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賢く冷酷で誰よりも美しい女王様、恋だけはどうにもなりませんでした。

 むかしむかし…あるところに…

豊かな森と海のある大きな国がありました。

その国は、とある一人の若き女王が治めていました。


女王様の名は――アウレリウス。


 完璧無欠なその少女のたったひとつの欠点をこっそりお話ししましょう。


 ですが、そのために…まずは女王様について知っていただく必要がありますね。



 冬に初めて降る雪より真っ白な肌に、血よりも深く赫い唇。翠の瞳は宝石よりも輝き、夜の波のようにうねる黒髪は瞬く星屑を纏って豊かに揺れます。


 その美しさは大層人を惹きつけましたが、同時に彫刻のようで近寄りがたい冷たさを感じさせます。


 生来病弱な父王の次代を担うために、アウレリウスと男性名をつけられた少女は幼いころから厳しく厳しく育てられる運命でした。


 幸か不幸か、生まれながらに出来が良すぎる姫様です。

 帝王学から経済学からなんでもよく学び、器用に振る舞うので王妃よりも悠々社交をこなし、国中の期待をその華奢な体で一身に背負ってもまったく涼しげな顔でした。



 父王が病でこの世を去ったのは、彼女がたった十二のとき。小さな女王に国はざわめき、貴族は好き勝手始めました。


 しかしすぐに国内は落ち着きました。少女は、歴史に残る類い稀なる王としての才能をふんだんに持っていたからです。


 すぐさま行われた戴冠後、かなり手慣れた様子で順に順に粛清が進められました。



 茶会で女王は菫のように可憐に小首をかしげ、奥方たちの話を静かに聞きます。


「あらま、随分と可愛らしいわ」

 

 そんな侮りと嘲り入る嫌味にも、にこやかにお人形さんのように微笑みました。


 ただ、偶然かもしれませんが、暫くするといつの間にやら誰かの首が落ち、誰かが領地の奥底に引っ込むのですが。たまたまでしょうかね。


 夜はよく貴族たちの密会が開かれます。

 女王は麗しく装い、少女らしからぬ色気をたっぷり含み、大輪の薔薇の如き華やかさを撒き散らしてたくさんの招待状を手にしました?

 夜毎、密やかな席に現れては高貴な男たちと歓談します。


 その薔薇の蕾のような唇で囁かれ、甘い甘い蜂蜜酒を勧められると、ぼんやり夢見心地になり、男たちはもう何でも話してしまいます。


 因みに、翌朝にはもう囁かれた名は宮廷から消えてしまうのですが後の祭りというものです。


 そんな冷酷で器用な彼女は、実の母でさえ容赦なく断罪してしまいました。


 か弱い振りをし、華やかに着飾って男たちに擦り寄り、王妃としての予算を超えて国庫を浪費する。そんな王妃の生活は娘を産み落として以来ずっと続いておりました。


 ある朝、女王は母に似た顔でにーっこり笑いました。


「お母さま、どうも今までありがとうございました。お母さまの見た目を受け継ぎ、手練手管を見様見真似で倣ったこと、確かにわたくしの財産ですわ。

……でももう、わたくし十二分にその対価は与えたでしょう?」


 そうしてすぐさま母を王族から外し、実家の領地へ追いやり、ついでとばかりに大きな顔をしていた母の弟たちも社交界から遠ざけてしまいました…たったの三日で。


 そうしてもう女王に逆らう者はだれひとりいなくなり、平和が訪れました。



 並行して優秀な女王は国を豊かにするために絶え間なく動いていました。


 国中の品々を他国へ王室御用達と銘打って売り出しました…ランダムな麗しの女王様の絵姿付き。


 若干不純な理由で一時飛ぶように売れ、まあ品質も女王の鋭い目利きにより磨きがかかってかなり良かったので、普通に定番の商品として他国に定着してしまいました。



 女王は止まりません。

 

 王家の庇護に甘えていた国教を、物を知らぬふり少女をして土足で踏み入り根本から変えてしまいました。


 女王の可愛らしいお願いによって王家からのお金の明細が提出され、横領した者はしれっと処刑され、いつの間にか無駄にあった装飾品と芸術品は売られたり美術館に寄贈されていました。


