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02話 招待状は突然。

 

 

 メディ家に招待状が送られてきたのは一ヶ月ほど前のことだった。


 差出人の名前はリリアナ。


 封筒の表を見て自分の名前を確認し、裏を見て、誰、と首をかしげたのは一瞬。封蝋に押された家紋に飛び上がった。

 それは、王都でもっとも有名な女性、セティス公爵令嬢の名前だったのだ。

 リリアナ・セラ・セティス。

 国の重鎮セティス公爵の孫娘で、年齢は私と同じく15歳。

 27歳になる王がいまだに誰も娶らないのは、彼女を王妃にするためだと噂されていた。

 そんな女性から、パーティーの招待状が来たのだ。


「いたずら……?」


 では、ないみたい。

 封筒も中の招待状も上質でいい匂いのする紙を使っているし、文字も丁寧で綺麗だ。

 ふ――と、どこかで見たことのある字のような気がしたけれど。

 署名もあり、蝋に押された印はセティス家の紋。

 うわー。

 思わず空に透かしたり、宛名は間違ってないよね、と何度も確認してみたり。


「えー? すご~い」


 本物だ~。るんるんと浮かれて、私はくるりと一回転。

 だって、こんなに上質で正式な招待状をもらうのは初めてだったのだ。

 これは額に入れて飾るしかない。寝室なんていいと思う。眠る前に眺めては、もらったときの気持ちを思い出して幸せな気分になるのだ。そのまま眠ればきっといい夢が見られるに違いない。

 百年後にはメディ子爵家の家宝となっているかも。ふふふ、ふふ。


 ――なんて。


 浮かれたのは一瞬で。

 ふう、と脱力するとともに漏れたのは溜め息。


「困ったわ……」


 私は招待状を見つめて首をかしげた。


「どうやって断ればいいのかしら」


 欠席する旨の文面を考えつつ、私は上質の紙と封筒を探すために書斎へと向かったのだった。





「アリス、元気~?」


 明るい声と笑顔で、幼馴染みのティシィが遊びに来たのは昼過ぎだった。

 銀髪に水色の目が綺麗な親友は、共も連れずにひとりで歩いてきたらしい。

 長い髪を帽子に隠し、丈の短い上着とズボンに履きなれた革靴ブーツ。一見、少年かと思うような姿だけど、彼女がうちへ来るときはいつも動きやすさを重視した格好だ。

 母親同士が親友で、生まれ月も同じ。双子の姉妹のように育った私たちは、互いの家を気楽に行きかう仲だった。もっとも、ティシィのほうから来ることの方が圧倒的に多いのだけれど。

 私は作りたてのクッキーを出しながら、呆れたように親友を見た。


「また護衛の人たちを撒いたの?」

「まあね!」

「威張らないの」

「大丈夫よ、ちゃんとアリスの所に行くって伝えてあるもの」

「その道中が問題なんでしょ」


 ティシィはここに来るまでに、毎回、探検と称していろいろな道を通ってくるのだ。

 街の子たちに裏道を聞いたり、一緒に垣根を抜けたり、民家を通過したり。王都の地下水路を網羅している(本人談によるとまだ3割くらいらしいけど)伯爵令嬢なんてほかにいないだろう。いたらびっくりだ。

 窓の外に人影が見えた。

 息を切らして辿り着いた護衛の人たちに私は同情する。


「振り回されてかわいそうに……」


 人数分のグラスに水を入れ、お代わり用の水差しを用意すると、クッキーも添えて玄関の外へと差し入れた。

 彼らを労ってから家に入ると、呑気にクッキーを食べているティシィの額を指で弾いた。


「あとでちゃんと謝りなさい」

「はぁい」


 てへ、と肩をすくめる彼女の仕草は本当に可愛くて、思わず苦笑してしまう。

 以前、ティシィの外出を心配した彼女の祖父母が、ここへ来ることを禁止したことがあった。私はそのことを後で知ったのだが、その間、ティシィは徹底抗戦の構えで水以外の食事を断ってしまったのだという。

 5日が経ち、負けたのは相手のほうだった。護衛をつけることを条件に行き来を許したが、それを報告に来たティシィは、右手のこぶしを高く上げて、「勝利をもぎ取ったわよ!」と鼻高々だった。

 出不精な私は、行動力がずば抜けた彼女に振り回されることが多いけど、その分、いろいろな経験ができるため、彼女といるだけで楽しかった。

 危ないことだけはしないでね、と伝えてあるし、ティシィもその点については十分に配慮しているようで、実際、危険に対するティシィの直感は鋭い。

 破天荒な彼女だが、服を改めればごく普通の伯爵令嬢として振舞える。その切り替えも見事の一言に尽きた。


 そのティシィがニヤニヤと笑っている。


「なあに? 気持ち悪いわね」

「アリス、護衛のみんなに人気なんだよ~」


 餌付け餌付け、と笑っているから私は呆れた。


「うちに来て一番餌付けされている人がよく言うわ」


 てへ、とティシィは笑う。


「ねえ、ねえ、アリス」


 ティシィの目が輝いている。


「リリアナ様から、来た?」

「招待状? 来たわよ」


 ティシィにも招待状が届いたらしい。行く? と聞かれたので行かないと答えると、一瞬何か言いたげな顔をしたけど、私がそういう場所を好まないことを知っているからか、「そう」とだけ返してきた。

