14話 地下水路。
「アリス!」
お待たせ、と言いながら駆け寄ってきたティシィは、私の隣に座るセラ侯爵に気づいて歩調を緩めた。
私が立ち上がろうとすると、気配でわかったのか、侯爵のほうが先に立って手を差し出してくれた。
やっぱり大きな手だと思う。
手を重ねると指を軽く握られ、引かれた――と思ったら、背中に羽が生えたように腰が浮いた。そのあまりの軽さに勢いがつきすぎて、そのまま侯爵の胸に飛び込んでしまう。
「わ……!」
とん、とぶつかって。
私も驚いたけど、きっと侯爵も驚いたに違いない。
腕の中で彼を見上げれば、困ったような――戸惑ったような顔をしている。
「――すまない」
「いえ――」
私は苦笑してしまった。侯爵の様子が、パーティの時にワインを少しだけ掛けるつもりが勢いあまって全部掛けてしまったときと同じだったから。
表情は豊かじゃないのに、何でこうなったのかわからない――と疑問符が浮かんでいるのがわかる。
動作は洗練されているし、丁寧で優しいのに、不器用なのか、勝手が違うのか、手加減がうまくできずに困惑しているように思えた。
そういえば、子供のときに初めて抱き上げてもらったときも、勢いがありすぎて驚いた記憶がある。でも、抱き上げてくれたあとはしっかりと安定していたように、今も私の身体を支える彼の腕は揺るがない。
「ありがとうございます」
私は侯爵に礼を言って、ゆっくりと歩いてくるティシィに笑いかけた。
「ティシィ、もういいの?」
「ええ。――ごきげんよう」
侯爵に向かってにっこり笑ったティシィが、さっきぶつかった拍子に落ちた日傘を拾って肩にかけた。影の下で、ティシィがニヤニヤしている。
「いつまで侯爵の腕の中にいるの?」
「――!」
慌てて離れようとしてバランスを崩した。でも、侯爵の手がすぐに私の二の腕をつかんでくれる。
「す、すみません……」
「大丈夫か」
「はい」
「……危なっかしいな」
なぜかよく言われる。落ち着きがないってことなのかな。
恥ずかしくて、顔に熱が集まってしまう。
「あの……っ」
「ん?」
「手を……」
「手?」
離して下さい、とつぶやけば、侯爵も「ああ」とつぶやいて離してくれた。
侯爵は少し鈍い……のかもしれない。
なぜか胸がドキドキする。
「行きましょう、アリス」
ティシィが手を差し出してくれたので、私も手を伸ばした。
侯爵の硬くて大きな手とは違って、ティシィの手は柔らかくて小さい。
でも、一番安心できる手だった。
怪談を聞いて眠れなかったときも、ティシィと手をつないで寝れば朝までぐっすり眠ることができたし、初めて行く街も、夜道も、ティシィと一緒にいれば平気だった。
迷ったときは導き、困ったときは助け、いつも支えてくれる優しい手。
大人になって、いつか互いに別の人の手を取る日が来たとしても、その暖かさを忘れることはないだろう。
「フォルディス様」
振り返れば、侯爵が何か言いたげな顔で私たちを見ていた。私は首をかしげる。
「……何か?」
「?」
不思議そうな顔をする彼に、小さく笑った。
「何か言いたそうです」
「……そうか」
切れ長の目元が優しくなって、口角が軽く上がった。
「なんでもない。気をつけて行きなさい」
「はい」
なんでもない、ということは、何かあるということだ。でも、言うつもりはないのか、それとも言うほどのことではなかったのか。
やっぱり街中ですれ違ったことを問いたかったのだろうか。
雨師殿に来るだけだった、と思ってくれたならいいけど、あのとき同乗者に気づいていたら? そのことを確認したかったのだとしたら?