 そして浮いたお金で孤児院と教会の再整備を命じ、学びと人材育成という責務を課しました。


 当然逆らうと寄付金が減り、教会の建て壊し計画が進み、最悪首が転がるので神官たちも必死です。

…贅沢に慣れた神官たちは還俗する者も多かったとか。信仰って難しいですね。


 女王は繊細なレース細工の手法をわざわざ何度も訪問して教会に教え込みました。

 その美しいレースは、各地の教会で敬虔なシスター達によって編んだり織られたりし、孤児院で神官が育てた子らが独立してハンカチや襟飾り、ドレスに加工されるようになりました。


 神官の中には商家の次男やら工房の三男やらも混じっていたからでしょう、神の身元で育てられたのにどこか商売っ気の強い生命力漲る元孤児たちによって、いつしか国の主力産業に成長していました。



 次々と女王は国を変えてゆきます。

 この大きな国には大きな大きな軍があり、戦時下でない時は広い国土のあちこちで警察の役割を果たしています。

 高給取りのため人気が高い一方、試験が厳しいことで有名です。


 女王は貴族も庶民も二人目以降の子供が男女を問わず必ず入れる士官学校を作りました。


 寮完備、訓練は厳しくとも様々な学問も与えられます。

 学問は基礎科目以外は選択制で、卒業後自らどこかの商人に弟子入りしたり技術者になったりする者もいました。時が経つと後継者がいない事業者がスカウトに来るようになったといいます。


 他にも、特に学問に秀でているものはその後に最高学府へ無償で入ることが出来る制度が整えられました。そのため、研究者や文官などになることが誰でも可能となりました。


 遠国から女王の噂を聞いた商人やら王族やらが訪れることで新式の武器や防具も運ばれて兵も鍛えられ、軍はかつてないほど興隆したということです。



 やがて、とある帝国が男子王族不在を見てこの国へ攻め寄せました。

 女王アウレリウスは、指揮だけでなく自ら前線に立ち、華奢な身体で細身の長剣で勇ましく戦ったそうです。


 泥と血に塗れてもなおあまりに神々しく、白銀の鎧で戦う女王は「美しい死神」「戦場の白い薔薇」とか呼ばれたとか呼ばれないとか。


 そんな訳で女王様が戴冠してかなり波瀾万丈でしたが、終戦の日を境に国は建国以来の興隆を迎えましたとさ。



 長々と前置きいたしましたが、ついに本題に入りましょう。


 覚えていますか?

 そう、彼女の欠点とは一体なんなのか。


 完璧な統治、完璧な繁栄。

 あまりに端正な面立ち、苛烈で鮮烈な意志の強さ、怜悧な賢さ。慈悲深さもあって天使も真っ青の美貌もあってスタイルはまるで女神像。

 何をとっても最高の女王様!