 後から考えると、ティシィが私に招待状が届いたことを驚きもせず、さも当然というかのごとく普通に会話をしていたことを疑問に思うべきだったのかもしれない。

 ティシィは紅茶を優雅な仕草で飲むと、お菓子の残りをお土産として包み、寄る場所があるからと早々に帰っていった。


 公爵家から使いの者がやってきたのはその翌日だった。


 門の前に立派な馬車が停まっている。

 馬は四頭、あの細い路地に良く入ってこれたな、と感心するくらい大きな四輪の馬車だった。通ってきた道の幅は、馬車の左右に拳ひとつ分くらいの余裕しかないはず。普通なら無理と即座に折り返すところだ。

 うちの家の前は比較的広くなっているので、細い道を抜けたときはホッとしただろう。

 扉に招待状の蝋封と同じ家紋が彫られているのでセティス公爵家のものだと分かる。

 御者の男性と目が合ったので笑って挨拶をすると、気さくな笑顔が返ってきた。

 御者の隣にいた従者が馬車を降りて扉を開けると、音もなく降りてきたのは三十代半ばくらいの男性だった。すらりとした肢体。

 執事みたいな格好だ。公爵家の使用人ともなると、みんなこんな感じの整った身なりをしているのだろうか。

 足が長く、伸びた背筋がかっこいい。

 彼は鍵の閉まっていない門を通り、石畳を玄関まで歩く。呼び鈴は4回。

 庭の草むしりをしていた私が「何かご用ですか?」と後ろから声をかけたら、冷たい視線を向けられてしまった。


「あなたは?」


 低い声。なんだか怒っているみたい。

 私はそのことに気づかないふりをして、ふわりと笑った。


「この家の主で、アリスリスと申します」


 もしかして、間違って届けた招待状を取り戻しにきたとか? 