ティシィの様子を見れば、マリーベル様は無事に王宮へ戻せたことがわかるけど……。
私は侯爵に向かって微笑んだ。
――大丈夫。
お先に失礼します、と軽く膝を折って略式の礼をすると、侯爵が頷いた。
「侯爵がいるから驚いたわ」
馬車へと向かいながら息を吐いたティシィの言葉に私は小さく笑った。
ハンチング帽をかぶったティシィは日傘を私に渡して、手をつないだまま隣で話し続ける。
「どうしてあそこに?」
「誰かと待ち合わせているんですって」
「恋人かしら」
「違うみたい」
「――まだ見てる」
「え?」
噴水のほうを軽く振り返ったティシィの言葉に、私も振り返ると、侯爵が立ったまま私たちを見送っていた。
心地よく吹く風に漆黒の髪や長衣の裾がなびいて、騎士なのだとわかる立ち姿に目を奪われる。
表情はわからないけど、穏やかな目で見ていてくれている気がして、私は小さく頭を下げた。
そのとき、侯爵に向かって騎士らしき人が声をかけて近づいてくるのが目に入った。
――あれが待ち人?
少しだけホッとした理由に私は気づかず、前を向いて――驚いた。
「なに?」
ティシィがニヤニヤしながら私の顔を覗き込んでいたのだ。
「今、ホッとしたでしょ」
「何が?」
「うふふ……」
「だから、何」
「なんでもなーい」
「ティシィ、言いなさい」
命令するように言ったら、ティシィはからかうのを止めたけど、それでも、何が可笑しいのか楽しそうに笑い続けている。鼻歌が出そうなくらい浮かれているのは、無事に任務を終えたからだろうか。
「それにしても、あんなふうに笑うのねー」
「私が?」
「違う、侯爵のこと。思わず、笑った! って驚いちゃった。なんか、周りの人たちもそんな顔してたわよ」
「そう? いつも笑っているのにね」
不思議なことを言う、と私が笑えば、ティシィはため息をついた。
「だからそれ、アリスに対してだけだから」
「そんなことないわよ」
「あるの。さっき私が挨拶したときも無表情だったし、氷塊の近衛隊長だもの。少なくとも笑顔を振りまくような人じゃないでしょ」
「そう……なのかしら」
私は首をかしげた。
思い返してみても、侯爵が優しく笑っている顔しか思い出せない。むしろ、氷塊の近衛隊長というのは別の人なんじゃないかという疑問すら浮かんでくる。
そうだ、と思った。
今度、侯爵に会ったら、氷塊の近衛隊長さんなんですかって聞いてみよう。
確かに、さわやかに声を出して笑うようなタイプではないし、口数も少ないし、目つきも鋭いけど。
「優しい……わよ?」
つぶやけば、ティシィは小さく笑って、とん、と私の肩に自分のそれをぶつけてきた。
「そうね、アリスには優しいし、感情がないわけじゃないのはわかった」
うんうん、そうなの!
私が強く同意すれば、ティシィが可笑しそうに笑い出した。
「私の格好を見ても表情を変えなかったのはポイントが高いわ」
それに、とティシィは片目を瞑った。
「アリスが侯爵に好意を持っていることもわかった」
「――ティシィ!」
急に手を離して駆け出した彼女は、振り返ると「あはは!」と声を出して笑った。
「アリス、顔真っ赤!」
ティシィはそのまま軽快に走って行ってしまう。
私は紅くなった顔の火照りを自覚しながらも、きっと日焼けしたせいだ、と思いこむ。
「アリス! 置いていくわよ!」
ティシィが両手を振って元気に叫んでいる。
格好もそうだけど、とても伯爵令嬢とは思えない言動だ。普段、礼儀作法の教師から厳しく指導されているから、ストレスが溜まっているのかもしれない。
私は再び歩き出しながらも、背後を確かめるために振り返ることはできなかった。
雨師殿の裏手にある馬留めでは、馬車がすぐに出られる状態で待っていた。
御者台に座る護衛騎士に日傘の礼を言い、馬車に乗り込むと、ティシィが靴を脱いでくつろいでいた。
私は苦笑する。
「早いわね」
「だって、疲れちゃったんだもの」
「お疲れ様」
私はにっこり笑ってティシィを労った。
「マリーベル様はどうだった?」
広場では聞きたくても口にできなかったことだ。
ティシィは拳の親指を立てて、右目を瞑った。
「ちゃんと戻したわ」
「いなくなっていたこと、誰にも気づかれてなかった?」
「ええ」
「そう、よかった」
ほ、と息を吐いて、私も靴を脱いだ。
「でも、あんなところから王宮につながっている道があるのね。神官たちに気づかれたりしないの?」
「大丈夫よ、ちゃんと挨拶して通ったもの」
「……」
え? と私は瞬いた。
「どういうこと」
「だから、神官に通りますねーって声をかけてから通ったの」
「えええ!?」
な、なんで。
唖然とする私に、ティシィは不思議そうな顔をした。
「地下水路を管理しているのは神殿だもの。ほかの場所から入るみたいに黙って通るわけにはいかないでしょ? ちゃんと声をかければ快く通してくれるって教えてもらっていたし」
「だ、誰に」
「ナミ様」
――お祖母さまーーー!!
