血染めの咆哮
ユフィとダンジョン改造の話をして過ごした翌日。
結局あの後はいくつかの種類のポーションを受け取り、解散することになった。
まだ俺のダンジョンは難易度的に足りず、あと一層か二層追加して、ようやく「完成した」と言える形にしないと公開できない。
だから《魔力の実》も、ユフィが試すのはまだ先になるだろう。
ユフィが帰った後は、ひとりで黙々と作業に取りかかった。
ミネルと相談しながら第一層の通路をどう伸ばすか考え、宝箱を配置し、その中身を決める。
フェアリーたちを小部屋や分岐に配置して、冒険者が進む道に彩りを加える。
宝箱には、ユフィからもらったHP回復のポーションや解毒薬を入れてみた。
けれど、これらの作業は想像以上に面倒だった。
冒険者がモンスターを倒したり、宝箱を開けたりするたびに、毎回中身を補充する必要があるのではないか――そんな不安が頭をよぎる。
だが、ミネル曰く「モンスターも宝箱も、固定でリスポーン設定が可能」とのことだった。
一定時間が経過すれば自動的に復活し、再配置の手間は省ける。
ただし、その分の維持費としてDPはじわじわと減っていく。
完全に放置できるわけではないが、それでも手間が大幅に省けるのはありがたい。
「まあでも、あんなに増えたDPが2000DPほどになるとは思わなかったな」
「経営者って感じだな……」と苦笑しながら、俺は第一層の大半を作り終えた。
だが同時に痛感したことがある。――戦力不足だ。
今のところダンジョンの主力はフェアリーだけで、いくら数を配置しても、相性次第であっさり突破されるだろう。
やはり、新しいモンスターが必要だ。
そう考えた俺は、狩りに出ることにした。
ダンジョン外でモンスターを倒し、コインを集める。
イベントで入手した〈古代属性・銅級コイン〉が手元にあるので、あと数枚揃えればガチャを回して新しい仲間を呼べるはずだ。
肩に乗ったシルフが「ピィ」と小さく鳴いた。
俺は空を見上げ、にやりと笑う。
――次は新しい仲間を手に入れて、もっと強いダンジョンにしてやる。
第一層の整備を終え、宝箱や罠の配置を見直したところで、ふと次の行き先を考える。
――ここからさらに東。ウィルドレストのさらに先には、王都があるという。
今のプレイヤーたちの主な拠点のひとつであり、鍛冶屋、宿屋、道具屋……どれをとっても国一番と評される店が集まっている街。
噂に聞く限り、その規模も賑わいも段違いらしい。
さすが首都といったところだろう。
リオ自身は、まだ一度も王都に足を運んだことがない。
けれど転移ポイントを登録しておけば、以後の行動の幅は格段に広がるはずだ。
新しい装備を整えるにも、情報を集めるにも、次の仲間と出会うにも――これ以上ない目的地だった。
「……決まりだな」
つぶやきとともに、リオは心の中で次なる目的を固めた。
―――――――――――――――――――――
いったんウィルドレストに転移したリオは町の門を抜けさらに東へと足を進める。
門を出てすぐそこには今までと変わらない森の景色が広がっていた。
だが、モンスターの種類、レベルは変わりあがってくるようで掲示板でも様々な反応があった。
ゲーム的にも次の町へ続く道だからということだろう。
森を抜ける街道はこれまでよりも整備されており、時折ほかの冒険者や商隊の姿が見える。
ウィルドレストの周辺よりも人通りが多く、王都へ向かう道の賑わいを感じさせた。
ただ、その分モンスターの強さも一段階上がっている。
道の脇から飛び出してきた狼型モンスターはレベル14。
シルフの《ウィンドボール》で牽制しつつ、俺がとどめを刺す。慣れた連携だが、数が増えると厄介だ。
「……たしかに、掲示板で言われていた通りだな」
サービス初期で大勢のプレイヤーが試しに踏み入れ、手痛い目に遭ったこともあったらしい。
