初めての防衛戦
街でユフィと別れたあと、薬屋や武器屋の場所を覚えるために露店街を歩いていたときだった。
《緊急通知:あなたのダンジョンがモンスターに襲われています》
「……は?」
突然、視界の端に赤いウィンドウが点滅する。
内容を二度見しても、間違いなく俺のダンジョン名が表示されていた。
さらに続いて、別のウィンドウが浮かび上がる。
《緊急テレポートしますか?》
【はい】/【いいえ】
「決まってんだろ!」
即座に《はい》を選択。
視界が白く染まり、体がふわりと浮くような感覚に襲われた。
転移先は、俺のダンジョンの入り口。
小部屋に足を踏み入れた瞬間、緊張で全身が固まる。
「っ……多すぎだろこれ!」
小部屋の中には、スライム3匹とホーンラビット2匹。
どれもレベル3程度の序盤モンスターだが、5対1は洒落にならない。
俺は木の棒を強く握りしめ、一歩後ろへ下がった。
「やるしかねぇ……!」
腰のポーチから肉串を取り出し、一気にかぶりつく。
口の中にじゅわっと広がる肉汁よりも、**15分間攻撃力+5%**のバフが欲しいだけだ。
串を投げ捨てると、同時にスライムたちが跳ねて襲いかかってきた。
最前列の一匹を横から棒で弾き飛ばすが、粘り気のある体が弾力を返し、逆に俺の体勢が崩れる。
「くっ……!」
バランスを立て直す暇もなく、ホーンラビットが一直線に角を向けて突っ込んできた。
体を捻って避けるが、その横から飛びかかってきたスライムが肩に激突する。
視界の端で、HPバーがガクンと削れる。
まだ残量はあるが、連続攻撃を受ければひとたまりもない。
「やべっ……っ」
慌ててポーションを抜き、瓶を一気に煽った。
赤い液体が喉を滑り、HPバーがじわりと回復していくのを確認する。
「最初から全力でいかねぇと……死ぬ……!」
だが状況は好転しない。
一体を叩き落としても、別のモンスターがすぐ間合いを詰めてくる。
ホーンラビットの突進力はスライムと違って致命的で、一撃でももらえば危険だ。
棒を振るいながら必死に後退し、床を睨んだ。
そこで、ふと頭に一つのアイデアが閃く。
「……罠、だ」
メニューを開き、《罠設置》を選択。
表示されたリストには、レベルアップで解放されたばかりの転び罠と、最初から使える落とし穴の二つ。
迷わず後者を選び、入口正面に設置カーソルを合わせる。
「頼む……間に合え!」
床が淡く光った直後、ホーンラビットが再び俺めがけて一直線に突っ込んできた。
次の瞬間、足元の地面が音もなく崩れ落ちる。
「っしゃああああ!」
ホーンラビットが穴に吸い込まれ、もがいて抜け出そうとする。
隙を突き、近くのスライムを棒で一撃。
続いてもう一体のホーンラビットも勢い余って穴に前足を突っ込み、体勢を崩したところを横から叩き倒す。
「……いける!」
残りのスライム2匹は距離を取って誘導し、順番に処理していく。
最後の一撃を叩き込むと、ダンジョンに静寂が訪れた。
荒い呼吸のまま、その場に膝をつく。
「……っぶねぇ……マジで終わったと思った……」
襲撃してきたモンスターは、ようやく全滅した。
視界の端に、見慣れないシステムウィンドウが浮かび上がる。
《初撃退ボーナス達成!》
スキル《多対一》を獲得しました
「スキル……?」
驚きながら詳細を開くと、小さな説明文が表示された。
【多対一】
効果:パーティを組んでいない状態で、同時に複数の敵と戦闘する際、俊敏(AGI)が小アップする
「なるほど……一人で複数相手するとき限定ってわけか」
さっきみたいに囲まれた時、俊敏が少しでも上がれば回避も立ち回りもマシになる。
パーティを組まないソロプレイヤーにはありがたいスキルだ。
「……いや、これ地味に当たりじゃね?」
思わず口元が緩む。