「マリー様も唖然としてた」
思い出したのか、ティシィはくすくすと笑っている。
それは唖然とするだろう。
地下水路を管理しているのは神殿でも、水路は王宮ともつながっているのだから「通りますねー」の一言で通ることができたら、警備はどうなっているんだって話になる。
「地下水路は臭いもないし、点在する魔石で明るいし、脇の通路は広いし、天井も高いし、とっても綺麗なのよ。まさか王都の地下にあんな水路が張り巡らされてるとは思わないわよね」
「……マリーベル様はそれに驚いていたんじゃないと思う」
「?」
本当にわからない、と首をかしげるティシィ。
私はため息をつきたくなった。
「それ、誰でも王宮に侵入できるってことじゃないの?」
「ああ、そういうこと。違う違う。地下水路は神殿の許可を得た人じゃないと入ることができないのよ。正しくは、雨師様と風伯様の――ね。でないと、永遠に迷うことになる。マリー様にもそのことはちゃんと説明したわ」
ティシィは10歳のときにナミお祖母さまに連れられて神殿に行き、自由に入る許可を得たのだと言った。
――お祖母さま……。
なんだかガクリと頭を垂れたくなった。
お祖母さまが私に料理を教えているのと平行して、ティシィを連れまわしていたのは記憶しているけど、いくらなんでもやりすぎだと思う。
ティシィから地下水路を探検してるとは聞いていたけど、実状は想像以上だった。
ということは、半年前に地下水路で出会ったという貧乏貴族の三男は、神殿の関係者ということ……?
私は息を吐いた。
「地下水路が王宮の裏道なの?」
「正しくは、否」
「裏道につながっているってこと?」
ティシィは微笑んだ。
「言ったでしょ。秘密の道は呪いがかけられていることが多いって」
「確か、特別な鍵とか呪文が必要なのよね?」
「そう」
「知っているの?」
私の質問に、ティシィは微笑んだ。
「アリス、私は誰?」
――魔女の弟子。
「……そうだったわね」
聞くのが馬鹿だ。
私は力を抜いて息を吐いた。
ティシィとマリーベル様は、地下水路から王宮の裏道に入り、王と王太后が抜け出してきた後宮にむかったという。
本来、秘密の扉は一方通行だけど、王だけが出入りできるその扉をティシィが開いて、王太后陛下は後宮に無事帰城。
「……そんなことできるの?」
「あら。できると思ったから私に任せたんじゃないの?」
「それはそうだけど……」
ぶつぶつと私はつぶやく。
王宮のことで何か困ったことがあれば、ティシィに相談しろとお祖母さまから言われてはいた。
いたけど……!
――王しか開くことのできない扉を開くことができるとまでは思わないわよー!