 ですが、たった一つ、彼女に欠けているもの――それは結婚相手です。


 もちろん、ついこの前に成人した女王への縁談は山のように届きます。

 国内からも、遠い国からも、どんどんどんどん集まります。

 根気強い性格の宰相エドモンドが捌き切れないと根を上げる程度にたくさん届き渦高く積まれました。


 しかし産まれる前から女王を知るエドモンドもまた、彼女には早く伴侶を決めて欲しいと思っていました。

 幼少期に教育係も兼ねていた彼は、その冷たい仮面を被った横顔に隠れた長年の疲れを知っていたからです。公務を半分に分ければちょっとはマシになりますよね。



 彼は粘り強く何度も何度も尋ね続けました。


「陛下、どのようなお相手がよろしいのです」


 女王はいつになく冷ややかにつんけんしていました。

 とはいえ幼い頃からの間柄の彼の懇願には勝てず、とうとう口を開き――要望を聞かれるたび、たくさんの条件を口にするようになりました。


「この国を心から愛し、この国のためになる人がいいわ」

「見目がものすごく麗しい人がいいわ」

「賢くて、計算高く、狡猾で、でも明るい人がいいわ」

「落ち着いていて、わたくしですらも引っ張ってくれる人がいいわ」

「騎士よりもわたくしよりも強い人がいいわ」

「笑うと可愛く酔うと陽気になるような、無邪気なところもある人がいいわ」

「恋にとっても慣れているけれど一途な人がいいわ」

「わたくしが忙しくても、ずーっと待ってくれる人がいいわ」

「そして、わたくしのことは何でも許してくださる人がいいわ」


 そんな無茶苦茶で理想が世界一の山脈よりも高すぎる女王様のお触れは、取り敢えず国内外に出され、城には長蛇の列ができました。


 遠くの国の王子も近くの国の王も有名な貴族からも知らない貴族らも並びました。


 けれども女王は誰にも首を縦に振りません。長々続く求愛の列に、頬杖をつきため息をつき、氷のような愛想笑いで見るだけでした。



 ある夕方、エドモンドはとうとう女王の前に跪き、その足元に縋りました。窓から射し込む金の光が女王の人形のように整った顔をキラキラと煌めかせています。


「陛下、陛下、私はあなたが生まれた日からの努力を見てきました。

文字通り血の滲むような道を、弱音ひとつ吐かず、小さな足でたったおひとりで歩んでこられたことも!」


 いつになく感傷的になっている腹心の部下の言葉に、気まずそうに目を逸らす女王です。

 涙目で宰相は尚も言い募ります。


「ずっとお側にいたというのに、少女らしい時間など一つも差し上げられませんでしたが、畏れ多くも娘のように貴方を尊く思っています。

何か理由があって貴方がどうしてもご結婚を望まれないのなら、私がそれを叶えましょう!」


 うろうろと落ち着きなく目を泳がせる女王の様子に感極まる宰相は全く気付きません。


「ですが――ですがそうでないのならば…!

願わくば、願わくば、この私めの目が黒い内に、あなたのお子をこの腕に抱かせてください」


 女王は最早泣き出しそうな彼を黙って見つめて困った顔で逡巡し、やがて扇で顔を隠して口を開きました。

 ちょこっと見える貝殻のような耳がうっすら桜色に染まっています。


「……そうね、そう…まずは、その、わたくしを抱きしめてみてはどうかしら」


 その声は物凄く小さく、しかし静まり返った執務室にはっきり響きました。エドモンドは虚をつかれたように勢いよく顔を上げます。


 いつも揺るがない女王の瞳が、今は泣きそうに揺れています。

 初めて見る彼女の様子にエドモンドは困惑するやらときめくやら…取り乱した彼は声を振るわせ顔を上気させました。


「私は、私は、随分年を取っています…陛下のお相手として相応しいかどうか……こんな老体で…」


 言いかけた口元に女王の細い腕が伸び、押さえつけました。上目遣いに見つめる目は潤み、蕾のような唇が震え、その扇状的な姿にエドモンドは驚き一瞬黙り込みました。

 と、思った瞬間には、エドモンドは襟を掴まれ、そして唇に強く衝撃が走り…。


「――エドモンドの、意気地なし!」


 口付けた側のはずの女王の方が、上から下まで真っ赤でまるで柘榴のようです。


 そのまま女王は重たいドレスの裾を翻してその場から逃げだし、存在を忘れ去られていた侍女や侍従は追いかけるのも忘れてぽかんと見守り、宰相は息の仕方を忘れてしまったようで口を開けたり閉じたりしていました。



 それからというもの。

 

 暫くの間、城のあちこちで耳を赤く染めた少女のような女王と困ったような嬉しそうな複雑な表情をした年上の宰相が追いかけっこをするという、なんとも奇妙な光景が何度も何度も目撃されたそうです。


 女王は捕まるたびにジタバタしては観念して俯き、エドモンドは複雑そうに、しかしどうしようもなく愛おしげな甘い顔で笑うのでした。



 舞踏会の夜。


 音楽と温かな空気に満ちる大広間。

女王は逃げるように社交へ回ろうとしましたが、ぱっとエドモンドに手首を掴まれました。


「陛下、そろそろお答えを」


「こ、ここは、皆がたくさんいるわ」


「そうでもしないと強情な陛下はどうにかこうにかして認めないでしょう」


「……うるさいわね」


「誰よりも貴方を知っていますから」


 女王は視線を逸らし唇を噛みます。

 頬を真っ赤に染めて、目に薄らと羞恥の涙が揺れ、指先は震えています。


 恋のこととなるとあの完璧な彼女は消え失せ、信じられないほど不器用なのでした。


 それが彼にはたまらなく可愛らしくみえるので、彼にとっては欠点とは言い難いようですが。


「では、では、ひとつだけわたくしに誓って頂戴」


「ええ、何でも誓いましょう」


「忙しくて、きっとあなたを待たせる日がたくさんあるわ。

言葉が足りず、ひどいことを言ってしまう日も、きっとあるわ。

それでも……それでも……他の方を見ないで!