初期襲撃を生き延びたボーナスとしては、なかなかの引きだった。
それにしても、今回は本当に運が良かっただけだ。
初期モンスターだったから落とし穴作戦が通用したが、もしもっと強いモンスターやプレイヤー相手だったら、ダンジョンは簡単に蹂躙されていただろう。
「罠とモンスター配置……早めに揃えないと」
壁際に残った小さな傷を指先でなぞりながら、俺は職業の厳しさと奥深さを改めて噛みしめた。
戦闘が終わったあと、壁際に座り込んで深呼吸を繰り返した。
ホーンラビットの角やスライムの粘液で荒れ果てた小部屋を見回し、俺は小さくため息をつく。
「……めっちゃボロボロだな、うちのダンジョン」
爪痕だらけの壁、削れた床、転がる石片──見るだけで疲れが増す光景だ。
このまま放置していたら、次の襲撃で一瞬で陥落する未来しか見えない。
俺は《ダンジョン経営》スキルを開き、「修復」を選択した。
直後、小部屋全体がふわりと光に包まれる。
壁に刻まれた爪痕はすぅっと消え、削れた床は元通りに修復されていく。
さっきまでの惨状がまるで幻だったかのようだ。
「おお……めっちゃ綺麗になった」
感心しながら視界の端を見ると、DP残量が表示されていた。
DP:95
「……おい、拡張に必要なの100だよな。……これ絶対、運営の罠だろ」
虚しく響く俺の声だけが、小部屋にこだました。
あと5Pあれば最初の拡張に手が届いたのに、今の俺にはどうすることもできない。
ため息をつきつつ、壁にもたれて一息つこうとした──その時だった。
《公式告知:第一回公式イベント「封印の遺跡・深層域」開催決定!》
「……は?」
唐突に、視界いっぱいに巨大な告知ウィンドウが展開され、映像が流れ始める。
低い重厚な声が画面越しに響いた。
「数百年前、《大崩壊》によって滅びた古代文明……」
「その遺産のひとつが、ついに発見された」
霧深い森の奥に佇む、苔むした巨大な門が映し出される。
朽ちた石造りの回廊、崩れた天井の隙間から差し込む光、そして奥に広がる暗闇の先──
赤く光る双眸を持つ巨大な人型兵器の影が、ぼんやりと浮かび上がった。
「……おいおい、なにこれ、映画じゃん……」
口から勝手に感想が漏れた。
続いて、アナウンスが淡々と告げる。
《イベント概要》
・王国研究機関による安全調査のため、遺跡探索は期間限定で冒険者ギルドに開放されます
・イベント終了後は研究機関が完全封鎖を行うため、遺跡内部への立ち入りは禁止となります
・浅層域:初心者から中級者向け。限定素材・装備・スキル書を獲得可能
・深層域:上級者向け。古代守護兵との戦闘を含む高難度コンテンツ
・イベント中の一部プレイヤー映像は、後日公開される告知動画に使用される場合があります
開催はリアル時間で1週間後!
「一週間後か……」
小さく呟く。
映像に映った遺跡の内部は、スライム一匹倒すのにもヒイヒイ言ってた俺からすれば、正直、ただのデスゲームにしか見えない。
特にあの赤く光る目をした守護兵──あれ、間違いなく俺を一撃で消し飛ばすタイプだ。
「……今のままじゃ秒で蒸発だな」
木の棒一本、空っぽのダンジョン、そして召喚モンスターゼロ。
深層域なんて夢のまた夢だ。
「……でも、浅層域なら……いや、それでもキツいか」
一瞬悩んだが、すぐに決めた。
あと1週間ある。この間にできるだけ装備と戦力を整えればいい。
そのためには──
「まずはガチャだ……あと2枚、コイン集めるぞ」
モンスターガチャを回して戦力を確保する。
DPも稼いで最低限の罠を整備する。
さらに街で装備とポーションを揃えて、イベントに挑める準備を整える。
「やること多すぎだろ……でも、こういうの嫌いじゃねぇな」
肩の力を抜きながら小さく笑い、俺は心の中で次の1週間の計画を立てた。