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ループする悪役令嬢は、ヒロインへ物申す。  作者: 宵紘


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6/8

6話


 断罪イベントの翌日には舞踏会が。そしてそれに続く卒業式典もつつがなく終わりを迎え、わたくしは自室でひとり、感慨に耽る。

 そもそも、わたくしはまともに卒業式典に出席したことがなかったのよね。どのルートでも謹慎させられていたり、退学させられていたり。断罪イベントを終えた悪役は、お役御免ということだったのかもしれないわ。だから、出席する皆様とは違う意味で、感動していたのよ。

 ヒロイン不在の影響がどう出るか、人知れず気を揉んでいたけれど、とくに混乱することはなかった。今頃、外の世界で彼女がどうなっているのか、わたくしが知る術はない。願わくば、罪に見合う償いと、真摯に向き合っていて欲しいものね。


 明日はとうとう、エンディングのために用意されていた夜会の日。今までは、その日をもって時間が巻き戻っていたわけだけれど……。あの方が、本当に約束を守ってくださるのだとしたら、わたくしの知らない未来が訪れるということになるわ。


「……嬉しいけれど、少し、怖いわね。本当にそんなことができるのかしら?」


 侍女の用意したドレスにそっと触れる。ハロルド殿下の色で統一されたソレを見て、ため息が出てしまうのは、仕方がないと思うのよ。ヒロインがいなくなってしまった影響は、こんな形で出てきたわ。

 今までと違い、わたくしは殿下の婚約者のままなのだから、当然と言えば当然なのだけれど、正直、殿下の色を纏いたくはないわね。例え作り物だった思い出が、真実に変わっているのだとしても、わたくしが経験してきた十六回分の彼らとのやり取りがなくなるわけではないもの。きっと、不信感が一生付きまとことでしょう。

 王命での婚約を、わたくしから白紙にすることはできない。夜会が終わりしだい婚約を済ませ、一年後には王子妃として本格的に政務へあたる予定なのだけど……。


 「あんなにループから逃れたいと思っていたのに、今度はリセットされたいと願うなんて、ね。不思議なものだわ。リセットされたとて、記憶が引き継がれるのならあまり意味はないけれど、せめて、ヒロインのいない状態の彼らと仕切り直したいわ」


 夜会当日の朝早く、ハロルド殿下より、エスコートできない旨が書かれた親書が届いた。使者から話を聞いた父上が仰るには、来賓の方とちょっとしたトラブルがあり、その対処にあたるためらしい。とのことだったわ。


「そこまで大きなものではないと、使者は言っていたが……。まったく、お前と殿下の婚約に、余計な瑕疵を残さねばよいがな」


 その婚約、わたくしの中では、すでに瑕だらけですけれどね。まぁ、お父様は預かり知らぬことですもの、そう思われても仕方がないかしら。

 ひとまず、夜会の支度を整えてくるようにというお父様の指示に従い、わたくしは自室に戻る。エスコートがない以上、わたくしはひとりで王宮へ赴かねばならず、悪目立ちするのは必須。これがはじめてのことであれば、胸を痛めたかもしれないけれど、今更、怖気ずくことはないわ。


 日が陰り、馬車は予定通り王宮へとわたくしを運ぶ。会場に入れば、やはりひとりでの入場は目を引くため、予想通りの視線が集まったわ。針のむしろといった雰囲気に見えることでしょう。でもわたくしは、痛くも痒くもなくってよ。

 給仕されたウェルカムドリンクを手に取り、視線を会場内に巡らせる。今までゲームの夜会には参加されていなかった、他国の方が増えていらっしゃるわね。ご令嬢に囲まれていらっしゃるあの方は……同盟国の王太子殿下だわ。公式行事でもないのに、出席なさるなんて珍しいこと。あら? その隣にいるのはまさか、しめ鯖……ではなかったわね。レン様だわ!


「王陛下、並びに王妃陛下のご入場です!」


 あの方を見つけた驚きをかき消すように、王族の入場を告げる号令が、華々しい音楽と共に会場に響いた。全員が静かに礼をとり、お声がかかるのを待つ。カーテシーの姿勢は崩さずに、チラリとあの方の様子を伺うけれど、わたくしの位置では見えないわ。もう、もどかしいわね!


「良い。皆、楽にせよ。今宵は定例の夜会である。存分に語らい、楽しむがよい」


 陛下の言葉を受け、各々姿勢を戻す。おかしい、壇上にはハロルド殿下の姿がないわ。落ち着きなく探すわけにもいかないものね、平静を装い、意識を少しだけ陛下から外す。

 レン様といいハロルド殿下といい、気になることが多すぎるわよ。そう思い、伏し目がちに視線を流すと、なんと彼と目が合ってしまったわ。こちらは驚いているというのに、面白そうに目を細めるのよ。しめ鯖嬢として接していた時からそうでしたけれど、なぜあの方は、わたくしの精神をかき乱すことに楽しみを見出しているのかしら。もう、なにがそんなに面白いのよ!


「夜会を開始する前に、ひとつ、喜ばしい報告がある。我らの念願が叶い、昨日、リヴァイラ国との貿易協定が締結した。今宵は新たな友好国の誕生を祝い、親交を深める場としたい。リヴァーサイド殿、こちらへ」


 陛下は今、念願と仰いましたけれど、わたくしはそんな話聞いたことなくってよ。周りの方々も、感嘆の声を漏らしている。疑問を抱いているのはわたくしだけというわけね。リヴァイラという国も、地図上のどこを探しても、今の今まで存在していなかったはずなのに、自然と受け入れられている。

 リヴァーサイド様という方はどなたかしら? と思う間もなく、レン様が壇上に向かって歩きはじめた。わたくしは信じられなくて、今度ははっきりと彼を見つめる。すると今度はウインクを返してきたわ。あの方には、王の御前というこの場の格式などといった常識は存在していないのかしら……?