…わたくしが手を伸ばせば、いつでもあなたに届くような距離にいて」


 エドモンドは微笑んだ。

 彼女が自分自身のためにこんなに長く願いを口にしたのははじめてだ。


「…神にも誓います。

あなたが眠れる夜も、眠れない夜も、お待ちしますよ。女王陛下の隣にも、アウレリウス様の隣にも、貴方の全てに私は永遠に寄り添いましょう」


「……なら、なら、もうひとつだけ」


「どうぞ」


「…たまには、たまにはでいいわ、わたくしが誰かと踊っていたら、嫉妬して迎えに来て。

わたくしが泣きそうな顔をしていたら、優しく理由を聞いて。

わたくしが意地を張っていたら、すぐに抱きしめに来て。

そして、あなたのわがままで時々、わたくしを困らせて振り回して」


「……もちろん誓いましょう。では、私からもひとつ」


「…ええ、いいわ」


「私が死にそうになった日には、貴方が手を握り命令して下さい。"離れるな” と。

…そうしましたら、冥府に呼ばれても意地汚く貴方の隣にいますから」


 女王は目をまん丸くして、それから真珠のような涙をポロポロとたくさん溢して、そして弾けるように笑いました。

 滅多に見せない、年相応の笑みでした。


「……離さないわ!」


「…はい、宜しいですね。それでは、皆の前で」


「まだ心の準備が――」


「大丈夫。たまには任せなさい」


 エドモンドは女王の腰を引き寄せ、広間の中央へと歩み出ます。真っ赤な顔の女王に、ざわめきが大きく広がりました。

 音楽が止み、二人に視線が集まります。


 幸福を恐れて身を竦ませる女王に、彼は耳もとで小さく囁いた。


「――アウラ、ずっと愛していますよ」


 幼い日に父王とエドモンドだけが呼んだ愛称。

その一語が、最後の鍵だったようです。

 女王の瞳にまた、涙が潤み、頬に色がさしました。


「……皆の者」


 女王は震える声を精一杯はって言いました。


「わたくし、わたくし、女王アウレリウスは――宰相エドモンドと婚約することを、ここに…宣誓いたします」


 しーんと静まり返った広間に、たどたどしく、弱々しく、震えて泣きそうな少女の声が響きました。


 次いで広間に割れんばかりの歓声が上がります。楽隊は大袈裟に恋のメロディを奏で始めました。


 とまあ、お祝いムード一色ですが、実のところすぐに受け入れられた理由は二つあります。


 一つは女王が逃げられないようエドモンドが既に外堀を埋めまくっていたこと、もう一つは女王の甘い雰囲気があまりにも丸分かりだったため、正直皆「いつになったらくっつくのか?」と、思っていたからです。



 エドモンドとアウレリウスは見つめ合い、完全に二人の世界です。

 彼女は顔を赤くしてしかしもう逃げずに、エドモンドの腕の中におさまり、静かに彼の背に手を伸ばしました。


「言わせたわね!」

「……狡猾な人がタイプかな、と」

「……ばか、ばか!もう…もう…抱きしめて」

「ええ、喜んで」



こうして、最も冷たいと恐れられた女王アウレリウス。


最も素晴らしい女王と呼ばれ、

やがて最も愛された女王となり、

そして最も子だくさんの女王として、

国の歴史に名を残したとのことです。


 あの歴史に残る舞踏会の数年後、城の回廊では幾つもの小さな足音をドタバタと追いかける宰相がよく目撃されました。


 その小さな足音たちはやがてそれぞれ賢王になったり異国に嫁いで大恋愛をしたりと話題に事欠かなくなるのですが、それはまた別のお話…。


 女王は外交に国家産業の発展にと忙しい合間を縫い、同じく子育てに財政管理にと忙しい宰相をとっ捕まえて、拗ねたように熱っぽく見つめました。


 その度に眉を下げ嬉しそうな彼が女王を抱き上げて国王の私室へと連れて行き、その後は朝まで二人の姿を見る者はいなかったそうです。


 完璧な女王様は、恋愛は不器用だった


 なんて、そんなちょっとばかり不名誉でかなり可愛らしい伝聞が残っているとかいないとか。


…欠点かどうかはお相手によるってことですよ。

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