フォレストウルフやポイズンスパイダーなど、名前的にはそこそこ強いと感じるぐらいなのもあり、なめてかかったのだろう。
だが、一番の問題はこいつらではない。
王都へ向かうプレイヤーたちを一番苦しめていたのは、王都への道の最後の砦であるエリアボス《ブラッドベア》。
その名の通り頭から血を被ったような模様をしている凶暴な熊のボスモンスターだ。
最初に出会うボスではあるがその凶悪さは本物。
近づけば圧倒的な力で防具まで切り裂き、おびえて引けば風のかぎづめで引き裂かれる。
実装初期、多くのプレイヤーがその牙にかかり、街道はまるで墓場のようだったと掲示板に記録されている。
いまでは突破法もいくつか確立されているが、それでも油断すれば全滅必至の強敵だ。
「……通るためには、あいつを越えなきゃならないか」
俺は無意識に腰の剣を握り直した。肩に乗るシルフが小さく羽を震わせる。
王都はもうすぐそこにある――けれど、その道のりは決して甘くはない。
リオがブラッドベアへの対策として持ってきた作戦は大きく分けて二つ。
まずは熊としての特性を利用する。
そのために持ってきたのが途中ウィルドレストで買ってきた蜂蜜だ。
ブラッドベアは蜂蜜が好物だということが広く知られているらしく、目の前に生肉と蜂蜜を置けば迷わず蜂蜜を選ぶほどらしい。
この蜂蜜をやつの目の前に置き、集中している隙を狙い攻撃をする。
ブラッドベア対策としてよく用いられるこの作戦だが、もちろん失敗する場合もある。
まず敵が目の前にいるのなら、倒してから蜂蜜は奪えばいいしな。
だがここでリオが考えたのはシルフの《甘い風》である。
基本的な使い方は敵を風の方向におびき寄せることだが、これを使うことで相手が蜂蜜に食らいつくように誘導するのだ。
リオが用意したもう一つの作戦は、正面からの殴り合いを避け、できるだけ長期戦に持ち込むこと。
シルフの《ウィンドヒール》で回復を回しながら、魔法や投げナイフを駆使して少しずつ削っていく。
だがこれは時間がかかるうえ、失敗すれば一撃でひっくり返される危険があった。
だからこそ、蜂蜜と《甘い風》を組み合わせた作戦に賭ける。
「甘い風」が敵を誘導する力を持つのなら、ただ蜂蜜を置くだけよりも、さらに強烈にブラッドベアを釘付けにできるはず。
「……あいつの視線を蜂蜜に縫い止めて、その隙に――」
頭の中で繰り返しシミュレーションする。
シルフが風で誘導し、俺が懐に飛び込み、一撃を叩き込む。
うまくいけば、王都への道は開ける。失敗すれば、ここが墓場になる。
肩の上で羽音を響かせるシルフを見て、俺は小さく頷いた。
「頼むぞ、シルフ。……一緒に突破するんだ」
――――――――――――――――――――――――
鬱蒼とした森を抜けると、そこは妙に開けた空間だった。
草を踏みしめた痕跡と、えぐり取られたような木々の幹。
血の匂いが染みついたその場所が、エリアボスの縄張りだとすぐにわかる。
――グォォォォォォォ……。
低く響く咆哮と共に、巨体が影から現れた。
赤黒い毛並み、頭から滴るように広がった血の模様。エリアボス《ブラッドベア》。
「……来たな」
俺は腰の袋から蜂蜜の瓶を取り出す。甘ったるい香りが辺りに漂い、巨熊の鼻がぴくりと動いた。
ブラッドベアの視線がこちらに注がれる。獲物を見定める捕食者のそれ。
「シルフ、頼む」
肩の上で羽ばたいたシルフが、ふわりと宙へ舞い上がる。小さな手を広げ、風が渦を巻いた。
《甘い風》。
蜂蜜の香りを巻き込みながら、風がブラッドベアの鼻先をくすぐる。
その瞬間、巨体がぐらりと揺れ、あろうことか目の前の蜂蜜へと意識を奪われた。
「今だ!」
地を蹴り、一気に間合いを詰める。
剣を逆手に構え、巨熊の脇腹へと刃を滑り込ませた。
ザシュッ!