頭を抱える私が可笑しいのか、ティシィは笑いをこらえるように拳で口元を隠しているけど、目が笑っている。
「じゃあ、アリスはどうやって私がマリー様を王宮に戻すと思っていたわけ?」
「そう言われたら困るけど……。後宮まではともかく、王宮にも地下水路はつながっているんだから、そこから入るとか」
「うん。それが正解。今回は裏技。直球攻め。もちろん、そのことはマリー様にも伝えた」
「どうして。いくらなんでも危険すぎる」
非難する口調がわかったのか、ティシィは肩をすくめた。
「言葉だけじゃ通じないと思ったのよ」
「何が」
「私の本気」
「ティシィの、何?」
「アリスを捕らえても無駄ですよって、思い知らせてやりたかったの」
「……だから、手の内を明かしたってわけ?」
裏道を知っていること、王宮への侵入も簡単だということを知らしめるために?
おそらく、カインシード陛下やアレフレット殿下に妃がいるなり、子がいるなら、ティシィがここまで過敏になることもなかった。
問題は、今の後宮に、誰もいない、ということ。
二人に特定の恋人がいるという噂もなく、リリアナ様が正妃となるんじゃないかとは言われているけど、公式発表されているわけでもない。
だから、ティシィは私が妃候補となる可能性を恐れている。
王家直系の血を継ぐ娘。
それを公にしないまま、王家に戻すにはどうすればいいのか。その答えは簡単だった。
私にとって、カインシード陛下は叔父(父の弟)であり、アレフレット殿下は大叔父(祖父の弟)になるが、この国で婚姻できないのは血のつながった親子と兄弟姉妹だけだから、血は近いけど陛下の後宮に姪が入ってもおかしくはないのだ。
私は渋面になってティシィを見つめた。
「私よりティシィの方が警戒されるじゃない。危険だって高くなるわ。私を本当に王家へ戻そうとするなら、ティシィを排除すればいいって考える人だって出てくるかもしれない」
「そうね」
「そうねじゃない!」
怒る私に、ティシィは苦笑した。
「ありがとう、でも大丈夫よ。私もね、アリス同様にナミ様から加護をもらっているの」
「加護って何よ」
何のことか分からない私に、ティシィはにっこりと笑った。
「魔女の弟子、っていう加護」
「諸刃の剣だわ」
「でも、私が魔女の弟子だと分かった以上、王宮には有効よ」
それなら、私は「魔女の孫」という加護を得ていることになるのだろうか。
私はティシィと違って、何も知らないし、何もできない。でも、それを拗ねるのは間違っているのは分かる。
まだ納得できたわけじゃない。
――でも。
私は気持ちと呼吸を整えながら、まっすぐにティシィを見つめた。
「大丈夫なのね」
「ええ」
「……わかった」
ティシィがそういうのなら、信じる。
私の覚悟が分かったのか、ティシィはにっこり笑った。
「アリスのそういうところ、好き」
ふん、と私は顔をそらした。
「知らないわ」
「本当よ」
「ティシィが私を守りたいように、私だってティシィを守りたいの。いざとなったら、私だって動くからね」
「わかってる」
「私だって、怒るんだからね」
「楽しみにしてる」
ニコニコ笑うティシィに、私はガクリと頭を垂れた。
――そうだ、ティシィはこういう子だった。
はあ、と大きなため息をついて窓の外を見た私に、ティシィがそっと話しかけてきた。
「……ねえ、アリス」
「何」
「私……、暴走しすぎた?」
伺うような声に、いまさら? と思いながら、私は小さく息を吐いた。暴走どころか爆走している。
でも、もれたのは苦笑。
「ティシィの無茶振りには慣れてる」
いくつか引っかかる部分もあるけど、誰のために動いたのかということもわかっているから。
怒ってない、ということを伝えると、ティシィは嬉しそうに「てへっ」と笑った。
孤児院に戻ってセシル様に事後報告をするため、馬車は王都の中心部からエセル地区に向かっている。
ティシィは、王宮で信頼できる侍女を作るようにマリーベル様に進言したらしい。黙って抜け出すのは迷惑すぎると。
「……迷惑って言ったの?」