「今回の貿易協定締結は、彼なしでは決してなし得なかっただろう。紹介しよう。リヴァイラ国第二王子、ローレンス・リヴァーサイド・リヴァイラ殿だ」


 暖かな歓迎の拍手の中を進み、陛下と握手を交わす彼。何者にも臆することなく堂々としたその佇まいは、確かに王族であると語っているに等しい。けれどね、わたくしは知っていてよ。アレは深く考えていないだけ。そのうち不敬を指摘されるのではないかしらとヒヤヒヤしてしまうわ。


「不勉強でごめんなさいね。リヴァイラという国がこの世に存在していたとは、わたくし、知りませんでしたわ」


 優雅なワルツが奏でられる中、わたくしの手を取り踊るレン様へ、皮肉を送る。リードがお上手で、踊り慣れていらっしゃる様子も疑問のひとつだわ。「ダンス経験なんて、お遊戯会くらいだよ」と笑っていらした過去はなんだったのかしら。


「知らないのが正解だよ。リヴァイラは俺が生まれ変わる時にできた国だもん。謎多き国みたいな扱いだと思うけど、地図くらいは更新されてるんじゃない? あとで確認してみなよ」


 そんな都合のいいことがあってたまるものですかと、視線で語るけれど、レン様はどこ吹く風といった様子で華麗にステップを踏む。


「それに、あなたのあのお名前はなんですの? レン様ではなかったの?」


「それねぇ、俺もちょっとそこだけは不満なんだよね。フローレンスはまだいいとして、リヴァーサイドは正直ない。海外ユーザーから失笑されるタイプのジャパニーズネームじゃんって思わずつっこんだもん」


 レン様は相変わらず、外の感覚をお持ちのようだわ。彼が自分の名前に納得していないことだけは伝わりましたけれど、これは……説明を求めてもわたくしが理解できるかどうか怪しくなってきましたわね。

 

「では、引き続きレン様とお呼びしても構わないということで良いかしら?」


「あぁ、そのほうがありがたいかな。慣れないといけないのは分かってるんだけど、今はまだ、そっちで呼ばれたい」


 疲労を伴う笑顔を見せ、彼は完璧なターンを重ねる。これは短期間で覚えたというには、あまりに不自然だわ。それとも、外の世界ではこういったことも簡単にできるようになるのかしら? なんて……それで片付けてしまうには、あまりにも出来すぎている。生まれ変わったという話が真実で、その影響と考える方が、よほど健全かもしれないわ。


「レン様は以前、生まれ変わるかもしれないと仰いましたわね? それはつまり……」


「あ、それ聞いちゃう? メアリーの予想通りだよ。俺、あっちで死んだらしいんだよね」


 この方は本当に……サラッととんでもないことを仰るのだから、頭が痛くなるわ。更に詳しく聞かなければと口を開きかけたその時、ワルツの演奏が終わってしまった。

 終わりの挨拶をし、次の方たちへ場を譲るためにレン様と共に壁際へ移動する。衆目の中でダンスを踊るのは構わないけれど、二人きりになるのはダメね。今、レン様は、国にとって最重要人物という立場にあるのだもの、おかしな噂を立てられるわけにはいかないわ。それでも、一刻も早く問いたださなければわたくしの気が済まない。どうしたらいいかしら……。


「バルコニーは……ちょっと微妙ね。休憩室はもっとダメ。もう一度踊るしかないかしら……」


「なんの話?」


 いつの間にか、彼の手にはそれぞれ違う色の飲み物が注がれたグラスがあった。わたくしが考え事をしている間に、飲み物を取りに行ってらしたのね。差し出されたそれを受け取り、口をつける。わたくし用の酒精のないものね。喉が乾いていたからありがたいわ。


「それはもちろん、レン様から説明していただかなければならないことが、たくさんありますでしょう? だから、どうにかして話が続けられる場を作らなければならないわ」


「まぁ、そうね。でも、メアリーには別の用事があるみたいだよ?」


 彼が指し示したわたくしの背後に、王宮のお仕着せを着た女性が立っていた。彼女は王妃様付きの侍女長だわ。わたくしと目が合うと、まっすぐこちらに近づいてくる。


「恐れ入りますが、メアリー様。王陛下ならびに王妃陛下より、お話がございます。別室へご案内いたしますので、こちらへ」


 両陛下からの呼び出しとあっては、拒否できるものではないと分かっているのだけど、正直、レン様から離れがたい。また謎を残して逃げられたら、たまったものではないもの。そう思い、彼の意見を仰ごうと振り返る。


「行ってきなよ。メアリーは俺が逃げるとか消えるとか考えてるでしょ? 大丈夫だから。それに、この呼び出しは、俺からのサプライズプレゼントが成功したってことだと思うから、メアリーに受け取ってほしいなぁ」


「あなたは本当に……なにをしでかすか、まったく予想できないわ。振り回される身にもなってもらいたいわね。……分かりました。そのプレゼントとやら、受け取ってさしあげます」


 侍女長のあとに続き、広間をあとにする。「行ってらっしゃい」とわたくしを見送る時のあの顔。またわたくしが驚くと確信していらっしゃるのだわ。どんなお話が待っていようとも、驚いてなるものですかと、そう意気込んで、両陛下の待つ部屋の扉をくぐる。

 さきほどあの方は逃げないと、ハッキリ仰いましたわね? 早々に御前を辞して彼のもとへ戻ったら、サプライズプレゼントへの文句も足しませんと。レン様、覚悟なさいませ。

次回、7話目に突入です。それで終われたらいいなという気持ち。

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