赤黒い毛皮を裂き、肉を断つ感触。
ブラッドベアーが咆哮を上げ、地面が震えた。
シルフの《ウィンドボール》が追撃のように飛び、傷口を抉る。
しかし巨腕の一振りが迫り、間一髪で飛び退く。地面に深々と爪痕が刻まれ、遅れて衝撃が胸を揺さぶった。
「っ……!」
蜂蜜の効果は一瞬だ。巨熊は狂気の目でこちらを睨み、再び突進してくる。
俺は剣を構え直し、シルフと目を合わせた。
「もう一度だ、シルフ!」
再び《甘い風》。香りに釣られた熊の足が鈍る。
そこへ俺が駆け込み、足元へ連撃を叩き込んだ。脚を裂かれたブラッドベアが膝をつく。
――今なら畳み込める。
「これで――!」
剣を振り上げたその瞬間、巨熊の口が大きく開いた。
グォォォォォォォォッ!!
耳を劈く咆哮。
視界が揺れ、全身が鉛のように重くなる。
「なっ……!?」
身体が動かない。スタン――!
次の瞬間、巨腕が横から薙ぎ払った。
鈍い衝撃と共に視界が跳ね、背中から地面に叩きつけられる。
HPバーが一気に赤まで削れ、息が詰まった。
「ぐっ……!」
とどめを刺そうと迫る巨体。必死にポーションを掴み、口へ流し込む。
同時にシルフが羽を震わせ、《ウィンドヒール》を重ねてくれる。
ギリギリで体勢を立て直しながら、冷や汗が背を伝った。
――知っていたはずだ。咆哮でスタンが来ることぐらい。
急ぎすぎた。長期戦を覚悟していたのに、焦って一撃に賭けようとした。
奥歯を噛みしめ、剣を握り直す。
「悪い、シルフ……今度は落ち着いていく」
それからは距離を取り、投げナイフやシルフの魔法でじわじわと削っていく。
ブラッドベアの風のかぎづめが襲いかかるが、地を転がり、木陰を使ってなんとか躱す。
だんだんと巨熊が苛立ちを募らせていく。
近づいてくればナイフと魔法でけん制。
隙を見せてもうかつに近づかない。
相手からすれば格下である生物がたった二匹。
確実に攻撃は大雑把になるし、その心は荒みだしてゆく。
長い長い時間をかけて、減っていく体力に焦りだしていく己を感じ生じる隙を……狩る。
その瞬間、ブラッドベアが雄叫びを上げて突進してきた。
地面を抉り、巨体が一直線に迫る。木々をなぎ倒しながら突き進む姿は、まるで暴風そのもの。
「……来い!」
俺は呼吸を整え、右手に投げナイフを構える。
突進の軌道を見切り、ぎりぎりのタイミングでナイフを投げ放った。
刃が一直線に飛び、ブラッドベアの片目へ突き刺さる。
「グォォォォォッ!!」
巨熊が絶叫し、進路を乱した。
木をへし折りながら膝をついた瞬間、俺は全身の力を振り絞って駆け出す。
「今だ、シルフ!」
肩の上から飛び立ったシルフが、連続して《ウィンドボール》を放つ。風弾が傷口を抉り、ブラッドベアの動きが一層鈍る。
俺はその隙を逃さず、巨体の懐に飛び込み、喉元めがけて剣を突き立てた。
刃が肉を貫き、血が噴き出す。
だが最後の抵抗か、ブラッドベアの腕が振り上げられ、渾身の一撃が迫る。
「っ――!」
かわしきれない。迫り来る腕。
それでも俺は歯を食いしばり、剣を押し込みながら叫んだ。
「ここで……終われ!」
刃がさらに深く突き刺さり、巨熊の全身が痙攣する。
そして――、轟音と共にその巨体が地面へと崩れ落ちた。
土煙が晴れると同時に、システムメッセージが視界に浮かぶ。
《エリアボス《ブラッドベア》討伐。》
《転移ポイント「王都門前」開放。》
俺はしばらくその場に立ち尽くし、やがて大きく息を吐いた。
肩に戻ってきたシルフが、ちいさく「ピィ」と鳴いた。
「……ああ。俺たち、やったな」
王都への道は、今、開かれた。