「言ったわよお。裏道なんて使わなくても、王宮からお忍びで抜け出す方法なんてたくさんあるんだから」
「たくさんはないでしょ」
「でも、バカ陛下の後を付いていくなんて、危ない真似しなくてすむじゃない」
「バカ陛下って……」
ティシィの物言いに私は驚いた。会ったこともない人に対して、そんな言い方するような子じゃないから。
でも、私の驚きにティシィは気づかないまま話を続ける。
「だって、はぐれたのが地上に出てからだからよかったものの、もし地下だったら、真っ暗闇の中、永久に迷子だったのよ」
「そうかもしれないけど」
「バカ陛下ったら、尾行の気配に誰何したまではよかったけど、マリー様が『にゃー』って言ったら『なんだ猫か』って言ったって言うの! 信じられる!?」
「本当に?」
私は思わず声を出して笑ってしまった。
ティシィはため息をついた。
「それでしばらく動かずにいたら見失っちゃったみたいなんだけどね」
「マリーベル様も可笑しい」
「にゃー、ですって。かわいい声で鳴いてくれたわ」
マリーベル様を真似たのだろう、猫の可愛い鳴き声を再現したティシィに、私は両手で口を押さえて、足をじたばたしてしまった。
「あはは! かわいいー」
「ホント、かわいくて困っちゃう。なんていうか、おば様と似てるんだもの」
「おば様?」
「アリスの」
「ああ……」
私は微笑んだ。
「やっぱり? お母さまと似ているわよね」
「おっとりした話し方とか笑い方がそっくり」
「メディ家のお祖母さまが生きていたら、あんな感じだったのかも。お母さまとそっくりだったんですって」
「へえ……。メディ家のってことは……ええと、セーリック・アンセット両伯爵家の勘当された一人娘よね? 3代続けてそっくり親子だったわけだ」
ぷっ、とティシィが可笑しそうに吹き出した。
私からすれば曽祖父母の実家に当たるセーリック伯爵家とアンセット伯爵家はすでに爵位を返上している。
かつて絹織物で一財を築いたセーリック伯爵家の令嬢と、鉄鋼業で一財を築いたアンセット伯爵家の嫡男が結婚し、ひとりの女の子が生まれた。名はセアラ・セーリック・アンセット。
私の祖母だ。
ところが、両伯爵家の後継者であった祖母は、婚約者がいたにもかかわらずメディ子爵家の令息と恋に落ち、駆け落ち同然で結婚して勘当されてしまったのだ。
母が生まれたことで両伯爵家は勘当を解いたが、祖母は産後の肥立ちが悪く、若くして落命。次いで、曽祖父母も流行病で命を落とした。
結果、母が両家唯一の爵位相続人となってしまったのだった。
ところが、10歳になり、母が選んだのはメディ家の名のみ。
両伯爵家の爵位と領地は王家に返上し、商売で成功していた両家の莫大な遺産のみが母の手に残った。
その莫大な遺産も、20年前に使い尽くして、手元にはない。
馬車が孤児院で停まり、靴を履くのが面倒だというティシィを馬車に残して私だけが説明しに行く。
マリーベル様が無事に王宮へと戻られたことを伝えると、セシル様はホッとしたように胸を押さえて微笑んだ。
「本当に、アリス様が連れていらっしゃる方には驚くことばかり」
「また抜け出してきそうな感じですが、歓迎してあげてください」
「もちろんですわ」
セシル様が楽しげに笑った。
預けていたバスケットを受け取り、子供たちと一緒に孤児院を出ると、ティシィが門のところに立っていた。
門の前に停まっていた馬車がない。
移動したのだろうか?
「馬車はどうしたの」
「返しに行くって。追い出されちゃった」
おそらくティシィはメアル家まで馬車で帰るつもりだったのだ。
ふてくされた様子が可笑しくて、ぷ、と私は笑う。
助手を務めていた護衛騎士は残っているから、御者だった彼だけが返しに行ったらしい。
ティシィは肩をすくめた。
「ネイのところに寄るんでしょ?」
「ええ」
「じゃあ、行きましょう」
ティシィはにっこり笑って、ネイの妹であるマイリィに手を差し出した。
見送りの子供たちやセシル様に別れを告げて、私たちはネイの家へと向かったのだった。