 もう額に入れて寝室に飾ってあるんだけどな。


「――貴女が」


 彼は眉をひそめた。


「なぜ欠席されるのですか」

「え?」

「パーティーです」

「ああ……」


 行かないとティシィに伝えたのは昨日のことなのに、もう公爵家に話が伝わっているなんて。

 私は困って首をかしげた。


「欠席してはいけませんか?」


 公爵家の招待を断る人なんて珍しいから余計に目立ったのかもしれない。

 でも、もし公爵家からの招待は断ってはいけないとか、断るべきじゃないとか、そんな常識があるのなら、昨日の時点でティシィが教えてくれたはずだ。

 貴族としての常識に疎い私とは違って、ティシィは昔からしっかりしているし、交友関係も広い。

 暮らしが質素とはいえ私も子爵家の人間だ。公爵家から招待があってもおかしくはないが、招かれた理由が分からないし、高位貴族やその他の貴族と交流を持とうとも思わない。

 招待状をもらった時点からすでに、私の中で「行く」という選択肢はなかったのだ。


「午後にでも欠席の手紙を出すつもりだったのですが……」


 どうしよう。

 困ったわ困ったわ。そんな表情が私の顔に出ていたのか、彼はしばらく私を見てから、コホンと小さな咳払いをした。


「先ほどは不躾にて失礼を。わたくし、セティス公爵家の使用人でセバスと申します」


 丁寧にお辞儀をして挨拶されてしまった。

 私も丁寧に返す。


「アリスリス・メディです。どうぞ、中へお入りください」


 土のついた手袋を外してドアを開ける。身体を横にして彼を招くと、戸惑いながらも小さくうなずいて足を進めてくれた。

 そのとき、彼の胸章に気づいて軽く目を見張った。

 鍵がクロスした紋章は、執事や家令、家政婦など屋敷を預かる者を示す。この人、執事みたいな格好――じゃなくて、本当の執事だ。

 私がよく知っている執事はティシィの実家、メアル伯爵家の老人で、こんなに若い執事を見るのは初めてだった。

 セバスさんは客間と居間を兼ねた室内を軽く見回していたが、暖炉の上に置いてある小さな肖像画で視線を止めた。

 若い頃の父と母、そして幼い私。


「開催は一ヶ月後ですが」

「はい」

「何か御用でも?」

「いいえ、特には」


 私は手を洗って汚れを落とすと振り返った。


「あのう……」

「なにか」

「ご招待はありがたいのですが、誰かとお間違え……ということは」

「いいえ。リリアナ様が招待されたのは、アリスリス・メディ様で間違いございません」

「そうですか」


 両親がいたときですら公爵家から招かれたことなどないはずだ。二人の性格を考えると、同じようなことがあっても断るだろうけど。


「どこか御身体の具合が悪いとか?」 

「いいえ」

「お身内になにか」

「両親は二年前に他界しております。兄弟姉妹きょうだいはいません」


 貴族の子は成人すると公式の場へ出ることを許されるが、私の場合は両親も後見人もいないから公式の場に出ることは一生ないかもしれない。

 公式とは、王家主催を意味する。

 セバスさんが小さな咳払いをした。


「失礼ですが、アリスリス様はここにお一人で?」

「アリスリスって言いにくいでしょう? どうぞ、アリスと」

「……アリス様は、ここにお一人で住まわれているのですか」

「はい」


 彼を心配させないように笑う。


「この地域は治安がいいので、ひとりでも安全なんですよ」

「……」


 彼は私の姿を上から下まで見てから、考え事をするかのように室内を見回した。


「その、支度に……いくらかご入用ならば……」


 言葉を選んでいるのが申し訳なかった。

 パーティーに出る衣装がないから遠慮したと思われているようだ。

 確かにそう思われても仕方がなかった。家具や内装の質はいいが、何しろ、物が少ない。

 良く言えば、質素。

 悪く言えば、貧乏。

 室内は毎日綺麗に掃除しているし、埃などはないので、貧しくは見えないはずだけど、貴族の家だと思って泥棒が入り込んでも「ああ……、うん、帰ろうか」となるのは否定できない。

 地下の書庫と二階の書斎、そして台所はたぶん他所にも劣らないほど立派なんだけど、それ以外のところにはお金をかけてないのだ。

 私は微笑んだ。


「パーティードレスなら両親が以前作ってくれたものがあります」


 ただし、成人式のために作った一着のみ。しかも、母の結婚衣装を簡素に仕立て直したものだった。

 華やかな場に出るのが苦手なのです、と伝えると、彼は私を見つめたまま考え込んでしまった。

 初めて対面したときの冷たい印象が消えているのは嬉しかった。

 最初は私のことを「お嬢様の招待を断る不届き者」と思っていたのだろうが、家の内情を知って同情に変わったのかもしれない。

 彼の目に、いったい私はどれほど貧しい家の娘として見えているのか。

 お金がないわけではないのです、と言っても信じられないだろう。

 日常の服も質素だし、着やせして見えるらしく、街の人にも「アリスちゃん、ちゃんと食べてるのかい?」なんて心配されてしまうくらいだ。


「パーティーと申しましても、舞踏会のような大きな催しではなく、招待されている女性は十代二十代の若い方ばかりです。お茶会を少し大きくしたものと考えていただければよろしいかと存じますが」


 セバスさんの静かな物言いが耳に優しい。

 うちの内情を知っても、それでもなんとか参加できませんか、と言って来るのだから、ほかに理由があるのかもしれない。

 私は首をかしげた。


「同じ年頃の女の子たちで集まって、交流しましょう、みたいな?」

「そうです、そうです。そうお考えください」

「私ひとりが参加しなくても、問題ないと思いますが」

「お嬢様が気落ちなされます」

「はあ」


 リリアナ様というのは、友達100人できたらいいな、と夢見る純粋な人なのかもしれない。

 高位貴族にありがちな傲慢な人だったら困るな。私の招きを断るなんて! と激怒されたらどうしよう。

 それが分かっているから、セバスさんは招待を断る人が出ないよう説得に回っている……とか?


「ええと、その、参加費、とかは」


 これには小さな笑いが返ってきた。


「ございません。無料ですよ」


 ううう。無料か。

 恥ずかしながら、無料という言葉に少し弱い。いや、かなり弱い。


「こういう招待は初めてで……」


 セバスさんはうなずいた。


「贈り物なども不要です。その身ひとつで来てさえいただければよろしいかと。足がなければこちらから馬車を手配いたします」

「まさか! そんなことまでしていただくわけにはいきません」


 もし行くとなれば、ティシィに同乗させてもらえばいいし、行くだけで相手が満足するなら、断って印象を悪くするよりはずっといいのかもしれない……と、気持ちがぐらついた。

 再度断ってセバスさんをがっかりさせたくない、という思いが無きにしもあらず。

 行って、すぐに帰ればいいかなー、と思った。

 とりあえず、人生経験になるかも、と前向きに考えてみる。


 ――そう。本や話だけで知るのではなく、実際に見て得るものは多いはず。


 私は小さく息を吐いた。


「……分かりました」


 私を見るセバスさんの目が、期待に満ちている。


「ご招待、お受けいたします」

「喜んで?」

「え?」


 まじめな顔で首をかしげるセバスさんに、私は小さく笑った。


「はい、喜んで」






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