容姿だった。

 交流のない他国からの書簡でどうしても翻訳する必要があったのだが、それを訳せるのがメディ子爵だけで。事情を知らない大学関係者からの伝手だったので、後で知った王宮が慌てたのは記憶に新しい。

 それ以降も古代ルエスタールの文献について解読を依頼するなど、王宮や大学との交流が密かに続いていた。

 私にとっては、年上の甥。

 その顔つきは、母親が違っていてもカインシードとよく似ていて、でも、声質や雰囲気は私と似ているので、誰かに紹介するとしたら、私の兄、と言ったほうが納得するだろう。

 王家の肖像画を見ても、王族男子は総じて似たような容貌になるようだ。

 だが、その娘は母親に似たのか、王家の血を継いでいるようには見えなかった。

 紅茶色の髪はふわりと軽く揺れ、光の具合で桃色に見えたり、朱金色に見えたり、深い赤に見えたりと不思議な色合いだった。あれがメディ家の、と知る者が見ればすぐにわかる特徴だ。

 陽だまりの中にいるような雰囲気をもつ少女――メディ子爵令嬢アリスリス。

 そして、その親友である少女――メアル伯爵令嬢ティシィリアーナ。

 昨夜、その娘と会うことが出来たと知ったなら、カインシードはどう思うのだろう。


「可愛い少女がたくさんいたよ」


 私の言葉に、カインシードが小さく肩をすくめた。

 行かなくてよかった、と本心から思っているのがわかって、私は苦笑を返す。

 互いに、結婚相手を探せ、と耳にタコができるくらい言われているのだ。


「叔父上、しばらくはこちらにいられるのでしょう?」

「王都での公演もちょうど終えたところだし、ゆっくりとさせてもらうよ」


 運ばれてきた料理を口にしながら、軽い世間話をする。

 ちょうどワインを口にした時だった。

 そういえば、とカインシードが真剣な表情で私を見た。


「フォルディスが、少女の頭に赤ワインをかけて会場から追い出したというのは本当ですか」


 ぶ、と私は口に含んでいたワインを吹きだしそうになってむせた。

 危うく鼻から出るところだった。荒い咳をしながら、膝に広げていたフキンで口を拭う。


「そんな噂が?」

「フォルディスに確認の連絡をしましたが、忙しい、の一言で切り捨てられました」


 カインシードの渋い顔に私は苦笑する。

 甥の守り人であるセラ侯爵フォルディスは、侯爵位を継ぐと同時に長期休暇を無理やり取らされている。


「そろそろ2年が経つんじゃないか? いいかげん剣が腐るぞ」

「王都に来るたび、新人相手に汗を流しているようだから、大丈夫でしょう」


 私の守り人であるレイセン・ロックフェルトも遠方の金獅子騎士団にいるし、フォルディスまでが王のそばを離れている。

 次代のことを考えれば、結婚しろ、子供を作れ、とうるさく言う周囲の気持ちもわかるが、まさかフォルディスも「結婚相手を見つけるまで戻ってくるな」と王に言われるとは思ってもいなかっただろう。

 隣国ファステアに大使として赴任しているセイン・アークロットに至っては、女性にもてすぎるがゆえに、(これは王が言ったわけではないが)誰かひとりを選ぶか、王が結婚するまで戻ってくるなとまで言われているのだから、理不尽極まりない。


 アリスリス・メディのことを知っているようだったフォルディスの態度に、私はかすかな期待を抱く。

 少なくとも、昨夜、何かが動き始めたことだけは確かだろう。


 まるで、フェシャを鳴らすときのような高揚感に満たされる。

 この時の私は、確かに浮かれていた。


「カイン、君のお気に入りの女性には、いつ合わせてくれるんだい?」

「女性?」

「昨夜、会えなかった人だよ」

「女性ではありません」


 ――ん?


 怪訝な表情のカインシードに、私は首をかしげて瞬いた。


「女性じゃ、ないのか?」


 まあ、成人前だから、一人前の女性とは言い難いのかもしれないが。


「神官ですよ。まだ13歳くらいの少年です」

「……」


 ――ん?


 思わず視線をカインシードの侍従に向ける。

 その侍従は、カインシードの側衛に視線を向けている。

 その側衛は、王を見つめたまま不思議そうな顔で軽く首をかしげていた。頭上に?がたくさん浮かんでいるのが誰の目にもわかる。

 側衛は、近衛の中でも常に王の側に付き従っている者たちのこと。王が城を抜け出すときも、必ず一人は側についているので、ここで真実を知っているのは彼らだけだ。

 カインシードが地下水路で出会い、たびたび城下で会っているというのは、ティシィ・メアル伯爵令嬢ではなかったのだろうか。

 私たちの視線に気づいたのか、側衛は小刻みに首を横へと振った。


 ――女性です。間違いないです。


 ――いやでも、少年って言っているぞ?


 言葉には出さずに会話する。


 ――格好は確かに少年のようですが、でも……。


 何かに気付いたのか、え? と側衛の視線が驚きの表情で王の背中を見つめている。

 それだけで、私は状況に気付いてしまった。

 まさか。

 侍従も気づいたのか、ふらりとよろめいた。

 全員の心が重なった。


 嘘 だ ろ ?


 女性だと気づいていない!?


「元気で快活なところが気に入っているのですが、神官のくせに口が悪いんですよ。この前だって、肩をケガしたというから、見せてみろ、と剥いてみれば暴れるし、細い身体で、あばらも浮いているからちゃんと食っているのか心配すれば怒るし」

「うわあ……」


 思わず声に出てしまった。

 剥いたってなに。

 あばらって、あばらって。

 それ、胸のある場所だろ。


 ドン引きだ。


「何か?」


 ただひとり、事の重要さに気付いていない男が視線を上げて、きょとんと首をかしげている。

 なあ、これ、どうすればいいんだ?


「お前なあ……」


 漏れるのは溜め息。

 浮かれていた気分が一気に下がって、甥を恨みたくなるのも仕方がないだろう。


 マリールージュ様、息子が大変ですよ!

 大変なことをしでかしていますよ!

 人生の一大事ですよ!!


 私は目を瞑って、昨夜出会った少女を思う。

 流れる水のような、清涼な姿が印象的だった。確かに胸はなかった、が。


 王妃になるかもしれない少女。

 ならないかもしれない少女。


 こればかりは、甥が自分で何とかしなければいけない物件だ。


「ちゃんと責任はとれよ」


 私はカッ! と甥を睨んだ。



 ――とりあえず、令嬢に土下座して謝るべきだと思う人!



 はーい、という声は聞こえなかったが、おそらく、皆が同意見だったと信じている。





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